じゃあ、また来週ね。(後)
なんの話かすぐには理解できず、サトミは少女が指さす方に視線を向け震えているロクに助けを求めるような目で訴える。しかし彼はぶるぶると首を横に振るだけだった。
「えっとそれはどういうことかしら?」
「その、リーン&バインの最終回を……ごめんなさい、やっぱりなんでもないです!こんな不法侵入みたいなことしてるのに」
(よくわからないけど、どうもロクが持ってきたコレを見たいらしいのか……)
正直なところそこまで必死になるほどのものがこのアニメにあるのかはサトミに皆目見当もつかない。それでも「どうしてもアレが見たい!」と子供のころから度々奇行に走るロクの姿を何度も見届けてきたサトミには、意味はわからないけれどもそのくらい大事なものがある人の気持ちの幾ばくかは理解しているつもりだった。現にいまわざわざ汗だくでHDDレコーダーを手に参上した人物がいるわけで。
色々言いたいこともあったし大人として注意すべき点もあるが、こういった無茶を形振り構わずやってしまうほどの欲求を無下に断わることもできない。
(何よりも、私は早く着替えるべきだ)
「……いいよ、入って」
網戸を開けて室内に少女を招き入れる。
「えっ、でも」
「いいから、見たいんでしょ?」
にっこり笑って見せてから適当にTシャツとジーンズを掴んでトイレへと向かう。途中でクッションを被ったままおどおどとした顔で落ち着きなく少女とサトミを交互に見ているロクを軽く蹴る。
「この子、そのアニメが見たいんだってさ。よろしく」
それだけ告げるとトイレに入り便座の蓋を閉め、外したウィッグをその上に乗せる。汗で蒸れるウィッグキャップを外して、ぺったりと寝ている黒い短髪を両手でガシガシを蒸気を追い出すように立たせた。体格からすれば完全にピッチピチの女性もののTシャツを剥ぎ取るように脱ぐと、普段着にしてるなんの変哲もないTシャツに着替え、スカートのホックを外してすとんと床に脱ぎ捨てる。
「しまったな……」
下着が女性ものだったことを脱いだスカートの下があらわになったことでようやく思い出す。取りに戻るわけにもいかず、その上からジーンズを履く。
(まぁ見えないしいいか)
脱いだ服をぐるぐるとひとまとめにし、それが何かわからないようにして抱えるとトイレを出て室内干し用の洗濯物が入っているカゴに投げ込む。濡れた衣類をほったらかしにするのは抵抗があるが、この女の子がいる前で干すわけにもいかないだろうと渋々諦める。
「あれ?どうした?」
着替えて部屋に戻るとテレビの画面にはさっき一時停止した状態のままになっている。窓から入ってきたところで立ったままの少女は、急に姿の変わったサトミに驚いたような顔を向けていた。
「サトミ氏っむむ無理ぃ」
クッションで顔を隠したロクと所在無さげに立ったままの少女を見て(しまったなぁ)という気持ちになる。サトミは早く着替えたかったばっかりに少女に座っていい場所を示すことも、ロクがこういう反応しかできないことも忘れていた。
「あー……とりあえず君はそこのクッション使っていいから、座って座って。麦茶でいいかな?」
「すいません、えっと、その……お構いなく……」
「ロクっ!再生してあげて!」
台所へ向かい水切りカゴからキレイなコップを取り出し、冷蔵庫からペットボトルの麦茶を出す。
「サトミ氏~っ!そ、その、最初からがいいんじゃあなっないかなっ」
(んなこと私に聞くなよ)
胸中でぼやきながら仕方が無いとかぶりを振る。
「お前だったらどうしたいよ?」
「そ、そんなの最初っからに決まってるでつよ!」
「じゃあそうしてあげたら?」
それもそうだうんうんそれが当然だよな、といったような独り言をぶつぶつを繰り返しながらロクは素早く録画を頭から再生しはじめる。それを確かめてから少女が座っている目の前のテーブルに麦茶を注いだコップを置く。
「はい、どうぞ」
「すいません、ありがとうございます」
必要以上に頭をぺこぺこと下げる女の子を見てると、怒る必要もないかな……という気持ちがサトミに湧いてくる。自分がやったことのマズさも自覚しているようだし、もう随分と反省しているように見える。サトミは少女が座っている場所と、まだクッションを被っているロクの丁度間に視線を遮るようにして座る。
(しかしなによこの状況は)
左にはベランダからやってきた小学生の女の子、右には怯えきった親友。三人並んで深夜アニメの録画を見ているという事態にまだちょっと理解が追いついていない。サトミはきらびやかな画面をぼんやり見つめながらコンビニ袋の中からプロテインバーを取り出して無造作に包装を剥いて齧った。
そのまま何となく見続けているうちに約30分のプログラムはほぼ終わりを向かえ、特別仕様のオープニングテーマが流れる中で名場面とスピンオフ元の『魔法聖戦士 リーン&バイン』の映像がシャッフルされたものが映し出されている。
(わりと面白かったかも……)
