表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/76

第五話 暴君ミニ虎ムスメ、日本上陸(八)

「さて、と」


 小虎は荷物の中から花柄のエプロンを取り出し、すばやく身につけると俺の方を向いて言った。ロングの赤髪をひるがえらせたその姿は、なんとも初々しい。


「じゃ私、お家ん中片づけちゃうから。台所(キッチン)とか居間(リビング)とかさ」

「あー、それほど散らかってもないと思うんだが……」

「だめだよ。ところどころ汚れてるもん。ねえ、もしかしてあの秘書のエルミヤさんに、炊事洗濯にお掃除とかも、ちょくちょくやってもらってたんじゃない?」

「いや……まあな。なんでそう思った?」

「だって彼女、ご飯が炊けてるのとか買い置きの玉子の数なんかも、ちゃんと把握してたみたいだし」

 なるほどな、さっきの会話でか。だが正確には、彼女はこの家の食いもんにしか興味がないだけなんだが。


「でもあの人、育ちはまあまあ良さげだし性格も穏やかだけど、ちょっと抜けてるっていうか、なんでもテキトーに済ませてる気がするんだよね。侠気(おとこぎ)があって真面目な竜司とは、ちょっと合わなそう」

 その言葉を聞いて、俺のそばに立っていたエルミヤさんは顔を(しか)めた。もちろん、その姿は小虎には見えていない。


「それに、やっぱ公私混同はよくないよ、竜司。エルミヤさんには会社の仕事だけに専念してもらって、これからはこの家のことは、ぜんぶ私に任せてね」

 実際のところ、ありとあらゆる家事は俺が一人でやっているのだが、どうやら小虎はエルミヤさんにかなりの対抗(ライバル)心を抱いているようだ。


「わかった、お嬢。俺も、何か手伝おうか?」

「いいって。竜司はゆっくりお部屋でお茶でも飲んでて」

「そ、そうかい? (わり)ぃな」

 そう言いながら俺は、湯呑を片手に自分の寝室へと引っ込んだ。



「リュージさま! 私って、そんなに抜けてます?」


 後ろ手に寝室のドアを閉めた俺に向かって、唇をとがらせながら反論の言葉を述べるエルミヤさん。俺は人差し指を口の前に立てながら、彼女の声を制した。まあふつうに、抜けてるか抜けてないか、と言われれば抜けてる、とは思うが。

 その時、俺のポケットの中の携帯(スマホ)が鳴った。


「おう、休みのとこすまんな竜司。今、いいか?」


 小虎の実の父親にして針棒組の組長である、針猫(はりまお)権左(ごんざ)からだ。百戦錬磨のこの俺も、今一番聞きたくない人間の声を耳にして、思わず背筋に冷たいものを感じた。


「い、いえ。どうかしやしたか?」


「実は、小虎のことなんだが……」

「お嬢が何か?」

「今朝、やけにでかい荷物持って、家を出たんだよ。昔の親友(ツレ)んとこにしばらく泊まるっていう話だが、ちょいと気になってな」

「ああ。なんでも、お嬢の小中からの幼なじみと会うんだとか」

「お前知ってるのか、竜司。その子の名前はなんていうんだ?」

「えーっと、たしか前園(まえぞの)(ゆたか)って子っすね」

「なにぃ? ()()()だあ? おい、まさかそいつは男じゃねえだろうなあ!」

「いえ、間違いなく女の子っすよ。近くの『(やす)(ろう)』ってスーパーでバイトしてる高校生の娘で、俺も多少面識が」

「そうか、ならいいんだが。嫁入り前の娘が男ん()に外泊なんて、とんでもねえ話だからな。そんなことがあったら、相手の野郎ともどもタダじゃおかねえ」

「大丈夫っすよ、オヤジ」

 まさにその嫁入り前の娘が、男の家に押しかけて逗留しようとしているのだが。しかもその相手の男は、俺だ。

 いっそここで、オヤジに何もかも洗いざらい話しちまうことができれば楽なのだが、そうすると今度は小虎の方から不興を買う。なんとも厄介な問題である。


「とにかく竜司、小虎を気にかけてやってくれ。大学生っていっても、(トシ)はまだまだ子供だ。つまらねえ男に引っかからんようにな」

「へい、承知いたしやした」

 そう言うと、オヤジからの通話は切れた。


 やはり、小虎に対するオヤジの溺愛っぷりは相変わらずだ。とくに、男関係についてはかなり神経を尖らせている。さっきの結婚計画の話など、もしオヤジが知ったら天地がひっくり返る騒ぎになるだろう。



「それでリュージさま。小虎お嬢さまのこと、どうされるんです?」


 心配そうな顔をして、エルミヤさんが尋ねてきた。もちろん、隣の部屋にいる小虎に気づかれないよう、小さな小さな声でだ。


「ああ。このまま、なし崩しに同棲ってのはマズいな。オヤジにばれたら、小指どころか片腕詰めても済みそうにねえぜ。かと言って、おとなしく俺の言うことを聞く性分じゃねえし……」

「ご自分からお帰りいただくのが一番いいんですけど……。小虎お嬢さまって、なにか苦手なことやお嫌いなものってないんですか?」

「そうだな……。昔からとにかく怖いものなしだったが……」

 そう言いながら、俺はしばらく考え込んだ。ていうか小虎(ヤツ)は、この世のありとあらゆるものに対してほぼ無敵、って気がするが――


「……あー、ひとつだけ、あるこたぁあるんだが、どうかな」

「それは、なんなんですか?」

 俺は、エルミヤさんの耳元でささやいた。それを聞いた彼女は、思わず「ええっ?」と声を上げそうになり、あわてて口元を押さえた。


「それ、やってみましょう!」




続く



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