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山龍討伐二日目(2):妖精使い

 とにかく、マテラの作業も落ち着いたみたいだし、ちょうどシロヒメさんとクロヒメさんも戻ってきたので、一度地図を確認することにした。

 マテラがフードの中から地図を出して広げてくれる。


 地図上には赤い点で山龍の位置が示されているんだけど、自分たちの周囲だけがぽっかりと空いている。

 どうやらこのあたりの山龍は、姉妹二人であらかた狩り尽くしてしまったらしい。


「うむ、チシロよ……それで次はどうする?」

 フードの中から出てきたライア(1/2)が聞くと、ライア(1/4)を肩に乗せるシロヒメさんとクロヒメさんは、少し考えるそぶりをする。

「え〜っと……どうしますか〜? 私たちは〜、まだまだ全然大丈夫ですけど〜」

「チシロがつかれてるなら、少し休憩してもいいんだぞ☆」

 確かに自分は、慣れない山道の移動で多少疲れているけれど、文字通り飛び回って、山龍を倒しまくっていた二人が「疲れていない」というのに、自分だけが弱音を上げるわけには……

「自分も、まだまだ大丈夫!」

「よし! じゃあ次の場所まで一気にいくんだぞ☆」

「そうですね〜、このあたりが、いい感じに密集してますね〜」

「それじゃあ、早速移動するんだぞ☆」


 そう言って、双子姉妹は一足先に飛び立った。

 ライアの道案内を受けながら、あっという間に背中が見えない距離まで行ってしまう……

 どうしよう、強がったはいいけど、また移動するのか……


 小さくため息をついて気合いを入れようとすると、フードの中に地図をしまったマテラが、笑顔で自分の目の前に飛び寄ってきた。

「ご安心を、チシロさま……私に秘策があります!」

「秘策? それって例の、秘密兵器?」

「いえ、違います……それとは別の……」

「うむ。秘密兵器の方はまだ調整中である。マテラよ、秘策とは『飛行魔術』のことだな?」


 飛行魔術?

 自分が首をかしげると、二人の妖精はフードの中から魔方陣の書かれた紙と、魔水の入った小瓶を取り出した。

「チシロさま、魔水を全部かけてください!」

 マテラに言われたとおりに、瓶を傾けると、紙は青い液体をすべて吸収して、ぼんやりと淡く輝き出す。

 同時に、自分の身体から重力の感覚が消え、ふわふわと不安定に浮かび出す……

「チシロよ、その状態で『上に向かう』よう、強く意識をするのだ!」

 上に向かう……上に……向かえ! 飛び立て、自分の身体!

 ライアに言われたとおりに、強く念じてみる。

 すると、その甲斐あってか身体がじわじわと高度を上げる。

 膝ほどの高さまで……身長ほどの高さまで……やがて高度は、森の木々の高さを超える。


 足がつかないことへの恐怖は……あまり感じなかった。

 深いプールで泳いでいる時の感覚と似ているかもしれない。

 最初は少し怖いけど、慣れてしまえばまあ、たいしたことはない。


 それよりも、上から見る景色が、自分に爽快感を与えてくれる。

「飛べた……!?」

 なんとなく、感覚もつかめるようになってきた。

 エネルギーを後ろに噴射するようなイメージで、ゆっくりだが前に進むことが出来る。

 全力疾走するよりも、少し早いか遅いか……ぐらいの速度。

 双子姉妹の移動には及ばないけれど、障害物のない上空を直進できるから圧倒的に早く移動できるし、なにより自分が疲れずに移動できる!

「チシロよ、目的地は向こうであるぞ!」

 一通り移動方法を確認した自分は、ライアの指さす方向へと向かう。

 あたりは一面が森だから、道案内がないと迷うのが欠点と言えば欠点……

 いや、地上を歩いていても迷子になるのだから、それはどちらでも同じかな。


 空を移動していると、地上ではわからなかったいろいろなことが見えてくる。

 例えば、遠く離れた上空には、何か巨大な影がある。

 雲かと思っていたあれは、ライアによるとあれも山龍らしい。

 その証拠に、ある瞬間に突然崩れ落ちて消滅した。


 そして数分後、クロヒメさんが、二メートル以上はある巨大な牙を両手で掲げるように持ちながら近づいてくる。

 何もない空中を走っているように見える彼女は、魔力を足場にしているらしい。

「チシロ! 納品頼むんだぞ☆」

 当たり前のように放り投げられる巨大な牙は、フードの中に吸い込まれるようにして消えた。


 そして、木々の下には、様々な魔物の気配がある。

 その中には山龍らしき反応もあるのだけれど、姉妹はとりあえず大型の山龍以外は無視しているらしい。

 そしてそのうちの一つが、少しざわめいたような……

(…………、………………!)

 うん?

