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小五観音  作者: すぱんくtheはにー
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ええと、はい、ロクちゃんです。

 大人になる、ということは秘密が増えることだと武男は思っている。

 歳をとれば誰にも言えないことが増えていくし、わざわざ誰かに聞かなくても解決できることが増える。子供のころはイチイチ親にお伺いを立てていたことでもどんどん自由になっていく。老人になるというのはその秘密を手離していくことなのかもしれない……。

「はーっ……」

 自分の老後を心配している場合じゃなかった、と缶コーヒー片手にタメ息をつく。いまは娘の今後を考えなければならないのに……こうやって父親一人で育てるには限界を感じる、どうしても色んなことを倫子に任せなければならないし彼女自身の判断に委ねることも多い。きっとそうやっていくうちに倫子はたぶん他の同世代の子供よりも少し早く「大人」になってしまうだろう。

 それは寂しいけれどどうしようもないことだということは武男だって理解しているし、決して悪いことでもないと思っている。ただ大人になっていく娘に相応しい環境をどうやって用意し、どうやって与えていけばいいのかが悩みの種だった。ものすごい早さで大人になっていく倫子と違い、もう大人の武男はその速度にとてもじゃないが着いていくことができない。先回りして準備することだけが対応する唯一の手段だ、それなのに……。

「戻るか」

 スマホの時間表示を見て、休憩時間がもう数分しか残っていないことに気づき重い腰を上げる。日々積み重なっていく疲労はなんとか毎日をこなすだけで精一杯なまでに気力を削っていく、働いている時間以外は体を休めるために消費され将来のために備えるどころか、まともに考えることすら困難にさせる。

(哲子さん)

 ぶるぶると頭を振る。なくしてしまった相手に頼ってどうする、と武男は自分を叱りつけ夜勤の現場に戻った。

 それから数時間後、勤務を終えそろりそろりと家に帰ったのはもうすぐ空が明るくなり始める時間だった。普段ならそのまま布団に潜り込むところだが、その日の武男は降りてくるまぶたを気力で持ち上げてパソコンの電源を入れるとブラウザを立ち上げGoogleマップを開き、別タブで賃貸物件の情報サイトを検索する。

(中学に上がる頃にはきちんと倫子の部屋を用意しないと)

 仕切られたカーテンの奥に耳を澄ますと穏やかな寝息が聞こえてくる。本人からは不満を言われたことはないが、いつまでもこのままというわけにもいかないだろう。病気で妻を亡くしたのが一年ちょっと前、保険外治療で出来た借金返済のために家を売り転がり込むように「仮の住処」として越してきたものの、日々の忙しさにかまけてどっしりと腰を降ろしてしまった感がある。このまままごまごしていたら倫子の小学校卒業なんてあっという間だ。

(この前の話からすれば、どうやら好きな子が身近にいるようだし……中学に進んでも学区が変わらないのは……)

 地図を見ながら地域ごとに家賃の当たりをつけ、治安を調べていく。自分ひとりなら多少荒れてる環境でも何の問題もないが、さすがに年頃の女の子を住まわすには無視できない要因だ。

(考えることが多い……)

 まだ先の話しだし何となくの「感じ」を掴む為に検索してみたが、これは今から本腰入れて調べ始めるのが正解かもしれない。仕事終わりで見るにはあまりにも多い情報量に眩暈を覚え、目を閉じて目頭を押さえる。そのまま睡魔に襲われ武男は机に突っ伏す姿勢で眠りについてしまった。

「いってきます」

 どのくらいその恰好で寝ていたのか、武男はそう言われたような気がして深い睡眠から引き起こされうっすら目を開けるが、すぐに眠りへと引きずりこまれそうだ。かけられた言葉に自分がなにか返事をしたのか、それともそのことすら夢なのか、判別がつかない。考えようとしてもまだ睡眠の中にいる脳が働くはずも無い。結局そのまま再びの眠りにつく。

「うぅ……痛ぇ……」

 体を動かそうとして走る鈍痛にうめきをあげる。

(寝てたか……?)

 寝惚けたまま状況を思い出そうとする、帰ってきて調べものしててそのまま……いや途中で一度起きたような?

