犬神
さぁ、クライマックスは近い!!!!!
◆◆◆2:30 西園寺邸 庭◆◆◆
Q,何故オレは、こんな真夜中にお外に出ているのだろうか?
A,バイトで陰陽師やってる女の子に叩き起こされた挙句、今から化物──犬神を浄霊するから協力して下さい! と、言われたからです!!!
──マジか? マジで言うとんのかこの娘は??
と、叩き起こされた時ガチでそう思った。
しかもだよ? 何で真夜中に決行しようと思ったの?? 朝になるまで待ってたんじゃダメだったの???
……だがしかし、オレが協力を拒んだところで──恐らく土御門さんは一人でも犬神の所へ行っただろう。ぶっちゃけ、あの時の彼女にはそんくらいの勢いがあったのだ。
──なので来ました! 心底怖いし、出来ることなら客室に戻りたいけど……陰陽師とはいえ、女の子を一人で化物の住処へGO!! なんてさせられる訳が無い!
『──犬神の住処まではあと少しだ。気を抜くなよ』
狐くんはそう仰られている。
因みに、今オレ達が歩いているのは『庭』とは言っても端の方で……草が生い茂っており、一目見ただけでも手入れがされていないのだと分かる。
『何故こんな時間に……眠い…………』
一応、狐と鳳凰も一緒に来てはくれたが……狐は兎も角、鳳凰さん? なに優雅にオレの肩に止まって寝ようとしてるの?? 許さんぞ?
◆◆◆
「──まじかぁ……」
オレは思わず声を漏らす。
そんなオレ達の眼前──狐が案内してくれた場所は……背の高い雑草に覆われており、まるで地面に隠すように扉が設置されていた。
──警戒しつつ、オレは扉の取手へと手を伸ばす。
ギィイイイイイッッッ!!!
取手を引くと、鈍く重い音をあげて開いた。
それと同時に……生臭く、温い風が扉の中から迫り上がって来る!
──この臭いは、あの化物が纏っていたモノと同じだ。
扉の中は黒いペンキを何重にも塗り重ねたような闇色で、それが夜の闇とも相まって一寸先すらも見えない。
……眠気は彼方へと消え、鳳凰も扉の中を睨んでいた。
一度、大きく息を吐き──覚悟を決める!
扉の中には縄梯子が垂らされており、コレを使えば……地下へと降りられるだろう。
意を決して、オレは縄梯子へと足を掛けた。
◆◆◆2:45 西園寺邸 地下◆◆◆
縄梯子を使い、地下へとオレ達は足を踏み入れる。
土御門さんが持って来ていた懐中電灯で周囲を照らすと、どうやらこの地下空間は奥へと続いているようだ。
──土を固めたような壁や天井は、所々が木の枠で補修されている。例えるのなら、アニメや漫画で見るような『炭鉱』みたいな作りになっていた。
「──あの、火神さん……」
緊張した様子で、土御門さんが声を掛けてくる。
「その……協力してくれてありがとうございます。それと、ごめんなさい……甘えて、巻き込んでしまって」
「──まぁ、こんな夜中に叩き起こされるとは流石に思ってなかったけど……」
オレは笑いながら告げる。
「協力しようと決めたのはオレだから、土御門さんが謝る必要は無いよ。それに──置いていかれる方がもっと嫌だったから。寝ている間に全部終わりました、とか酷くない?」
──恐らく、今のオレは物凄く不器用に笑っているのだろう。
先に進むにつれ、周囲の空気は氷のように冷えていく……本能的に先に行く事を嫌がっているのだと理解る。
それでも、精一杯の虚勢を張って──進む為に敢えて明るく努めるのだ。
「ふふ……確かにそうですね。自分が寝ている間に、問題が解決していたなんて酷いです」
土御門さんは優しく微笑む。
……その顔は少し引き攣っていたし、懐中電灯を持つ手は僅かに震えてもいたが……それでも、オレ達は足を止めずに闇の中を進んでゆく。
『それはそうと、お主はどうやって犬神とやらの「怨みを断つ」つもりなのじゃ?』
気遣いからか、オレの肩から土御門さんの肩に飛び移ると鳳凰は問う。
『それは──』
◆◆◆
『──着いたぞ』
鳳凰の代わりに、オレの肩にちょこんとお座りした狐が言う。
──地下の一本道を抜けると、ドーム状のやや広い空間に出た。
土御門さんが周囲を照らすと、この空間の中央に一本……木製の杭のようなモノが地面に穿たれている。
そして──その杭には、縄が幾重にも巻き付けられていた。
……その縄を見た瞬間、『ソレ』こそがあの化物──犬神をこの地へと繋ぎ止めている『怨み』そのものなのだとオレは理解する。
土御門さんも多分、オレと同じ考えなのだろう。
オレ達は、何を言うでもなく中央の杭へと歩いてゆく。
──杭に巻き付けられた、ドス黒く変色した縄。コレをどうにかして杭から外さないと……恐らく犬神を浄霊する事は出来ない。
土御門さんが縄へと手を伸ばす。
「──ッ”!!?」
途端に、小さな焼音と共に黒煙が……縄へと触れた指より昇る。
そして──まるでそれを皮切りにしたかのように、漂っていた生臭い臭いは更に強まり……何処からか獣の唸り声も聞こえて来る!
