転生生活1日目(4):クエスト(2)
森といっても、自分が転生した森とは違い、人が通る道があって普通に歩きやすくなっていた。
道の脇に、適当に生えていた草を引き抜いて、試しにステータスカードで鑑定をしてみることにした。
<<草(名称不明)>>
それは、見ればわかる。
「さて、どうしたものか……」
「チシロさま、その草を少しのあいだ、貸してもらえませんか?」
「貸すっていうか……返さなくても良いけど」
名称不明のただの草を受け取ったマテラは、突然妖しげな光りを放った。
光りは小さな粒子となって草を包みこみ、数秒後に弾けて消えた。
「チシロさま、この草はどちらかというと……山菜のようですね」
「山菜……?」
「はい。毒も薬効もなく、栄養価はある確認できました」
「そうなんだ……解析? 魔術を使ったの?」
「はい。ステータスカードの『鑑定』を真似て。やってみたらできました!」
やってみたらできた、らしい。
これが377の魔法力か……
「チシロさま、役割分担をしましょう! 私はフードの中で解析をするので、チシロさまは手当たり次第に草を引き抜いてください!」
「そう言うことなら、少し森の奥に進んでみようかな……」
ということで……
そこから、地味な作業が数時間ほど続いた。
生えている草を、ちぎってはフードに投げ込み、ちぎってはフードに投げ込む。
とはいえ単調作業を続けているとだんだん飽きてきたので、最後の方は珍しそうな草以外は無視して、散歩しているような状況だったけど。
「……ん?」
街道から枝分かれした細道を進んでいると、周りとは雰囲気の違う空間があった。
森の中に、小さな建物がいくつかあるようだ。
「ねえ、マテラ?」
「どうしましたか、チシロさま?」
「あれなんだけど……」
建物のある方を指さすと、マテラは目を凝らし、少し考えるようなそぶりをした。
「どうやら、小さな村があるようですね……せっかくなので寄ってみませんか? 運が良ければ、今日の宿が見つかるかもしれません」
確かに、マテラに言われてから気がついたけど、日が暮れ始めたのか、少しずつ辺りが暗くなってきたようだ。
今から街に戻るとなると、真っ暗になってしまう可能性もある。
だとしたら、この村に宿泊させてもらうのが良いのかもしれない。
村に近づくと、木製の立て札に『エルフの集落』と書かれているのが目に入った。
村に入ると森に溶け込むように木製の建物が散在しているようで、自分たちはその中に『宿屋』の看板を下げている店を見つけたので、早速向かうことにした。
扉を開けると、取り付けられた鈴が鳴り、しばらく待つと、がたいのいい男性が現れた。
「へい、いらっしゃい。お客様は、お一人様か?」
「え、うーん……まあ、はい。自分一人です」
「そうか、上の部屋が空いてるから好きに使いな! 宿泊料は、帰るときに置いていってくれればいいからな!」
声をかけられたときに、つい「一人」と答えてしまったが、マテラを合わせたらこの場合「二人」ということになるのだろうか。
マテラが気にするようだったら、次からは「二人」と答えても良いんだけど、その場合マテラの存在を説明するのが面倒くさいんだよね……
階段を上ると部屋は4つあったけど、人の気配はない。
宿の主人は一階で過ごすようだし、今のところ自分たちだけで2階の全部屋を貸切できる状態のようだ。
まあ、こんな森以外何もないような集落に宿泊する人は珍しいのかもしれない。
一番奥にある部屋の扉を開けると、ベッドと机しかないような簡素な部屋で、うっすらと埃の積もった机の上には部屋の鍵が置かれていた。
窓が開いていたからなのか、あるいは定期的に掃除されているのか、中に入ってもほこりっぽいということはなく、ベッドに腰掛けてみるとある程度はちゃんと柔らかい。