 なんだろう。気のせいか、声のように聞こえなくもない。

 空耳かと思いつつも耳を澄ますと、少し明瞭になった声が聞こえてくる。

(……うわー、やばい…………助けて……誰か…………!!!)

 気のせい……ではない、気がする。

 誰かに助けを求められている?

 よく見ると、山龍の反応以外に人の反応も混ざっているのかな?

「チシロさま、どうかしましたか?」

「いや、なんか向こうから……少し近づいてみてもいい?」


 ◇


「隊長! 山龍探査の術式はだいたい完成です……俺たちも、そろそろ混ざりましょう!」

「ああ、そうだな。妖精使いのチシロさんだけに任せてはおけないからな! みんなに『準備してくれ』と伝えてくれ!」

「了解です、隊長!」


 俺たち赤い羅針盤は、調査系ギルドとして知られている。

 だが、ただの調査系ギルドじゃない。戦闘も出来る、調査系ギルドだ。

 探査ギルドの仕事は、実際に現場に飛び込んで、その実態を調べることだ。

 だから当然、荒事には慣れている。


 うちのギルドには、Sランクの冒険者こそいないものの、Aランク冒険者が五人いる。

 Aランクに限りなく近いBランクの冒険者も、二十人以上いる。

 これは、一般的な戦闘系ギルドにも負けないレベルだといえる。


 今回の山龍騒動も、俺たちの第一の仕事は山龍の調査だが、それが終わったあとは討伐に参加しても良いと許可をもらっている。

 追加報酬が出ることはないが、討伐時に手に入れた素材は好きにしていいということだ。

 山龍の素材となれば、何かしら一つ手に入れるだけで、メンバー全員が数日遊べるぐらいの金になる。

 だから俺たちは、あくまで安全第一ではあるが、山龍の討伐に挑戦することにした。


「隊長! ちょうど手頃な小型山龍(やつ)を、発見しました!」

「そうか、よし! まずは包囲して、弱体化の術式を。十分に弱体化させてから、Aランク三人以上に攻撃させろ」

「了解です!」


 山龍の討伐目安は、Aランク冒険者一人以上とされている。

 つまり、Aランク冒険者が一人で挑んで、70%の確率で無事に討伐できる。

 単純計算ではないが、Aランク冒険者三人であれば、99%以上の確率で成功するということだ。

 さらには、Bランク級の冒険者数十名による弱体化魔術も加われば……まあ、無事に成功するとみて間違いない。

 さて、指示は出したから、あとは結果報告が来るのを楽しみに待つことにするか……


 ◇


(弱体化魔術が通らない!?)

(どういうことだ、消えた……!? おい、こいつ……速すぎる!)

(おい、誰か! こいつを止めろ、止めてくれ! 誰か、助けてくれ……!!!)


