フードの中(1)
小高い丘の上に小屋が一軒建っている。
見渡す限りの草原にが広がっていて、ところどころに小さな森がある。
小屋の裏手には畑があるようだ。育てられているのは森で採集した薬草だろうか。
見上げると青い空、そして白い雲。
草を食む、羊のような動物たちがのどかに鳴き声を上げる。
「ようこそチシロさま、フードの中へ」
おかしい。
アウラの車に入ったときも、空間が拡張されているみたいなことを言っていたけれど、これはその比ではない。
車よりも小さなフードの中に、馬鹿でかい世界が広がっていた。
そう、世界だ。空間という言葉で表現するには広すぎる。
「自分は今まで、こんな世界を背負っていたの?」
世界を背負う(比喩ではない)。
「チシロさま、何も言わずに勝手に広げて、申し訳ありません! ですがここまで広げたのは、私ではなくライアです!」
「うむ。マテラは『小屋だけあれば十分』などと言ったが、それでは面白くないからな!」
ライアは堂々と胸を張って自慢する。
まあ別に、自分は怒っているわけではないのだけれど。
「空があるのは?」
「うむ。我の魔術だ」
「森があるのは?」
「あ、それは私が……外から持ってきた種に、成長促進薬を試していたら、出来ました」
「動物がいるのは?」
「うむ。我が適当に引っ張ってきた!」
「ここまで空間を広げたのは?」
「あ〜……それは、私です。せっかくなので、限界を試してみたくなったので」
つまり、マテラとライアの半々じゃないか……
ただの便利なフードだと思っていたのだけれど、実際その中身は、かなり暮らしやすい空間になっていたようだ。
そりゃ、マテラとかライアとかがあまり外に出てこないのもわかる。
「チシロさま、せっかくなので、小屋の中も案内しますね!」
マテラがそう言って小屋の扉を開けると、大量の機材がところ狭しと並べられている……
というか、よく見るとこれらはおやっさんの宿で見た機械ににているような気がするのだけど。
「チシロさま、この階には、ガストフ先生から借りている装置を置いてあります。とはいえまだ、半分も使いこなせていないのですが……」
ちょうど、その時「ピピピッ」という音が機材からなって、なんか複雑そうな図形と数式が表示された。
マテラとライアはそれを見て「ふむふむ」とか「なるほど」とか話すけど、自分が見ても何が何やらわからない。
まあ、こういう難しそうなことは、主にマテラに任せることにしようかな。
「ところで『この階には』ということは、2階とか、地下とかもあるの?」
「はい、チシロさま。地下には出来上がったポーションを熟成させるための部屋があります。上の階は……ライアが勝手に作った場所なので、私も何があるのか知りません!」
「うむ。2階と3階は倉庫として使っておる。何せ我がここに来たときには、無造作に散らかっておったからな!」
「……まあ、それはそれとしてチシロさま。次は下の階を案内しますね!」
マテラが、何かを誤魔化すように部屋の奥へと向かい、扉を開けると地下へ向かう階段が現れた。
階段を降りるとさらに二重扉があり、その先からひんやりとした空気が流れてくる。
「この中って、気軽に入っても大丈夫なの?」
「中で作業をするときは『気流操作』の魔法を使っているので、暴れない限り大丈夫です。案内します。ついてきてください」
マテラに続いて中を歩くと、かなり広い空間に様々なポーションが管理されていた。
樽詰めにされて並べられたもの。
金属製のタンクに詰められているもの。瓶詰めにされて逆さ向きに並べられたもの……氷漬けにされて放置されたもの。
いろいろなことを試しているのだろう。
結果をすぐに鑑定で確認するためか、自分のステータスカードが机の上に放置されていた。
うん……まあ、見なかったことにしよう。
「マテラ、気になったんだけど、そもそもポーションって、ここまで厳重に管理する必要があるの?」
「いえ、普通のポーションは、そんなことないですよ?」
「普通の……? ここにあるのは普通じゃない……まあ、そりゃそうか」
「ポーションは、完成後に『魔力加工』をすることで、品質を安定させることが出来るのです。ですが余計な魔力が付与される分だけ効果が落ちますし、それに長期間熟成させることで……例えばこのポーションを見てください!」
マテラはそう言って、棚から一升瓶に入ったポーションを取り出した。
「例えばこれなんて、面白いですよ。熟成させると回復成分が発酵して、旨みとアルコールになってるんです!」
「へー……」
回復成分って発酵するとアルコールになるんだ……てか、お酒じゃん、それ!
ちなみに、この世界にはお酒はあるけど酒造法のようなものはないらしく、個人的にお酒を作ることも、そのお酒を販売することも可能らしい。
「他にも、回復量を強化したりも出来るみたいなのですが、そちらはまだ研究途中です……」
「うむ……地下はそんなところか。では次は、我の部屋へと向かおうぞ!」
ということで次は、ライアの部屋を見せてもらうことになった。
階段を上り、1階を通り過ぎて2階へ上がる。
2階は、ライアの言っていた通り倉庫になっているようで、採取した覚えのある草花や、採取した覚えのない草花や石や木材などが、種類ごとに並べられている。
地下や地上階と比べると、綺麗に整理されていて、これだけのものが溢れているというのに、どこに何があるのかがわかりやすくなっていた。
このあたりに、マテラとライアの性格の違いが現れているのだろう……
そのまま2階、3階は特に見せるものもないということで通り過ぎ、4階の扉を開けると、明らかにそれまでとは違う雰囲気の部屋だった。
魔法陣、魔法陣、魔法陣。
右を見ても左を見ても、壁や床や天井にまで。
いたるところに幾何学模様や文字のようなものが描かれており、机の上に並べられた紙にもやはり様々な図形が描かれている。
「こ……この部屋は一体?」
「うむ、チシロよ。ここはいわば『魔術書』である!」
「魔術書……?」
自分は真っ先に魔術工房のようなこと場をイメージたのだけど、どうやらニュアンスが違うらしい。
「うむ。この部屋には『いつでも発動できる状態の魔術』を大量に用意してあるのだ」
「つまり、チシロさまがフードの外から魔力を込めると、この部屋の魔術が発動するのです」
あらかじめ、発動する予定の魔術をまとめておいたものを『魔術書』というらしい。
つまりこの部屋も、規模がでかいだけで魔術書ということになる……のか?