この世界の基準を知らないからなんとも言えないけれど、最初の夜を過ごす場所としては、悪くないのではなかろうか。
壁のハンガーにローブを掛けると、フードの中からマテラがふわりと飛び出した。
「チシロさま、お疲れ様でした。ご報告しますね」
「うん、お願い」
「まず、チシロさまが採取した草のうち、ステータスカードで鑑定して『薬草』と認定されたのは2つだけでした。こちらが、鑑定結果の写しになります」
マテラは名刺ぐらいの大きさの紙を一枚取り出して、机の上に置く。
<<薬草(N00007)>>
効果:他の薬草とブレンドすることで、回復薬を作成可能
買取額:800本につき1G
<<薬草(R00105)>>
効果:他の薬草とブレンドすることで、回復薬を作成可能
効果:すりつぶして水に溶かすことで、回復薬を作成可能
買取額:1本1G
マテラがフードから取り出した鑑定結果に書かれている『買取額』というのは、ギルドで買い取ってくれる金額のことだろう。
つまりこの二本で約1G。日本円にして、約千円ということになる。
半日以上森を歩き回った結果と考えると、時給単価はひどいことになりそうだけど……そこは今は、あまり気にしないことにしよう。
「……まあ、あれだけ歩いて一つもないよりは、マシかな」
「はい! そしてチシロさま、次に解析の結果ですが……薬草としての効果が認められそうなものがいくつかありました。……推測ですが、このままでも2Gぐらいにはなりそうです」
「さっきのと合わせて3G、日本円に直すと三千円か……これは、なかなか大変そうだね」
前世の日本では、外食とかをすれば普通に一日三千円近くは消費していた。
ホテルを借りようとすれば、それだけで五千円以上はすることもある。
倹約すれば、暮らしていくことはできるだろうけれど……あまり贅沢はできないかもしれない。
「チシロさま、提案なのですが……この薬草を加工して『回復薬』を作ってみませんか?」
「回復薬? それは良いけど……作り方はわかるの?」
「回復薬の作り方は、サポートブックに書かれています。道具は宿屋などで借りることができるそうです」
なるほど。
自分としては、素人が作った薬を使うのに抵抗があるけれど、この世界ではそれが当たり前なのだろう。
ステータスカードの『鑑定』などで効果を判定できるから、誰が作ったかよりも、どんな効果があるかの方が重視されるのかもしれない。
そう考えれば、ある程度納得がいく。
そうと決まれば早速、自分たちは機材を狩りに行くことにした。
部屋を出て階段を降りると、宿の主人は暇そうに本を読んでいた。
「おや、お客様、お出かけか?」
「いえ……その、森で採った薬草を加工したいので、調合器具を借りたいのですが」
「ああそれなら、地下室を好きに使いな! 使い方は……まあ、わからなかったら聞いてくれ」
宿の主人が指さす場所には、地下に下りる階段があった。
階段を降りるとそこには『調合室』と書かれた看板がある。
「気前のいい人ですね。この宿にしばらくお世話になっても良いかもしれません」
「そうだね。どちらにせよ、自分たちの活動拠点を決めないといけないしね……」
何せ自分は、この世界にはまだ、居場所がないから。
「……まあ、それはゆっくり決めていこう。マテラ、調合の手順は本に書いてあるんだっけ?」
「はい、こちらのページになります」
マテラがフードから取り出して開いたページには、簡単なイラスト突きで調合の方法が書いてあった。
<<【誰でもできる!】回復薬の作り方>>
①薬草を『薬研』ですりつぶします
②すりつぶした薬粉を『製薬機』に投入します
③水を適量(別紙参照)投入します
④機械のスイッチを入れて、10分ほど待ちましょう
⑤機械から取り出して瓶に詰め直せば完成です!
なんというか、まあ……うん。
ほとんど、機械任せじゃん!