『──来たぞ、小僧!!』
狐が警告のように鳴き、土御門さんは縄を強く握り込む!
「ッ”う──!!!」
先程よりも大きな焼音と共に……何かが焼けるような臭いが、黒煙と共に周囲に広がる!
「──火神さん! 先程お伝えした通りにお願いします!!」
……痛みに顔を歪ませながら、それでも──土御門さんはハッキリとそう言い切った!!
「ッ、分かった! 鳳凰、土御門さんを頼む!!!」
『──任せるが良い! 光、あまり無理はするなよ!!』
互いにそう言葉を交わし、オレは一歩前へと歩み出る!
瞬間、暖かい感覚が背後からした。
──鳳凰が、そのなけなしの力を使ったのだと理解る。確か……『結界』だったか? を張ったのだろう。
■■■
「足止めって──オレがあの化物を?」
「……はい。『犬神』を浄霊するにはその『怨みを断つ』しか方法はありません……ですが、『怨み』の集まった『呪物』を私が壊している間──犬神が大人しく待っていてくれるとは思えません」
まぁ、そうだろうね? 此処は犬神の住処なワケだし、侵入者が現れたら襲って来るわな。
『少しくらいなら儂の『結界』で護ってやる事は出来るが、そう何度もは防げん』
鳳凰がそう口を挟む。
「なんとッ……鳳凰さんは『結界』が張れるのですか!?」
驚いたように土御門さんは言う。
「へい、狐。結界ってなに?」
『防御膜のようなモノだ』
──成る程。分からん!
『張れるぞ、儂は凄いからな!!!』
鳳凰はそのモコモコの胸を張る。
「ですが、結界でもそう何度もは防げない……と。ではやはり、火神さんのお力に頼る他ありませんね?」
『ぐは──ッ!』
土御門さんって、ある意味……毒舌なのかな?
「──火神さん、私が呪物を壊している間……犬神の足止めをお願いします」
と、物凄くアッサリと土御門さんは言ってきたのだ。
■■■
「ヘイ、狐。オレ、あの化物に触れるの?」
『……多分?』
断言してよソコはさぁあああッ!!
──まぁ、今更どうこう言っても仕方ないけども!
ヤケクソからのぶっつけ本番である。
何故か土御門さんは、オレが犬神に触れられると確信していたが……。
オレの目の前で、黒い靄が集まり……蠢き、姿を変える。
その姿は──あの時、書斎で見たモノよりも一回り大きく……そしてより禍々しい姿になっていた。
──それは多分、オレと土御門さんが『犬神』への『認識』を更に強めてしまったからだろう。
ぶっちゃけメッチャ怖い。そして逃げ出したい。
……だがそんな事をすれば、鳳凰と土御門さんが犬神のターゲットにされてしまう。
いくら鳳凰が結界を張っていようが、何度もは防げないと鳳凰自身が言っていたのだ。
だからこそ、逃げるワケにはいかない。
そして……逃げられないのなら『挑む』しか無いだろう。
──『呪物』を壊す土御門さんを鳳凰の結界で護り……オレが犬神を足止めし、時間を稼ぐ。
もしオレが危なくなって鳳凰の結界内に逃げ込んでも、数回なら犬神の攻撃は防げるだろう。
……兎に角、オレの役目は土御門さんがあの『縄』をどうにかするまでの『時間を稼ぐ』ことだ。
もし触れなかったとしても、犬神の注意を反らせればそれでいい。
◆◆◆
『──ッ小僧、突っ込んでくるぞ!!!』
「任せろ!」
狐の言葉通り、犬神は真正面から襲い掛かって来る!
──大きく開けられた巨大な口には、鋭い牙がギッシリと並んでいる。
あんな口で噛みつかれたら、良くて大怪我……だろうな!
オレは身体を横へ逸らし、そのまま突っ込んで来た犬神にヘッドロックをプレゼントしてやろう!
