転生生活三日目(1):旅先へ向かう
その後自分たちはそれぞれの部屋に戻ると、マテラは再び調合室へ向かい、自分はすることもないので明日に備えて寝ることにした。
最初はマテラを手伝おうと思ったのだけど、様子を見ていてもマテラが何をしているのかすらわからず、邪魔になりそうだったので撤退した。
まあ、マテラも、自分がいない方がのびのび作業ができて良いだろうからね。
そんなわけで、翌朝。
ドアが叩かれる音で目を覚ます。
目をこすりながら扉を開けると、ノックをしていたのは宿の主人だった。
「おう、お客様。二人ほど、来てますぜ」
「二人……? ああ、ラビさんの」
「食堂に案内してやす、準備ができたら行ってくだせえ」
「ありがとうございます」
準備といっても、自分の荷物はすべてフードの中に詰め込んであるので、何か必要なわけではない。
壁に掛けてあったローブを手にかけて階段を降りる。
食堂に向かう前に調合室の様子を見てみたけれど、そこには誰もいなかった。
……まあ、どこかで他ごとでもしているのだろう。
そのうち戻ってくるだろうし、あまり心配しなくても大丈夫かな。
地下から地上階へ戻り、食堂の方へ近づいてみると、楽しげな話し声が聞こえてきた。
ラビさんは知り合いだけど、もう一人とはどういう人だろうか。
少し緊張しながら部屋をのぞき込むと、そこには知った顔の二人がいた。
「おはようございます、ラビさん……と、テンキさん!?」
「おはよう……ございます、チシロさん。テンキのことを、ご存じでしたか……?」
「ええ、はい。森で自分を助けてくれたのが、テンキさんです。お久しぶりです、テンキさん」
「おう、久しぶり! ラビちゃんの言ってた『担当している子』ってのは、チシロのことだったんだな! クエストに行くんだって? 今日はよろしくな!」
ラビさんの知り合いというのは、転生初日に助けてもらったばかりの、テンキさんだった。
てっきり自分は、ギルドの職員仲間を呼ぶのかと早とちりしていたけれど、そうか。
ギルド職員なら、冒険者に知り合いがいても不思議ではないのか。
ちなみに、テンキさんがこの世界に転生した時の担当者もラビさんだったらしい。
テンキさんの言うには「転生時に色々お世話になった恩があるから頼まれごとを断りづらい」とのこと。
世の中、広いようで狭いものだ。
その後、ラビさんとテンキさんが雑談する様子を眺めながらしばらくのんびりしていると、宿の主人がアウラを連れて来た。
アウラと二人は初対面ということで、お互いに自己紹介をすることになった。
「私は、アウラ。こう見えて、ギルドマスターです。よろしくね!」
まあ、現状ギルドメンバーが自分とアウラの二人しかいないのだけど……
あえて、補足する必要もないか。
「俺は、テンキ。『赤銅』に所属する冒険者だ」
「私は……ラビです。チシロさんの、担当をしています……よろしく」
続けて自己紹介をしたテンキさんとラビさんと、アウラは笑顔で「よろしく」と言って握手した。
今のところ、アウラから始まって時計回りに自己紹介をしている。
ということは、次は自分の順番になるわけだけど……
「自分はチシロ……って、自分のことは一応全員知っているのか。あとは、こちらが宿の主人の……宿の主人?」
「お客様、俺には一応『ガストフ』って名前がある。別に呼び方は強制しないが、いつまでも『宿の主人』はやめて……別の呼び方を考えてくれ」
「別の名前と言われても……」
呼び捨てで「ガストフ」とか、あるいは「ガストフさん」でも良いのかもしれないけれど、それではありきたりで面白くない。
だったら何が良いだろうか。
ガッさん、ガストーさん、とーさん……父さん?