特に興味もなくきちんと観賞したのがこの最終話だけのサトミも、いつの間にか作品に引きこまれて見ていた自分に気がつく。これから全話見てみるのもいいかもしれない。
「ふぐぅ、んべっえぐぅびぅう」
謎の奇声に右を見ると涙と鼻水を盛大に流しながらクッションを噛んで嗚咽を押し殺しているけどだだ漏れのロクがいた。口元で抱え込まれたクッションは体液でぐずぐずになっている。
「お前なぁ……」
いまさら取り返したところで手遅れだろうし、これならもう好きにしてもらって新しいやつを買わせよう。それよりもこの姿を見てさすがに引いてるであろう少女を振り返る。
「ごめんねぇコイツ、悪い……やつなんだけど、ってえっ?」
「あびゅっ、しゅ、しゅいましぇん」
左は左で大きな瞳からぽろぽろと真珠のような涙をこぼしている。
「ちょっと君らなんでそんな」
「だってあれリーンのお母さんが渡したのがふぐぅ」
「サトミ氏ぃ!あれは前作のですなぶびぃ」
両サイドから責められ、しかも責めるセリフの途中で感極まって喋れなくなる二人にサトミはたじろぐ。
「待て待て待て」
ロクはがばりと立ち上がるとサトミのノートパソコンを開いてのスリープ状態から叩き起こす。
「PC借りますぞ!」
「何で!?」
「前作の最終話を見返すんでござるよ!」
起動するまでの間にロクはスマホで各種配信サイトを検索し、有料ながら『魔法聖戦士 リーン&バイン』が公式配信されている動画配信サービスを探し出す。
(ここならアカウント持ってる)
立ち上げたブラウザからロクは自分のアカウントで配信サービスのログイン、検索から一瞬の躊躇なく購入ボタンをクリックする。
「わ、私も見たいです」
おずおずと、しかしはっきりと少女は言うとロクの横にきてパソコンの画面を一緒に覗き込む。
「ストーップ!」
バン!と音を立ててノートパソコンを閉じる。
「なにするんだお!」
「うるせぇバカっ、先にやることあんだろうが」
ロクを一喝してからその隣にちょこんと座っている少女の方を向く。
「その、とりあえず君、名前は?」
自分の隣に少女が座っていることにそこで初めて気付いたロクは砂煙でも起きそうな勢いでその場から離れる。その重い体でどうやってるかは検討もつかないがほとんど座ったままの姿勢で飛び跳ねるような移動を見せた。
「ごめんなさいっ、倉敷です。倉敷倫子、です」
きちんと正座をして頭を下げる倫子の姿と部屋の隅で目を泳がせているロクを交互に見て、どっちが大人かわからないなとサトミは聞こえないようにタメ息をつく。
「お隣さん……で間違いないよね?僕は里見雄一。それでアイツは」
(ベランダから入られて「お隣さん」って確認するのもどうなんだ……)
自分の言葉に疑問を持ちながら部屋の隅に目線を送る。ふるふると首を横に振るロクの目からは「無理」という二文字が見て取れた、本人から名乗らせるのは難しそうだ。
「……岩田、僕の友人」
「サトミさんとイワタさん、ですね。あの本当にごめんなさい、こんなベランダから入ってくるような感じになってしまって」
再び深々と頭を下げる倫子の目にはさっきとは違う種類の涙で潤んでいる。
(これから怒られるしお父さんに報告するだろうし、それよりも警察呼ばれるかも……)
想像するだけで怖くなってくる、今頃になって「あのまま落ちていたほうがマシだったのかもしれない」という後悔が湧きあがってくる。体を震わせてうつむく倫子の姿に最初からそれほど叱責するつもりもなかったサトミは、むしろどうやれば変なトラウマを与えずにこのトラブルを終わらせられるか考えていた。
「それでその、覗いてたのはアニメが見たかったからなの?」
「はい……」
「マジか」
視界の端で大仰にうなづくロクの姿が見える。小さい頃からの奇行を知っているサトミは「それでどれだけ周りが苦労したと思ってるんだ」と肥大した腹部を蹴り飛ばしてやりたい衝動に駆られるが、まぁそれは後からでもいい。
「録画しておいたんですけど父がそれを消してしまって、配信まで我慢しようと思ったんですが声が聞こえてきて、それで……」
「いてもたってもいられなくなった、と」
倫子はこくりとうなずく。
「本当にごめんなさい……」
「うん、まぁ、悪いってわかってるなら」
どうしようか困ったのとウィッグキャップで蒸れて痒いのが合わさって後頭部を掻きながら、実際のところ小さな女の子を涙目で正座させているという状況の気まずさから早く抜け出したいとしか考えていない。大人として注意すべき義務はギリギリ果たしたし、これで終わりにしようとサトミは言葉を続けた。
「もういいよ、うん反省してるみたいだし」
「すいませんでした」
土下座せんばかりの勢いで頭を垂れる倫子に手を振る。
「だからもういいって、ね。ほらロク、最終回だっけ?見せてあげてよ」
ロクの顔に怯えが浮かぶ。
「そっちにはいけないでござるよっ」
「面倒くせぇなぁ……」