 高度を下げて近づいてみると、少しずつ彼らの『声』がはっきりと聞こえるようになってきた。

「……チシロさま、私にも見えてきました。小さな山龍の反応と、大勢の人の反応があります」

「うむ。どうやら人の側が苦戦しているようであるな……」

 自分の感覚は、どうやら間違っていなかったらしい。

「マテラ、ライア。助けに行こう!」

 シロヒメさんとクロヒメさんは、離れた場所の山龍を討伐しているはずだ。

 二人が戻ってくるのを待っていると、その間にけが人や、最悪の場合死者が出てしまうということも……

 それほどまでに、切羽詰まった様子が伝わってくる。


 木の枝葉をかき分けて、地上の様子を確認すると、そこには一頭の山龍がいた。

 大きさは1メートルほど。空に浮かぶ馬鹿でかい山龍と比べたら、極小型と表現してもいいぐらい。

 その山龍を、大勢の人が取り囲んでいた。

 弓で矢を射たり魔術のようなもので攻撃したり。

 だけどそれらは、山龍の鱗に傷一つすらつけられていない。

 武器を握ったままの戦士が、うめき声を上げながら離れた場所で手当を受けている。

 今はなんとか均衡を保っているようだけど、ほんの少しのミスで崩壊してしまいそうな状況だ。


「マテラ、薬を!」

「はい、チシロさま!」

 けが人の数は一人や二人じゃないけれど、その中でも特に深刻そうな人の元へと向かった。

 浮遊魔術を徐々に解除しながら静かに着地すると、手当てをしていた彼の仲間が目を丸くした。

 突然現れた自分に驚いているのだろうけれど、説明している時間はなさそうだ。

 このまま意識を失ったら命まで手放してしまいそうな彼の全身に、マテラの回復薬を振りかける。

 すると、回復薬を浴びた箇所が淡く光り輝いて、傷がみるみる塞がっていく。

 そしてそのまま、小さく寝息を立て始めた。怪我は治っても体力は回復していないのだろう。

 いずれにせよ、これで命の危機は去ったはずだ……


 自分が小さく安堵していると、手当てをしていた仲間が近づいてくる。

「これは……? お前は一体何者だ!?」

「自分はチシロ。山龍討伐クエストを手伝っているんだけど……そっちの隊長から聞いていない?」

「そうか、お前が妖精使いの……」

 彼は、自分の話を聞いて納得したように頷いた。


 効果を確認したマテラは、同じ回復薬が入った瓶をフードの中から取りだした。

「チシロさま、彼にこれを渡してください」

 マテラに言われたとおりに手渡すと、彼は回復薬を受け取って、別のけが人の元へと走って行った。

 これでひとまず、けが人のことはなんとかなるだろう……


 さて……

「マテラ、ライア。二人なら、あの山龍を倒せる?」

 自分では無理だから。

 そう考えて二人に聞くと、帰ってきたのは予想と少し違う答えだった。

「いえ、チシロさま。私たちではありません。チシロさまが倒しましょう!」

「うむ。我らも手を貸すが、あくまでもチシロが攻撃するのだ!」

「そうは言っても……」

 今までの、スライムすら倒せなかった自分のステータスでは無理だ。

 そう答えようとしたことも、もしかしたら二人の妖精には読まれていたのかもしれない。

「チシロさま、その思い込みを捨てましょう。チシロさまの力は『想い』の力です」

「うむ。我が専用の魔方陣を用意した。マテラが超高純度の魔水を用意した。あとはチシロ次第である!」

「二人とも……! わかった。やってみるよ」


 本当は、マテラやライアに任せた方がいい。

 二人でも無理なら、シロヒメさんかクロヒメさんが戻ってくるのを待った方がいい。

 それでも自分は、二人の気持ちを無駄にしたくない。

 そこにほんの少し、自分が活躍できたらいいなという欲望を振りかけて、勇気を(おこ)す。


 まずは、身体に残った浮遊魔術を再起動。

 山龍を狙いやすい高さまで浮上する。


「チシロさま、これに魔水をかけてください!」

 マテラに手渡されたのは、精緻に模様が刻まれた、金属の板と、青白く輝く液体が入った試験管だった。

 蓋を外して板に中身をゆっくりと垂らす。

 高純度の魔力が漏れたからなのか、山龍もこちらに気がついたようだ。

 山龍からは、恐怖、渇望、焦燥感、怒り……そんな感情がごちゃ混ぜになったような想いが伝わってくる。

 この山で普通に暮らしていた彼らからすれば、自分たちは侵略者なのだろう。

 だけどここで、手加減をするわけにはいかない。

 これは完全に、自分の私情。だけど悪いけど、この山龍には討伐されてもらう。


「チシロよ、今回は魔術を強化するために、呪文を唱えるのだ」

「チシロさま、こちらが読んでいただく文章です。感情を込めて読んでください!」


 我が名は水音千代

 敵を討ち滅ぼす者である

 我が術式はあまねく敵を破壊する


 できるだけ感情を込めて文章を読むと、その気持ちが魔方陣に吸い込まれていった……ような気がする。

 同時に、魔水に込められたマテラの応援の感情とか、ライアの期待の感情とか。

 さらには地上で見守っている人達の、自分たちに対する期待とかまで吸い込まれていく。

 周囲の想いをすべて巻き込んで、魔方陣は輝きを増していく。


 やがて魔方陣は金属板からはみ出して、何もない空中に光の線が描かれる。

 空を覆うほどまで巨大化した魔方陣は、線と線がつながり円形になった直後、一気に自分の手元に収束する。

 直後、自分の手には半透明の、巨大な片刃の剣が握られていた。

「チシロさま!」

「うむ、やってしまえ!」

「わかった! ええいっ!」

 巨大な剣を、山龍に向かって振り下ろす。

 空気抵抗のような反発力を無視してそのまま振り切ると、コツン。と引っかかるような手応えと共に、剣は山龍を通り抜け、そのまま地面すらも貫通する。

 マテラとライアが「やっぱりだめか」みたいに、少しの失望が混ざった表情を浮かべた直後……

 山龍は跡形もなく消滅した。


「……え、消えた!?」

 目の前にあった山龍の気配が、どこを探しても見当たらない。

 かといって、双子姉妹が山龍を討伐したときのように、土の山や高級素材が残ることもない。

 文字通り、跡形もなく消滅した。攻撃をした自分が、一番驚いている。


「チシロさま? 一体何をしたのですか?」

「うむ? チシロよ、お主は何をしたのだ?」

「いや、わからないけど……」

 というか、二人がわからないことが、自分にわかるわけがない……

 ただ、何はともあれ目の前の山龍をなんとかすることは出来た。

 とりあえず、けが人の手当とか、出来ることからやっていこうかな。

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