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第21話 このたびあこがれ騎士さまの妻となりました。

 「で!? いつ式を挙げるつもりなんだい?」


 エディルさまと戻った村。

 エディルさまと想いを確かめあったこと。すれ違いや誤解がとけたこと。

 店で、女将さんやお客さんたちにすべてを話した。


 「夫婦になるっていうのなら、結婚式は絶対だろ?」


 「ええ。ですが、王都に戻ってそのあたりの報告をしなくてはいけないので、式はその後にしようかと」


 具体的にそこまで考えてなかったわたしに代わって、エディルさまが答える。

 まあ、王妃さまたちにも散々心配をかけたことだし、お礼と謝罪を兼ねて、キチンと報告した方がいい。

 それはわかってるんだけど――。


 「まどろっこしいねえ。アンタたち、しばらくこの村で暮らすんだろ? その間、ただの婚約者で過ごすつもりかい?」


 エディルさまは、自分ひとりなら雪山を越えていくこともできるとおっしゃっていたけど、わたしも一緒となると事情が違うと雪山越えを断念した。

 雪が溶けてもう少し旅がしやすい季節になるまで、この村で過ごすと決めた。もちろん、わたしもその気でいるし、女将さんたちもわたしたちが逗まることを了承してくれた。

 けど。


 「雪解けまでにまだ一ヶ月近くある。その間、好いた相手と一緒にいて――アンタ、我慢できるのかい?」


 え? や? ちょっとっ!?

 女将さん、なに言い出すのっ!?


 熱くもないのに、むだに汗が吹き出す。


 「誰か知らないけど、報告しなくちゃいけない相手がいるとしても、その前に一度、仮の式だけでも挙げたらいいんじゃないかい?」


 「仮の……式?」


 「そうだよ。本当の式は、その報告とやらが終わってから盛大にやればいい。だけど、その前にこの村で夫婦の誓いを立てたってバチは当たらないんじゃないかい?」


 「おう、そうだ。それがいい」

 「でねえと、兄ちゃんが生殺しになっちまうからなあっ!!」

 

 笑い半分、からかい半分に相槌を打つのは常連のお客さんたち。――酔っ払ってる?


 「どうせ、教会の神父も暇してることだしなあ」

 「明日さっそく式を挙げてもいいかあ? 神父さんよ」

 

 「う~~い」


 カウンターで酔いつぶれかけてた中年男性が、ジョッキを掲げてみせる。そうだ。ノンベエだけど、この人、神父さんだった。

 王都なら、聖職者が酒などけしからんと眉をひそめられるけど。この村は、そういった意味で、とても自由だ。おおらかになんだって受け入れてくれる。ボロボロになって訪れたわたしのことも。こじれて周囲に迷惑をかけるだけだった、わたしとエディルさまのことも。


 「では、お願いしてもいいでしょうか」


 「おうっ!! まかせときな、兄ちゃん!!」

 「最高の結婚式を挙げさせてやるよ!!」


 遠慮がちなエディルさまの言葉に、ガハハッとお客さんたちが応じる。


 「となれば、さっそくだけど、ドレスを仕立てなきゃね。忙しくなるよ。ジェルド、アンタも手伝いな」


 「うえっ!? 俺もかよっ!?」


 「そうさ。こういうのはね、意外と男手が必要になったりするもんなんだよ。だから、いつまでもグダグダ未練たらしく酒飲んでないで手伝いな」


 珍しく店の手伝いもせずにお酒を飲んでいたジェルドさん。隣りに座ってたお客さんが「運がなかったな」とジェルドさんを慰めるようなことを言った。


 「さあさ、アンタらも酔いつぶれてないで、仕事、仕事っ!! 村中のみんなに声かけといで!! 明日はリリーの結婚式だってね!!」


 女将さんのかけ声に、お客さんたちが席を立つ。エディルさまの肩をバンバン叩いて店を後にする人もいた。「よかったな兄ちゃん」「これで我慢しなくてすむぞ」なんて、意味深すぎることを言ってたけど。

 ジェルドさんは、「どうしても嫌だったら、ちゃんと言えよ!! 俺はお前の味方だからな」と言い残して、お客さんたちに引っ張られていったけど。――どういう意味なんだろ。


 「大丈夫……なんでしょうか」


 「さあ。でも、祝ってくれるのはありがたいことですよ」


 「そう、ですね」


 いきなり結婚、それも見せかけじゃなく本物の結婚だなんて言われても、まだ実感がわかないけど。

 というか、まだ想いを確かめあったばかりで、そこまで飛躍する事態についていけない。

 想いが通じただけでもうれしいのに、その上、結婚!?