さっきは夢中になりすぎていて気にならなかったのが、落ち着いたことで「女の子に近づかない」という彼が自主的に設定した決め事が先に立ってしまっている。
「あの私のせいですよね?」
ロクの奇妙な行動と言動にもとより負い目を感じている倫子が目を伏せる。
「いやこれはコイツの……まぁいいや、じゃあええと倫子ちゃん、でいいのかな?とりあえずベランダから侵入してきたまんまってのはマズいから、一旦おうちに戻って玄関からおいで。その間に用意しておくから、うん」
その提案に倫子は気まずい顔を浮かべる。
「それがその、玄関、鍵かかってて」
サトミは思わず音を立てて額に手を当てる。
(そりゃそうだよなぁ女の子一人で家にいるんだ、そりゃ鍵ぐらい閉めるわ)
小学生の平均はわからないが、しっかりした受け答えをする倫子がきちんと玄関を施錠しているのは当然のことだ。しょっちゅう鍵を紛失しては開けっ放しで出かけるロクよりもはるかに大人だ。ちらりとこちらに咎めるような顔を見せるサトミにロクは「そんな目で見るな」と言いたげに視線を外す。
「そうか、えっとじゃあ家族の人は」
「父が仕事から帰ってくるのは、たぶん夜中で……」
まいったな、と聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。流石に深夜まで小さい女の子を預かっておくのは色々とマズイとしか思えない。
(玄関のドアに張り紙でもしておくか……「おたくの娘は預かっている」って?そんなん通報待った無しだろ)
サトミがばりばりと頭を掻く、今日はやけに頭皮の蒸れが痒い。
「お父さんの携帯の番号とかわかる?」
「家に戻らないとわからないです……私もっかいベランダから」
「それは流石にダメでしょ……」
実際フェンスを伝って隣家に侵入するのはまともな運動神経を持っていれば大して難しくも危なくもないだろう。とはいえさっき落ちかけたばかりの子供を「じゃあどうぞ」と送り出す気にはならない。
(これしかないか……)
「その倫子ちゃんさえ良ければ」
「はい?」
「僕がベランダからお邪魔させてもらって、玄関開けてこようか?」
色々ギリギリな提案の気もするが、これが一番マシな解決方法に思えた。少なくともこの場だけでコトを収める方法はそうするしかない。
「いいんですか?」
「僕は大丈夫だけど、その倫子ちゃんが家に入られてもいいなら」
倫子はこくこくとうなずく。
「お願いします!」
「いいのね?」
「はい!」
(この行為の色々ギリギリさを理解してるんだろうか)
あまりにも元気一杯の答えに若干たじろぐ。とはいえ他の方法を思いつくわけでもなく、それならばこのまま勢いで誤魔化してしまうのがもっとも正しいように思えた。
裸足のままベランダに出て隣家との仕切りに手を当てて支えにしながらフェンスの上に体を持ち上げて外に背を向ける格好で座る。キシキシと手入れなどしたことのない金属製のやわな柵が、同年代と比べてもガッチリとしたサトミに重さに抗議の声を出す。それでも流石にいきなりヘシ折れたりすることは無さそうだ。
大家の庭とその周囲を囲む道路を素早く見回す。昼過ぎの微妙な時間だということもあって人っ子ひとりいない、絶好のタイミングのように思えた。片手を伸ばして隣家の柵を掴み、右足を持ち上げて仕切りをかわし向こう側へ跨ぐように体を伸ばす。上半身は完全にベランダの範囲から乗り出しており、キシキシからギシギシへと変わった金属柵の音にいやがおうにも緊張感が増す。
仕切りを乗り越えたつま先を伸ばすとざらざらとしたコンクリ床の感触を感じ、そのまま滑り落ちるように隣家のベランダに着地する。
「ふーっ」
終わってみれば危なげなく侵入を果たしたサトミではあるが、大丈夫だと思っていても多少は怖い。
「大丈夫ですか?」
倫子の顔が仕切りの向こうから覗き込む。さっきそれで落ちそうになったのを忘れているのか、と呆れながらサトミはいくぶん引きつった笑顔を返した。
「大丈夫。すぐ玄関開けてくるからね」
開きっぱなしの網戸から倫子の家に上がる。
「おじゃましまーす」
許可を得ているとはいえ家主のいない部屋にベランダから侵入するという後ろめたさにずかずかと入り込むこともできず、恐る恐るといった様子で思わず足音を潜めてしまう。
同じアパートだから当然なのだか左右対称な以外は自分の家と同じ1DKの間取りに、安心するようで混乱する奇妙な感覚を覚える。左右が逆転しているのもあるが、同じ広さのはずなのに随分と圧迫感がある。それは部屋の一部がツッパリ棒とカーテンで器用に区分けされているからだということにすぐ気がついた。恐らくそこが倫子の「個室」なのだろう、淡い緑色を基調としたカーテンは安物なのは間違いないがそれでも抑制の効いた可愛らしさを放っていて品の良さを感じる。物の多さで一人暮らしにしては広めの部屋を選んだつもりだったサトミは、それでもこの間取りだと二人で暮らすには狭いのだろうなという感想を持つ。
