魔女は僕を球体関節人形にした
この小説にはショッキングな内容や、グロテスクな表現が含まれています
それは暗く深い森の中での出来事。
僕は狼に襲われてハラワタを食いちぎられた。
狼たちは僕の身体を好き勝手に貪り食い、その肉と臓物をさらっていった。
僕にはほとんど残されたものがなく、心臓ですら失ってしまった。
空っぽになったお腹に、バラバラになった四肢。
何もかも失った僕の前に一人の魔女が現れた。
その姿を視認したのは、僕が意識を取り戻したときのことだ。
目の前に現れた魔女は、物語の中で聞いた通りの姿をしていた。
裾の長い黒のワンピース。
先っぽがへにょっと曲がったとんがり帽子。
そして黒いオペラグローブ。
魔女は言った。
「おはよう、わたしのカワイイお人形」
そう言って紫色の口紅が塗られた唇をにいっとさせる女性。
顔立ちから年齢は十代後半と推測できる。
幼さを残したその見た目に反して、振る舞いや口調はやけに落ち着いている。
まるで老婆がしゃべっているよう。
「ぼっ……僕は……」
「お前さんは狼に襲われて死んだんだよ。
でも、魂までは失われていなかった。
私が魔法で新しい身体を作ってやったのさ。
感謝しな」
そう言って僕の頭をなでる魔女。
手を触れられた感覚に違和感があった。
まるで冷たい氷を押し付けられているかのよう。
魔女の手が冷たいのではなく、自分の感覚が狂っているのだろうと、何故だか分からないがそんなことを思った。
「身体を動かしてごらん」
魔女に言われて手足を動かしてみる。
妙な感覚だ。
腕や足の感覚が、今までと全然違う。
ひじやひざに得体のしれない物質が組み込まれている。
不思議に思ってみてみると、そこには異様なものが挟まっていた。
関節に球体が備わっていたのだ。
球体が動くたびに何かがすれる感覚がする。
そしてその球体には、本来動かせないような角度まで腕や足を曲げる力があることに気づく。
これは僕の身体ではない。
球体を視認してから少し時間が経過して、ようやくそのことに気づく。
「どうやら、認めたようだね。
その身体が自分の物ではないと」
魔女が言う。
僕はゆっくりと頷いた。
「助けてくれて、ありがとうございます」
言葉を放つ口の中の感覚が今までと違う。
舌が妙に重いのだ。
どうやら口も作り物のようである。
「礼なんていらないよ。
ただの気まぐれだからね。
とりあえず、鏡を見てごらん。
新しい自分の身体を目にしたら、
きっと驚いて腰を抜かすよ」
魔女はけらけらと笑って言う。
言われた通り、部屋に置いてある姿見の前に立つ。
不思議と歩くことはできた。
身体を動かすこと自体に問題はないようだ。
鏡に映った自分の姿は、別人のようだった。
いや……間違いなく全くの別人なのだが。
自分の目で確かめて、ようやく変わり果てた自分の姿を受け入れることができた。
目の前にあるのは紛れもなく人形である。
肘と膝、そして手首などの間接は全て球体になっている。
口元には不自然な切れ込み。
目玉にはピカピカの義眼。
関節がむき出しになった指で自分の頬に触れると、その質感から肉ではない何かで自分の顔が形成されているのだと気づいた。
「どうだい、新しい身体は?」
魔女が感想を求めて来た。
「とっても素敵です。
まるで王子様になったようです」
「くくく……王子様ね。
たしかに今のあんたは王子様だよ。
もともとの醜い姿とは別人さ」
魔女は嬉しそうに口角を釣り上げて言う。
それから、魔女の元で下働きする日々が始まる。
毎朝、彼女が起きる前に朝食を用意して、日中は掃除に洗濯と家事に励み、実験の手伝いをする。
風呂を沸かして、夕食の用意をして、魔女が作った書類の整理。
人形の身体になってから眠る必要がなくなったので、夜中は一人で魔法の勉強をした。
働いてばかりの毎日だが、とても幸せだった。
お腹が減らない、眠くならない、どんなに働いても疲れない。
肉体を酷使することにより感じる苦痛から解放され、僕はとても幸せな気持ちになった。
無理をしても壊れない身体なんて願ったところで手に入るわけでもない。
こうして新しい肉体を手に入れられた僕は、とっても幸せものだ。
「不思議だねぇ……他の子はみんな逃げたがったのに。
アンタはそんなそぶりすら見せないねぇ」
魔女が不思議そうに僕を見つめて言う。
「え? なんで逃げる必要なんてあるんですか?」
「いや……あんたは自由が欲しくないのかい?」
「僕は今、とっても自由ですよ?
