山龍討伐一日目(2):Sideアウラ(各々の目的):Sideチシロ(白岩の獣の治療)
契約書
以下の項目を魔力契約にて締結する
・『黄金』は10日以内に、クエストとして『山龍』を『15体』討伐する
・『赤き農民』は『チシロ・ミト』に危害を加えず、安全を保証する
・『黄金』がクエストを達成後、速やかに『チシロ・ミト』を解放する
以上
◇
赤き農民のギルドマスター、ディーノが用意した魔力契約書にサインをした私は、ガストフを連れて、外に放置してあった車へと向かいます。
扉を開けて中に入ると、すでにそこにはテンキさんとラビさんが戻って待機していました。
当然ですが……そこにチシロさんとマテラちゃんの姿はありません。
戻ってきた私たちに、二人の視線が向けられます。
「アウラちゃん、急いで戻れって言われたから戻ってきたけど、一体何があったんだい?」
「まさか、緊急事態……ですか?」
テンキさんとラビさんには、ガストフから連絡を入れてくれたようですね。
二人とも、急いで戻ってきたからなのか、肩を上下に揺らしています。
とりあえず、あまり驚かせないように、落ち着いた口調で説明することにしましょう。
「チシロさんが、『赤き農民』に捕まりました」
「な、なんだって!? それで、チシロは無事なのか?」
「落ち着いてください、テンキさん。そのあたりも含めて、一度状況を説明します」
「あ、ああ……わかった」
チシロさんが捕らえられたと話しただけで、ここまで感情を動かすテンキさんは、きっといい人なのでしょう。
そしてしかも、一流の冒険者らしく、すぐに冷静になれる能力も持っている。
もし彼が他のギルドに所属していなかったら、『黄金』にスカウトしたいところです……が、それはまたの機会にしましょう。
「現在、チシロさんとは連絡が一切取れない状態になっています。おそらく、結界などで遮断された部屋に閉じ込められているのでしょう。敵の目的は、私たちに『山龍討伐』を受託させること。安易に手を出したりはしないでしょうが……私たちはその策に乗ることにしました」
私の説明を聞いて、テンキさんは疑問があるようで、少し考えてから手を上げました。
「アウラさん、それはおかしくないか? 俺たちは元から山龍を討伐するつもりでここに来たんだろ? わざわざそんなことしなくても……」
「それは、おそらく彼ら自身、山龍の存在を確認していないから……なのだと、考えています」
「山龍がいない!? どういうことだ、それならなぜクエストなどを?」
テンキさんには、赤き農民の人達が何を考えているのか理解に苦しむようですね。
まあ確かに、普通に冒険者として暮らしていれば、今回のようなケースは稀ではあるのですが……
「テンキさん、赤き農民の目的は、山龍の討伐ではありません。むしろそのクエストを、私たちに失敗させることこそが、彼らの目的です」
私がそう言うと、黙って聞いていたラビさんが、何かに気づいたように頷きます。
「違約金……ですか?」
「はい、それも目的の一つだと思います」
ガストフもそれを聞いて、せやろな。と、頷いています。
どうやら現状、わかっていないのはテンキさんだけのようですね。
「失敗? 違約金? どういうことだ?」
「クエストは、受諾してから失敗すると……その規模に応じて、違約金を支払う必要が、あるのです。そうですね、アウラさん」
「はい、ラビさんの言うとおりです。今回の場合、すでに山龍を15体討伐するというクエストを受託してしまったので、一体も討伐せずに失敗したときの損害は……そうですね、千五百G程度でしょうか」
「せん、ごひゃく!? そんな大金、用意できるのか?」
「まあ実は、それぐらいなら用意できない、こともないのですが……」
祖父や仲間が残してくれた財産はほとんど手つかずですし、私自身が冒険者として稼いできた額もかなり残っています。
ですが、クエストを失敗すると言うことはギルドの名誉に関わることですし、ギルドランクの降格にもつながります。
せっかく仲間が増え始めたこのギルドを、これ以上貶めるつもりはありません。
「大丈夫、私には策があります」
落ち着いて話をするために、私はカードを適当に破ってテーブルと机を設置しました。
全員が席に着いたところで……まずはテンキさんのとなりに座る、ラビさんに目を向けます。
「ラビさん、この山を外から調査したのですよね? どうでしたか、山龍の反応は」
「……はい、アウラさんの予想通り、だと思います。場所の特定はできませんでしたが、山龍の反応は、確かにありました」
やはり、そうでしたか。この山には、山龍がいる気がしたんですよね……
ですがこれで、問題は解決したも同然です。
「つまり、クエストを達成してしまえば、何の問題もないわけです」
少し自慢げにテンキさんの方を見ると、彼はどうやらそれでは納得いっていない模様。
「だが、結果的に良かったものの、もし山龍がいなかったら、どうするつもりだったんだ!?」
「そのときは、チシロさんを力尽くで奪還する。それはそれで、すべて解決します」
彼らと結んだ魔術契約には、チシロさんの安全を保証する。という項目を入れ込みました。
そして安全を保証するというのは、管理下に置くということでもあります。
これはつまり、チシロさんが彼らの管理から離れた瞬間に、彼らの方から契約を破ったことになるということ。
そうなると、私たちのクエストはそもそも達成の必要がなくなります。
魔術契約はクエストよりも優先される数少ない特例ですからね。
「ガストフとラビさんは、ここで待機してください。テンキさんは外から調査を続けて……私は、とりあえず山に入ってみます」
今後の方針を伝えると、テンキさんとラビさんは頷きましたが、ガストフは少し不安そうな顔をしました。
「山に入るって……大丈夫なんか?」