「だったら『おやっさん』と呼んでも良いですか?」
「いや、俺はお客様の父親でも何でもないけどな……」
「おやっさん、自分は『宿の主人』呼びをやめたんだから、おやっさんも自分のことは……」
「そうだな、いや、悪かった、チシロさん……ということで改めて、俺はガストフだ。冒険は久しぶりだけど、今日はよろしくな!」
とりあえずこれで、一通り自己紹介は終わった。
次はどうしようかと、少し考えていると、腕にかけていたローブがもぞもぞと動く。
(チシロさま、私のことも説明してください……)
フードの中から、自分のことを見つめる視線がある。
調合室にいないと思ったら、どうやらマテラは一足先にフードの中に戻っていたらしい。
気がついたら全員自己紹介をしていて、出て行くタイミングを逃したのだろう。
「そして! 彼女がマテラ。自分の相棒です!」
落ち着きかけていた空気を無理矢理変えるように、少しテンションを上げてマテラをわしづかみにしてフードから出した。
おやっさんは特に驚いた様子もなく。
アウラは目をキラキラと輝かせ。
ラビさんとテンキさんは目を丸くして驚いている。
「初めまして、テンキさま、ラビさま。私はマテラ。チシロさまの『お守り』です」
「そして、俺の一番弟子だ」
おやっさんが勝手に続ける。
「そしてマテラちゃんは、私の命の恩人でもあるのよ!」
アウラは、マテラの登場に息を荒げる。
それを聞いたラビさんとテンキさんは、言葉を失って首をかしげていた。
◇
「では、まずは皆様に、これから向かうクエストの詳細をお話しします。今回私が受注したのは、『山龍の討伐』のクエストです」
自己紹介を終えた自分たちは、それぞれ食堂にあるテーブルに適当に腰掛けて、アウラによる説明を聞くことにした。
「山龍とは名前の通り、山の奥地に生息するという『龍』です。一般的な大きさは1〜5メートルほどとされていますが、個体によっては1キロメートルを超すこともあります。10メートルを超える個体は、危険度が大幅に増すので……まあ、気をつけましょう」
ちなみに龍は、大型のものは空を飛んでいることが多いらしい。
1キロの龍。といわれても、上手くイメージできないけれど、まあそんなのはめったに出ないらしいので、あまり気にしなくても良いらしい。
とにかく出かければでかいだけやばいので、無理そうだったら下手に手を出すな、ということだろう。
この世界の感覚がつかめていない自分は何も言わずに、そう言うものなのかと頷くことしかできない。
ざっと概要だけ説明したアウラが口を閉ざすと、それを見計らったようにテンキさんが手を上げた。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだが……」
「はい、なんでしょうか?」
「前にどこかで『山龍は倒すのが難しい』って聞いたことがあるんだが、実際はどうなんだ?」
「そうですね……まあ、空を飛んでますからね。あとは、魔法耐性が高いのと、身体を中心に斥力場が発生していますので、物理攻撃も通りにくい……ぐらいでしょうか」
アウラは「たいしたことではない」というように言うが、自分には『飛行属性』『魔法耐性』『物理無効』と、手出しができない存在であるかのように聞こえた。
同じことをテンキさんも思ったのか「それは、大変そうだな」と言うと、アウラは「まあ、弱点も多いので大丈夫でしょう」と軽く切り伏せた。
なんだか、少し不安になってきた。
「とにかく、細かいことは現地ついてから話しましょう」
アウラはそう言って、無理矢理空気を入れ換えるようにして、宿の外へと向かう。
渋々……といった感じで自分たちが後を追うと、アウラは宿の外で一枚のカードを破り捨てた。
煙と共に現れたのは見たこともない乗り物だ。
一言で表現するなら、引き手のいない洋風馬車といった感じ。
アウラに続いて自分たちも中に入ると、10人以上がゆったりとくつろげる空間が広がっていた。
明らかに車の体積を超えているけれど……まあ、そんなことは今更か。
自分たちが全員乗り込むと、一足先に車の中に入っていたアウラが別の部屋から戻ってきた。
「目的地を設定しましたので、一時間ほどで到着します。それまでは自由にしていてください」
アウラが扉を閉じると、車が動き出し、浮遊感を感じた。
窓から外を見ると、景色が動き出していた。
徐々に高度を上げて森の木々よりも高度を上げ、一直線に目的地へと向かっていく。
なんというか……改めて異世界だな、と思った。
◇
車が動き始めて少し経ち、速度が落ち着いてきたらテンキさんがゆっくりと近づいてきた。
「チシロ、改めて久しぶり。それにしても転生したばかりなのに、もうギルドに入るなんて、やるじゃねえか!」
「まあ、いろいろあって。そういえばテンキさんも、ギルドに入っているんですね。確か『赤銅』でしたっけ?」
「そうだな。もうかれこれ三年ぐらいか……時が経つのは早いな」
テンキさんはしみじみとそう言った。
多分、テンキさんにはテンキさんなりの、苦労とか思い出とかがあるのだろう。
そんなテンキの様子を見て、マテラが肩からふわりと浮き上がった。
「テンキさま、いくつか質問したいことがあるのですが、良いですか?」
「マテラさんだっけ? 良いよ、何でも聞いて」
「テンキさんも、転生者なのですよね。この世界で他の転生者にあったことはありますか?」
「もちろんあるぜ。別に珍しくもないからな」
「では、テンキさんと同じ世界からの転生者にも?」
「いや、それは今のところ一度もない。いるとは思うんだが……転生すると見た目が変わるだろ? だから区別がつかないってのもある」
「そうですか……」
マテラは、もしかしたら自分の同郷が来ている可能性があるのかを確認してくれたのかもしれない。
ただ、結論から言うと「あまり期待しない方がよさそう」ということみたいだが。
「そういえばテンキさんも、転生システムを使ったんですよね。どんな風に割り振ったんですか?」
「えっと……おーい、ラビちゃん! ちょっとこっち来てくれ!」
ふと気になったことを聞くと、テンキさんは何かを思い出そうとして諦めて、窓際で外を眺めていたラビさんを呼び寄せた。
「テンキさん……何か、御用ですか……?」
「ラビちゃん、俺の転生時のステータスって、どんな感じだっけ」
「テンキさんは、魔力多めの、一般的な構成でした」
「ってことらしい。まあ、だいたいはラビちゃんのアドバイス通りに設定したからな!」
なるほど、うらやましい。
きっと、そこそこ普通のステータスで、無理なく魔物を倒すこともできることだろう。
少なくとも、スライム討伐にすら苦労する自分とは大違いなはずだ。
なるほどと頷いていると、気づくとラビさんがこちらを見つめいた。
「そういえば……チシロさんは、どのような?」
「自分は……『想力』という項目を多めに登録しました」
事実をぼかしているのは、二人を信頼していないからではない。
どちらかというと、それで「変なやつ」と思われるのが嫌だっただけで。
「想力か……聞いたことないな。ラビちゃんは知ってるか?」
「名前だけは。調べますね?」
そう言ってラビさんは、タブレットのような機材を操作する。
見せてくれた画面には、想力に関する情報が表示されていた。
<<想力>>
上限値:1〜99
概要:
・『想い』に関するステータス。
・物に込められた想いが強いほど、高い効果を発揮するとされる。
獲得可能スキル:
・想乗(想力値30以上)
備考:
・想力値を31以上にしても、獲得できるスキルは存在しない。
(デバッグモード で確認済み)
・想力値が上がると、想乗の効果は微上昇する(誤差範囲内)
総評:
・『想乗』を取得できる30より多く割り振るメリットはない。
たったこれだけだった。
読んでわかったことは……
なんてことをしてしまったんだ、自分は!
