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転生生活二日目(2):黄金

 マテラが現れたことで元気になったアウラさんは、懐から一枚のカードを取り出した。

 彼女がそれを無造作に破り捨てると、ポンッと音がして、煙とともにテーブルセットが現れる。

 おしゃれなテーブルが一卓と、それに合わせたデザインの椅子が二脚。

 ……これもこの世界の道具なのだろうか。

 自分が驚いて固まっている間に、マテラは風呂敷をほどいてサンドイッチのような食べ物を広げていた。


「うわぁ、美味しそうだね、マテラちゃんが作ったの?」

「いえ、違います……」

「そうなんだ、まいいや。早速食べましょう!」


 アウラさんは一つをつまみ上げて、パクリと勢いよくかじりついた。

 自分もそれに続いて手前の一つを手に取ってみる。

 パンの質は、前世と比べてほとんど変わりない。

 口にしてみると、少しパサパサとしている。

 アウラさんの『マテラ依存症』も、時間が経つと落ち着いたようで、今はマテラをうっとりした瞳で眺めるだけに留まっている。

 本気で嫌がっているなら止めようと思うけど、今はマテラも拒絶していない(無視はしている)ので、しばらく様子見をしよう。


「そういえばチシロさん、チシロさんはどこか『ギルド』に所属していますか?」

「ギルド……ですか? 今のところ自分は、どこにも所属してないですけど」

「それならぜひ、私のギルド……『黄金(くがね)』に入りませんか? 実は私、ギルマスなんです」


 ギルマス……というのは、ギルドマスター。つまりギルドで一番偉い人、ということだろう。

 こんな小さな子が? とも思ったが、異世界ではそれが当たり前なのかもしれない。

 アウラさんの目的は自分ではなく、自分についてくるでマテラなのだろうけれど……


 考えながらマテラに視線をやると、目が合ったら黙って頷いた。

「チシロさまがギルドに入るのは構いませんが……そもそも黄金(それ)はどのようなギルドなのですか?」

「そうだったね、マテラちゃん! えっと、黄金は……これ見せた方が早いかも!」

 アウラはそう言って、ステータスカードより少し大きなカードを取り出した。

 カードの表面を触れて何かを操作すると、表面に文字が浮かび上がる。


<<黄金>>

 ギルドマスター:アウラ・ヴァシランド

 ギルドメンバー:     1人

 ギルドランク:ゴールドランク

 主要産業:なし

 総資産:120G

 実績:

・15年前:ギルド創設

・15年前:ギルドメンバー5人突破

・15年前:ブロンズランクに昇格

・14年前:シルバーランクに昇格

・13年前:ギルドメンバー10,000人突破

・13年前:ゴールドランクに昇格

・12年前:プラチナランクに昇格

・12年前:ギルドメンバー100,000人突破

・11年前:マスターランクに昇格

・10年前:ギルドメンバー1,000,000人突破

・3年前:ギルドマスター交代

・2年前:プラチナランクに降格

・2年前:ギルドマスター交代

・2年前:ギルドマスター交代

・2年前:ギルドマスター交代

・1年前:ゴールドランクに降格

・1年前:ギルドマスター交代

 ……省略(ギルドマスター交代の実績が30近く並んでいる)

・1年前:ギルドマスター交代


 これ、あれだ。

 特に後半は壮大な『ギルマス』というジョーカーを押しつけ合う『ばば抜き』になっている。


「……アウラ? これはいったい、何があったんですか?」

「いやぁ〜、久しぶりに見たけど、ひどいね! なんか気づいたら、私一人になってたんだよね」

 アウラは悪びれることもなく、そう口にした。

 まあ実際のところ、彼女だけが悪いのではないと思うが、それにしても……ひどい。

 カードを見たマテラも、同じことを思ったのか、険しい表情をしている。

「チシロさま……これはさすがに」

「でもマテラちゃん、逆に考えて! このギルドに入れば『ゴールドランク』のギルドを、好き勝手にできるんだよ?」

「ですがサポートブックには『ゴールドランク』を維持するために、何万Gもの税金を納めなくてはならないと、書いてありましたが?」

「お願いっ! これからはまじめに運営するから! マテラちゃんに苦労はかけさせないから!」


 マテラはそれを聞いても渋い顔をして、最終的に自分の顔を仰ぎ見た。

「そうだね……アウラ。自分がこのギルドに入ると、何か制約はある? ノルマを達成しないと……とか」

「ないよ! それは約束する。チシロさんとマテラちゃんには、お願いはしても強制はしないよ!」

「それなら……例えば、自分たちが別のギルドに入りたいと思ったときは?」

「そのときは辞めて良いよ。私も二人についてくから!」

「なるほど……まあ、そういうことなら自分は良いと思う。マテラは?」

「チシロさまが、そうおっしゃるのなら……」


 ということで、自分たちはとりあえず『黄金』というギルドに加入することにした。

 自分のステータスカードを、アウラの持っていたギルドカードに重ねると、


<<ギルド(黄金)に参加しますか?>>

[はい][いいえ]


