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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!  作者: 利中たたろー
第一章 村時雨華炎のメイド試験
9/85

#8 差し込んだ月明かり

セレン「メイドとは主人へのご奉仕こそが本懐。各種家事は勿論のこと、戦闘、暗殺、掃除(暗喩)、始末、それから外交までできなくてはなりません。そこまでできてようやく一端(いっぱし)のメイドなのです」


十六夜「頼もしいわぁ……(ドン引き)」


焔「もっと自分にあった職があるだろ他に」



 セレンさんが僕の目の前にいる。数時間前に僕の性別を見抜き、己の職務に従って僕を追放したセレンさんが。視線を彼女からその奥へと向けてみる。

 さっきまで僕を好き放題にいたぶろうとしていた不良たちが、セレンさんたちの前に倒れていた。全員が意識を刈り取られているらしく、ピクリとも動かない。僕を掴んでいる特攻服が、その場にいる不良たちの気持ちを代弁するかのように叫ぶ。



「な……ななな、なんだテメェ!?」



 セレンさんは僕から唾を飛ばしながら叫ぶ特攻服へと視線を移し、彼をあざ笑うかのような笑みを浮かべた。



「通りすがりのメイド長よ。覚えておきなさい」



 そして目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、特攻服へキツイパンプスの一撃を喰らわす。なんとか目で追うことができたけど、不良たちにはセレンさんが瞬間移動したかのように見えたことだろう。なんて身のさばき方だ。



「おぶっへ!?」



 そんなハイスピードハイキックに特攻服が反応できるはずもなく、セレンさんのパンプスと熱いキスをして吹っ飛んでいった。

 ……あ、後ろにいた不良少年たちも巻き込んでる。合掌……



「無事かしら……? まぁ、その分では平気そうね」



 気付けば僕はセレンさんの手によってお姫様抱っこされていた。一体いつの間に……!

 特攻服を吹っ飛ばしつつも、僕が巻き添えを喰らわないよう一緒に救出するなんて、流石メイド長だ。しかし、そんな感心している暇はない。突然の乱入にようやく処理が追いついた不良たちが既に行動を開始している。



「誰だか知らねぇが、そいつもたたんじまえ! いいな!? そいつも一緒に捕まえんだぞ!」

「「「ヒャッハー!」」」



 リーダー格のモヒカンが声を張り上げて部下の舎弟の不良たちを鼓舞する。高揚した不良たちは雄叫びをあげて襲いかからんとしたが、セレンさんは涼しい顔を一つも崩さないでいた。



「食らえや!」

「オラァ!」



 彼らが各々の得物を振り上げた瞬間、セレンさんが指を鳴らした。それと同時に、廃工場の窓を突き破って次々と人影が躍り出る。突然の闖入者たちは示し合わせたかのように走り出し、得物を構えていた不良たちを一気に制圧する。

 バットを持ってたやつも、ナイフを握ってたやつも、分け隔てなく全てだ。全て一瞬で片が付いてしまった。



「すごい……!」



 ものの数秒で不良たちを制圧した彼ら(あるいは彼女ら)は、恐ろしく手練れだった。喧嘩にならないなんてレベルじゃない。まるで小さなアリ一匹と対峙していたかのような戦闘力の差だ。何者なんだろう。全員が黒いミリタリースーツみたいな服を纏っているけど、警察とかではなさそうだけど……

 あっ、屋敷にいたメイドさんたちだ! メイド服を着ていないから分からなかったけど、顔が同じだった。


 僕がメイドさんたちに驚いていると、セレンさんが呆れたように僕へ声をかけた。



「まったく。どれだけ探し回ったと思っているのかしら」

「え?」

「何でもない。それより……ほら、その手足のお洒落(手枷と足枷)は外してあげたわ」

「ふぁ!? いつの間に!」



 セレンさんの言うとおり、僕に取り付けられていた枷は全て取り外されて、セレンさんの手の中で弄ばれていた。いつの間にと思ったけど、メイド長ならそれも当然……なのかなぁ?



