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緑音の声  作者: 春豆 ちろ
2/2

一夜の贈り物

2話目の更新になります。引き続きお楽しみ頂けたら嬉しいです



近所に住む、林さんの家にはたくさんの花や植物達が毎年、綺麗に咲いている。元々は三年前に亡くなられた旦那さんの趣味のものだったが、旦那さん亡きあとは妻の芙沙恵さんが旦那さんに変わり育てている




「おはよう、針ちゃん。今日も一日学校、頑張ってね」


「おはよう、おばあちゃん。うん、今日も暑くなるみたいだから、おばあちゃんも程々にね」




毎朝の通学路を通れば決まっていつも、芙沙恵おばあちゃんは花に水やりをしている。旦那さんが健在だった頃は夫婦揃って顔を出していた。小さい頃から自然の声を聞く事ができたハリーはこの自然溢れる家によく遊びに来ていた。林さん夫婦はどちらもとても温厚な人達で、ハリーを本当の孫のように面倒を見てくれた




──おはようハリー。おはよう、おはよう。──




可愛らしい声色、少し野太い声色、少々眠たそうな声色。いろんな声がハリーに届く。みな、林さんの家の植物や花たちの声だ。ハリーは軽く、おはようと笑って返せば、いつものように学校へ向かった





◇◇◇◇◇◇◇





次の日の朝いつものように林さんの家の前を通るハリー。けれどいつも聞こえる芙沙恵おばあちゃんの“おはよう針ちゃん”という声がない。不思議に思いつつ庭の方を見てもそこにおばあちゃんの姿は無かった。何やら今日はたくさんのひそひそ。ざわざわとしたような声がハリーの耳に届いてくる。




──おい、本当に大丈夫なのか?。そんなの私が知るわけ無いでしょう?。大丈夫だよ、きっと直ぐに良くなるさ。ばあさんも心配だけど、俺はこいつの方が心配だ。──



「おばあちゃんがどうかしたのかい?」



──ハリー。聞いてよ!おばあちゃんが昨日の夜から具合が悪いみたいなんだ。今朝もいつもは起きる時間になっても起きてこないしさ──



旦那さん亡きあとの芙沙恵おばあちゃんは天涯孤独だ。



昔聞いた話によれば、おばあちゃんが妊娠をしたばかりの頃。うまく栄養が行き届かなかったのか赤ちゃんは流産してしまった。その後も夫婦の間に新たな命は宿らず。元気を無くしてしまった、おばあちゃんに少しでも元気になってもらいたいと、旦那さんが家いっぱいに花や木を植えたのだとおばあちゃんは嬉しそうに話してくれた。今はこの広い家には芙沙恵おばあちゃんが一人で暮らしている。



ハリーは家におばあちゃんの様子を見に行こうとすると、ふとある植物に目をやった。それは綺麗な緑の葉を広げてはいるものの、蕾はしっかりと閉じられ眠っていた。とくん。とくん。という、鼓動は聞こえる。だから植物は生きている。けれど何だろう。ハリーはこれまでに感じたことの無い不思議な感覚になっていた



──そいつはぁ、待っても起きねぇよ。おやっさんが亡くなってから毎日ばあさんが世話をしているが、ぴくりともしねぇ。──



「そうなのかい?確かに、眠っているみいだけど」



ハリーに教えてくれた大きな木は、諦めたかのようにぼやいた。そして家のインターフォンを鳴らすがおばあちゃんからの応答は無かった。



それから数日。毎朝毎朝、彼らの声を聞き、おばあちゃんの容態を聞いていたがハリーは安堵する事ができなかった。そんな日々が続けば、ある日。また家に足を運んだ。玄関の扉が薄く開いているのに気がつけばハリーは飛び込んだ。すると台所で苦しそうに蹲るおばあちゃんを見つけた



「おばあちゃん!大丈夫?いま、救急車を…」



ハリーは携帯を取り出せば直ぐに救急車を呼ぼうとするも、その手をおばあちゃんのやせ細った手で止められてしまった。



「針ちゃん、来てくれたのかい?ありがとう…。でもおばあちゃんは大丈夫だよ、直ぐに良くなるから」



おばあちゃんは弱々しくも、いつものようにハリーに笑った。ハリーの目に映るおばあちゃんは、心の何処かで亡くなったおじいちゃんの元に行こうとしているような。そんな風に見えてしまった。広い家にひとりきり、若く見えるようでも、おばあちゃんの年齢は80代後半。



ハリーはおばあちゃんを部屋に運べば。それ以上は何も言えなかった。だってあんなにも幸せそうな顔でお願いをされてしまったら、おとなしく見守る事しかできないじゃないか。ハリーは部屋を後にすれば拳に力を入れ握りしめていた。そして玄関を出れば、先程の眠った植物に目をやった。とくん。とくん。と心地よく聞こえる鼓動。家に咲く花々や草木を見ても、咲いてないのはこの植物だけのようだ



「どうして、この花だけ何年も眠ったままなのだろう」



──もう少しだよ──



ハリーは驚いた。今一瞬だけ聞こえた声。けれどこの植物は相変わらず眠ったままだ。他の子たちの声色とも違った声。ハリーは何かを感じとると、ふっと笑えば植物に水をやった




◇◇◇◇◇





草木も眠る丑三つ時、静寂が漂う世界から、苦しそうな声が聞こえる



「はぁ…はぁ…。じいさん…私も…そちらに行くことになりそうです…じいさんが残してくれた子供たちを無事に全員。育てる事ができなくて…悪かったねぇ…」



芙沙恵おばあちゃんは苦し紛れに天井を見上げれば天から見守ってくれているおじいちゃんに言葉を伝えた



──謝らないで。大丈夫。貴女はしっかりと役目を果たしましたから──



月明かりに照らされ部屋の障子に映る影は人の姿をし、芙沙恵おばあちゃんに声をかけていた。



「ぇ…何を言っているんだい?…」



不思議と恐怖心は無かった。障子に映る人影から聞こえる声は少年のような声をしていた。何故かわからない。けれど芙沙恵の目には涙が零れ落ちていた




──ありがとう、ずっと大切にしてくれて。貴女の元に来られてよかった──




雲が差し掛かり部屋が暗くなった。雲が流れ月明かりが再び照らし出された時には障子に映っていた人影は姿を消していた。そして無意識に芙沙恵も深い眠りに入ってしまっていた。そんな芙沙恵を見守るかのように今宵は綺麗な満月を浮かべていた




「おはよう。針ちゃん今日も学校頑張ってね」



「おはよう。おばあちゃん、体調はもう良くなったんだね」




朝、林さん家の前を通りかかると芙沙恵おばあちゃんが水やりをしていた。いつも向けてくれる笑顔全開の様子にハリーは安堵した



「ふふっ…実はね…昨日の夜に…」



芙沙恵おばあちゃんは嬉しそうに昨夜の事をハリーに話した。あの影は何だったのだろう。誰もわからない。けれど、おばあちゃんはこれからも。もっともっと、旦那さんが残した大切な家族を守らなくちゃね。と張り切っていた。



ハリーは、おばあちゃんの話を聞けば帰り際に

“あの植物”に目をやった。花は役目を終えたかのように枯れてしまっていた。



ハリーはそんな花を見れば“ありがとう“と伝え今日も学校へと足を進めていった



2話目を書き終えて、皆様にたくさんの解釈をして、楽しんで頂けたら嬉しいです。

引き続き、春豆ちろをよろしくお願いします

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