 体を折り曲げるようにして突っ伏していたせいで上半身を持ち上げようとすると背骨が軋んで砕けそうだし、横を向いたまま固いテーブルで寝たせいで首を正面に向けることすらままならない。

「いてててて」

 それでも無理矢理に体を起こすと全身のありとあらゆる関節からメキメキパキパキゴリゴリと人体とは思えない異音とともに、悲鳴を抑えることすら不可能な痛みが走る。肩にかけられていた薄い毛布がすべり落ちて床の上でくしゃりと山になった。

「のりうぎっ!?」

 毛布ありがとうと、どうせなら起こしてくれよと言うために娘の姿を探そうとして家を見回そうとするが、完全に寝違えたまま固まった首が酷く突っ張り信じられない激痛が走る。

「倫子ー?」

 首を固定したまま呼びかけるが返事はない。時間を確かめようと首は動かさずに目だけをきょろきょろと走らせる。着けたまま寝たはずのノートパソコンは画面を横に向けてシャットダウンされており、視界に入ってくれる時計はない。仕方無いとポケットの中からスマホを取り出し画面をタップするとあらわれる15時すぎの表示が明らかに自分が寝すぎたことを教えていた。何時間寝ていたかを自覚したところで強烈な尿意が襲ってくる、武男は軋む体を強引に立ち上がらせてトイレに向かう。

(そういえば倫子に「いってきます」と言われたような……)

 夢か現かはっきりしない記憶がよみがえってきた。自分の意志で出かけたのを心配されるような年齢でもない、と長い睡眠後に特徴的な大量の放尿をしながら考える。友達と遊びにでもいったのだろう、いたって普通の話だ。

「痛っ!」

 水洗のレバーに手を伸ばしかけて激痛に動きを止める。背を曲げて腕を伸ばす姿勢が寝違えた首に負担をかけたようで想定外のダメージを訴える、引っ込めた手をそろそろと伸ばし痛みを感じ始めるギリギリ手前を探り探りして水を流す。

(まいったなこりゃ)

 本当に寝違えただけか?と不安になるほどの痛みと稼動範囲の狭さに「もしかして酷く筋をちがえたり、場合によっちゃあ骨までおかしくなってるんじゃないか?」と恐ろしい想像が広がる。パソコン前の座布団に戻り、首を横に向けたまま少し腰を捻るように落ち着かせる、という一番楽な姿勢を取りスマホの検索欄に「整体 近所」と打ち込む。

(そりゃやってないわな)

 日曜の午後である、めぼしいところは休診だしなんとか開いてるところと言えば「救急」といった重苦しい言葉とセットになった所ばかりだ。いくら酷く痛むとはいえ命に別状無いであろう「寝違え」で救急病院を訪ねるのは気が引けるし、この状態では車の運転もままならない。タクシーを使って救急外来に乗りつけ「寝違えました~痛いです~」と言って鼻で笑われるのはさすがに勘弁だ。

 少しでもマシになってくれと願いをかけながら手で首筋を揉みつつ布団を広げる、こんな状態では何をするにも不便だしいっそのことこのままフテ寝してやろう。もしかすると一眠りして起きた頃には治ってるかもしれないという淡い期待もあった。実際のところ机に突っ伏して寝てしまったためにまだ頭の芯がふわふわとした眠気に支配されているし、大の字に体を広げて寝転びたいという欲求はかなり強い。

 武男は布団へ崩れるように倒れると目をつぶった。

(しかしあれだけ長い睡眠のあとにそうそう二度寝ができ)

 その心配は杞憂に終わった、というか心配を思い浮かべきる前に武男はすうすうと寝息を立てていた。

「ふごっ!?うぎっ!?」

 間抜けな呼吸音と悲鳴を伴って武男が再び目を覚ましたのは4時間後のことだった。いつの間にかうつ伏せで寝こけていた武男は自分の口から流れ出した唾液にむせかけて眠りから叩き起こされる、と同時にその唾液から顔を反らせようと動かした首にさっきと変わらない、いやむしろ覿面に悪化した激痛が走り声を上げてしまう。寝違えた首が楽になる姿勢を無意識でとるうちにうつ伏せになり、寝違えた方向を避けるように顔を動かしていた。当然凝り固まった首の筋はより強烈に捻りを加えられたままホールドされ、少しは良くなるかもという淡い期待は木っ端微塵にされ、よりいっそう悪化した寝違えによって正面どころか斜め45度以上正面方向に動かせば失神するのではないかというほどの痛みが走る。

 なんとか体を起こして立ち上がりもう暗くなっている部屋の電気を点ける。

(真っ暗?)

 首を回すことができず腰から上半身を捻って壁かけの時計を見る。短針は7を指していた。

「倫子?」

 狭い家の中は普通に声を出すだけでどこに居ても十分に聞こえるし、なんなら今の呼びかけですら「うわん」と室内にこだまするほどだ。

「倫子、開けるぞ?」

 もしかして娘も自分と同じように寝こけているのかも、と淡いグリーンのカーテンで仕切られた倫子の部屋を覗く。誰もいない。素早く視線を走らせる。

「マジか」

 倫子が気に入って使っているカバンが一つ見あたらない。まだ帰ってきてない?8時過ぎなのに?