「な、な、な……」

「残念ね。数を頼みにしていたんだろうけど、生憎と最初から数も質もこっちが上なの」



 ものの数秒で部下を片付けられたモヒカンはただただ狼狽するばかりで、なす術なく黒服メイドたちに取り押さえられる――――かと思われたその時。



「お、お、俺はなぁ! 世に名を馳せるカドミヤ製菓の息子なんだぞ!? 御曹司だぜ! そんな俺にこんなことをして、ただで済むと思ってんのか!? ああ!?」



 彼の悲鳴に近い負け惜しみにッて、メイドさんたちの動きが止まった。決して表には出ていないが、動揺しているのが僕には分かった。隣に立つセレンさんも眉をひそめている。

 カドミヤ製菓……ああそうだ。最近人気のあるお菓子を世の中に送り出しているそこそこのお菓子メーカーだったっけ。資金的に嗜好品に手が出せなかった僕からするとあまり馴染みのない会社だけど、そこの息子がこんな世紀末モヒカン(絵に描いたような不良)なのか……



「へへっ。いいのか? 俺に手を出しちまっていいのか? オヤジたちが黙ってねぇぜ……それでもいいんだったら掛かって来いよ!」



 ……ドラ息子へ評価を下方修正だ。親の権力を笠に七光りするのはドラ息子と言うほかないだろう。セレンさんも同じような感想を抱いているらしく、嫌悪感と侮蔑の籠った冷ややかな目で彼を見つめていた。

 ……どうでもいいけど、ちょっと前はセレンさんにあんな目で見られてたんだよね僕……



「おいおいおい見ろよこれ! ジャケットに泥ついちまったじゃねぇかよ! っか~! こいつ超高級なワンオフ品だってのに……おいこいつを綺麗にしろよ! 舐めろ! この汚れを舐めろ!」



 段々と調子に乗って来た。親の会社の名前を出したら動揺したことをいいことに、彼の中ではすっかりセレンさんたちと自分の立場が都合よくすり替えられているらしい。なんてお花畑な頭の構造をしているんだろう。いや、現実逃避の一種かな。どっちにしたって彼の意識は自分が泥沼に沈み込んでいることに気が付いていない。

 こう言ってはなんだけど、子供の教育って本当に重要なんだらうなぁ、特に上流階級の人たちは。 


 そんな風に思った瞬間、廃工場の入り口から聞き知った声が届いた。 


 

「随分と盛り上がっている様子じゃない。華炎は無事なの?」

「十六夜さん……!」



 そこには両脇に黒服メイドを侍らせた月の名を冠する女王が、豊葛十六夜がいた。どうしてここに、なんて疑問は愚問というものだ。セレンさんの口ぶりから察するに、僕を屋敷に連れ戻すためにといったところか。

 ……うん? じゃあどうしてセレンさんもここにいるの? 厄介払いで僕を追い出したのに、なんで僕をまた連れ戻そうと……いや、今はいいか。



「……よかった。無事で本当によかったわ華炎」

「え? え!? 十六夜さん!?」



 考え事をしていた隙に十六夜さんは僕に近づいていて、気が付いたころには抱擁を交わされていた。

 いやあの、僕男なんですけど。十六夜さんは異性と抱擁を交わすことに抵抗が無いの? それはそれで問題があるような気がする。だからとりあえず一旦離れてほしい!



「不謹慎だけど、衣服を破られた姿も悪くはないわね、男なのに」

「~~~~ッ!!」



 セレンさんの他に聞こえないよう、僕の耳元でこっそりと囁かれた。甘美な声が僕の耳孔を蹂躙して――――じゃなくて! なんてことを言ってるんだこの人は!



「本当に無事でよかった……心の底からそう思うわ」

「はい。ご心配をおかけしました……」



 その言葉を最後に十六夜さんは僕から離れ、メイドさんたちに包囲されているドラモヒカンへ歩み寄る。メイドさんたちは十六夜さんに被害が及ばないよう、今度こそ彼を拘束した。



「ッテェ! 何しやがるてめぇら!」



 いきなり拘束されたことに怒声を上げるドラモヒカン。

 すると、十六夜さんはその端正な顔を歪めに歪め、ドラモヒカンへ筆舌に尽くしがたいほどの嫌悪感を丸出しにして彼を睨んだ。

 一瞬見てるこっちまでゾクッとした。心臓を掴まれたかのような錯覚を覚えたのだ。



「ほんと、男という生き物はどうしてこうも低俗で下賤で愚かなのかしら。アダムを生み出した神様に聞いてみたいものね。いっそこの世から根絶やしにしてくれようと思うのだけれど」



 そして信じられないような悪態をつき、全世界の男性を目の敵にするかのような発言をした。僕は十六夜さんが言ったことが信じられなくて、聞き間違いかと思って首を傾げた。が、残念なことにそれは聞き間違いではなかった。



「なんだよてめぇ! 何べらべら喋っ――――」

「発言は許可していないわゴミムシ」



 口を開いたモヒカンの口内に、あろうことか足元に転がっていたナイフを突き入れたのだ!