(あまり他の人の家をじろじろ眺めるのも無作法だな)
気になることは気になるが、テーブルの上で冷めきっている食べかけの玉子焼きとごはんから視線を剥がす。
「あっ」
顔を上げた先で黒い艶やかな光を反射する置物が観音開きの扉を開いているを見つけてしまい、小さく声をあげる。
(これって……)
腰ぐらいの高さがある木製のタンス。その上に小さな仏壇が乗せられている。他人が入り込んで見るもんじゃないとわかってはいても、どうしても目が吸い寄せられしまう。花瓶に飾られた生花とその横に飾られている写真立て、そこにはにこやかに微笑む女性が写っていた。
(そうなんだ……)
自分のお隣さんが父と娘の二人暮らしだということは知っていたが、その理由までは把握していなかった。同じアパートの住人と親しく会話をすることなんてほぼ無いし、仮に多少言葉を交わしたとしたしても他の住人の噂話が出ることなど無い。
(それにこんなこと、知ってても言わないよね)
誰かが「知ってます?203の方。二人暮らしなのは奥さんが亡くなってるからなんですよ」などと喋っていることを想像するだけで気分が悪くなる。挨拶をする程度の関係だからこそ、守るべきルールがあり必要以上に互いの生活に踏み込まないことは、決して悪いことじゃあないとサトミは改めて思う。
「私は何も見てない」
少なくとも倫子から直接聞くまでは記憶に蓋をすることにした。それに恐らくそんな機会が訪れることはないだろう、今後もきっと「顔を合わせば挨拶をする程度の隣人」であり続けるだろうし、サトミはそうであるべきだと感じていた。
足早に部屋を横切って玄関の鍵を開け外に出る。そのまま隣の204、自分の部屋のドアを開け
「しまった、バカか私は」
当然のようにドアには鍵がかかっている、普段あまり目に付きたくない格好をしているサトミにとってそういった自衛は必要不可欠である。突然ドアを開ける人物などそうそう存在しないが、万が一そのような者がいればそいつはほぼ間違いなく異常者だと言えるだろう。そこまで考えていなくても無意識に施錠するくらいは体に染み付いた動きだし、状況が状況なだけに自分の家の鍵を持って出ることまで頭が回らなかった。
ドアチャイムを押すと扉の向こうから重い足音が近づいてくる。
「まったくいいところなのに、サトミ氏はアフォなんでござるか?」
額に大量の脂汗を浮かべて目だけは「助かった」というメッセージを発したロクがドアを開ける。
「うるさいなぁ」
流石にあまりにも簡単に予想できるミスに恥ずかしさを覚え、裸足についた砂を落としながら肩から体当たりをする。
「痛いでござるよフヒヒ」
「のり」
とにかく無事開錠したことを伝えようと倫子の名前を呼ぼうとしたところをロクに制止される。彼が指さした先では食い入るようにパソコンのモニタに映し出されたアニメを見つめている少女の背中があった。
(いいところ、か)
その画面を見つめる頭から首、肩、背中のラインが目の前の作品に対して前傾姿勢を取っているのかと思わせるぐらいにのめり込んでいて、そこからどれほど必死に見つめているのかがわかる。それだけ好きなものがある、ということに羨ましいような気持ちになったサトミはとりあえず1話分が終了するまでは声をかけなくても良いだろう、と考えた。倫子の背中を眩しいものを見るような心持で眺めていたが、そこにロクのだらしないボディが割り込んできて一気に興ざめする。
ロクは倫子から距離を取って後ろに3歩、右に2歩ほどずれた位置に座って再生されている動画を見つめる。
「これっ、これそうですよね!?」
唐突に倫子が振り返ってロクに話しかける。びくっと飛び跳ねんばかりの勢いで驚いたロクはそれとこれは別だと口を開く。
「そうでつ!間違いなくズワウズンの渡した」
「てことはやっぱりその影って!」
「そういうことでござるな!」
自分をまっすぐ見て話しかけてくる倫子に対して過剰に怯え、ダラダラと粘度の高そうな汗を流すロクは、それでもこの話ができることを、それも最終話を見たばっかりの興奮を維持したまま共有できる喜びが声に滲んでいる。
「やっぱり~、子供のときに見ただけだから自信なかったけどそうですよね!」
「えっ!?」
ロクが素っ頓狂な声を上げてずり下がった眼鏡を中指で押し上げる。
「子供のときって、それ5年前の」
「はい、そうですけど」
倫子のさも当然といった様子で返された答えに、ロクは死にかけの金魚が必死で生きながらえるために水面で口をパクパクと動かすような動きを見せる。それの意味するところが理解できず倫子は少しだけ首を捻るが、それよりも再生中の画面の方が重要だ、いやそれより大切なものがこの世にあるだろうかと言わんばかりに正面に向き直る。
(すごいな、僕だって先週見たからなんとか覚えてるだけだったのに)
