4 ダリウス教授の可愛い姪っ子
メラニーの叔父であるダリウスは、この魔術学校の中でも権威のある教授であった。
多くの著名な魔術師を輩出している名門スチュワート家に生まれ育ち、幼い頃からトップクラスの実力を兼ね備えたダリウスは家督を姉に譲り、若くして教職業についた。
今まで多くの才能のある学生を育て、それなりの経験を持っていると自負している。
そのダリウスが姪のメラニーの作った薬品を前に固まっていた。
瓶に入った紫色のどろりとした液体は通常ではありえない発光をしており、キラキラと光を反射して輝いていた。
メラニーの書いた論文によると、一応は回復薬であるポーションの類に当たる代物らしいが、見たことのない色と眩い発光に不気味さが増した。
とてもポーションには見えず、劇薬としか思えない。
「……あ、あの。どうですか?」
論文を読み終わったダリウスが微動だにしないことを不安に思ったメラニーが恐る恐る声をかける。
「――うん」
ダリウスは顔をゆっくり上げると、笑顔を作ってメラニーに優しく訊ねた。
「メラニー。これ、君が作ったのかい?」
「はい、そうです……」
メラニーはオドオドと頷いた。
自信なさげに困った表情を浮かべる姪にダリウスは目を細める。
――昔から賢いとは思っていたが、これはもう規格外じゃないか。
「あの、どこか変でしたか?」
「ああ、全部かな」
「え?」
「ああ、いや、……うん。そうだね。まず論文からだけど、書き方がめちゃくちゃだね。研究の主題を頭に書いて。それから使う材料、道具の記載、その後は実験の手順、結果、考察の順に書こうね。今のままだと全部混ざっていて読み解くのが大変だ」
「す、すみません」
「いや、いいよ。初めてにしては上出来だ。途中、ページが抜けていることも今は置いておこう」
「えっ!? ページが抜けてる? あ、さっき落としたときかな。……ごめんなさい、叔父様。すぐに取ってきます」
「いやいや、いいよ」
「で、でも……。ページが抜けてると判定が……」
「判定? ああ、成績の話か。そんなものSだ、S」
「S? Aより上があるのですか?」
「そんな些細なことはどうでもいい。それより、メラニー。ちょっと話そうか」
「え? あっ、はい」
抜けているページを探しに戻ろうとするメラニーをダリウスは押し止め、すぐ脇の応接セットに座るよう促した。
ダリウスは論文をテーブルに広げ、真向かいに座るメラニーに質問する。
「まず、この研究なんだけど、これはどこから発想したものなんだい?」
「これは私が考えたものではなく、家にあった古文書に書いてある製法です」
「……スチュワート家の?」
「はい。持ち出しは厳禁だから、自分で写し直して書いた本ですけど……」
「……うーん。それについても色々と聞きたいことがあるけど。まぁ、今は置いておこうか。えっとね、メラニー。君が家にある古文書の本を読んでいるというのは姉さんから聞いていたよ。でさ、君、その本全部解読できるの?」
「え? はい。できますけど……」
「解読できなければ、読むことはできないですよね?」と、当たり前のように小首を傾げる姪っ子にダリウスは顔を引き攣らせた。
「……一つ確認なんだけど、もしかして、古代語読める?」
「はい」
「どれくらい?」
「どれくらいと聞かれると困りますけれど、家にある本は大体読み終わりました」
「………………」
なんてことのないようにメラニーは答えるが、只事ではなかった。
古代語は数百年前の言語であり、既に廃れた言葉だ。
今、古代語を読み解ける人間は非常に数が少ない。
もちろん、この学校の禁書庫にも古代語で書かれた本や、それを読み解くための辞書も存在している。しかし、実際に読み解くには膨大な知識と技術が必要とされていた。
古代魔術に使われた古代語はそれほど失われた言語だった。
――それをこの子は独学で解いたというのか。
メラニーがスチュワート家の書庫で古文書を読んでいる姿をダリウス自身も目にしたことがあった。
しかし、それはあくまでも辞書片手に少しずつ読み解いているものだと思いこんでいた。
まさか、一冊丸々解読しているなんて誰が予想できようか。
いや、一冊どころではない。
今、メラニーはあのスチュワート家が代々厳重に保管してきた歴史ある本をほとんど読破したと言った。
しかも、恐ろしいことに、その古代語で書かれた大昔の製法を再現してしまった。
ダリウスは机の上の艶めかしい輝きを見せる得体の知れないポーションに目をやる。
古代魔術は現代の魔術よりも威力や性能が高く、高度な技術が詰まった失われた魔術である。
もちろん昔と同じ道具や材料が全て揃っているわけではないが、彼女の論文を読む限り、現在ある道具や似た成分の材料で代用して作られていた。
こんな器用な真似をすること自体、よほどの才能とセンスがないとできない芸当だ。
「……叔父様?」
「――いや、なんでもない」
叔父が黙り込んだのを見て、不安な顔を見せるメラニーに、ダリウスは気休めの笑みを見せた。
しかし、ダリウスの頭の中はフル回転で思考を続けていた。
なんということだ。
魔力が乏しいという理由だけで、これほどの逸材を埋もれさせていたなんて……
これはスチュワート家、いや、この国にとって、大きな損失になるところだった。
公爵家のクソボンボンに婚約破棄され、傷ついた可愛い姪っ子を慰める名目で、わざわざ助手という肩書きをつけて学校に呼んだのは、屋敷で暗澹と過ごすより、メラニーの気分転換になるかと思ったからだった。
決してメラニーの才能を知っていたからではない。
いや、その片鱗は確かに感じることはあった。
魔力が少ないという理由で学校に行けなくとも独学で学ぶような子だ。
一時はダリウスもメラニーに魔術を教えたこともあった。
その時も物覚えが良いとは思っていた。
――しかし、これほどとは……。
ダリウスは姪の将来を真剣に考える。
古代語を読み解き、その製法を再現できる才能を持った類稀なる逸材。
だが、彼女は魔力が少なく、魔術学校で正式な授業を受けたこともない。
今からきちんと勉強を教え直すのもありかもしれないが、独学でこれほどの偉業をやり遂げられるのだ。今更学校で教える知識など必要ない気もする。
何より通常の勉強は、彼女の才能を持て余すだろう。
かと言って、彼女より古代魔術に精通している人間も知らないし、彼女にどのような教育を施せばいいかも見当がつかなかった。
――とりあえず、姉さんと義兄さんに相談するか。
魔術学校の権威ある教授であるダリウスであっても良い解決案を思いつかず、彼は事の重大さをまるで理解していない姪っ子を苦い顔で眺めるのであった。
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