 と表示されたので[はい]をタップする。


<<ギルド(黄金)に参加しました>>


 画面が切り替わり、数秒立つと画面はフェードアウトした。

 これで、自分は正式に『黄金』のメンバーとなったらしい。

 だからといって何かが大きく変わったわけではない。

 目に見える変化といえば、ステータスカードの名前の横に【金】と黄色い文字が追加されたぐらいか。


「ありがとう! マテラちゃん達はこの後、どうするの?」

「そうですね……チシロさま、どうしましょう。私はもう少し、薬草を集めたいのですが」

「そうだね。自分たちはこの後、少し薬草を集めてから、宿に戻ることにしようか」

 マテラに答えながらアウラを見ると、彼女は顎に指を当てて考えるそぶりをする。

「マテラちゃん達が泊まる宿って、このあたりなら『エルフの集落』とか?」

「そうです。自分たちは、当分その宿を拠点に活動しようかと思ってましたが……」

「そうなんだ! それなら……私は一足先に戻ってるから、二人はゆっくり帰ってきてね!」

 そう言って、アウラはにやりと笑って走り去っていった。

 自分たちはそれを見送って、再び森の散策を続けることにした。


 ◇


 日の暮れかける時間まで森で薬草を採集した自分たちが、宿のある集落に近づくと、なにやら少し騒がしいようだった。

 集落の外にまで、言い争いの声が聞こえてくる。

「お願いです……この村をギルドの拠点にする許可をください!」

「いやそう言われても、何せこんな小さな村だから、手続きとかもわかんねぇぞ……」

面倒ごと(そういうの)は全部私がやります。皆様に迷惑はかけませんから!」

「だけどねぇ……ほら、形式上は私が村長なんてことになってるけど、私一人で決めるわけにもいかんじゃろ」

 集落の中に入ると、そこではアウラが村の偉そうな人と何やら交渉をしているようだった。


「チシロさま、どうします? 加勢しますか?」

「いや、あの様子じゃ火に油を注ぐことになりそうだ。一旦宿に戻ろう」

「そうですね、依頼が達成されたことを報告しないと、ですね」


 アウラを無視して宿に近づくと、宿の主人は外に立っていた。

 自分たちが近づくと、手を上げてこちらに近づいてくる。

「おう、お客様! ……依頼は無事に?」

「はい、この通り。無事にクリスタルを交換してきましたよ!」

 装置から外した真っ黒なクリスタルを宿の主人に見せると、彼は満足そうに頷いた。

「思ったよりも、魔力が溜まっているな……まあ、とにかくありがとう。約束通り、報酬として宿泊費は無料だ」

「約束……?」

 マテラに目線をやると、納得したような顔をしている。どうやら、マテラがクエストの依頼を受けたときに、そういう約束をしていたらしい。


「ところで……お客様。あそこのあれは、お客様の知り合いで?」

 宿の主人が指さす先では、アウラと村長がまだ話し合いを続けていた。

「そうです……そうだ、一つ相談があるんです」


 自分が、森でアウラと出会い、流れで『黄金』に入ることになったことを話すと、宿の主人は目を丸くして驚いた。

「ゴ……ゴールドランクのギルド!? そいつぁすげぇ、お客様、いいギルドに入れましたようで!」

「それで、その……多分アウラはこの村を拠点にしたいと考えてるみたいなんですが、あの村長を納得させる方法はないでしょうか」

「んなこと言われても……まあ、少し考えさせてくれ」

 宿の主人はそう言うや、宿の中へと戻ってしまった。

 まあ確かに、あの状況をなんとかしてくれといわれても、どうしようもないのはわかる。

 仕方がないので、自分たちはアウラと村長が言い争いをしている渦中に飛び込むことにした。


「……ですから、その場合は私たちのギルドが責任をとりますから!」

「責任って……被害が出て、取り返しのつかないことになってからでは遅いでじゃろう」

「取り返しのつかないことって、なんのことですか!? 具体的に言ってください、大丈夫だと証明して見せますから!」

「そりゃそんなこと、やってみないとわからんじゃろうが! わしもお前もわからん何かがあったとき、どうするつもりなんじゃ!」

「ですから! そんなことは起こらないと言っているのが、なぜわからないんですか!」

「わからんのは、お前の説明が足りんからじゃ!」


 近づいていくと、地獄のような会話が繰り広げられていた。

「うわ……泥沼だこれ」

 思わず声が漏れると、アウラと村長がこちらを向く。どうやら気づかれてしまったらしい。

「チシロさん! チシロさんもこの分からず屋に言ってやってください!」

「分からず屋とは、何じゃ! それが、人に頼みごとをする者の態度か!」

「でも、頭が硬いことは確かじゃないですか……この、屁理屈石頭!」

