プロローグ
たくさんの作品の中から見てくださってありがとうございます。
短期連載作品です。
少しでもお楽しみいただけましたら、幸いです。
その日、貴族たちが集まるサロンに出席していたジュリアンとエミリアは、仲睦まじい様子でベッタリとくっつきながら談笑していた。
年頃の男女がこれ見よがしにソファ席でイチャついている様子に、サロンに参加した貴族たちは彼らを遠巻きに眺めていた。
中には露骨に眉を顰める者もいたが、お互いのことしか目に入っていない二人はそんな視線に気づくことはない。
なんせ二人は婚約したてのカップル。
自分たちが噂されている醜聞もなんのその。
愛の前には他人からの視線など無力であり、彼らは二人だけの世界に入り込んでいた。
そんな彼らの前に、同じ年の頃の青年がワイングラス片手にやって来た。
「よう、ジュリアン。それと麗しのエミリア嬢。この度は婚約おめでとう」
青年はラブラブカップルに向かってグラスを掲げると、彼らの隣の席に腰を掛ける。
「まさか本当にお前たちが婚約するとは思わなかったよ」
「フッ。エミリアの美しさの前では、私も従順な下僕になるしかなかったのさ」
言いながらジュリアンは、エミリアの胸まで伸びた巻髪を一房手に取ってキスをした。
「やだー、ジュリアン様ったら」
キザったらしいジュリアンの言動に、エミリアは豊満な胸を彼の腕に擦り寄せ、満更でもない様子でキャッキャッと笑う。
彼女の妖艶とした笑みと、そのグラマラスなボディに虜になっている男は多い。
社交界でエミリアを狙っていた者は数多くいたが、見事に彼女を射止めたのは若手貴族の中でも有望株のジュリアンだった。
甘いマスクの顔立ちに、公爵家という地位を持ったジュリアンは、昔から多くの貴族令嬢からアプローチを受けるほど人気の青年だった。
この人気者の美男美女のカップルの誕生は、普通ならば多くの貴族たちの嫉妬と羨望を受け、それでも周りから祝福されるはずであった。
しかし、今、彼らに手放しで祝福を送る貴族たちはほとんどいない。
その訳は、彼らにまつわる一つの醜聞が関係していた。
「しかし、まさかお前がスチュワート家の令嬢を振るとは思わなかったよ」
青年が話題にしたスチュワート家の令嬢とは、ジュリアンの元婚約者のことであった。
つい先日、幼い頃から婚約関係だったスチュワート家の令嬢との婚約を解消し、ジュリアンはエミリアと婚約を結び直したのである。
友人の言葉にジュリアンは鼻で笑った。
「ああ。元々親同士が決めた勝手な婚約で、ずっと不満だったからな。やっと別れることができて、清々したよ。これも全て、婚約破棄に協力してくれたエミリアのおかげだよ」
「うふふ。だって、あの子にジュリアン様は不釣り合い過ぎましたもの」
「おや、エミリア嬢はメラニー嬢と親しかったのではないのですか?」
メラニーというのがスチュワート家の令嬢の名前である。
これもまた、つい先日までメラニーとエミリアは仲の良い友人として社交界では広く知られていた。
エミリアは自身の髪を指でくるくると弄りながら、口の端を上げて笑った。
「メラニーがひとりぼっちで友達もいなかったから仲良くしてあげただけですわ」
「エミリアは優しいからな。あんな暗いメラニーとわざわざ友達になるなんて、君は本当に女神のようだよ」
ジュリアンはエミリアの頭を抱き寄せると、その髪を撫でて賞賛した。
「ふうん。俺はメラニー嬢とはあまり交流がなかったからほとんど知らないが、大人しそうな性格だったとしか記憶していないな」
「あれは大人しいと言うより、根暗と言うのですよ」
煩わしいものを見るような目でエミリアはフゥとため息を吐く。
「碌に社交界に顔も出さずに、家に引き篭もって魔術書ばかり読んでいるつまらない子ですのよ」
エミリアの言葉にジュリアンは頷いて同意する。
「あの古臭い本か。そうだった。いくら優秀な魔術師を数多く輩出してきた名門スチュワート家の女とは言え、あのカビ臭い書庫は堪らないものがあったな」
「今時、古代魔術なんて誰も見向きもしませんわ」
「その通りだ。その点、エミリアは新生魔術の第一人者と呼ばれるローレンス家の有望な血筋。これからの時代は新生魔術が益々主流になるだろうな」
彼らの言う古代魔術や新生魔術とは、現在この国で知られている魔術の種類のことを指す。
古代魔術はその名の通り、今から数百年前に使われていた古の魔術を指し、今ではほとんど姿を消している。
スチュワート家は古くからの名家として、代々伝わる魔術に重きを置いた侯爵家であった。
対して、エミリアが育ったローレンス家は、最近になって爵位を得た新参者の貴族である。
ローレンス家は新生魔術と呼ばれる、威力は劣るがその分詠唱時間や魔力消費量を削減した、新しい魔術を研究している家系で、近年この新生魔術が貴族の間で注目されていた。
侯爵家のスチュワート家から男爵家のローレンス家へ、婚約者を乗り換えたジュリアンの所業に周りから非難の目を向けられることは無理もない。
しかし、その当人は周りの目など気にもしていなかった。
親によって勝手に決められたメラニーとの婚約は、ジュリアンにとって不快なものだったからだ。
「魔力だって、メラニーとエミリアでは比べ物にならない」
「そうなのか?」
「ああ。あの女はスチュワート家の人間の癖に、低級魔術師程度の魔力しかなかったからな」
「私もそれを知った時、びっくりしましたわ。本当、あの子がジュリアン様の婚約者だったなんて信じられませんわ」
「ああ、全くだ。親同士が勝手に決めた婚約とは言え、あまりの貧乏くじに辟易していたところさ」
「あの子の良さなんて、家柄しかありませんものね」
エミリアは口元を手で押さえ、クスクスと笑った。
「ああ。エミリアの言う通りだ。地味で、いつも俯いているような覇気のない、つまらない女だった。知っているか? メラニーの使い魔は蛇なんだぞ」
「やだ。蛇? 気持ちが悪いわ」
「しかも、無駄にでかい大蛇でな。あのでかい蛇を嬉しそうに撫でている姿には正直鳥肌が立ったよ。それに一度噛まれそうになったこともあった」
「やだー、こわーい。本当、何から何まで陰険な女ね。ジュリアン様があの女から解放されて本当に良かったですわ」
「全てエミリアのお陰だよ」
「うふふ。ジュリアン様ったら」
イチャイチャと体を絡め始める二人を尻目に、友人の男は「……なるほど。そういう事だったのか」と、何やら興味深そうに頷いていた。
「どうした? なぜ、そんなメラニーのことを聞きたがる?」
不審に思ったジュリアンは顔を顰め、友人に訊ねた。
「なんだ、聞いていないのか?」
「何をだ?」
「そのメラニー嬢が、この国一番の宮廷魔術師、クイン・ブランシェット様と婚約したそうだぞ」
「「えっ!?」」
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