「いつつつつ……」

 激痛が走るのも構わずスマホを拾い上げる。メール着ているがこれは今やっているスマホゲーの案内で、それ以外に着信などは皆無。例えば友人の家に遅くまでお邪魔してるとか、急に泊まることになったとかの可能性を期待していたが、それは脆くも崩れ去る。

 耳にぼぐんぼぐん、と奇妙な音が響き「うるさいっ」と声を上げそうになって初めてそれが自分の心臓の音だと気づいた。

(まずいまずいまずいまずい)

 とにかく「嫌な予感」が押し寄せてくる。リアルに想像したら叫び声を上げてしまいかねない「ありえる不幸な出来事」が脳裏に浮かびそうになっているのを無理矢理考えないように押さえつける。ひとつふたつでも想像してしまえば激しく取り乱してしまうだろうし、冷静さを欠いてはより最悪の事態を招きかねない。

(事故かなにかなら警察から連絡があるに違いない、落ち着け落ち着け、倫子がどこへ行ったか考えるんだ……)

 友達と一緒にでかけたのなら、その友達は帰っているのだろうか。まずそのお宅に電話をしてみて……と、スマホのアドレス帳を震える指先で開く。が、そのまま武男の動きは止まってしまう。

(……わからないっ!)

 倫子の友達が誰なのか、いやそれどころか何人いるかすら把握していないことに武男は愕然とする。娘の交友関係に口を挟む気はないし、人付き合いは子供の自由意志に任せるべきだ、というのが武男の偽らない気持ちだしそれを間違ってるとは思わない。だがそれを盾にして自分は面倒なことから逃げていたのでは?自分が娘の友人たちを透明な存在にすることで、親としての責務を放棄していたのではないか?

 ゴツゴツと自分の頭をコブシで叩く。そうやってばらばらに拡散しそうになる思考の束を収束させて目の前の問題に集中させた。

(そんな反省は後からでいい……)

「誰か、誰に聞けば」

 それとも警察に言うべきか?なんの連絡も無く10歳の女の子が夜まで帰ってきていないのだ、そうするのが正しい……のだろうか?どの程度の危険な、あるいは何てことのない事態なのか判断ができない。少なくとも倫子の友人関係すらまったく不明なまま警察に頼ってもいいのだろうか?

 恐らく冷静なら、あるいは他人がそういった状況に置かれてるならば武男だって「躊躇している場合じゃないだろ!」と思っていただろう。しかし混乱した頭と19時という夜ではあるが深夜と言うほどでもない微妙な時間が武男に二の足を踏ませる。考えを整理するためにも誰かに相談したかったが、その相手すら今の武男には思いつかなかっ

「そうだ!ええと、名前は確か……」

 もとより登録されている件数の少ないアドレス帳だ、すぐに目当ての人物は見つかった。ほとんど面識の無い相手に電話をする、というのに抵抗はあるが警察にかけるよりは遥かに気楽だし、そんなことを迷ってる場合ではなかった。

 祈るような気持ちで「発信」をタップする。

 数回の呼び出し音の後、電話口から若い男の声がした。

「もしもし?」

 警戒感が山盛りのいぶかしむような声だ。そりゃそうだ、いまどき知らない番号から電話があれば怪しむ。なんなら電話に出てくれたことすら珍しい事態だと思っていいだろう。

「ええと、すいませんわたくし倉敷倫子の父親なのですが」

「へっ!?倫子ちゃんのお父さん!?」

 見知らぬ番号からの着信に出てみれば完全に想定外の名乗りに、サトミは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。前に一度かかってきたことはあったが「別に連絡することもないだろう」とアドレス帳に登録はしなかった。普段なら知らない携帯番号からの着信なんてスルー一択だが、たまたまスマホゲーを触っている途中だったのと、バイト先のオーナーが酔ってスマホを紛失したという話を聞いていたのと相まって警戒しながらも受話ボタンをタップしたのだった。

「急にすいません、その……倫子はそちらにお邪魔したりしてませんでしょうか?」

 武男は呼び出し音が鳴ってる間に少し落ち着いたのか、新しく友達になった隣人のところを訪ねているかもしれない可能性に思い至った。それならばこんな時間まで連絡も無しに出かけていてもまぁまぁ納得はできる。なんせ直線距離にしたら2~3メートルしか離れていないのだ、わざわざ言うまでもないと倫子が考えたとしても不思議は無い。

「来てないですけど……」

 武男の問いに状況をだいたい把握したサトミの背中に冷たい緊張が走る。

 倫子がこんな時間まで家に帰っておらず、父親が所在を把握していない。それだけでも恐ろしいことなのに、サトミにはそれに加えて嫌な思い当たる者がいた。

(いやいやいやいや、まさか)