 「――どうしました?」


 「いえ。夢なんじゃないかな~って」


 ムニッとつまんだ、わたしの頬。痛いから、これは夢じゃない。


 「夢じゃありませんよ。現実です」


 クツクツと喉を鳴らして笑うエディルさま。いつもの穏やかな笑みじゃない。心の底から笑っていらっしゃる。――ちょっと新鮮。初めて見た。

 

 「これが夢だとしたら……。私は二度と目覚めたくないですね。せっかくアナタと真の夫婦になれるのだから」


 うえっ!? え、エディルさまっ!?


 「せっかくの花嫁が頬を腫らしたら、台無しですよ?」


 つねった頬に触れたエディルさまの手。

 うわあああっ!! なんっ、なんですかっ、その甘々仕草と言葉はっ!!

 エディルさまって、こんな人だったのっ!?


 「明日が楽しみですね、リリー」


 そそそ、そうですねっ!!

 驚きと、恥ずかしさと、照れと、うれしさと。

 すべてがごっちゃ混ぜになって、頭から湯気が出そう。

 ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

 

 (明日のわたし、耐えられるかな?)


 自信がない。


*     *     *     *


 サムシング・オールド。なにか古いもの。先祖からの経済的安定、豊かさを受け継ぐ。

 サムシング・ニュー。なにか新しいもの。新しい人生の第一歩、未来へとつなぐ。

 サムシング・ボロウ。なにか借りたもの。幸せな結婚をしている人にあやかる。

 サムシング・ブルー。なにか青いもの。青は誠実を表し、純潔の象徴となる。

 この四つのものを身に着けて結婚すると、生涯幸福な結婚生活がおくれるという。


 「悪いね、アタシのお古で。丈は詰めたけど、ちょっと時代遅れのデザインだね」


 「いえ。大事なドレスをありがとうございます」


 「その代わり、ベールはちゃんと新しいのを用意したからね。あと、ブーケも。花の少ない時期だから、ちょっと苦労しちゃったけど。まあ、大事なのは持ち物じゃなく、中身のアンタだから」

 「そうさね。アンタを嫁にできるなら、その身一つ、裸でもいいって言ってくれるさ、あの兄さんならね」


 いや、それはさすがに、ちょっと。

 女将さんと手伝いに来てくれた村のオバサンの会話に、恥ずかしくてうつむくしかなくなる。


 「さて、あとは首飾りと耳飾りだね。アタシの一番いい品を貸してあげるよ」


 「すみません。でもそんな大事な品、いいんですか?」


 「いいのよ。結婚式だなんてめでたいことに貸せるんだからね。宝石だって喜んでるさ」

 

 「この村で結婚式だなんて滅多にないからね。みんなアンタの結婚を喜んでるのさ。素直に借りときな」


 オバサンと女将さん、両方から言われた。


 「さ、出来たよ」


 仕上げに髪をまとめ、ベールを被る。


 「ダンナさんが首を長くしてお待ちだよ」


 その言葉に押されるようにして、聖堂の入口へと向かう。

 