5年前に放映された中の僅かなワンカット、それもシルエットだけがチラリと映る伏線ともいえない演出。恐らくスピンオフを製作するにあたって初めてスポットライトが当たった部分。『魔法聖戦士 リーン&バイン☆バーストイブ』の放映に合わせて前作のDVDを引っ張り出し全話を復習したばかりのロクでも自信がない、そんな細かな部分を倫子が記憶していたことに驚きを隠せない。
(子供ってすごい……いやそうじゃあない、きっとこの子はそれだけ『リーン&バイン』が好きなんだ)
好感を通り越して畏怖や敬虔といった感情に近いものが湧きあがってくる。ロクの位置からは頭から肩にかけて白く細い首が見える、後頭部の生え際にうっすらと浮かぶ汗は暑さによるものではなく、ただ純粋な興奮。自分の愛する作品を見ているということだけに対する喜びから噴き出しているものだと、まばたきも忘れて画面に食い入るように見つめる目と上気して赤く染まる頬が教えている。
(これは僕の使命だ)
仰々しすぎる心の声にロクは自分で自分に飽きれる。
(使命て)
自嘲せざるをえない、だがそれでもそれは彼の正直な気持ちだった。ああやって祈るような気持ちで作品に触れ、救われた気持ちになったことは一度や二度ではないしそういった経験がロクをオタクにしていた。そうやって生きることが決して正しいとは思わない、けれどもそうやって救われるものが確かにあることを彼は知っていた。知りすぎるほどに知っていた。
そして目の前に少女がいる、彼女のことは名前ぐらいしか知らないが、きっとこれから何十年と生きていくだろう。その中でもしかしたら――もちろんそんな必要がないのが一番いいのだけど――何か救いが必要になるかもしれない。その時に、その万が一の時に彼女を救ってくれるものがあるとすれば、それは「これ」なのだ。
絶対に大袈裟すぎるし思い込みだということぐらいロクにだってわかっている。ほとんど無意味だということも知っている。それでも「もしそうならば」という可能性を無視するには、画面を見つめる少女の目は真摯すぎた。
「……はぁ~」
再生していた『魔法聖戦士 リーン&バイン』第51話が終わり、倫子は満足げなタメ息と一緒に噴水のごとく両目から涙をぽろぽろと零す。水を弾く若い肌は涙をつるりとした球体に変えて両頬をすべり落ちていき、カーペットに水の跡を残す前に手で受け止められる。
「はいティッシュ」
「あびばとうございます」
サトミが差し出したティッシュペーパーを箱ごと受け取ると垂れてくる鼻水をまず拭った。
「一話からっ!」
意気込みすぎて自分が想定したよりもかなり大きな声を上げてしまいロクは口を噤む。
「ロク?」
突然の大声に驚いた倫子はぽかんとロクの顔を見つめ、彼の突拍子もない動きにまだ耐性のあるサトミは何が起こったかと問いかける。ロクは一度息を深くすって気を落ち着かせ、サトミに手で「大丈夫」とサインを送る。
「ええと、一話から見る?その、リーン&バイン……」
勢いを削がれたことで急速に思い込みが消失していくロクの声は徐々に小さくなり最後にはごにょごにょと不明瞭な言葉になる。それでも言っていることの大意は掴めたし、それを倫子が聞き逃すということも無かった。
「はい!ぜひっ!」
「ひぃっ」
身を乗り出して返事をした倫子に、ロクは悲鳴をあげて後ろに跳ねるようにして距離を取る。
「ええと……」
「まままま、とりあえず」
サトミが二人の間に慌てて割り込む。
「とりあえず倫子ちゃんは一度家に戻ってからおいで、ね」
言われてみれば自分はベランダからの侵入者のままだったということを思い出し、その恥ずかしさに頬を赤らめる。
「そ、そうですね。あの後でまた来ます」
「うん。ごはん、途中だったみたいだし、急がなくていいからね」
倫子は立ち上がると腰を90度に折るぐらい深く深く頭を下げる。
「本当にすいません!ありがとうございました!」
そして勢いよく顔を上げると照れたような笑顔を浮かべた。
「じゃあまた、後で来ますっ」
元気良くそう告げると玄関から裸足で外に出て行く倫子の背中に
「うん、後ほど」
「乙」
とそれぞれが声をかける。玄関ドアを閉じる前にもう一度おじぎをして倫子は自分の家に戻る。
扉は何の抵抗もなく開く、もうずいぶん薄れてしまった玉子焼きの匂いが鼻をくすぐり倫子は自分の食べかけの食卓を見られたことに恥ずかしくなる。だが羞恥よりもお腹がぺこぺこな方が問題だ。
玄関先で足の裏についた砂を払って洗面台に向かい手を洗う。とりあえずごはんを食べてしまおう、一度レンジで温めたほうがいいだろうか。ちゃぶ台の皿を取って電子レンジにいれ適当にタイマーを回す、ブーンという動作音を聞きながら出しっぱなしでぬるくなったコップの麦茶を飲み干した。
(それにしても良い人だったけど、変な人たちだったな)
サトミという人は何度か見かけたことがある、筋肉質でがっしりとした若いおじさんだ。もう一人のロクって呼ばれてた人はサトミさんの友達のようだったけど……。
(なんていうか、私を怖がってた?)