 とにかく一刻も早く確かめなければ。

「帰ってないんですか?」

「いま起きたら部屋が真っ暗で、昼間に出かけてまだ戻っていないようで……」

 唯一知っている娘の友人が空振りに終わったことで武男の狼狽はひどくなってしまう。

「わかりました、知人に聞いてまた連絡します」

「すいません、助かります」

「そのいままでこういったことって……」

「ないですっ」

 そうだろうな、とサトミは思う。あの倫子ちゃんが遅くまで連絡もなしに家を空けるような子じゃないのは、短い付き合いでも十分に推し量れた。

「ですよね、とにかくまたすぐ電話します」

「お願いします」

 サトミは電話を切ると素早くロクへとダイヤルし、スピーカーモードにしたまま女性モノの服を脱ぎ捨てて外に出れる格好に着替えはじめる。呼び出し音を聞きながらTシャツへと袖を通したところでスマホのスピーカーからロクの声がした。

「なんなん?サトミ氏ぃ」

 電話自体をあまり好まないロクが明らかに不満そうな声を出している。その時点でサトミは少し安心する、なにか人に言えないようなことをしているのなら電話に出ることすらないだろう。

「倫子ちゃん、知らない?」

 電話の向こうが一瞬だけ沈黙する。

「……何かあったのか?」

 自分にそんなことを尋ねてくるだけの事態が起こったに違いない、と察したロクが緊張感を孕んだ声で聞き返してくる。

「わかんないけど、まだ家に帰っていないらしい」

「人手はあったほうがいいな、とりあえずそっち行くわ」

 そうとだけ告げるとロクは電話を切り、灯りになりそうなサイリウムを数本ひっつかんで家を出る。こんなものが役に立つのか必要なのかはわからなかったが、とにかく手近にあって有用に思えるものがそれしかなかった。それに彼は小さくパニックを起こしていた、それは貴重で愛すべき友人がもしかしたら危機に瀕しているかもしれないことだけではなく、それに関与しているのが「自分のような人間なのでは」という恐ろしい想像が瞬時に湧きあがってきたからだ。自分と仲良くなってしまったことで、「自分のような人間」に対する警戒心を薄れさせてしまったとしたら。

(僕は共犯だ。僕の罪だ)

 そこには何の理屈も理論もない。だがそれだけにロクの心には酷い罪悪感と焦燥が駆け回ってしまう。理屈じゃないからこそ、それを否定する言葉も生まれようがないのだ。

 決して体を動かすのに向いてるとは思えない体躯を揺すりロクは急いで家を飛び出す。

「ああクソっ」

 サトミとの電話を終えた直後、武男はそう呻く。とはいえ人と話して少しは落ち着いたのか、さっさと警察に訴えたほうが良いという思考に至る。多少の恥をかいたり、大したことじゃなくて注意を受けたとしても、そんなことは後からいくらでも笑い話にできる。そんなことを気にしていて何もかもが手遅れになったとしたら、後悔なんて生易しい言葉では収まらないだろう。

(だよね哲子)

 決意の後押しをしようと小さな仏壇に体を捻って顔を向ける。

「無いっ!?」

 叫びに近い声が勝手に口から飛び出した。

 仏壇の前に飾っておいた遺影代わりの写真が、写真立てごと消している。驚いて仏壇に近寄る、明らかに今朝変えたであろう水や大事な位牌はきちんと鎮座しているが、その前に飾られていた写真立てが煙の様に消えている。

「いつから?」

 毎日手を合わせているが、今日はずっと寝ていたし、昨日はと言うと正確には思い出せない。日常の一環として同じ行動を繰り返しているせいか昨日と一昨日と、あるいは一週間前との記憶に差がなく「昨日は絶対にあった」と自信を持って言えない。とはいえ流石にいきなり写真が無くなっていれば気づくだろうし、今日唐突に姿を消したと思って間違いないだろう。

(倫子か?)

 仮に空き巣が入ったとして家族以外には価値のない写真を盗んでいくはずがない、だとすると理由は分からないが倫子が持って出て行ったに違いない。

「そういえば」

 机に突っ伏したまま寝こけてしまい、起きたときにパソコンは横を――倫子の座布団が敷いてあるほうを向いていた。慌てて電源を入れる。シャットダウンされていたのではなくただスリープモードになっていただけのようだ。煌々と光るディスプレイはすでに立ち上がっているブラウザに昨夜開いた賃貸物件情報のページが表示されている。

 履歴を確認する。

 どうやら午前中に使われた痕跡がある。

「住宅展示場……?」

 それは少し離れたところにあるモデルハウスなどがひしめき合い、家を買う際の相談などもできる総合住宅展示場のHPと、そこまでの行き方を検索したマップだった。地図にはご丁寧にそこまでのバスと運賃を調べた様子まで残されている。少なくとも昼頃に倫子がそこを目指して家を出たのは間違いがなさそうだった。

「なんで……」

 住宅展示場のHPには様々なイベントの告知があり、日曜日の今日は児童向けの変身ヒーローショーが行われているらしかった。とはいえ年齢的にも趣味的にも倫子がわざわざそれを観賞しに行くとは思えず、なによりもそこに亡き妻(倫子にとっては母の)遺影を持って行く理由が皆目見当もつかない。もっというなら営業は18時で終わっているはずで、まだ帰宅していないことも腑に落ちない。