ということだけだった。
自分だけでなく、テンキさんとラビさんの二人も黙ってしまった。
「ちなみに……例えば『魔力』はこんな感じです」
ラビさんがそう言って表示してくれたそこには、1ページに収まりきらないぐらいの情報が細かく書き込まれている。
テンキさんは気遣うような口調で優しく自分の肩を叩いた。
「ま、まあ、そんなこともあるさ! ってか、え? お前担当者に何も言われなかったの?」
「やめて、慰めないで! 自分の場合、担当者がいなかったから!」
思わずそう叫ぶと、隣にいるラビさんが頭を下げた。
「それは……ごめんなさい。そのとき、私は別の転生者の、相手をしていて……」
「ごめん、ラビさんを責めたわけじゃなくて! ほら、テンキ! ラビさんに謝って!」
「え、ごめん……? いや、謝る必要なくないか!?」
テンキが流れに乗ってくれたおかげで、なんとか気まずい空気にしないで済んだようだ。
「あれ? でも、じゃあこの『解放』ってのは『想力』じゃないの?」
と、言ってから気がついたのだが、よく考えたら自分の想力は上限の『99』さえ超えて『100』になっているのだ。
もしかしたら『解放』は、想力のレベルが『100』になったときに獲得できるスキルなのかもしれない。
テンキとラビさんが「え? 『解放』?」と、声をそろえて首をかしげるので、試しに手元のナイフをステータスカードで鑑定してみる。
<<バトルナイフ>>
切れ味:12
耐久値:100/100
概要:
・量産品のナイフ
「あれ、『解放』のボタンが表示されない……?」
というか、自分はこのナイフで何度かスライムを切りつけていたのだが、耐久値が1も減っていない。
まあそれは、ナイフが素通りしていたから仕方ないとして……
「チシロさま、もしかしたら、想いが溜まっていないとできないのでは?」
「想いを込める……どうやって?」
よくわからないが、試しにナイフをじっと睨み付けてみる。
そしてよくわからないので、心の中で「よく切れる、よく切れる」と何度か念じてみることにした。
十秒ぐらいそうしていると、ステータスカードの鑑定結果が切り替わった。
<<バトルナイフ>>
切れ味:12 +3(想力付与)
耐久値:100/100 +20/+20
概要:
・量産品のナイフ
[解放(想)]
どうやら、これで良かったらしい。
もしこのナイフがマテラのようにしゃべり出したらどうしよう。
そんなことを考えて、でもまあそのときはそのときかと割り切ることにして、あまり考えずに[解放(想)]のボタンに触れた。
<<バトルナイフに込められた想いが解放されました>>
ステータスカードに簡素なメッセージが表示される。
特にナイフがしゃべり始めることもなく、というかナイフの見た目事態はまったく変わらない。
変わったのは、ステータスカードの表示だけだ。
<<バトルナイフ(解放済み)>>
切れ味:17
耐久値:150/150
概要:
・量産品のナイフ
・チシロミトにより解放済み
確認すると、全体的にステータスが底上げされているようだった。
テンキも鑑定結果が気になったのか、のぞき込んできた。
「チシロ……それは一体?」
ステータスの上昇値に驚いた顔をするテンキに聞かれても、自分でもわかっていないので上手く答えられない。
「テンキさん……だめですよ。スキルのことを、あまり深掘りしては、いけません……個人情報です」
「確かにそうだよな、悪かった」
自分としては、別に隠したりするつもりはないのだけど、かといって説明も難しい。
「まあ、そういうことです」
……自分で説明出来るようになるまでは、とりあえずそういうことにしておこう。