レンジに呼ばれ中のお皿を取り出す。
「あちち」
少し温めすぎたようだ、慌てて指を引っ込めて着ているTシャツの裾を強引にひっぱり布越しにお皿を持つ。急いでちゃぶ台の上に運び、それでも熱かった指をぶんぶんと振って冷やしながら改めて座布団に座り手を合わせる。
「いただきます」
箸で切った玉子焼きを口に入れる。そんなに違わないはずなのに、レンジで温めなおした玉子焼きは少しだけおいしくない。おいしくないからどうしても食べるのに集中できなくて余計なことを考えてしまう。
(どうして怖がられてたんだろう……?)
ベランダから突然侵入してきた相手を警戒するのは当然だけど、客観的に見て小学生の女の子を成人男性が怖がる必然性がない。それともオバケか何かだと思われたのだろうか。
(『魔法聖戦士 リーン&バイン☆バーストイブ』の最終回が見れなかった怨念で化けて出た幽霊……)
確かにそう考えると自分ならオバケになってもおかしくないかなとは思うが、だとすると最終回を見せてもらって成仏していないのはおかしい。それにロクさんは『リーン&バイン』の最終話も見せてくれたし、なんなら第一話から見ようとも言ってくれた。
「いやでも」
キャベツの温野菜ポン酢がけは温まったせいで酢のすっぱさが妙に尖っていてちょっと眉をしかめる。こんなぱくぱくごはんを食べてあまつさえお酢がすっぱいことに顔をしかめる幽霊がいるだろうか?
(そんなバカなこと考えても仕方ない、あとで直接本人に聞いてみるしかない)
怖がられてはいるが決して嫌われてはいないはずだし、それに小学生の質問には大抵の大人は何かしらの答えを返そうとはしてくれるはずだ。少なくとも倫子がこれまで出会ってきた大人はそうだった。それは彼女の周囲にいる人たちが単に優しかっただけなのだが、そのことを倫子は「例えば自分より小さい子――幼稚園児とか一年生とか――が自分になにか聞いてきたら出来る限り答える。きっと他の人もそうなのだろう」と理解していた。
それよりも、と大急ぎで残ったごはんを口につめこんでもぐもぐしながら食器をシンクに持っていきドタバタの中でいつの間にか有耶無耶になっていたことを思い出す。
「スカート、履いてたよね……?」
後で洗いやすいように食器を水に浮かべて首をひねる。サトミさんが金髪のカツラを被ってスカートを履いていたのは何かの見間違いとは到底思えない。すぐに着替えてしまったしそれを聞くタイミングも無かったし、なによりそんなことはあの時の彼女にとって大して重要ではないことだった。だからこうやってひと段落し落ち着いたところでやっと疑問として浮かび上がってきた。
(それも聞けばいいか)
たぶん本当のことがわかれば「あぁ、なーんだ」ぐらいのことだろう。例えば演劇をやっているとか、かくし芸の練習とか。なんにせよ尋ねればわかることを考えるのは苦手だった、勝手な想像をするのはそれが間違ってるかもしれないし、ましてやその間違ったことで誰を理解した気になるのはとても良くないことだ、と倫子は母親から教えられていた。
このことを思い出すと、それを話していた母親の顔に浮かぶ笑い顔が記憶によみがえる。「ふえふえふえ」と奇妙な声と口をやけに横に開き、肩を上下に大きく揺する独特の笑い方。それを思い浮かべると倫子はいつだって少し楽しくなってしまう。母親が死んで一年ちょっとになる、その間に色々なことをすでに忘れえてしまったけれど、あの教えてくれたこととみょうちきりんな笑いだけは薄れずに残っている。
だけど、と倫子は鍵を手に靴へ足を突っ込む。もう二度と何も訊くことのできない相手にはどうすればいいのだろう?母親から教えてもらったことを反芻するたびに、その疑問はセットで浮かび上がってしまう。ぶるっ、と頭を振って倫子はその「聞こうにも聞けないこと」を追い出す。考えてもどうしようもないことを考えないようにすることも、もうずいぶんと上手になった。それで良いのかはわからない、でも「それでいいのか」なんて誰に訊けばいい?