 それでもこれが唯一の手がかりだ。

 自分のスマホでその展示場の電話番号にダイヤルをするが、すでに営業時間を案内する自動音声が流れるだけだ、車で向かえば20分ほどだろうか?まだそこに居るとも思えないが、もしかしたら迷子かなにかになって近くにはいるかもしれない。

 スマホを握って少し考える。

(そこに向かえばすぐに見つかるかもしれない、警察に言うのはそれからでも……)

 下手に探すヒントを得てしまったことで決断が鈍る。

 どうしようかと悩み始めたところで玄関のチャイムが鳴る。慌てて立ち上がりドアを開けるとがっしりした体格の若い男が立っていた。

「はじめまして、でもないですね。ええと里見と言います」

「倫子の父です。娘の相手をしてもらってるのにちゃんとご挨拶もせずすいません」

 寝違えた首のせいで正面が向けず、奇妙に体を捻りながら頭を下げる

「いえそんな、それより倫子ちゃんはまだ戻っていないんです?」

 武男は無言でうなずき

「ちょっと見てもらっていいです?」

 とサトミを室内に招き入れ、ノートパソコンの画面を見せる。

「どうも家を出る前にこれを調べていたみたいで……」

 ディスプレイを覗き込んでサトミは眉間に皺を寄せる。

(モデルルーム、住宅展示場……そんなところに何の用事が……?)

「えっと、これは倫子ちゃんが普段から?」

 まだ知り合って日も浅いうえ、自分とロクの境遇が特殊すぎてそれに関する話しかした記憶がない。倫子について年齢と名前と『リーン&バイン』が好きなことぐらいしか知らないことにサトミは忸怩たる思いに駆られる。年長のくせに自分のことばかりで、友人である小さな女の子の話なんてほとんど聞き出せていなかったことに強い後悔を覚えた、が今はそんなことを悔やんでる場合ではなかった。

「そんな趣味は無かったと思うのですが……」

 自信を持って答えることのできない自分に武男は怒りが湧いてくる。哲子が倒れるまでは彼女にまかせっきりで、妻が病に伏せてからは忙しさにかまけて、亡くなったあとも闘病中にできた借金の返済を理由に、自分の娘とまともにコミュニケーションを取っていなかった。ここ最近は食事時の会話も少しは増え、親子の間にある微妙な溝を――それはいままで、倒れてからもずっと哲子がいたおかげで埋まっていた溝をなんとかしてしようとしていたし、それを感じて倫子もそういった努力をしているように見えた。

 それでも、「溝を埋めよう」とする行為はむしろそこに「溝がある」ことを自覚させ強調していまう。結局のところ会話をしようと意気込めば意気込むほど、ギクシャクとした表面的なものか、考えすぎて上手くキャッチボールが成立しないものになってしまうのだった。けれどそれはこれから先、いくらでも取り返せばいい。いまはそれが「取り返しがつかなくなる」前に探しに行くべきだった。

「とりあえず僕はここに探しに行こうと思うのですが」

「私も行きます」

 画面を見るために屈んでいたサトミは立ち上がりながらスマホで住宅展示場へのルートを検索する。

「その、こんなことを頼むのは申し訳ないのですが……サトミさんは運転できます?」

「免許はありますけど」

 大学1年のころに取得して、数回レンタカーで走った程度ではあるが不可能ではない。だがなぜそんなことを聞かれるのかが不明だった。

「情けない話なのですが、いまちょっと壮絶に寝違えてまして正面を向いて運転するのが」

 申し訳なさで今にもしわしわに縮んでしまいそうな顔で武男は言う。

(ああどうりで……)

 お辞儀の仕方も変だったし、いまも妙に体を斜めにこっちへ向けているし、人の癖は色々だなぁと思っていたサトミはそう言われて合点がいく。そしてそのあまりにも「恥を忍んでお願いするしかない」といった顔つきが義侠心を刺激する。

「いいですよ!あんまり上手くはないですけど」

 その答えを聞いて武男は笑顔を浮かべると車のキーを手渡す。コロコロと変わる表情に、この喜怒哀楽をまったく隠せない感じは倫子ちゃんに似ている……正確には倫子ちゃんはお父さんと似ているのだな、とサトミは感じた。

「よろしくお願いします」

 恐縮さを全身から発しながら体を捻るように深く頭を下げる。

「急ぎましょう」

 玄関を出て階段を駆け下りる。やけに音の響く安普請の段差が大人二人分の衝撃にぐわんぐわんと共鳴して揺れる。アパート駐車場の203というプレートが提示されているスペースには軽のワンボックスカーが止まっていた、なんの変哲も無い白い車体は随分前に洗車したきりなのだろうと思わせる汚れ方をしている。娘と二人暮らしの家族が使うには十分かつ最低限で、生活必需品の枠を出ないタイプの良く見る車種だった。

