波と君
街のサンドウィッチ屋でサンドウィッチをゲットして、また丘の上に戻ってきた。風は心地よく頬を撫で、声を掻き消しこそこそ話のようなゾクゾク感の中で話をしていた。
『サンドウィッチと言ったらハムとレタスでしょう』
少しむくれたように笑う。
『いーや!揚げ物があってこそだ!』
と態とらしく声を荒げる。お互いに睨み合い少しだけ間が空き……先に負けたのはノイズだった。
『ぷっ…なんだよこれ』
と少年のように笑い出す。つられてアローンも笑い出す。お腹に手を添えたり、口元を隠したり、とにかく笑っていた。彼等の瞬きの様な日常のワンシーンだった。
唐突に残りのサンドウィッチを全て口に放り込んだアローンがそのまま草原に倒れ込む。日差しに手を翳して、ごくりと飲み込んで言葉を紡ぐ。
『私、怖いんです。貴方が。可笑しな話なんですがね、出会って数日なのに、もう何年も一緒に生きてきたような安心があって、貴方が離れるのが怖いんです。』
手を胸元に下ろして、だから、と言いながら起き上がる。
手に汗握る感覚になる。
『この日々が続けばいいと思うんです。ベスさんがいて、貴方がいて、擽ったい日々が続いてほしいんです。』
何でこんなことを忘れていたのかと疑問になることを思い出す、嗚呼、駄目だ、まただ。
指の先から冷たくなるような感覚に陥る。鏡を見なくても、顔が引き攣って、青くなっていく感覚がわかる。
立ち上がったアローンはそのまま崖の先に進んでいく。
『でも、無理なんです。人というのは愚かなものです。お願いを聞いてくれませんか?』
嫌だと叫びたかった。耳を塞いでいたかった。赤子のように泣き叫んで彼を、いや、自分を否定したかった。
『私を忘れないでください』
そういった彼の奇麗な青い目が一度だけきらりと輝き、髪を靡かせていった。
丘には波の音だけが響いていた。その妙に煩い波に吐き気を覚えて、走り出したかった。
目が覚めた。ムクっと起き上がりなにか嫌な夢を見ているようだった。熱い目頭に指を運んだ。なにかのある感覚を指がなぞっていた。
『もう起きたの、おはよう』
そう、青い瞳の彼女の声が俺の体躯に大きく響いていた。