ぶんぶんと頭を振ってぐるぐると回りだしそうな疑問を追い出す。そんなことは眠れない夜にでもやればいいことで、用事のある土曜日の昼間にすることじゃない。どうせお隣にいくだけだと、きちんと靴を履かずつま先立ちでかかとを潰さないようにしてひょこひょこと歩き隣家のドアチャイムを鳴らす。ドアの向こうからくぐもった呼び出し音が聞こえたかと思うとすぐに開く。
「おじゃまします」
出迎えたサトミに改めて頭を下げる。
「はい、いらっしゃい」
洗濯機がごうんごうんと音を立てて回っているのを聞いて自分の家も洗濯をしなくちゃいけないな、と考えながら靴をそろえて今度こそ正式に玄関から部屋に招かれる。ロクはそのふくよかな体を無理矢理ちぢこまらせて隅っこで身を潜めるように座りながら倫子からスッと視線を外す。
「とりあえず座って、麦茶新しいの出すから」
先ほど座っていた座布団に再びちょこん、と正座する。その前に冷たい麦茶が注がれたコップが置かれ、それと一緒にたぶん普段はそんな用途に使われていないプラスチック製のボウルにプロテインバーと炒り大豆の小分けパックが盛られたものが並べられた。
「こんなおやつしかないけど良かったら」
「あ、はい、いただきます」
小学生が喜びそうなお菓子など用意しているはずもなく、こういう場面で出すにはあまりにも不似合いなものしかないがそれでも何もないよりは、という迷いがサトミの声に混じっているのを聞き逃さなかった倫子は躊躇なく小さなテトラパック状のビニールを手に取り開封すると手の平に2、3粒の炒り大豆を転がして口に含んだ。歯で砕くとコリカリとした軽い音に香ばしい香りが広がって、記憶にあるよりもおいしいような気がするが、それ以上にどうしても「節分!」といった気分になってしまう。
「でねロクと相談したんだけど、こいつの家にええとなんだっけ、『リーン&バイン』?のDVDが全部でいくつだっけ?」
「じゅうさん」
まるで聞かれることがわかっていたかのようにロクは部屋の隅からボソリと答える。
「全部で13巻あるから、それを毎週何枚か持ってきて貸すってのでどうかな?」
倫子の顔に渋い表情が浮かぶ。
「あーえっとですね、実は家のDVDプレイヤーが故障してまして……」
「マジか」
それは考えてなかった、とロクは頭を抱える。だが考えてみれば有料無料問わずこれだけ動画配信サービスが乱立してる中で、物理メディアの再生機を持つ必要はよほど画質に拘るマニアでもなければ薄いだろう。故障したとして買い直したり修理するコストを考えれば適当なサービスの有料会員になるほうが明らかに懸命に思える。
「なので、その、ご迷惑だとは思うんですが……ここに見に来ちゃだめ……ですよね、すいません」
倫子は自分の言っていることがあまりにも図々しいことだということぐらいは理解していた、それでもほとんど勝手に口をついて出てしまったのは何故なんだろうか?言葉を吐きながら「やはりこんなことを頼むのはおかしい」という思いが膨張して、最後にはついつい謝ってしまった。
お父さんに頼めば1話100円ちょっと、全部でも5000円と少しの「おねだり」くらいは聞き届けて貰えるだろう。それなら誰にも迷惑はかけないで済む。
(それでも、それでも私は……)
ちらり、と部屋の隅で体をちぢこませているロクを見た。
(私は、楽しかったんだ)
『魔法聖戦士 リーン&バイン☆バーストイブ』の話を現実に誰かとできるとは思っていなかった。お父さんが興味あるはずもないし、学校ではそんな話はできない。SNSとかでは盛り上がることもあるしそれはそれで十分楽しい、楽しかった。それでも同じ画面を一緒に見て興奮を共有すること、それはまた別の違う部分を満足させてくれる。
倫子のおぼろげな記憶がよみがえる。確かあれは初夏の暖かい日、確か住宅展示場だったか何かの祭事か……とにかくどこかで行われていた『魔法聖戦士 リーン&バイン』ショーをお母さんと観覧に行ったことがある。いつもテレビの中にしかいないリーンとバインが着ぐるみではあったが実際に目の前にいることで大興奮していた、そしてそれは隣の席に座っていた見知らぬ「おともだち」も一緒だった。一度も言葉を交わしたことがないどころか相手の顔するまともに見たかどうかすら怪しい人。そういった「おともだち」と並んで立ち上がり同じ場面で嬌声を上げる体験は、とても楽しかった。
(ロクさんと見てて、それを思い出したんだ……)
