転生生活1日目(3):クエスト(1)
マテラに促されるまま、自分たちはギルドへ戻ることにした。
ついさっき素通りしたロビーの壁には、よく見るといくつかの掲示板がある。
近づいて確認すると、薬草や鉱石などの『採集』や魔獣などの『討伐』、土地や要人などの『護衛』など、様々な仕事依頼が張り出されているようだ。
サポートブックを確認した限りだと、採集系のクエストは、素材を採集してからギルドなどに納品すれば、自動的に達成扱いになるらしい。
討伐系のクエストも、討伐数が自動的にステータスカードに記録されるらしく、討伐数に応じて自動的に報酬が振り込まれるのだとか。
護衛などのクエストは事前に手続きが必要になるのだけど、信用がない自分たちを雇う人もいないだろうから、今のところは関係がない。
いろいろな仕事があるんだな……と思いながら確認していると、マテラが何かに気づいたようにフードの中から身を乗り出して掲示板を指さした。
「チシロさま、この中ですと……まずは『スライム討伐』あたりがオススメではないですか?」
確かに、スライム討伐と言えば、RPGとかの定番ではある。
依頼を確認すると、スライムを除去すれば、十匹につき1Gがもらえるらしい。
「なるほど……とりあえずスライムを見かけたら戦うことにしようか」
「はい! スライムは、森などで多く見られるそうですよ、チシロさま!」
「森だったら、ついでに薬草の採集とかもできそうだし、ちょうど良いね」
「はい。では早速森へ向かいましょう!」
ちなみに、クエスト掲示板の隣には「パーティーメンバー募集」や「ギルドメンバー募集」の掲示板もあった。
いずれはこういうのも利用することになるのだろうけれど、こちらは今は保留かな。
自分はまだこの世界に転生して間もないから、ギルドやパーティーの善し悪しや、自分にとっての向き不向きとかも判断できない。
それに、なんというか……まずはいろいろ一人で試してみたいというか。
見知らぬ人に声をかけるのが少し怖い……というのも、ある。
めぼしいクエストをメモした自分たちは、次は装備を調えることにした。
ギルドの近くにあった商店で軍資金を切り崩し、冒険者用とお薦めされた武器や道具を買いあさる。
ちなみに、この店の商品のほとんどは中古品で、大きく破損していなければ買ったときの8割ぐらいの金額で買い取ってもらうこともできるらしい。
まさに、転生したばかりの冒険者が、いろいろ試すのにはちょうど良い店ということになる。
そんなわけで、とりあえず安くて使いやすそうな武器や道具を選んで、最終的に10Gぐらいの買い物になった。
それらを大きなバックパックに詰め込んで、店を出る。
こんな大きな荷物を持ったまま冒険をするのかと思い、少し気が重くなってきたところで、マテラがフードの中から自分の耳をちょいちょいとつついた。
「マテラ? どうしたの?」
「いえ、チシロさまが重たそうだと思ったので。……荷物は私が預かっておきましょうか?」
「預かる……って? これを? ……さすがに無理じゃないかな」
いくらマテラが空を飛べるとしても、自分でも背負わなければならないほどの重量を、人形サイズのマテラに運ばせるのは、さすがに少し無理があるというか……
などと思っていると、マテラはバックの中から一振りの刀を取り出して、フードの中に突っ込んだ。
少なくとも長さ1メートル以上のそれが、みるみるフードの中に吸い込まれていき、消滅する。
「……え? どういうこと?」
「はい。チシロさま、このローブのフードを少し改造してまして……」
「改造?」
「はい、空間拡張を……なんか、やってみたらできました!」
そう言ってマテラは、買ったばかりの道具を次々取り出して、フードの中に放り込んでいく。
最後にバックパック自体も折りたたんでフードの中に入れてしまい、あっという間に自分は手ぶらになった。
彼女自身は「やってみたらできた」などと言っているが……
試しに、ポケットからステータスカードを出して、マテラに向かって鑑定を発動してみる。
<<マテラ・ミト>>
所有者:チシロ・ミト
魔法力:377
触媒:マテラ(お守り)
「チシロさま、それが私のステータスですか?」
「そうみたいだね。魔法力が三百以上……っていうのが、高いのか低いのかはわからないけど」
「チシロさまの魔法力はゼロですからね。でも大事なのは数字じゃなくて『何ができるか』ですよ、チシロさま!」
その理屈で言うと、自分は『何もできない』ことになる気がするが……
まあ、マテラもそんなつもりで言ったのではないのだろう。
「と、とにかく……マテラのおかげで身軽になったことだし、早速クエストに向かおうか」
「そうですね、チシロさま。地図によると、この道をまっすぐ進めば、森へ向かう街道に出るようですよ」
そんなわけで自分たちは、街を出て近くの森へと向かうことにした。
自分たちが向かうのは、自分が転生した森とは逆方向で、街を出て進んだ先にあるらしい。
自分たち以外は誰も歩いていないのが少し不安だけど、森に続く道はちゃんと整備されていて、地図を見なくても道に迷うことはなさそうだ。
しばらく歩いて、遠くに森が見えてきたころ、ぶよぶよとした塊が道を塞いでいた。
恐る恐る近づいても、特に自分たちに反応する様子はない。
ステータスカードを向けて鑑定をしてみると、すぐにその正体がわかった。
<<スライム>>
画面上にはただ一言、そう書いてある。
「チシロさま、これがスライムのようですね」
「そう、みたいだね。こんな風に道のど真ん中にあったら邪魔だよね」
「討伐対象なので、倒しましょう。チシロさま、どの武器から試しますか?」
「とりあえず、剣とかから?」
「では、こちらをどうぞ!」
マテラがフードの中から取り出した大ぶりの剣を両手に持って、思い切り振り下ろしてみる。
スライムはその場を動くこともなく、剣の刃先がスライムに触れ……そのまま「スカッ」と通り抜けた。
確かに直撃したはずなのに、まるで素振りをしたかのように手応えがない……
「チシロさま……?」
「失敗したかな? もう一度……」
今度は、野球のバットのように剣を握り、縦ではなく横方向にフルスイングする。
剣は確かにスライムに直撃し、そのまま音もなく通り抜ける。
「チシロさま……他を、試してみましょう!」
マテラに言われて剣を諦めて、他にもいろいろな道具を試してみた。
ナイフで削るように斬りつけてみたりもした。
棍棒で殴りつけたり、石を投げつけたり、スコップを突き立ててみたり。
思いつくことは何でも試したけど、何もかもが空振りに終わった感触だけを残す。
なんというか、どれだけ力を込めようとしても、直撃する瞬間に力が抜けてしまうような……
試しにと、マテラが小さなナイフを突き立てると、確かに攻撃を受けた部分が削り取られて地面に落ちる。
マテラは特に、魔力を込めたりしたわけでもないらしく、つまり、このスライムに耐性があるわけではないらしい……
「どういうことですか、チシロさま……?」
「どういうことと、聞かれても……」
結局そのスライムは、マテラがナイフで何度か攻撃すると、ボロボロと崩れて土に戻るように消えた。
自分があれだけ苦労したスライムが、マテラによってあっけなく討伐されてしまった……
「よし、マテラ! 討伐クエストはやめておこう!」
「そ、そうですね、チシロさま! 私たちは森で、薬草集めをしましょう!」
とりあえず自分たちは、問題から目をそらして、街道から続く森に入ることにした。