7 弟子入りと婚約
「えっ!?」
「く、クイン君!?」
クインがメラニーを弟子に取りたいと言い出して、ダリウスは目を見張った。
国一番の宮廷魔術師でありながら、クインは弟子を取ったことはない。
今まで何人もの魔術師が彼に弟子入りを希望したが、どんな優秀な人間も、忙しいという理由だけで門前払いをしていたことをダリウスはよく知っている。
そのクインが自分からメラニーを弟子にしたいと言ったのだ。
これだけでも一大ニュースになるだろう。
ダリウスは考えた。
メラニーの計り知れない未知の才能はこの学園では持て余すに違いない。
それを考えれば、国内外でも随一の魔術師であるクインの元であれば、その才能を開花することができるかもしれなかった。
――しかしだ。
「……わ、私が、弟子ですか?」
「ああ、そうだ。君の才能はここでは持て余すだろう。しかし、私なら」
「ちょっと、待ちたまえ。クイン君」
勝手に話を進めようとするクインにダリウスは待ったをかける。
「メラニーを弟子にするには一つ問題がある」
「問題?」
眉を顰めるクインにダリウスは頷いた。
「ああ。彼女の魔力は平均以下だ」
「なっ……」
思わず絶句するクインにメラニーが申し訳なさそうに体を縮こませ、「すみません」と小さく謝った。
「だから彼女はこの学園の生徒ではない。今は私の助手として在籍しているが、実技魔法に関しては素人に近い。君は一年の半分以上を国内外の魔物討伐に出かけているが、そんな危険な場所にメラニーを連れていけないぞ」
「……なんと」
ダリウスの指摘にクインは相当なショックを受けたようで黙り込んだ。
無理もない。
論文一つとっても、これほどの才能が見て取れるメラニーだ。
さぞかし豊富な魔力があると考えてしまうのが普通だ。
……残念だが、こればかりは仕方がなかった。
もし、それでも強行して自分の弟子としてメラニーを討伐に連れて行くと言うのであれば、ダリウスはどんな手を使っても反対する。
可愛い姪っ子に危ない真似をさせるわけにはいかないからだ。
「……では、私の屋敷で研究をしてもらうのはどうでしょうか?」
悩んだクインが出した答えにダリウスは首を傾げた。
「君の屋敷?」
「ええ。確かに留守がちになってしまいますが、それでもここにいるよりはマシでしょう。仕事が終わってすぐに指導にあたれますし、私の屋敷は魔術工房も兼ね備えてますから、材料も設備もここと遜色なく、有意義な研究に打ち込めるはずです」
そこまでしてもメラニーを弟子にしたいというクインの強い意志にダリウスは驚いた。
クインはメラニーに再び向き合うと、真剣な面持ちで彼女を見つめた。
「どうだ? メラニー。一度、私の屋敷に来てみないか?」
「え、あの、その……」
狼狽するメラニーの両手をクインが掴み、彼女に熱い視線を向ける。
「君の価値ある才能を無駄にはしないことを約束しよう」
「え、あ、あの……私は……」
クインに手を取られ、顔を真っ赤にさせる姪っ子を見て、ふとダリウスは妙案を思いついた。
「クイン君」
「なんですか? 教授」
「とりあえず、その手を放したまえ。メラニーが困っている」
ダリウスが睨むと、クインはメラニーの両手をぎゅっと握りしめていたことに気づき、慌てた様子で手を離した。
「……す、すまん」
「い、いえ……」
メラニーとクインの間になんとも言えないこそばゆい空気が流れた。
「クイン君。メラニーを弟子にしたいなら、こちらからも条件がある」
わざとらしく厳格な声を出しながら、ダリウスは言った。
「なんですか?」
教授の慇懃な態度にクインも改まる。
「メラニーを自分の屋敷に呼ぶつもりなら、彼女を娶りなさい」
「……はっ?」
「お、叔父様っ!?」
ダリウスの出した条件にクインばかりか、メラニーも声を上げた。
目を見開いて硬直する二人にダリウスは説明する。
「いいかい。メラニーは年頃の女性なんだ。いくら弟子と言えども、年頃の男女が一緒の屋敷で暮らすなど言語道断。メラニーを屋敷に連れて行きたいなら、それなりの体裁を整えてもらわないと困る」
「……いや、しかし、教授。それは……」
「それとも君はメラニーに良くない噂を立てるつもりかね?」
「そ、それは……」
クインが戸惑った様子で横のメラニーを見つめた。
そして、
「………………分かりました。メラニーさえ良ければ、彼女を妻として受け入れます」
「く、く、く、クイン様!?」
「うむ。よく言った」
「ちょ、ちょっと、叔父様も!」
一人、ついていけないのは当事者のメラニーだけだった。
メラニーは顔を耳まで真っ赤にして、おろおろと挙動不審な動きでクインとダリウスを交互に見上げた。
そんな可愛い姪っ子にダリウスはニッコリと微笑んでみせる。
「とは言え、メラニーの気持ちもあるからな。いきなり結婚ではなく、お互いを知ることからはじめなさい。とりあえず婚約を結んでおけば、周りも変な噂を立てないだろう」
「はい」
クインは神妙な顔で頷いた。
対してメラニーは目を見開いたまま、素っ頓狂な声を上げる。
「あ、あの!? 叔父様!?」
ダリウスはメラニーの肩にポンと手を置くと、優しく諭した。
「メラニー。これは君にとってすごいチャンスなんだよ。それに、もし、クイン君が気に入らなかったら、いつでも戻って来てもいいからね」
「そ、そう言われましても……。えええ?」
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