13 メラニーとクイン
「メラニー。待たせた。一人にさせてすまなかった」
クインは柔らかい笑みをメラニーに向けると、彼女の肩を優しく抱き寄せた。
そしてジュリアンとエミリアの方を向くと、二人の姿をじっくりと観察する。
「ああ。――君がオルセン家の嫡男か。それと、隣がローレンス家の令嬢だな」
クインの冷ややかな目で凄まれ、その迫力に二人は言葉を失った。
「君たちにはお礼を言わなくてはいけないと思っていたんだよ」
「「えっ?」」
クインにニッコリと笑顔で言われ、二人は驚きの表情を浮かべる。
――クイン様!?
肩をしっかりと抱き寄せたままのクインをメラニーは見上げた。
「メラニーと別れてくれてありがとう。お陰で彼女と知り合うことができて私は本当に運が良かった。これも君たちが共謀して婚約を破談にしてくれたからだよ。素晴らしい才能を持った弟子と愛らしい婚約者を一度に迎えることができたんだ。全く、君たちには感謝しかないよ」
ニコニコと言っているが、その目は少しも笑っていない。
クインの氷のような鋭利な眼差しに、先程まであんなに饒舌だったジュリアンとエミリアは硬直したまま、口をパクパクとさせていた。
そんな二人を威圧するようにクインは更に続ける。
「あ、そうそう。先程ちらりと耳に入ったが、メラニーは魔力は少なくとも、魔術のセンスは突き抜けているよ。まったく今まで才能が埋もれていたのが不思議なくらいだ。
……あと、これはまだ秘密にしておきたいところだが、君たちに感謝の念を込めて一つ教えてあげよう。
これから数年で、新しい魔術が次々と開発されていくだろう。その全てはメラニーが手がけるものだ。今後は古代魔術が再び注目されるようになるだろうね。ローレンス家は残念だが、新生魔法は古いものになっていくだろう。
ジュリアン・オルセン。君は本当に惜しいことをしたな」
――――――
固まったままのジュリアンとエミリアから離れ、メラニーはクインと共に会場の外へと出ていた。
好奇心を向けた貴族たちから取り囲まれる前に帰ろうというクインの提案だった。
まだパーティは盛り上がっている最中で、薄暗がりの長い廊下は二人の他に通りかかる者はいなく、やけに静かだった。
先程からクインに肩を抱かれた状態でメラニーは廊下を歩いていた。
胸がドキドキとうるさいのは、クインとの距離が近いからか、それともさっきのクインの言葉のせいか。
――『愛らしい婚約者』。
メラニーの聞き間違いでなければ、確かにクインはそう言った。
クイン様も私のことを?
でも、私を庇って言ってくださっただけかもしれないし……。
「……」
メラニーはギュッと目を瞑ると、思い切って足を止めた。
「……どうした、メラニー?」
「あ、あの。クイン様。先程のお話なんですけど」
メラニーは大きく脈打つ心臓を押さえ込みながら、クインに訊ねる。
「あ、あれは……」
「ああ、本当のことだ。君は才能溢れる魔術師だよ」
本当のことを言うと、聞きたいのはそっちの話ではなかったのだが、クインが驚くほど真面目な顔で言うものだから、メラニーは思わず息を呑んだ。
「わ、私が、ですか?」
「ああ。君の持っている知識と技術は、間違いなく、これからの国を大きく変えていくだろう。今は自覚はないだろうが、それだけのものを君は持っているんだ」
「……私が?」
「まったく。無自覚なのは困ったものだな。これから君は多くの人に注目される立場になるだろうに。でも、安心していい。君のことは私が全身全霊で守るよ」
「――クイン様」
「迷惑かな」
「いえ、迷惑だなんて……。その、……嬉しいです」
「……」
頬を赤くして、照れた様子で目を潤ませるメラニーをクインは黙って見つめる。
そして、クインの腕がメラニーを優しく抱き寄せた。
「――く、クイン様?」
クインにぎゅっと抱きしめられ、メラニーは上擦った声を上げた。
「メラニー。さっき言ったことは私の本心だ。弟子としても、婚約者としても、私は君のことを大切に思っている」
「――っ!」
耳元で甘く囁かれ、メラニーはドキドキで心臓がおかしくなりそうだった。
「メラニー。君は私のことをどう思っている?」
「わ、私は……」
――クイン様が私のことを想っていてくれる。
今はまだクイン様に相応しくないかもしれない。
けど、私も隣に立ちたい。
一緒にいたい!
胸の奥から込み上げてくる熱い感情に目を潤ませながら、メラニーはクインの背中にそっと手を回した。
「わ、私も、クイン様が好きです。師匠としても、こ、婚約者としても。だから、その。……わ、私、頑張りますから、よろしくお願いします」
ドキドキしながら、なんとか気持ちを言葉にすると、自分を抱いているクインの腕に力が篭った。
「メラニー。君のことは私が幸せにすると約束するよ」
「……えっと、クイン様?」
「なんだ?」
「私、もうすでにすっごく幸せです……」
パーティ会場から流れてくる管弦楽団の音楽を聴きながら、メラニーはクインの腕の中で幸せそうに微笑んだ。
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