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第五話 暴君ミニ虎ムスメ、日本上陸(九)

「さ、竜司。早く席について!」


 食卓いっぱいに並べられた豪華な料理を前に、エプロンをつけた小虎は大きく手を広げて言った。

 台所や居間だけでなく、寝室や風呂トイレなどの掃除を念入りに済ませた彼女は、そのまま夕飯の支度にとりかかっていた。それから二、三時間ばかり。小虎に食事を作ってもらうなど滅多にないことだが、完成作品(できあがり)を見るかぎりはなかなかに美味そうだ。


「すげえな、こと……いやお嬢。(おお)御馳走じゃねえか!」

「うふ……お口に合うといいけど。えっとたしか竜司は、食前にお酒飲まないよね。もうご飯よそっちゃっていい?」

「ああ、頼む」


 椅子を引きながら、俺はそう答えた。それにしても、である。テーブルを埋め尽くしたそのメニューは、ガーリックの効いたビーフステーキ、ウナギの蒲焼き、山芋のすりおろし、ニラレバ炒めにカキフライ……

 さらに小虎は、手袋(ミトン)をした両手で抱えてきた鍋を中央にドンと置いた。ふたを開けると、湧き上がる湯気とともになんともいえない独特のいい香りが漂ってくる。

「これは?」

「すっぽん鍋。おいしいよ♪」

 見事なまでの精力・スタミナ爆増フルコースを前に、俺は思わず生唾を飲んだ。これらのメニューはつまり彼女の初めての夜のためのアレってことで、ようするに小虎は本気でヤル気マンマンというわけなのである。



(リュージさま! 私、これ食べれないんですか?)

(当たり前だろ! 頼むから、状況を考えてくれよ)


 指をくわえながら、俺の隣にいるエルミヤさんは恨めしそうにつぶやいた。いまは秘匿魔法(カモフラージュ)を使って姿を隠しているが、小虎が異変に気づけばあっという間にバレてしまう。

(でも、こんなにたくさんのお御馳走を前におあずけだなんて、これではまるで拷問ですぅ……)

(あとで食わせてやるから、しばらく我慢してくれ)


「どうしたの? 竜司。なんかあったの?」

「いや、なんでもねえ。いただきまっす!」

 そう言って俺は合掌すると、小虎の渾身の料理に箸を伸ばした。


「ほぉ……うまい! こりゃあ大したもんだぜ、お嬢」

「ホント? そう言ってもらえるとうれしいよ。シンガポールで一人暮らししながら、いろいろ練習してきたからね」

「そうか、がんばったんだな」

「えへ……まあね」

 実際小虎の料理は、見た目だけでなく味もかなりのものだった。知らぬ間にこんな立派な花嫁修業を積んできたのかと、俺は静かな感動を覚えていた。


「私ね、ずっと竜司にお料理作ってあげたかったんだ。男の人が美味しそうに食べてくれるのって、なんだかすっごく幸せな気持ち!」

 食卓の向こうで、頬に手を当てながら小虎が言った。見た目はまだ幼く、わがままで乱暴者ではあるが、いい女になった。本気でそう思う。

「そうか。せっかくだし、お嬢も食べろよ」

「うん! なんだか私もお腹空いちゃった」



GUUUU――――


 その時、何やら空虚な物音が部屋中に響き渡った。怨念がこもった、唸り声のような叫び声のような不気味な騒音(ノイズ)。それはまさしく、エルミヤさんの腹の鳴る音だった。


GUUUU――――


「なに? この音」

「さあ。なんか聞こえたか?」

「気のせいかな……」

 料理を口に運びながら、小虎は独りごちた。


「そう言えばな、お嬢。この部屋なんだが……ちょくちょく出るんだよ」

「出るって、なにが?」

「いや、まあ、なんだ。……幽霊ってヤツ」

「はぁ?」

「実はここって、いわゆる事故物件でな。前の持ち主が死んでるんだよ。そのかわり、売値がかなーり安かったんだが」

「そ、それってホントなの……?」

「ああ。なんでも一人暮らしの婆さんが、病気のせいで食いたい物も食えずに亡くなったらしくてな。ご馳走に釣られて、たまに出てきちまうのさ」

「……バッカらしい! そんなのあるわけないじゃない!」

「怖くないのか? 昔からオバケとか心霊現象とか、そういうの苦手だったろ?」

「べつに? 私、もう十八だよ? ぜんぜん気にしてないし」


GUUUUUUUUUUUUUUUU――――

(私の分、ちゃんと残しておいてくださーぃ)


「りゅ、竜司!」

「なんだ?」

「あの、ご、ご飯のおかわりもういい?」

「いや、大丈夫だ。それより、もう飯食い終わったんなら、風呂沸いてるから入ってきたらどうだ?」

「お、お風呂? 私一人で?」

「そりゃそうだ。まあ、後片付けは俺がやっとくからさ。ゆっくり浸かってこいよ」

「う、うん。じゃ、お先にいただきます……」


 そう言って、小虎は着替えを持って浴室(バスルーム)に入っていった。それとほぼ同時に、魔法を解いて姿を現したエルミヤさんが、テーブルの上の料理を手当たりしだいにガツガツ食い始めた。