『リーン&バイン』を一人で見たくは無かった。それはいつも食事時に見ながら食べていた記憶を引きずっているように、そのときには必ず「誰かと一緒だった」。そんなことはもう無いと思っていたし、そもそも考えに上がったことすらない。だけど思い出した思い出してしまった、多少ワガママでも無作法でもいまこの瞬間に頼らなくてはその喜びは二度と、とまではいかないが手に入れるにはもっとずっと先の話になってしまうだろう。
倫子は正座した膝の上においたコブシを知らず知らず固く握っていた。もうすでに散々迷惑をかけているのだ、呆れられたり叱責されても仕方が無いことを自分が口にしたのはわかっている。怒られる覚悟はできている。
「ですってよ」
サトミはロクの方に振り返り困ったような笑みを浮かべる。ロクは表情一つ変えない、さもそれが当たり前だと当然の権利だとばかりに平坦な口ぶりで答える。
「小生はかまわんお」
その返事を聞いて、サトミはフッと小さく息を吐いた。それが笑ったのかタメ息だったのかはサトミ本人ですら把握することができない、面倒なことになったなという気持ちと楽しいようなむず痒いような気持ちが同居する感覚は新しいペットを飼うときの期待と不安に似ているような気がした。
(人間の子供をペットに例えるなよな)
自分の心に浮かんだ感想に自分で異議を唱える。とはいえそう感じたということはサトミの答えも決まっているということだった。
「倫子ちゃんがいいなら、いいよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
勢いよく顔を上げる姿に心底良いことをした気分になり、サトミはそれだけでお釣がくるくらいだと思えた。
「ちゃんとお父さんに許可取れたら、だけどね」
「それは大丈夫だと思います!」
大喜びする倫子を見ながら一抹の不安が頭をよぎる。
(最近は色々あるからなぁ、一人暮らしの大学生の家に週一回入り浸ることになるってのを父親が許可するだろうか……)
倫子の父親が何の職についているかは知らないが深夜から早朝に帰ってくることが多いことは何となく把握していた。まれに見かけるその姿は清潔感があり、それでも全身から「疲労」という言葉が空中に発散されているのではないだろうかと思えるほど疲れ切った様子だった。身長は高めだが平均よりもかなり細い体は見ていて少し不安になる。
(それは私の心配することじゃないか)
どうなるにせよ自分のできることはこれだけだとサトミは余計な心配までするのを止め、机からルーズリーフとペンを取り、そこに自分の携帯の番号を書いた。
「じゃあそういうことで、一応これ僕の連絡先ね。お父さんに渡してもらっていいから」
「はい、本当にありがとうございます!」
倫子は渡されたメモを丁寧に折りたたむと立ち上がる。
「来週の土曜日でいいんですよね?」
「うん、何か用事とかできたら電話してね」
「はい!じゃあまた来週、よろしくお願いします」
深々と頭を下げてから帰る倫子を玄関まで送る。
「サトミさん、本当に助かりました……ロクさんも、ありがとうございます!」
靴を履いてドアを開けた倫子が改めて礼を述べる。玄関先に立つサトミの後姿から体を傾けてひょこっと顔を出した倫子は、やはり部屋の隅に座ったままのロクにも頭を下げてみせた。まだ怯えながら、それでも嬉しそうにロクはうなずき返すと「それが限界」とでも言うように目線を伏せた。
「いや、僕もロクも大したことしてないし……まぁいいや、じゃあまた来週ね」
「はい!お邪魔しました」
そう言って倫子は出て行く。開いた扉から光が差し込み、まるでその姿は逆光の中に消えていく不思議な生き物のようにも見えた。ドアが閉まってからも、サトミは玄関先にぼんやりと立っていた。一人の少女を助けたかと思ったら、その子が毎週遊びに来る約束をしていた……なにか厄介ごとの種を抱えてしまったような気がするし、かといって何か楽しそうだという形のハッキリとしない期待みたいなものも横たわっているような気もする。
それは自分の未来に結構ハッキリとした希望の無い世界が待っているサトミにとっては、ひどく喜ばしいことのように思えた。
「本当に良かったのか?」
倫子が出て行ったドアを向きながら、部屋の隅からのそのそと這い出してきて冷蔵庫を開けるロクに尋ねる。
極度の緊張で乾いた喉を麦茶を一気飲みすることで潤したロクは、わからないと首を振り口を開く。
「がんばりまつ、色んな意味で」
(大丈夫だろうか……)
もしかして自分はとんでもない爆弾を抱えたんじゃないか、サトミの不安は少しだけ大きくなった。
続きます。(次 2019/10/17 20:00 公開予定です)