といいたくなるような、本当に「誰でもできる」という言葉の通りだった。
しかもこの一手間で、薬草を回復薬に加工するだけで、取引価格は数倍から数十倍に跳ね上がるらしい。
サポートブックが『薬の調合』を推奨する理由が、よくわかった気がする。
「それじゃあ、さっそく調合に挑戦しよう!」
気合いを入れるように小声で呟いて、扉を開けて『調合室』の中に入る。
なんとなく、学校の理科室みたいなのをイメージしていたのだけど、そこにあったのは自分の想像とは違う光景だった。
目に入るのは、何に使うのかもわからないような巨大な機械。
綺麗に掃除されていて、部屋全体がつるつると輝いているようですらある。
機械にはプレートが貼り付けてあるから、まずは『薬研』を探そうとするのだけど、見つかったのはよく似た名前の『全自動薬研機』だった。
「チシロさま、これ……本に載ってるのと違いませんか?」
マテラが言ったのと全く同じ感想を、自分も感じていたところだった。
薬草を手ですりつぶすような機材ではない。おそらくこれは、研究機関などで使われるレベルの最新機器だ。
試しに、取引価格が安い方の薬草を、入り口と思われる部分に投入してみる。
ブウゥン……ブウゥン……
何かが高速で回転するような激しい音の後「チィン!」と音が鳴り、反対側から粉末の入った袋が三つ排出された。
本の補足欄には「粉末にするのに約30分、根気よくすりつぶしましょう」と書いてあるのに、薬草を入れてから粉砕が完了するまで数秒しかかかっていない。
一つ一つの袋に、ステータスカードをかざして鑑定してみる。
<<青の粉末(高品質)>>
効果:鎮静
<<白の粉末(高品質)>>
効果:除去
<<茶の粉末(高品質)>>
効果:なし(不純物)
これは……さっきの薬草が、効能ごとに分離されたのだろう、きっと。
「ど、どうやらこれが『薬研』の変わりのようですね」
「そうだね……別の草も試してみようか」
こんどは試しに、マテラが『毒草』と解析した草を入れて、数秒待つ。
さっきとは違う色の粉が出てきたので、こちらも鑑定してみると……
<<黒の粉末(高品質)>>
効果:付与
<<麻痺毒の粉末(高品質)>>
効果:麻痺
<<茶の粉末(高品質)>>
効果:なし(不純物)
「やりました! さすがです、チシロさま! 麻痺毒の抽出に成功しましたね!」
うん。自分達は特に何もしてないんだけど、結果オーライだね。
調子に乗った自分たちは、他の草もどんどん投入してみることにした。
薬草が粉砕されていく様子を見るだけでも楽しい。
普通の雑草からでも、時折レア(っぽい色の)粉末が出てきたりするし、逆に、高価そうな薬草なのに、ほとんどが茶色の粉末(不純物)ということもあった。
ひたすら機械に草を投入して、出てきた粉末を種類ごとに分類する。
そうして、だいたい全部の草を投入し終えたタイミングで、自分たちは致命的な問題に直面した。
同じタイミングで、同じことに気がついたのだろう。
マテラも、自分の方を見ながら顔を青ざめている。
「チシロさま、大変です! ……次の工程で何をすればいいのか、さっぱりわかりません」
「……そうだね、どうしよう」
調合室の中にはそれはもう、様々な機械が置いてある。
だけど自分たちにとっては肝心の『製薬機』が置いてない。
仮にこの『合成製薬調合機改』が製薬機だったとして、投入口は? 水はどこに入れれば? そしてスイッチはどこ!?
「まさかこんな罠があったとは。最新機械……恐るべし」
まあ、宿の主人に聞くしかないだろう。
調合室から顔を出したら、楽しげな話し声が聞こえてきた。
どうやら村の誰かと話が盛り上がっているみたいた。
余所者の自分が、それを遮って聞きに行くのも申し訳ない。
「チシロさま、これ以上考えてもわかりませんし、部屋に戻って休みませんか?」
マテラの提案通り、自分たちは調合室を片付けて、自室に戻って休むことにした。
「疲れたから、少しの間横になるね。宿の主人が来たら、起こして……」
ベッドに入ると、今日の疲れが怒涛のごとく睡魔として襲いかかってくる。
(そういえば、部屋の鍵をかけたっけ……?)
(あ……宿の主人に「調合室は今日はもういいです」って伝えなきゃ……)
いろいろな考えが頭の中をよぎるけど、体がいうことを聞かない。
なんだかんだいろいろあって、想像以上に疲れていたのかもしれない。
(まあいいや、明日できることは、明日やろう。今日はもう、寝よう)
他に客もいないみたいだから、鍵はまあ……大丈夫だろう。
宿の主人も、自分達が調合室にいないのを見たら「あきらめたのだろう」と察してくれるだろう。
調合の進め方は……それこそ、明日でいいか。
そう思って意識を手放して、転生生活の1日目は終わりを迎えた。