犬神に触れるかどうかは最後まで分からなかったが、技をかけた瞬間、確信した……オレは犬神に触れる!!
──それなら、後は……ッ!?
犬神を力づくで押さえるだけだ──と、油断した瞬間! 焼音と黒煙、そしてジクジクとした鈍痛がオレの腕を襲った!
「──ヅっ!!?」
痛みによって腕の力が緩んだ瞬間、犬神はオレの腕から抜け出してしまう。
……腕を見ると、まるで火傷を負ったように皮膚が赤く変色し──そして爛れていた。
あの『縄』と同じ……か。
──ふと、土御門さんの方へと視線を向ける。
『縄』に触れている彼女の手からは黒煙が上がっている。だが、それでも……彼女は『縄』を握り、自分の成すべき事の為に懸命に作業を続けていた。
……オレは再び犬神を見据える。
犬神は自身の『害』となる人間だとオレを判断したのか、注意をオレに向けて……鳳凰や土御門さんには視線を向けてすらいない。
──それでいい。もっとオレに注意を向けろ!
◆◆◆
『おい小僧、もう結界の中へ入れ! 限界だろう!?』
狐が声をあげる。
──上手くいったのは最初の一回だけ。後は何とか犬神の攻撃を紙一重で躱し続けているのだ。
それでも何度かは犬神の攻撃が掠り、その度に傷口がジクジクと鈍痛を訴えている。
「まだだ、まだヤレる」
呼吸を整え、答える。
『無茶だ! 自分の身体をよく見てみろ!!』
……うーん、それは無理だな。
──ッ!!
自分の身体を見ている時間なんて無いのだ。
今は回避に集中し、犬神の隙を窺うべきだろう。
──犬神が駆ける! 次は何処を狙っ……ッッッ!!?
犬神の視線の先へと、オレは駆ける!
(──間に合え!!!)
「「「──いッ”ッッッッ!!!!!」」」
鋭い痛みがオレの左腕を襲うのと同時に、安堵する。
──間に、合った!
鳳凰が張った結界……犬神の狙いは其処だった。
何度犬神の猛攻を防げるのかは分からないが、この結界内には鳳凰と土御門さんが居る。
──土御門さんの作業はまだ終わらない。いつ終わるかも分からない。
ならば……出来うる限り、攻撃は此方で引き受けるべきだ。結界内に逃げ込むのはまだ早い!
……自身の左腕を見る。
深々と犬神の牙に穿たれ、今尚、激痛がオレを襲う!
──だが、これはチャンスでもある!!!
「捕まえたぞ、犬ころ……!」
言うと同時に身体を捻り、犬神の首を右腕で締め付ける!
──ジクジクした痛みがオレを襲うが、今更痛みが何だ!
「……次は絶対に離さんからな!!!」
『──ッ!? ──ッッ!!?!?』
犬神の首を更に強く締め上げる!
──犬神は勿論暴れるが、火事場の馬鹿力というものなのか……押さえきれない事はない!!
左腕には更に牙が深く突き刺さったりもするが、メッチャ痛い。が、物凄く痛いに進化しただけだから平気だ!!!
『光! もうよい、早く結界の中に入ってこんか!!』
──鳳凰が叫ぶ!
冗談じゃない、今、犬神を離す方が悪手d──?
途端──ビクリッ! と、犬神の身体が大きく震える。
そして、先程まで散々暴れていたのが嘘のように……犬神の身体から力が抜けてゆく?
「やりました! 『呪物』の取り除きは成功です!!」
今まで作業に集中していた土御門さんが立ち上がる!
──赤く爛れた両手には、あの『縄』が握られていたが……、
もう焼音はしないし、黒煙も上がってはいなかった。
◆◆◆
犬神を首へと回していた右腕を解き、拘束を解く。
──瞬間、犬神の身体がまるで解けるように、ポワポワと光の粒子へと変化し……上空へと昇ってゆく。
「あ、縄が……」
土御門さんが呟く。
目を向けると、土御門さんが手に持っていたあの『縄』は……そのまま朽ち果てボロボロと消え失せた。
『ふむ。どうやら無事、浄霊は終わったようだ』
オレ達の緊張を解くように、狐は言う。
その瞬間、オレも……そして土御門さんも地面へと崩れ落ちた!
「はぁーーーーーッ!!! やっと終わったぁあああ!」
「ええ、本当に! 大変でした!!!」
そう、オレ達は笑い合う。
──ラジオから始まったこの騒動は、今漸く、その幕を閉じたのだった……!