身体のメンテナンスだってしてもらえるし、
何を不満に思うことがあるんです?」
「別にアンタが不満に感じなければいいんだけどね」
魔女はそう言って肩をすくめた。
彼女は定期的に僕の身体を解体して、パーツの手入れをしてくれる。
古くなったパーツを新しくしてもらえると嬉しさで心がいっぱいになる。
だって……とっても優しいんだもの。
彼女は僕を鞭で打つような真似はしない。
殴ることもないし、蹴り飛ばすこともない。
水汲みが遅くなったという理由で、一晩中寒空の下に放置したりもしない。
彼女は僕にとって尊敬すべき人だ。
僕は彼女を愛している。
「まいどありがとうございました」
薬を買いに来た役人に、僕は深々と頭を下げる。
「今回の代金だ。受け取ってくれ」
そう言って禿げ頭のあごひげもっさり役人は、金貨が大量に詰まった布袋を僕に手渡した。
それを両手で受け取ると彼はさっさと魔女の館を後にする。
魔女が売る薬は精力剤だと言う。
王様のアレの立ちが悪くなると役人たちが買いに来るのだとか。
効果は抜群で、一口飲めば一晩中元気なままでいられるらしい。
精通を迎える前に人形になってしまった僕にとって、子供を作る行為と言うものの魅力がいまいち分からない。
「男と女が契りを交わすって、どんな感じなんでしょうね?」
「あんたが望むのなら、私が相手をしてやってもいいんだよ」
魔女は悪戯っぽく笑っていうけれども、僕は彼女に身体をバラバラにしてもらって、パーツを一つずつ手入れしてもらう時間に快楽を感じる。
女性の身体に触れても興奮したりはしない。
でも……魔女が僕の関節を丁寧に手入れしている姿を見ると、この上ない劣情を催してしまうのだ。
僕の関節をもっと触って欲しい。
バラバラにして内側も外側も全てを隅々まで触って欲しい。
ああ……僕は何て幸せなんだろう。
毎日のように彼女に解体されたい。
魔女も少しずつ年を取っているようで、人間と比べると緩やかではあるけれど、次第に肉体が年老いて行くのが分かった。
出会った時はまだ10代の容姿だったけど、今ではオバサンと言っていいくらいの姿になっている。
「やれやれ、300歳を超えると小じわが目立つね」
彼女は手鏡を覗き込みながら、情けない顔をして顔をさすっていた。
「今でも綺麗ですよ」
「お世辞は良いんだよ、ったく」
僕は本心を告げたのだけど、彼女は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
どんなに年をとっても彼女は美しいと思う。
僕の身体をいつも丁寧に手入れして、息を吐きかけて関節を磨いてくれるそのさまは、夜空に浮かぶ月よりも美しい。
僕は彼女が好きでたまらなかった。
永遠に自分の物にしたいと思った。
「お前さんのお友達をつくってやろうね」
魔女が幼い女の子の死体を何処からか持ってきて言う。
「はぁ……」
「なんだい、嬉しくないのかい?」
気の抜けた返事をする僕を面白くなさそうに見つめる魔女。
僕に友達なんていらない。
あなたがいればそれでいいんだ。
他には何もいらないのに。
「どうやって人形にするんですか?」
「魂を抜いて別の器に入れるのさ。
簡単だろう?」
魔女はすでに新しい人形を用意していた。
まるでお姫様のように美しい少女を模したそれは、僕と同じように球体関節がある。
ピカピカの新品だった。
「これであんたも寂しくなくなるね」
「はぁ……」
「……本当につまらない子だね。
人が折角、お友達を作ってやろうと思ったのに」
魔女は苛立った様子で言った。
僕に友達なんていらない。
あなたと二人っきりで暮らしたかったんだ。
だから……。
「おはよう、気分はどう?」
僕は人形に語り掛ける。
「あんた……いったい何を?」
「よかった、ちゃんと上手く言ったみたいだね」
「わっ……私に何をしたんだ!」
人形が言う。
彼女はとっても美しい。
「僕たちはずっと一緒だよ。
これからも今まで通り、ずっと一緒に暮らせる。
二人っきりでずっと……」
「そっ……そんな……嘘だ!」
彼女は姿見の前に立ち、一番最初に僕がしたように自分の身体がどうなっているのかを確かめる。
「どう? 気に入ってくれた?」
「あんたは……あんたは悪魔か!
あんなによくしてあげたのに!」
「うん、だから僕もお返しをしてあげたんだよ」
僕はほほ笑む。
と言っても口角を釣り上げることはできないけれど。
感情はきっと伝わるはずだ。
今日と言う日のために、ずっと魔法の勉強をしていたのだ。
その苦労を分かってもらえるはず。
……きっと。
「酷いじゃないか! この恩知らず!」
「なにを言っているの?」
「あんたは……アンタは悪魔だ!」
僕が悪魔?
もしかしたらそうかもしれない。
でも、仕方がなかったんだ。
少しずつ老いて行く魔女の姿を見ているのはつらかった。
新しい友達を作って僕たちの間に異物を入れようとする彼女がたまらなく憎たらしかった。
だから……永遠に二人っきりでいられるように、彼女に特別な肉体を用意したのだ。
と言っても、その肉体を作ったのは彼女自身なのだけれど。
「これからずっと二人で暮らしていこう。
お互いに身体をバラバラにして、手入れをして、
ずっとずっと幸せに暮らそう」
「やめろ! 寄るんじゃないよ!」
暴れる彼女の身体を抱きしめて耳元でささやく。
「これで満足したよね?
僕は僕がされて嬉しいと思ったことを、
君にもしてあげたんだよ」
この物語はハッピーエンド。
二人は末永く幸せにくらしましたとさ。
めでたし、めでたし。
自分がしてもらって嬉しいと思うことを、同じように人にして喜んでもらえるとは限りませんよね。