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9 宮廷魔術師と王子の会話




「まさかお前が婚約するとはな。本当に驚いたよ」


 王宮の一室にて、クインが対峙していたのは、この国の王子であるケビンであった。


 クインとケビンは職務上交流することが多く、年齢も近いこともあって、クインが宮廷魔術師になりたての頃から親しい間柄であった。


 王子という肩書きにも関わらず、ケビンは気さくな性格で、人と壁を作りがちなクインを何かと気にかけていた。

 寡黙でとっつきにくく、国内でも最強と名高いクインにはあまり親しい人間はいない。

 こうして酒を交わして気さくに話をするのもケビンくらいなものであった。




 この日もクインはケビンに呼ばれて、王宮の一室でケビン秘蔵の酒を飲み交わしていた。


 今日の題目はズバリ、クインが婚約したことである。


 ケビンからすれば、クインは決して見た目が悪いわけではない。

 やや目つきが鋭く、他人を引き寄せないオーラを出している以外は、文句のつけようのない美男子である。

 しかし、いかんせん人付き合いが悪い上に、一年の半分は国内にいないような多忙な男であるから、浮いた話をまるで聞かないのであった。


 そんなクインが婚約したと聞いて、ケビンも初めは俄かに信じられなかった。


 しかも、詳しい話を聞いたら、相手はあのスチュワート家の令嬢だと言う。


 スチュワート家と言えば、侯爵家であり、国内でも有数の魔術師の名家である。

 まさかそんな位の高い家の娘を嫁に貰うとは、権力争いに興味のないクインらしくない話だった。


「……正確には弟子だ」


 クインは苦い顔でグラスに入ったアルコールを口につける。


「そっちに関しても驚きだよ。お前が弟子を取るなんて、どういう心境だ?」

「……あの才能を見つけたら、放っておけないだろう」

「ほう。国一番の宮廷魔術師がそう言うとはね。そんなに凄いのか?」

「ああ、才能の塊だよ。……というより逸脱し過ぎているな。ダリウス教授も今まで何をしていたんだか」

「ダリウス……。ああ、お前の先生か。そう言えば、彼もスチュワート家の人間だったな」

「教授の姪っ子だ」

「ふうん。じゃあ、サラブレッドか?」


 ケビンが訊ねると、クインは緩く頭を振った。


「それがそうではない。……本人には魔力が平均以下しかなくて、学校にも通っていなかった」

「は?」


 テーブルのつまみを取ろうとしたケビンの手が止まる。


「おい、そんな人間を弟子に迎えたのか?」

「独学で勉強はしていたそうだ。だから、誰も彼女の才能に気づかず、公爵家に嫁に出すところだったらしい」

「……公爵家」

「どうした?」

「いや、少し前にちょっとした醜聞が聞こえてきたなと思ってな。なんでもオルセン家の嫡男が婚約者を振って、その婚約者の親友であるローレンス家の令嬢に乗り換えたとか」


 ケビンにとっては貴族間の醜聞など聞き飽きた話だったが、それが権力のある公爵家の話だったので何となく覚えていた。

 まさか、スチュワート家との婚約を破談して、新参者のローレンス家に乗り換えるとは馬鹿なことをと思った記憶がある。


 王族であっても、あのスチュワート家を敵に回したくないと言うのに……。


 しかし、その渦中のスチュワート家の娘がクインの弟子兼婚約者とは。


「……そうだったのか」


 ケビンの話を聞いて、クインがやけに神妙な顔をしていた。


「なんだ、お前。自分の婚約者のことなのに、そんなことも知らなかったのか?」

「……婚約者じゃなくて、弟子だからな」


 わざわざ『弟子』と強調する親友にケビンは思わずニヤリと笑う。


「まぁ、いいけど。それで? そのお弟子さんは、どんな才能を持っているんだ?」

「山のようにあるが、──まず、古代語が読める」

「ブフっ!」


 ケビンは口に含んでいた酒を思いっきり噴き出した。

 幸い、横を向いていたのでクインやテーブルにかかることはなかったが、喉の気管にアルコールが入り、ゴホゴホと咳き込んだ。


「おい、大丈夫か?」

「き、気にするな……。それより」


 ケビンはハンカチーフを取り出し、汚れた口元を拭うと、クインに聞き直した。


「古代語だって?」

「ああ。しかも解読をするというレベルじゃなくて、辞書なしで普通に読めるんだ」

「はぁ?」


 王宮の書庫室にも古代語で書かれた書物は厳重に保存されている。

 しかし、この王宮内でも古代語に精通しているものはそういない。 

 大昔の文献の資料が必要な場合、一ページを数人がかりで何日もかけて解読するのが普通だ。


 古代語が読めるというだけで、どれだけ重宝される人材か。

 その利用価値はあまりにも高い。


「それだけじゃないぞ。その古代語で書かれた古代魔術を復元できる」

「……は?」


 ケビンの中で一瞬時が止まった。


 古代魔術の復元と言ったか?


 そんな話、聞いたこともない。

 そもそも古代魔術は今から数百年昔の魔術だ。


 当時の人間は今の人間よりも、魔力量も膨大だったという。

 よって、威力も精度も今よりも優れた魔法が数多く存在していた。

 しかし、長い年月をかけ、魔術は簡易なものへと取って代わり、膨大な魔力と時間を要する古代魔術は廃れていった。

 勿論、基盤となる古代魔術は形を変え、今もなお受け継がれているが、それはもはや古代魔術という代物ではない。

 加えて、人間が使用する魔力量が少なくなると共に、生まれ持った魔力も少なくなってきているという。

 そのため、現代の人間が古代魔術を使おうと思っても簡単に使えるものではなかった。


「……ちょっと、待って。彼女はお前みたいな魔力量の持ち主じゃないんだろう? どうやって古代魔術を使う?」


 ケビンは眉を顰めてクインに訊ねた。


「発動魔法だけが魔術じゃないだろ。薬の調剤や魔法陣の生成など、魔力を使わないでできるものも多い。彼女の専門はそっちだ」

「ああ、なるほど」

「だが、普通に考えて、古代魔術自体が失われた魔術。レシピがあってもすぐに作れるものではない。彼女のすごいところは、その古代魔術をそのまま復元するのではなく、現代魔術と掛け合わせて昔の技法を蘇らせることができるという点だ」

「……それはなんというか」

「そう、最早新しい魔術だよ」

「……とんでもないな」

「ああ」


 シンっと、部屋の中に重々しい沈黙が降りた。

 恐らく今、クインと自分は同じことを考えている気がして、ケビンは恐る恐る口を開く。


「――なぁ。下手をしたら、世界を滅ぼしかねないか?」

「俺もそう考えた。だから、弟子にしたんだ。何かあったときに対応できるのは、俺くらいなものだろう」

「……お前にそこまで言わせるとはすごい弟子だな」


 一体、どんな人物なのか、知りたいような知りたくないような……


 ケビンは渋い顔で酒を飲む親友をマジマジと見つめるのであった。




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