 そこに一台の原付が滑り込んでくる。

「サトミ氏!」

 ヘルメットのシールドを開けるとそこにみっちりとつまった顔があらわれる。汗でぬらぬらとテカる肌がよっぽど慌てて来たのだなということを暗に語っている。

「ロク!」

 狭い駐輪場に無理矢理乗ってきたカブを押し込む背中に思わず大声で呼びかけてしまう。

「ろく……?」

 何か聞き覚えがあるような気がして武男は首を捻ろうとして、走る激痛に呻きを上げてそうになる。

「倉敷氏は?」

 乱暴にカブのハンドルにヘルメットを引っ掛け、ふうふうと荒い呼吸を隠そうともせず駆け寄ってくる。

「倫子ちゃんなら今から探しに行くところ、こちらは倫子ちゃんのお父さん」

「ど、どうも……?」

 突然あらわれた肥満体の男に皆目見当もつかず、それでもどうやらサトミの知り合いで娘の捜索を手伝ってくれるらしいことにとりあえず頭を下げる。

「おっとこれは、岩田と申します」

 相手が倫子の父親だとわかり、普段の人を近寄らせないための言葉使いを急遽封印して名乗る。

「岩田さんですね、えーっとどういう……」

「とりあえず出ましょう、あとは車の中で……ロクは後ろ乗って」

 言われるがままロクは後部座席に、武男は助手席に乗り込む。

「久々なんで、なにかあったらすいません」

 サトミはそう言ってキーを差込みエンジンをかけ、ゆっくりとアクセルを踏む。

「どこへ行ってるです?」

 運転席と助手席の間からロクは顔を出す。

「ナビ、設定します」

 スマホに登録した電話番号を入力し、住宅展示場へのルート案内を開始させる。

「倫子ちゃん、ここに行ったみたいなんだけど……ロクわかるか?」

 助手席で武男は「ろく、ろく、ろく……?」と記憶を引っ張り出そうとロクの名前をぶつぶつと繰り返す。その様子をちらりと見ながら、ロクは少し考え込む。

「……ショーだ」

「何の?」

「着ぐるみショー。リーン&バインの」

 『リーン&バイン』という単語に触発され、武男の中で点と点が繋がる。

「ロクちゃん!?」

 急にちゃん付けで呼ばれて鳩が豆機関銃を食らったような顔になるロクと、そういえばそうだったと「あちゃあ」という表情を浮かべるサトミ。そして後部座席の方を向きたいが首が動かず、体こと顔を動かしてバックミラー越しにロクの顔を見る武男。

「ええと、はい、ロクちゃんです」

「あっいえ、すいません。倫子から話を聞いて女の人だとばかり……」

 それは倫子ちゃんがわざと誤解させたんだけどね、とサトミはハンドルを握りながら苦笑する。その顔を盗み見てロクは大方の事情を察した。

「しかし一体なにがどうなれば……」

 隣人と知り合いになって遊んでもらっている、とは聞いていたが考えてみれば「どうしてそうなったのか」について一つも説明を受けていないことを

(違う、そうじゃない)

 説明されてないんじゃない、自分が説明を求めなかったんだ。武男はその異常さにようやく気づく。倫子に嫌われたくない、親子の関係に波風を立てたくない一心でそこを問い詰めることから逃げたのは自分なのだ。きっとそこできちんと聞けていれば、もしかしたら娘が一人で出かけることもなかったかもしれない。

「それよりショーって?いまやってるの?」

 あの倫子がベランダから落ちかけた事件のことを知らないらしい武男の様子を見てサトミは話を逸らすためロクに尋ねる。

「いやそうじゃなくて、倉敷氏が昔見たっていうリーン&バインショーがやってたのがその展示場のステージのはず……」

 そう言ってスマホで動画を再生する。5年前に行われたと思わしきショーを撮影したものだ、それを座席の間から腕を伸ばして見せる。

「ほらこれ、前にもサトミ氏には見せたけど」

「哲子さんだ」

 その画面の一角に武男の目は釘付けになる。

「てつこ?」

「亡くなった倫子の母親です、ここっ、ここに」

 画面の端に切れてはいるがギリギリ映っている女性の、恐らくその傍にいるであろう女児つまり5歳の倫子に何かを話しかけているであろう姿がそこにはあった。スマホで撮った動画も残っているし、映像だけなら亡くなった妻の姿はそれほど珍しくも無い。

 それでも武男の目からは勝手に涙が流れていた。

「ふぐっうっ、すいません」

 恐らく倫子用に置いてあるだろうティッシュ箱を見つけたロクは武男にそれを差し出す。

((泣き方が一緒だ……))

