10 クインの気持ち
クインはケビンと酒を交えながら、弟子のメラニーについて簡単に話をしたが、ケビンには言えない、彼女のすごいところは他にもまだ沢山あった。
例えば、あのメラニーの使い魔である大蛇。
メラニーは殆ど愛玩用のペットのように可愛がっているが、クインにとって、あれは恐ろしい魔物だった。
そもそも、人に懐かない爬虫類を使い魔にすること自体がまずありえない。
普通、使い魔と言えば、小回りの利く鳥や小動物が一般的で、蛇を使い魔にしようとする発想自体がない。
しかも、ただの蛇ならともかく、メルルは巨大な大蛇だった。
あの巨体なら簡単に人を絞め殺すこともできるし、そうしなくても牙に含まれた毒だけで一撃で人を殺めることができる。
一度だけ、メルルが屋敷の庭に飛んできた大型の野鳥を捕獲していた瞬間を見たことがある。
のんびりと羽を休める野鳥に狙いを定めたメルルが、その喉元に齧り付いた途端、野鳥は痙攣して泡を吹いて倒れた。
その後、メルルは自分の身体の幅より大きい野鳥を美味しそうに丸呑みにしていたが、あれはなかなか衝撃的な光景だった。
恐らくメルルはスチュワート家が作り出した変異種。
主人に忠実で攻撃力の高い使い魔は、それだけで価値があるだろう。
メルルが傍にいる限り、メラニーの安全は確保されていると言えよう。
しかも、メルルの利用価値はそれだけでない。
先日、メラニーから貰ったメルルの抜け殻。あれを金に換えようと思えば、一般市民なら優に一生暮らせる代物だった。
白蛇の、しかも特大サイズの抜け殻はあまりにも珍しい逸品だ。
脱皮したての保存状態が最高なものなんて、普通であってもそうそう手に入るものではない。
確か、蛇は年に一回は脱皮すると言う。
つまりはあのメルル一匹で途方もない財産を築けるのであった。
それを簡単に人にプレゼントしてしまうメラニーはまるで価値を分かっていない子だった。
メラニーが常識を逸脱しているエピソードはそれだけではない。
それは先日の課題にしても同じことが言えた。
自分が留守にしている間、メラニーに出した課題は、転移魔法の魔法陣の改良というものだった。
いくつか無理難題な条件をつけた課題は、一般的な魔術師ならば最短でもニヶ月はかかる代物だ。
しかし、それをメラニーはたったの数日でこなしてしまった。
しかも課題の解き方が普通ではない。
古代魔術からヒントを得た発想を使って、通常ではありえない導き方法を彼女は生み出した。
攻撃魔法と空間魔法の融合。先人が作り上げた術式をいとも簡単に分解し、新しい術式を組み込んで作り替えるという驚異的な魔術センス。更には魔力回路の圧縮に、初めて目にする強化のスペル……etc.
メラニーが作り上げた魔法陣は、古代魔術で使われた定理を現代魔術に置き換えた見たことのない代物だった。
あの魔法陣一つで、魔法学の歴史をいくつ飛躍させたことか。
まだまだ改良は必要だが、もしアレが実用化できたのなら、驚異の運搬技術となるだろう。
一体、彼女の頭の中はどのようになっているのか。
クインが頭を悩ませるほど、彼女の古代魔術に関する知識は膨大だった。
恐らくスチュワート家が所有している古文書は規格外で、恐らく王宮で保管している数とは比ではないのであろう。
そもそも、古代魔術云々の前に、メラニーの偏った教育も大きく影響しているとクインは考えていた。
メラニーがメルルの脱皮した皮を簡単にクインにプレゼントしたり、稀少価値のある薬草を惜しげもなく実験に使用してしまう辺りがそこにある。
屋敷に来たばかりの頃、試しにメラニーに今までどんな勉強をしてきたか聞いてみたことがあった。
そこで語られたのは、スチュワート家による偏った教育方法だった。
クインからしてみれば、基礎を丸飛ばしにした高度教育だ。
料理に例えるなら、食材の切り方や下ごしらえのやり方も教えずに、いきなりフルコースの作り方を教えるようなものだろう。
しかし、メラニーの圧倒的なセンスは、レシピを見ただけで極上の一品を作り出すことを可能にした。
――さすがは名門スチュワート家の血筋。
敵に回すには恐ろしいと言われるだけあって、スチュワート家は一部の人間から「魔窟」という異名で呼ばれていた。
魔力はなくとも、メラニーも充分魔窟の住人だった。
そんな彼女を弟子に取り、クインはいかに今後彼女を守っていけるか考えた。
あれだけの偉業をやってのけるメラニーだ。
一度、表に出てしまえば、良くも悪くも、彼女は多くの人間に狙われることになるだろう。
それをどう守るか、今から頭が痛かった。
「――それでどうなんだ?」
いつの間にかメラニーのことを考え込んでいたクインに、ケビンが質問をした。
「――え?」
話を聞いていなかったクインが聞き返すと、ケビンはニヤニヤと笑いながら言い直す。
「弟子にするためとは言え、お前が婚約までしたってことは、少なくとも彼女のことは好意的に見ているんだろう?」
「……」
ケビンの質問にクインは無言で返した。
流石に長い付き合いだけあって、ケビンの言うことは当たっていた。
いくら才能があって、優秀な素質があるからと言って、弟子を迎えるためだけにわざわざ婚約なんてしようとは思わない。
実は一目見た時からメラニーに好意を抱いていたクイン。
ダリウス教授の提案をあっさりと呑んだのも、そういうことであった。
「どんな子なんだ?」
「優秀な子だ」
「そうじゃなくて、外見とか性格だよ!」
「……大人しくて、小動物みたいだな」
「それ、お前の好みだな」
「……」
図星を指され、クインは無言で酒を飲んだ。
そう。メラニーのような小柄で可愛らしい女性にクインは弱かった。
初めは人見知りして目も碌に合わせようとしないメラニーだったが、一度警戒心が緩むと、すぐにとびっきりの笑顔を見せてくるような子だった。
その無邪気な笑顔に何度息を呑んだだろうか。
つい先日の任務を終えて屋敷に帰った時は特に強烈だった。
ふんわりとした愛らしい笑顔で「旦那様」と呼ばれ、思わず勘違いしそうになった。
クインも男だ。
弟子とは言え、一応は婚約者として迎え入れたからには、メラニーのことをそういう目で見ている。
手放すつもりはないし、なんなら今すぐにでも結婚したって良かった。
後はメラニーの気持ちだけである。
メラニーが自分のことをどう思っているか分からないが、少なくとも嫌われてはいないようだし、時間をかけて少しずつ距離を縮められたらと考えていた。
そんなクインの考えを察したのか、ケビンがズバリと言う。
「婚約しているとは言え、いつまでもそんな中途半端な状態でいたら、機会を逃して一生そのままだぞ。気に入っているなら、さっさとくっついてしまえ」
ケビンの言うことは一理ある。
メラニーはあの通りホワホワとしているし、クインがそういう目で見ていることなんて微塵も気付いていないようだった。
少なくとも婚約者の立場を了承しているということは、いずれ結婚も考えているとは思うが、研究に目をキラキラとさせている少女を見ていると、いまいち自覚しているのか分からない。
これで、あくまで師弟関係のつもりでしたと言われたら、クインは立ち直れない自信があった。
長い沈黙の後、クインはボソリと呟くようにケビンに訊ねた。
「………………どうしたら、いいと思う?」
情けない声を漏らすクインに、ケビンは声を立てて笑うのであった。
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