君は、そんな風に
長かった最悪の寝起きを運んだ夢の糸の端をつかんだまま立ち上がる。
『顔色が悪い、嫌な夢でも見たんですか?』
と顔を覗き込まれる。
『夢、を見てたんだ、君に酷く良く似た……』
端を掴んだまま細い糸は切れてしまった。
『思い出せないや』
首の後ろをひっかく。
『もうご飯できてるの、覚める前に食べましょう!』
と微笑む彼女の顔をじっと眺める。この顔を見たことがある。当たり前か、恋人なんだから、と寝惚けた事しか出ない頭を冷水で冷やす。
お皿によそって席に座る。彼女が食べ始める。
大きな口で美味しそうにお昼御飯を詰めていく。可笑しい気がした。君はそんな風に食べる人だったか、大きく口を開ける人だったか、料理ができる人だったか…目に入るすべてが疑問で目眩がした。目前のその物体を食すことすら義務に思えて疑問だった。
なんだか地獄のようだった食事が終わり買い物に行かなきゃと呟いた彼女の付き添いで街に出ていた。
近頃は物騒だ、なんたって殺人鬼が出るという噂がある。殺人鬼は彼女と同じ長い黒い髪を持っているらしく周りの人から彼女が殺人鬼と噂されていた。
『困っちゃうよね、彼女が殺人鬼なんて噂されてちゃ』
『そんなことないよ、アンがそんなことしないのは知ってる』
口から出た言葉よりも喉で引っかかった言葉、君はそんなことを気にする人だったか?
駄目だ、遅くまで推理小説を読んでいたせいだろう。パッとしない。
綺麗な黒髪と白いワンピースがさらさらと光っている。
『アンの目は、なんで青いんだっけ』
彼女の瞳は片方だけ青い。その青さを覚えている。いつかどこかで見たような青さだった。
『覚えてないの』
と笑っていた。昔そんな風に笑った誰かに気味が悪いといった気がした。
『ごめん、調子悪い、独りで買い物にいける?』
とその場で別れた。家に帰りベッドに沈む。
話せなかった夢の端が重く伸し掛かって苦しくなった。