転生生活1日目(5):マテラ
箸休め的な話なので短めです
日が落ちて間もないというのに、チシロさまはすぐに横になってしまいました。
転生の手続きや慣れない森の散策で疲れたのでしょう。
今はもう、ぐっすりと眠っているようです。
さて、チシロさまはすやすやと寝息を立てているのですが……私はどうにも眠くありません。
そもそも、お守りという『物質』である私に、睡眠は必要なのでしょうか。
コンコン、コンコン……
チシロさまがお休みになられてから10分ほど経った頃、ドアをノックする音が聞こえました。
「お客様、ちょっと相談があるんだが!」
どうやら、声の主は宿の主人のようです。
大きな声だったのですが、チシロさまは気づいた様子もありません。
せっかくお休みになられたのに、起こしてしまうのも申し訳ないです。
ここは私がチシロさまに代わって、対応することにしましょうか。
「お客様? ……もうおやすみかな?」
「はいはい、今行きますからお待ちください!」
「おお、起きていらしたか……って、ええ!?」
身体全体でドアノブを下げて、扉を開ける私を見た宿の主人は、驚いた顔を見せました。
「ああ、すいません。名乗り遅れました、私はマテラ。チシロさまの……精霊のようなものです」
「そ、そうやったか……まさか精霊の使い手だったとは。ただ者じゃないと思ったんだ」
私は、私が何者なのかもよくわかっていませんが、おそらく、宿の主人が想像する精霊とは別物なのでしょう。
まあ、細かいことは気にしても仕方がないですね。
「それでご主人、チシロさまはすでにおやすみですが、相談とは一体どのようなことで?」
「ああ、そのことなんだがな……実は、お客様に依頼したい特別クエストがあったんだ」
「クエスト……ですか」
チシロさまがスライム相手に苦戦していた様子を思い出していると、宿の主人は
「最近、森の魔獣が活性化してる。原因を調べたら、森の奥にある『魔力管理機』が不具合を起こしているのが原因のようなんだ……」
「つまり私たちに、その機械を直してこいと?」
「そゆこと。森には危険な魔物が出るから、俺たちみたいなのは近づけないんだ」
危険な魔物……ですか。
「あの、こう言ってはなんですが、私やチシロさまには、ほとんど戦闘能力がありませんよ?」
「いやいや、ご謙遜を! あなた方は護衛も無しで、この森を抜けてきたのでしょう?」
「……はて?」
「お客様方は見ない顔だ。森の外から来たのでしょう、それだけで実力を証明するには十分でさ!」
この人はどうやら、私とチシロさまが、魔獣を倒しながら森を突き進んできたのだと思っているようです。
実際は街道でスライムと遭遇しただけなのですが……
「とにかく、そういうことでしたら、チシロさまがお目覚めになったら私から話をしておきましょう」
「そいつは助かる!」
「受けるかどうかは、チシロさまが判断します。……ところで、ちょうど聞きたいことがあったのです。私に『調合のやり方』を教えていただけないでしょうか?」
宿の主人は少し悩んでから、部屋の中、机の上に置かれた薬粉を見て、何かに気づいたように頷きました。
「……もしかしてうちの機材の使い方がわからんかったのか?」
「いえ、それもあるのですが、チシロさまは転生者です。私もこの世界に来たばかりなので……できれば、薬作りの基礎から全部、教えてほしいのです」
何せ、あれだけの機材をそろえるぐらいなのですから、この人は製薬に詳しいのでしょう。
私がチシロさまの役に立つには、知識があって損するということはないでしょう!
「そういうことなら、この俺に任せておきな! 製薬の知識なら、ちょっとした自信があるからな!」
「はい、お願いします、先生!」
私と宿の主人は、チシロさまのおやすみになっている部屋に外から鍵をかけて、早速調合室へと向かうのでした。