「なんじゃと? この、零細ギルドのギルマスの分際で!」

 売り言葉に買い言葉……とは、このことなのだろう。

 このままだといつまでも続けてしまいそうだ……自分の話を聞いてもらうために、まずは二人を分離する必要がある。


「自分は村長の相手をするから、マテラは……アウラをお願い」

 マテラをアウラに押しつけると、アウラの奇声とマテラの悲鳴が聞こえた気もするけど、それは後で謝ることにしよう。

 突如割って入った自分に、村長がいぶかしげな目を向ける。

「……何者じゃ?」

「初めまして、村長さん。自分は、チシロです。さっき彼女が話していた『黄金』の一員です」

「ふんっ誰がなんと言おうと、わしらが考えを変えることはないぞ?」

「まあそう言わずに……そもそも、なぜ反対なんですか?」

「ギルドの拠点化することのデメリットがあるからじゃ! わしらは誰も、そんなこと望んでおらん!」


 どうやら、この村長にはちゃんと、村長としての考えがあるらしい。

 少なくとも単なる我が儘で言っているようではなさそうだ……

 説得をしようにも、自分にはメリットもデメリットもわからないから、交渉の材料すらない。

 出鼻をくじかれていると、自分の肩を後ろから誰かが軽く叩いてきたので振り返る。

「お客様、よく鎮めてくれた。ここから先は俺に任せておきな!」

 そこには、笑顔で親指を立てる宿の主人がいた。

 そしてそのさらに後ろには、数十人の村人の姿が。

「村長……この話、受けるべきですぜ!」

 宿の主人が村長にそう語りかけると同時に、彼の後ろからは「そうだぜ!」と賛同する声がいくつも上がる。

 宿の主人が一番に行ったのは、交渉に加勢することではなく地固めを行うことだった。

 この集落は都市部から離れた森の中にあるためか、両手で数えられるほどしか人がいない。

 宿の主人は集落の一人一人を説得し、世論を作り上げてから村人全員で交渉に来たということになる。

 ……この主人(おとこ)、なかなかの策士だ。


「……それにこの森の異常を解決してくださったのも、このお客様(チシロさん)や。この村にはこのお方に恩があることになる。かけられた恩は、返さねばならんやろ?」

「それも……そうか」

 村長は、宿の主人の話を聞いて……というよりも、村人達の様子を見ながら渋々ながらもうなずいた。

 気を取り直したように、自分の方に一歩近づいてくる。

「チシロさん……でしたか。わしらとしても、恩を受けっぱなしというのは落ち着かん。何か、望みがあるならば言ってくだされ」

「え、じゃあ、この村をギルドの拠点にしたいんですが……?」

「もちろんですじゃ! 皆も、異存はあるまい!」

「オォーーーッ」

 村人達の雄叫びが、小さな村を激しく揺らした。

 少し離れた場所で、アウラが「なんだこれ」みたいな呆れた顔をしている。

 まあ、世の中なんてそんなもんだよね。

 真面目に一直線が、実は一番遠回りだったりもする。


 その後、アウラは村長と何かやりとりをして、最後に握手をしてから自分たちの元に向かって来た。

「チシロさん、マテラちゃん! これでこの集落……いいえこの街は『黄金』のホームタウンになりました! それではさっそくここに『黄金』の本部を作りますね!」

 アウラはそう言って、近くの空き地へと向かう。

 懐からカードを取り出しながら……どうやら建物を建てる場所を検分しているようだ。

 おそらくあのカードが魔道具で、破ると家が出てくるのだろう。

 そんなマテラの様子を、集められた村人達は興味深そうに眺めている。

「おう、おうあの嬢ちゃん、まさか今から、家を建てる気か?」

「そうみてえだな……気が早いっだが、気に入った!」

「まってろ! 今から余っている材木を持ってくるぜ!」

「だったら設計はこの村一番(ただひとり)の建築家である、この俺様に任せときな!」


 村人達は、次々と自主的に、おのおの材木や工具などを持ち出して、建築予定地に並べていく。

「…………???」

 アウラは「違うそうじゃない!」と今にも叫びだしそうな顔で、その様子を眺めている。

 村人達が、完全な善意から動いているから、それを「やめてくれ」とも言い出しづらいのだろう。

 自分もその様子を見て、苦笑いするしかない。

 立ち往生する自分たちを見た宿の主人は、少し自慢げな顔で胸を張っている。

「とまあ、こういう奴らなんだ。お客様と嬢ちゃんは、今日はうちの宿に泊まることにしな。大丈夫、金取ったりはしないから」

 その後マテラは言い出すタイミングを見いだせず、結局この日も宿で一泊することになった。

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