「リュージしゃま(もぐもぐ)! 小虎お嬢しゃまはお料理の天才でしゅね(もぐもぐ)! どれもこれも一級品でしゅ(もぐもぐ)!」

「おい、ほどほどにしといてくれよ。それよりこれから、さっき決めた通り首尾よく頼むぜ?」

「ふぁい(もぐもぐ)! 了解でしゅ(もぐもぐ)!」


 俺は先ほど、キレイに片づけられた寝室のベッドに、小虎が持参したらしい枕が置かれているのを見つけていた。その枕には派手な字で大きく「YES(イエス)!」と書いてある。試しに裏返してみると、そこには「OH(オー)YES(イエス)」と書かれていた。イエス・ノー枕ならぬイエス・オーイエス枕に、小虎の並々ならぬ決意と覚悟を感じずにはいられなかった。

 だが組長(オヤジ)の手前、若頭(カシラ)である俺が一人娘に手をつけるわけにはいかない。ここは、小虎にはなんとしても帰ってもらわねば。


「竜司。お風呂、お先にいただきました」

「なんだお嬢、やけに早かったな。ちゃんと(あった)まってきたのか?」

「うん。べつになにもなかったよ」

「あ? まあいいか。じゃ、俺も入ってくるから、居間でちょっと待っててくれよ。――これから、俺たちにとって記念すべき長い夜になりそうだしな」

「う、うん。わかった、竜司」

 風呂上がりの火照(ほて)りのせいか、顔を真っ赤にした小虎が答えた。



 俺とエルミヤさんが立てた作戦とは、こうだ。子供のころからヤクザや不良相手でも平気で向かっていく小虎だが、彼女はオバケや幽霊などの得体のしれないものがとにかくダメだった。町の催しの肝試し大会で、恐怖のあまりさんざんに泣き喚いたこともある。

 その小虎に、エルミヤさんの魔法で部屋中の物を動かしてもらい、いわゆる「ポルターガイスト現象」を見せようというのである。


 リビングのソファに座って、冷たい炭酸水(ソーダ)を飲みながらくつろいでいた小虎。静かな夜更けの賑やかしにと、リモコンでテレビをつけたが、すぐに切れてしまう。


「あれ?」

 もちろんこれは、姿を隠したエルミヤさんが魔法でリモコンを操作しているのだ。


「マジ?」

 何度やっても、電源が切れるテレビ。そのうちに、テレビが手前に向かって倒れてきてしまった。思いがけない出来事に、思わず悲鳴を上げる小虎。


「キャッ! ちょ、り、竜司……」

 エルミヤさんのポルターガイストはまだまだ続く。調子に乗った彼女は、木の杖(エル・モルトン)を振りながら部屋中のものをつぎつぎと浮遊させはじめた。


「ウ、ウソでしょ?」

 目の前であらゆる家具や小物が上下左右、縦横無尽に飛び交っている。小虎は、頭を抱えるようにしてこの奇妙な現象に耐えていた。


「キャーーーーッ!」

 そしてついに、小虎の座っていたソファそのものが空中に浮かび上がった。そしてつぎの瞬間、けたたましい音を立ててソファが床に落下。小虎は息もたえだえに、俺のいる浴室へと駆け寄ってきた。



「どうした? お嬢」


「りゅ、竜司! お、おばおばおばおば……」


 慌てふためく小虎が、俺のいる浴室のドアを開けたその時だった。小虎の目の前に、着物を着た白髪の老婆が現れ、金切り声を上げながら彼女にしなだれかかったのだ。



「ギィヤアァーーーーーーーーーーーーッ!」




 その姿を見た小虎は、半狂乱になりながら玄関から飛び出していった。彼女のことは生まれた時から知っている俺だが、あそこまで我を忘れた状態の小虎を見たのは初めてである。彼女には悪いが、あの様子では当分この部屋には寄りつくまい。



「エルミヤさん、やるじゃねえか。バッチリだったよ」

「そうですか? 幽霊のしわざに見えたのならよかったです。小虎お嬢さまには、ちょっとお気の毒ですけど……」

「それに、最後に出てきた婆さんのオバケなんて、かなりの迫力モンだったぜ」

「え? お婆さん、ですか?」

「ああ」

「いえあの、私、そんなの出してないですよ? 念動魔法(キネティックス)を使って、お部屋の中の物を動かしただけで――――」




RRRR―――― RRRR――――


 その時、突如俺の携帯(スマホ)が鳴った。表示されていたのは、俺の知らない番号(ナンバー)だった。俺は恐るおそる、応答ボタンを押した。



「おひさしぶりねぇ、竜司くん。わ・た・し。ふふ、元気してたぁ?」


「あ、亜也子(あやこ)か?」

 俺は、安堵と感嘆を込めて言った。困惑した様子のエルミヤさんが問いかける。


「リュージさま、どちらからですか?」



「元女房だ。俺のな」




第六話に続く



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