「でも自分は、魔術なんて使えないよ?」
「いえ、チシロさまにも使えるはずです!」
「うむ。なに、難しいことはない。魔術回路は我が用意しておいた。あとは魔力を流すだけである!」
「魔力……どうやって流せば……?」
「ご安心を、チシロさま。薬草から抽出した『魔水』がありますので、これを使ってください!」
「うむ。初めての魔術には……このあたりの、簡単な術式がよいだろうな」
マテラは液体の入った小瓶を取り出して、ライアは適当な紙を一枚引き抜いた。
「チシロさま、そもそも『魔術』とは、魔力という『力』に、形や属性といった情報を与えることで発動するものです。その魔水には、高純度の魔力が込められているので、試しに魔法陣に垂らしてみてください」
「なるほど……こうかな?」
マテラに言われた通りに魔法陣の中心に瓶に入った水をかけると、水は一瞬で蒸発して、魔法陣の上に『空間がゆがんだようのモヤモヤ』が広がった。
そしてそのモヤモヤは、数秒間なにもせずにいると、徐々に薄くなっていき……消えてなくなった。
「チシロさま、今のが『活性化した状態の魔力』です」
「うむ。指向性を与えなかった故に霧散したようだ。チシロよ、ためしに次は『光れ』と念じてみるがよい」
「わかった、やってみる」
紙に魔水を垂らし、今度は電球に光が付く様子をイメージしながら『光れ』と念じてみる。
すると今度は、モヤモヤが現れるのではなく、光り輝く球体が浮かび上がった。
そしてやはり数秒後に、徐々に暗くなっていき、消えてなくなった。
「チシロさま、先ほどの魔術発動を鑑定した結果が出ました、見てみましょう!」
チシロ ミトは『高濃度魔力』を展開
チシロ ミトの魔術起動「光れ!」
<<チシロ ミトの『光魔法(回復)』が発動しました>>
<<チシロ ミトの疲労度が回復した!>>
<<マテラ ミトの疲労度が回復した!>>
<<ライア ミトの疲労度が回復した!>>
「チシロさま、先ほどの光を浴びると、疲労が回復するようですね!」
「うむ。傷ではなく疲れを癒す魔法とは、珍しい!」
ああ、うん。
あれだ。自分がスライムを倒せなかったときと同じだ。
自分の『やさしさ』のステータスが影響して、勝手に回復魔法に置き換わったのだろう。
うすうす感づいてはいたけど、どうやら自分には攻撃魔法は使えないと考えて間違いないだろう。
その後、自分たちは外に出て、炎魔法や氷魔法、雷魔法など、いろいろな魔術を試してみることにした。
ターゲットは、のんびりと草を食んでいた羊のような動物。
それに向かって、一切の手加減なく魔術を連発する。
見た目は、確かに派手だった。
最初は羊も、驚いて逃げだそうとしていた。
草原が一面炎に包まれる。
草は燃えず、羊は首をかしげ、むしろさっきより元気になったような気がする。
自分の目の前で燃え盛る炎に触れてみても、熱くない。むしろ暖かくて気持ちいい。
うん、そうだろうね……知ってた。
今では羊もなれたもので、むしろ自分が魔術を発動しようとすると近づいてくる。
野生の勘か何かで、危険な相手とそうでない相手を見極めているのだろうか……
しばらく試して、どうしようもないと諦めかけたとき、不意にマテラが何かに気づいたようだ。
「チシロさま、何やら外が騒がしいようです」
「外……?」
外と言われても、自分たちは今すでに、小屋の外にいると思うのだけど……?
あたりを見渡しても違和感がないな。と思っていると、ライアがクスリと笑った。
「チシロよ、外というのは、この空間の外のことだ。……なにやらチシロのことを探しているようであるぞ?」
「ああ……そっちね」
あまりにも自然だから忘れていたけど、自分たちは今、フードの中にいるんだった。
「チシロさま、外に出ますか?」
「そうだね。……どうやって出れば良いんだろう」
「小屋の一階の隅に、外に出られる転送魔法の魔方陣がありますし、魔術を直接使っても外に出られます」
「うむ。今回は我がチシロを外に運ぶことにしよう。目を閉じるがよい……」
一瞬だけ目を閉じて、浮遊感を感じたので目を開けると、重力にとらわれて、ベッドの上にポスンと落ちた。
激しく叩かれるドアを開けると、シロヒメさんとクロヒメさんがそこにいた。
「チシロさん〜、お目覚めですか〜?」
「緊急事態……らしいんだぞ☆ 説明があるみたいだから、今すぐさっきの部屋に戻るんだぞ☆」
シロヒメさんとクロヒメさんは、自分の手を片方ずつ取って、自分は引っ張られるように運ばれていった。