 その様子を見てサトミとロクは同じ感想を抱いてしまう。

 撮ろうと思って撮った映像ではなく、紛れ込んでしまった妻の姿に武男は涙を堪えきれなかった。意図的に捉えたわけじゃない画面に映る哲子は自分が撮影されているという気持ちがまったくなく、炎天下の中で幼い子供を見ている疲労からかとてもじゃないが仏壇に飾っている遺影よりは数段かわいくはない。見た目よりも紫外線対策を優先した格好だってちょっとおばさん臭すぎる。

 だが美しかった。武男の記憶にあるなかでも一、二を争うほどに美しかった。

 意図せず映りこみ何も意識していないその挙動は、この世界で確かに哲子は生きていたことを教えてくれる。自分の知らない哲子がただ当たり前に存在していた頃、決して戻らないその時間を思わずにはいられない。

 動画の中で哲子は笑った。自分たちの記憶の外側にいる彼女の笑顔は、何度も思い浮かべそして永遠に見ることは叶わないと思っていた笑顔だった。

「えじゅっ……倫子も、これを見たんですか?」

「はい確か見たと、でもその時は特になにも……」

 当時の倫子は5歳。画面の端に映っている母の顔を見てもすぐにはそれが「母」だとはわからなかった。ただ懐かしさか、それとも何か感じるものがあったのか、倫子はその動画を帰宅したあと繰り返し見ていた。そして数回目の再生でそこに「母」が映っていることに気がついたのだった。

 車内は沈黙に包まれ、武男の嗚咽になりそうでならない荒い呼吸が耳につく。

「だとしたら、間違いはなさそうですね」

 耐え切れなくなったサトミが口を開く。

「それなら写真を持っていったのも何となく理解できる」

 目頭を押さえて武男は深く深く息を吐いた。

「もうすぐですね」

 ナビの表示から視線を移したロクが目的地が近いことを知って窓の外の暗闇を凝視する。展示場はもう閉まっているとするなら、近くを歩いていたりするかもしれない。普段小学生の通学路を見るときよりも必死の目で歩道を睨む。

 車が止まる。大きな看板と施錠された柵、その隙間から誰も住んでいない家々のシルエットが夜闇にぼんやりと浮かんでいる。本来人が居てしかるべきものがカラッポで建ち並んでいる姿は言いようのない不気味さだった。廃墟と呼ぶにはピカピカにキレイだし、それなのに生き物の気配が皆無なのは自分たちが何か大きな間違いで全然別の世界に飛ばされたのかも、と荒唐無稽な想像が膨らむほどに異常な光景だった。

「のりこー!!」

「倫子ちゃーん!?」

「くらしきしー」

 三人が思い思いに声を上げる。辺りに人影は見えない。武男はスマホを取り出すと周辺の地図を表示する。

(こっちか……)

 最寄の公共交通機関はバスだけで、3分と離れていない場所にあるバス停まで早足で向かう。家に帰ろうとしているならそっちに行くはずだ。

 暗い道の先に夜闇を切り取るような街灯がある、その下には丸と長方形を組み合わせたオブジェのようなものが立っている。

「……あれか」

 バスを利用したのなんていつ以来かわからないほど昔だし、それにこの暗さだ。それがバス停だということに気づくのに一瞬考えてしまう。近づくとプラスチックでできた安っぽいベンチがあり、当然のように誰も座ってはいない。

「いないか」

 落胆し肩を落としたところに光が浴びせかけられる。眩しさに手をかざしながら顔を上げると、煌々と輝く2つの灯り――バスのヘッドライトがこっちを照らしながら近づいてきている。空気の抜けるような独特の音を立て、バス停前で停まり車体中ほどにある乗車口のドアを開く。

 武男は前のほうに向かい、運転席側にある降車口のドアを数回ノックした。

「すいません乗車は後方のドアから」

 面倒くさそうに降車口のドアを開いて疲れた顔の運転手がうんざりした顔で注意する。

「いえ、乗らないです、えっと……この子、見てませんか?」

 丁度タイミングよくバスが来たことで「もしかして乗るバスを間違えてとんでもないところへ行ってるかもしれない」という可能性に気づいた武男は、スマホに表示した倫子の写真を見せる。

「知らないで……あれ?」

 にべもなく答えようとした運転手はスマホの画面を二度見する。覚えていた。

 そもそも最近ではバスに乗る子供は少なく、特にこの路線で小学生ぐらいの女の子が利用する姿を見るのは珍しかった。そのうえこの運転手には8歳になる娘がいた、娘より少し大きいぐらいの子供が一人で立派にバスに乗ってきたのを見て自分の娘をちゃんとそういう風に育てられるか?と考えずにはいられなかった。

