男には、死なねばならない時がある。
お楽しみください。
熱い。そこそこ自分が住んでいた街は栄えていたと思うが、今となってはただの薪である。もう、逃げまとう人々の悲鳴も聞こえない。断末魔の叫び声も。奴らからは逃げられない。自分がここまで生き残れた理由は、単に自分よりも動きが遅い人々から食われていっただけであり、こうして順番が巡ってきた以上、もう絶命からは逃れられないだろう。
突如として現れた、一見コウモリのようなこの化け物は、まずサイズ感がおかしい。自分の知るコウモリは精々手のひらサイズなのだが、コイツは自分よりも大きい。いや、よくみればコウモリとも違う。化け物はたくさんいる。それも数種類。多分。すくなくとも、自分の友人達を目の前で食い散らかした奴と、今目の前にいる奴は見た目が異なっている。コイツには腕がある。ただ、いずれにしても羽が生えていて、飛ぶ。これがまた速く、いともたやすく追いつかれてしまう。しかしというかやはりというか、飛びながら食事をするのは大変なのか化け物は地上に足をついて食事をする。そう、まさにそれが今って感じだ。
「ライザ!私を置いてお前だけでも逃げろ!」
「お前がもう少し不細工だったらそうしてたぜ俺は!それによ・・・」
「ケッケッケ!逃がさねーぜ~?特に人間のメスは肉がやわらけ~からさ~」
どこからやってきたのか、この喋る化け物はとにかくよく食う。辺りには臓物と骨と髪がそこらかしこに散らばっている。自分の後ろには好きな女。諸事情あって想いは伝えていないし、今も伝えらないでいるが、どうしようもなく惚れちまっているのだから仕方がない。死の間際に想いを叫ぶってこともできない。諸事情あって。だからといって、彼女を生贄にして逃げるなんて選択肢はあり得ない。
力強く化け物にガン垂れる。やりなれたその動作は、身体に臨戦態勢を整えさせた。そうやって生きてきたから。身体を巡る血液が五体に纏う筋肉を膨れさせ、その力を十二分に引き出せるように象っていく。まだ動いていないのに浮き出てくる血管。かつてない緊張を感じる。拳を繰り出す直前の脱力こそが要。それは身体に沁みついているはずなのに、どうしても力が入ってしまう。この俺様が、完全にブルっちまってるってことだ。
「馬鹿野郎!お前、皆が束になっても敵わねーんだぞ!」
「それは俺だって同じだろうが!テメーこのクソバケモン共が、よくも俺の仲間をぶっ殺しやがったな!」
「噂通りぬるいぜ人間界はよぉ・・・。あん?ンだその目は。まさか俺っちとやろうってんじゃねーよな?やっちまうぞ?おん?」
「・・・来いや。」
「やめろーーーーーー!!」
俺達が暮らしてきたこの街は、お世辞にも治安が良かったとは言えない。それでも仲間とバカやって過ごしてきた日々は、悪くなかった。そんなバカ達も、もういない。食われるのをじっと隠れてやり過ごせるような知能があるなら、俺達はもっとまともな暮らしをしていただろうよ。街が襲われ始めた時、俺はたまたま、本当にたまたま街はずれにいた。そして何気なく街に戻った時には、すべてが遅かった。各所で燃え広がる炎、轟く断末魔の叫び声。鼻に障る鉄の匂いを無視し、気が付けば惚れた女であるレインを探して走り出していた。そして目にしたんだ。仲間たちが、レインの目の前で惨殺されていくのを。その光景の意味を一瞬で理解した俺は、言葉を失い身動きが取れなくなっていたレインの手を引き、仲間達を食らうのに夢中な化け物の目をかいくぐってここまで逃げてきた、というわけだ。
目の前の化け物は、仲間を食った個体ではないだろう。だが、だからといって怒りを覚えないかと言われればそんなハズもなく。なにより、あの場で仲間を犠牲にしてまで逃げたっていうのにこのまま背中を討たれたのでは、チームの頭としてアイツらに顔向けできない。
ぐしゃっ。レインの叫びが終わる前に、すべてが片付いた。速い。動体視力にも自信があったのだが、見えなかった。ただ、呼吸がままならないのと、化け物の肘から先が俺の胸元から見えない現状を察するに、心臓だか肺だかを抉る様にして化け物の腕が自分の体を突き抜けているのだとわかった。身体に力が入らない。気分が悪いとか、痛いとかそういう感じじゃない。なにか、大切な体の機能が爆速で失われていくような焦燥感と、これから蹂躙されるであろうレインのことを考えていた。