 「アンタの美しさに見惚れて、誓いの言葉を忘れなきゃいいけどね」


 いや、それは絶対にないと思う。その心配が必要なのは、多分、わたしのほう。祭壇前に立つエディルさまは、きっと目もくらむほど素敵だろうから。


 入口前で待ってくてくださったのは、マスター。家族のいないわたしのために、エスコート役を買って出てくださった。

 差し出された腕に手を添え、扉の内側へ、エディルさまのもとへと歩きだす。

 村の教会は、そこまで大きくもなければ、立派でもない。けど、その神聖な空間には、パイプオルガンが鳴り響き、窓から明るい日差しがステンドガラスごしに差し込んでいた。


 なにか古いもの。――女将さんのドレス。

 なにか新しいもの。――用意していただいたベール。

 なにか借りたもの。――村のオバサンの持ってた真珠の首飾りと耳飾り。

 なにか青いもの。――かつてエディルさまからいただいた髪留め。トゥイーディア。王都から逃げ出した時、これだけは捨てられずに、ずっと持っていた。

 それらを身に着け、参列してくださった村の方々の祝福を受けながら、エディルさまのもとへと歩いていく。


 もう迷わない。

 彼が、エディルさまが「愛してる」とおっしゃってくださったから。

 彼を信じて、彼を愛していく。


 誓いの言葉を交わし、向かい合ったエディルさまに薄いベールを持ち上げられる。

 軽く微笑み合い、そっとついばむように重ねられた口づけ。

 わたしは今日、神の御前でエディルさまの妻になった。


*     *     *     *


 「うわあ、すごい」


 エディルさまと一緒に乗る馬の上。わたしは、目の前に広がった光景に言葉を失った。

 雪が溶け、山を越えられるようになって、わたしたちは王都へ旅を始めた。

 村の人達は総出で見送ってくれて、涙ぐんで別れを惜しんでくれる人もいた。ジェルドさんは、「いつでも辛かったら戻ってきていいんだからな」っておっしゃってくださったけど。ホント、あの村の人達は優しい人ばかりだ。王都以外に街を知らないわたしにとって、第二の故郷と呼べる場所かもしれない。


 「こちらはもう春だったんですね」


 わたしの言いたかったことを、代わりにエディルさまが口にした。

 山を越えた先にあった牧草地。そこに広がっていたのは、黄色い絨毯のように咲き乱れるタンポポの姿だった。


 「圧巻ですね。これだけ咲いていると」


 「そうですね」


 「――ちょっと待っていてくださいませんか?」


 言うなり、エディルさまが馬から降りた。


 (――――?)


 タンポポでも摘んでくださってるのかなと思ったけど、予想に反して彼が手にしていたのは、小さな紫の花だった。タンポポに混じって、ひっそりと咲いていたらしい。


 「これをアナタに」


 言いながら、スッと髪に挿される。


 「――似合ってますよ。アナタの瞳と同じ色だ」


 エディルさまがくださったのは、紫色のスミレ。花言葉は、「謙虚、誠実」。そして――「アナタのことで頭がいっぱい」。


 (いや、それはさすがに。っていうか、花言葉なんてエディルさまはご存知ないわよね)


 深読みしちゃうのは、わたしが花師だからで。エディルさまにそんな深い意味はないわけで。

 熱くなる頬。どうにか冷まそうと両手で触れるけど、効果なし。だって、指先まで火照っちゃってるし。


 「さて。行きましょうか」


 ヒラリと馬にまたがったエディルさま。手綱を持って馬を再び歩かせるけど。


 「本当は、あまり帰りたくないんですがね」


 え!? それ、どういう意味ですか?

 

 聞き返す代わりに見上げると、フッと目を細めて微笑まれた。


 「少し飛ばしますよ。しっかり掴まっていてください」


 「え!? きゃあっ!!」


 軽い悲鳴を上げ、振り落とされないようにエディルさまにしがみつく。

 帰りたくないとか、少し飛ばすとか。意味がわからない。

 でも。

 エディルさまの弾む息とか、身体から伝わる熱とか。

 五感に伝わるすべてが愛おしい。

 こうして一緒にいられるのなら、なんだって幸せだ。幸せで幸せで、胸がギュッと苦しくなるぐらい、心臓が飛び出そうなほどドキドキしてる。


 ――アナタたちなら、お似合いだと思うんだけど?


 王都に戻ったら、王妃さまにこれまでのことを謝って、それから、エディルさまとの仲を取り持っていただいたことにお礼を言おう。王妃さまの目は間違ってなかったですよと伝えよう。

 それから、それから。侍女頭のベネットさんにも、クレアさんにも、先輩方にも。ご近所のアンナさんにも、パン屋さんにも。みなさんにも心配かけたことを謝って、それから、エディルさまと本当の夫婦になって、一緒に暮らして……。ああ、やることがたくさんありすぎて、目が回りそう。

 緑と黄色に覆われた、なだらかに続く丘陵地を馬で駆けていく。

 タンポポの花言葉は、「誠実、幸福」。

 まるで、わたしたちの未来を祝福してくれてるみたい。この先、エディルさまとの生活が、このタンポポのように幸福なものであればいい。

 祈るように、エディルさまにしがみついた手に力を込めた。



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