「確かに、主戦力が離れると、ガストフとラビさんが襲撃される可能性もありますね……」
「いや、そういうことではなく……」
「では、これをガストフに渡しておきます。何かあったらこれで私に連絡をしてください」
そう言ってガストフに渡したのは、少し特殊なカードです。
このカードは、私が持つもう一枚のカードと魔力的につながっているので、強度な結界の中でも声を届け合うことが可能です。
それに加えて、このカードを破ることで、私をその場に転移させることが可能です。
カードを受け取ったことで安心したのか、ガストフはこれ以上何も言ってきませんでした。
ということで、私は森へ向かうことに。
目的は、山龍の調査と、チシロさんの救出……
本当は、今回の作戦で、的に捕らえられるのは、私になる予定でした。
そしてチシロさんとマテラちゃんに、私を救出する『物語の主人公』をお願いしようと思っていたのですが……
油断したら立場が逆転してしまいました。
チシロさんには役不足ですが、今回は我慢してもらうことにしましょう。
◇
「ところで、チシロよ。お主はこの世界でよく見る人族であるが、お主の相棒の……それは、何者なのだ?」
それ……と言ってライアが指さすのは自分の肩に乗るマテラのことだろう。
「えっと、彼女は……」
「はい、私はマテラ。ライアさんと同じように、チシロさまの力によってこの身体を与えられた……いわば、妖精のようなものです」
「ふむ、我と似たような存在か……つまり、我はマテラの『妹』に当たるということじゃな」
「妹……そういうことに、なるのでしょうか。 どうなんでしょう、チシロさま……?」
「そうじゃ、チシロよ、その辺りはどうなっておるのじゃ?」
いや、自分に聞かれても知らんがな。
「ま、まあ、一応、姉妹っていうことになるのかな。なぜか名字も同じだし。と、言うことは、自分は長男と言うことに?」
「お言葉ですが、チシロさま。物質だった年齢を合わせれば、私の方が年上ですよ?」
「うむ。我もこう見えて、100年以上は生きておる。むしろチシロは我の弟に当たる存在じゃ」
「まあ、姉さん達が言うなら、そういうことでいいや」
なんだこの、息ぴったりな姉妹は。
というか、百歳年上の姉とか、それはもう祖母とか曾祖母とかとの年の差なわけだけど……
そんなことを言ったら「年寄り扱いするな」となるのだろうか。
「っと、そういえばライアは、自分たちに用事があったんじゃなかったの?」
「うむ、そうであったな」
<<左様……お主らには、向かって欲しい場所がある>>
<<詳しい説明は……現物を見ながらの方がよいだろう>>
<<まずはそこへ、向かうのだ>>
「と、いうわけだ。マテラ、そしてチシロよ、我についてくるがよい!」
そう言うと、ライアはふわふわと浮かびながら進んでいき、マテラもスイスイ飛びながらついていく。
歩いているのは自分だけ、か。
二人の進む道には、人を迷わす結界とはまた違う、何らかの力が働いているようで、獣道だというのに草木をかき分けて進む必要もなかった。
というか、逆に草木の方が自分たちを避けているようですらあった。
それでもやはり、足場は悪い。
見失わないように気をつけながら10分ほど歩くと、二人の妖精が白い岩の手前で立ち止まっていた。
息を切らせながら追いついた自分に、ライアがふわりと近づいてくる。
「チシロよ、お主に頼みたいのは他でもない。この獣を救って欲しいのだ」
「獣……? あ、チシロ様、言われてみればこの岩、生き物のようです! 魔力を感じますし、かすかにですが動いてもいます」
マテラに言われて目の前の岩を凝視してみると、呼吸をしているのか、かすかに動いているようだった。
見た感じだと、かなり弱っているようにも見える。
「救えと言われても、自分もマテラも獣医ではないので、どうしたら良いものか……」
まさか、声の主の指示に従って、下界のようなことをさせられるのか?
そんな不安を察したのか、ライアが再び自分の目の前に戻ってくる。
「チシロよ、安心するがよい」
<<お主に頼みたいのは、いわば『我々と獣との橋渡し』だ>>
<<我らが術を構築し、お主を通してそれを行使する>>
<<お主はただ、その獣の近くに立っていればそれでよい>>
声の主達は、この世界に直接影響を与えることができないようだ。
だから、術というのを発動するための媒介となる人間を探していたのだろう。
そのために、半透明の龍だった頃のライアが冒険者の前に姿を出して、この獣の前につり出そうとしていた。
上手くいく確率は多分低いけど、それぐらいしか方法がない……と、思っていたら、なぜか声まで聞こえる自分が現れたということだ。
ということで、自分は白岩の獣の前に立って待つ。
「チシロよ、術式の準備が整った。その岩に手を触れてくれ」
ライアに言われた通り、右手を前に伸ばす。
ひんやりと冷たくてザラザラとしていて、岩のように堅い。
ただ、あらかじめ「これは魔獣です」と言われなければ、やはり「そういう岩なのだ」と勘違いしていたことだろう。
<<では、術式を起動するぞ>>
<<万が一、違和感を感じたらすぐに告げよ>>
<<術式、起動……>>
声の主による「起動」の声がかかると、身体中に「ピリッ」と電気が通ったような刺激が走った。
痛くはないのだけど……自分の中を何かが通り抜けていくような感覚があって、少し気持ち悪い。
獣の方も「ピクリ」と震えるように動いたようで、何らかの現象が起こっているようだ。
手で触れていた部分が少しずつ柔らかく、そして暖かくなっていく。
ゴツゴツした感触だったそれは、今ではさらさらもふもふとした毛皮のようだ。
それからさらに少し待つと、ピリピリしていた感覚が静まった。
<<うむ。術式完了である!>>
<<無事に成功したようだ……協力に感謝する>>
「いえいえ。 こちらこそ、なかなかできない体験をさせてもらいました」




