12 元親友と元婚約者との再会
まさかクインの紹介したいと言っていた相手がこの国の王子だと思わず、メラニーはケビンが去った後、一人愕然としていた。
失礼な態度を取っていなかったか、今になって考えるが、もう後の祭りだ。
「あの、クイン様? 私、ケビン王子に何か失礼なことを言っていなかったでしょうか?」
メラニーが隣に立つクインに訊ねると、クインは唇の端を微かに上げ、笑って言った。
「大丈夫だ。それにあいつは気さくなやつだからな。そう気負わなくていい」
「そうは言っても……。せめて、事前に一言くらい……」
文句を言いかけるメラニーだったが、ちょうどその時、クインの前に年配の貴族が顔を出した。
「これはクイン様。少し、お仕事のことでお話があるのですが、よろしいですかな?」
「これは、メイデル卿。お久しぶりです。……メラニー。すまない。少し離れるが大丈夫か?」
「あ、はい。私、隅の方で休んでいますので」
「分かった。すぐに戻るよ」
「はい」
広いパーティ会場でクインと別れることは心許なかったが、仕事であれば仕方ない。
メラニーは他の人の視線から逃れるように、コソコソと会場の端の方へ移動することにした。
――――――
「あら、メラニーじゃない? やだー、元気だった?」
会場内を移動するメラニーに甲高い声がかかった。
その聞き覚えのある声にメラニーは思わず足を止める。
ゆっくりと振り返ると、そこによく見知った顔があった。
「……エミリア」
「うふふ。久しぶり」
艶やかな色の派手なドレスに身を包んだエミリアは、真っ赤な唇をニンマリと上げてメラニーに近づいた。
「思ったより元気そうで良かったわ。私、心配していたのよ? 」
「……」
黙り込むメラニーに、エミリアはわざとらしく大袈裟な表情でため息を吐いた。
「そういう怯えた態度、相変わらずね。心配していたのは本当よ?」
「え?」
「だって、なんだか変な噂が流れているじゃない? 貴女があのクイン様に弟子入りしたとか? まさか本当じゃないわよね? 大した魔力も持っていないメラニーが、まさか稀代の魔術師と謳われているクイン様の弟子だなんて」
「……本当です」
虫の鳴くような小さな声でメラニーは答えた。
すると、エミリアは目を見開き、興味深そうにメラニーを見つめる。
「……へぇ。じゃあ、婚約したっていうのも本当かしら?」
「はい」
メラニーが答えると、エミリアの声がひんやりとしたものへと変わった。
「……一体、どんな手を使ったの?」
「え?」
「貴女のような平凡な女が、あのクイン様の婚約者だなんて。親に泣きついた? それともダリウス教授に頼んだのかしら?」
「……」
ニヤニヤと笑いながら、エミリアが目を細める。
「そんなにジュリアンに振られたことが悔しかった?」
「わ、私はそんな……」
エミリアに問い詰められ、メラニーが口籠っていると、更に懐かしい声が聞こえてきた。
「エミリア。ここにいたか」
「ジュリアン!」
恋人に呼ばれ、エミリアが嬉しそうに彼の名前を呼ぶ。
体を密着させ、仲睦まじい様子を見せる二人の姿に、メラニーの胸の中に黒いモヤモヤとしたものが広がった。
「……やぁ、これはメラニーじゃないか」
エミリアの腰に手を回したジュリアンがメラニーの存在に気づき、驚いた顔を見せた。
「久しぶりだな。まさかこんなところで出会うなんて。パーティは嫌いだろ?」
明るい口調で、自分が一方的に振った元婚約者相手に、ジュリアンが笑って言った。
「……あ、あの」
「ジュリアン、聞いてよ。メラニーがクイン様と婚約したの、本当らしいわよ。しかも弟子入りまでしているのよ」
メラニーが答えようとすると、エミリアがジュリアンに身体を擦り付けながら、横から口を挟む。
「まさか、本当に?」
元婚約者から疑うように訊かれ、メラニーは目を伏せながら答えた。
「……ほ、本当です」
「俄には信じがたいな。だって、君は魔術も碌に使えないだろう?」
「そうよね。どうやってクイン様に取り入ったのかしら? 学校にも行けないような実力なのに」
「メラニー。悪いことは言わない。嘘がバレる前に離れた方がいい」
「そうよ。これ以上、醜聞が流れる前に自分からお別れした方が身のためよ」
二人は口々に一方的な言葉をメラニーに投げつけた。
「……」
「……なぁに? その顔? 私たちは親切で言ってあげているのに。……それとも、自分がクイン様に相応しいって思っているわけ?」
エミリアの言葉にメラニーは顔を俯く。
その瞳には涙が溜まり、今にも溢れ落ちそうだった。
好き勝手言われて、悔しかったし、悲しかった。
けれど、自分がクインの隣にいることが相応しくないと、メラニー自身も思っていた。
――誰より優秀で賢く、この国の王子とも親しいクイン様。
対して、大した魔力もなく、引っ込み思案で、碌に人とも上手く喋れない、情けない私。
今だって、元婚約者とその彼を奪った元親友相手に何も言い返せないでいる。
こんな私が、クイン様に相応しくないことくらい、私が一番分かっている。
――やっぱり私、何処にいてもお荷物なんだわ。
そんな泣きそうなメラニーの前に大きな影が立ち塞がった。
「――余計なお世話だな」
低い声で言い放つ人物に、メラニーは目を大きく見開いて、その名前を呼んだ。
「クイン様っ!?」
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