 それだけでも記憶に残りやすいのに、その女の子は手に持っていた写真の裏に書かれた住所まで行きたいがこのバスで合ってるか?と尋ねてきたのだ。忘れるはずがない。

「お昼過ぎかな、見ましたよ。確かどっかに行くって……」

「どこですか!?」

 とりあえず片っ端から聞いて回るつもりだった武男はいきなり当たりを引いた幸運に勢いこんで尋ねる。

「ええとあれは」

 細かい部分までは覚えていなかったが、最終的な目的地であろう名前は記憶していた。

「法善寺、そう法善寺に行きたいって言ってました」

 法善寺まではこのバスで終点まで行ったあと別の路線に乗り換える必要はあったが、お盆の時期などは比較的利用者も多く、また秋には紅葉で有名な山間にあるということで度々案内することのある場所だった。

「法善寺……」

 武男は呟く、そこは。

「えっと、乗ります?とはいってもお寺まで行くバスってまだあったかな……」

 もしかしたらこの男性は自分の子供を捜しているのか?と運転手は思う。それならまずは警察に、とも言おうとしたが昨今は別れた元夫がストーカー化したとか、個人情報がどうとかで余計なことを言わないほうが良いことを知っている。だから彼はバスの運転手として必要な情報と職務だけは提供することにした。

「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 慌てて武男は頭を下げる。運転手は軽く会釈をするとドアを閉じてバスを発信させた。

 武男はスマホを取り出すとアドレス帳に登録してある法善寺に電話をかける。呼び出し音を聞きながら倫子が写真をわざわざ持ち出した理由がようやくわかった。あの遺影の裏には哲子を弔ったお寺の住所とお墓の位置が細かく書いてある、何年も過ぎればきっと墓参りも年に一度になっていくだろう。自分たちは愛した妻のことを今の悲しさからすれば冗談としか思えないレベルで忘れていってしまう……武男はそう思っていたし、倫子のためには積極的にそうであって欲しいとすら考えていた。だからいつ忘れてもいいように、仔細なメモを残しておいたのだった。

「クソっ」

 呼び出し音が鳴り続くだけで電話に出る者はいない。

「何かわかりましたか?」

 武男がバスの運転手と話しているのが見えたサトミが小走りで来た。

「たぶん倫子は妻の墓参りに行った」

「お墓に?」

 しつこく法善寺へ電話をしながら武男はうなづく。

「いきましょう」

 サトミは踵を返して止めてある車へ向かう。

「い、いいんですか?遠いですけど……」

 法善寺まではこの時間なら道路は空いてるとはいえ2時間近くかかる、倫子がそこへ向かったのはほぼ間違いないはずだが確証の無い事態に彼らをこれ以上巻き込んでいいのかと武男は二の足を踏んでしまう。

「なら急がないと……ロクっ!行くよ!」

 住宅展示場の外周を見に言ってるロクを大声で呼び、武男と一緒に車へ乗り込んでエンジンをかける。今度は車に取り付けてあるナビに法善寺を入力しようとすると「ほう」と入れた段階でナビ履歴にある「法善寺」がポップアップされた。おおまかなルートと所要時間が液晶に表示される。後部座席乗り込んできたロクがナビの行き先を見てスマホをいじりだす。

 画面の指示に従ってサトミは車を発信させた。

「すいません、なんか……」

 ここまで付き合わせるどころか運転までしてもらって、と武男はひどく恐縮した顔を見せる。

「僕らも倫子ちゃんが心配ですから」

「すいません……」

 そう言って武男は法善寺に再び電話をかけるが、やはり呼び出し音が鳴るだけで反応は無い。

「んー」

 スマホの画面を食い入るように見ていたロクが声をもらす。

「どうした?」

「法善寺とやらに行くバスはもう無いね……ていうか日に数本しかない。まてよ行きの最終が21時ぐらいだから……」

 しばし検索と格闘していたログがぱちん、とふとももを叩く。

「あった。法善寺上り最終22時18分……その前が16時とかだから、もしかすると」

(なるほど、行ったはいいけど帰りのバスがそれしかなくて……か)

 そういえば前に「父親の携帯番号は帰らないとわからない」と言っていた記憶がある。恐らく電話しようにも番号がわからなくて途方に暮れているのだろう。サトミは寂しい田舎道でぽつねん、とバスを待つ倫子を想像してアクセルを思いっきり踏み込みそうになる。

「ギリギリか」

 ナビの表示通りに到着すれば法善寺バス停発車時刻ちょうどぐらいに到着できる計算になる。こういったものは大抵少し余裕を持って長めの時間を表示するものだ、というかそれに賭けるしかない。

「このあたりのバス運行ルート調べとくお」

 万が一間に合わなくても倫子が乗っているであろう最終便を捕まえることは、特に田舎の道路事情ならそこまで難しくはないだろう。少しだけ望みが見え、とくに自分と性的嗜好が同じ人間が何かをやらかした可能性は低いとみてロクの言葉に余裕が帰ってくる。

「お?」

「いえ、なんでもないです」

 奇妙な語尾に反応した武男に慌てて取り繕う。


続きます。(次 2019/10/22 20:00 公開予定です)

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