 刃は刺さってはいないが、少しでも動いたらグサッといきそうである。そんな目を疑うような光景に僕は開いた口が塞がらず、セレンさんはまたかというような顔をしていた。



「ふんっ」

「い゛て゛ぇ゛!」



 そのまま十六夜さんは少しだけ口内に傷をつけ、ナイフを放り捨てた。……ストレートに言って怖い。怖すぎる。なにこのドラモヒカンへ向けるヘイトは!?



「いや、あの。何してるんですか十六夜さん!?」



 思わず僕は叫んでいた。別にドラモヒカンを庇ったりするつもりは無い。ただ、十六夜さんがこんな行動をしているのが信じられなかったのだ。その問いに対して、十六夜さんは実に自然な表情で言ってのける。



「男は口を開けば卑俗なことしか言わないのだから、痛みでちょっと喋れなくなっても構わないでしょう?」



 そういうことじゃないですよ! いや、そういうことだけども! 違くてですね? なんでそんなに痛めつけるんですか!? 嫌いなの? ヘイトを向けてボコボコにするほど嫌いなの? そんなに男が嫌いなの!? じゃあ僕も嫌いなの!?


 そこまで考えたとき、セレンさんの手によって僕の思考は遮られる。



「むぐっ! むぐぐぐ!」

「大人しくなさい華炎。……お嬢様は止めれないわよ」



 僕にしか聞こえない声量で呟き、セレンさんは塞いでいた口を開放する。ああ苦しかった……

 十六夜さんはそのまま僕に背を向けてしまい、痛みに暴れるドラモヒカンに拷も――――もとい、問答をしはじめる。



「あなた、カドミヤ製菓のバカ息子なんですって? 社長と社長夫人が可哀想ね」



 十六夜の確認の意が込められた問いに、しかし彼は答えない。会話のキャッチボールを拒否するように一方的に言葉を投げた。



「俺にこんなことしやがって! もうただじゃおかねぇからな!」



 しかし十六夜さんはそのボールを受け取り、殆どつながらない会話のようなナニカを試みた。



「へぇ? 一体どんなことをするのかしら」

「オヤジの金でヤクザどもをけしかけて、てめぇの人生を滅茶苦茶にしてやるんだよ! しかもカドミヤ製菓の御曹司を傷つけたんだ。会社だって黙ってねぇよなぁ?」



 ああ、やっぱりあのモヒカンはロクデナシだ。親の稼いだお金で遊ぶ正真正銘のドラ息子だ。どうしようもないほど救いようがない。十六夜さんとて同じ感想を抱いたことだろうが、それでも問答はモヒカンの声によって続けられる。。



「こいつらは金目当てで俺に群がってきたゲスどもだが、あいつらは違うんだぜ? 俺の指示一つで動く駒なんだよ! 組長とだって顔見知りだ」

「そうなの」

「あいつらが来てくれりゃあお前らなんか相手にもならねぇよ! 負けを惜しむんなら今の内だぜ!」

「へ~」



 本格的に可哀想になってきた。モヒカンざやなくて、彼と話している十六夜さんが。

 というか、僕はこんなやつに攫われたんだね……人のことを言えないくらい僕も大概間抜けだ。




「しかも、そいつらだけじゃねぇ! 会社が傘下に入ってる【豊なんちゃらグループ】って連中も黙っちゃいないぜ! お前らは終わりだよ! ざまあみろ!」



 え? 豊……なに?



「あの……セレンさん」

「なに?」

「もしかしてあのドラモヒカンが言ってる【豊なんちゃらグループ】って……」

「……もしかしなくてもあなたの考えている通りよ」



 ……なんということだ。彼は現在進行形で過去最大の地雷を踏み抜いている!



「それは怖いわね。豊葛の力は絶大だもの」



 十六夜さんが言葉とは裏腹に楽しげに言う。顔は相変わらずゴミを見るかのような顔だけど。顔はあれでも、内心では彼の愚かさに笑っているであろうことは容易に想像がついた。

 いくらなんでも喧嘩を売る相手を間違えてるよ……



「どうだ! 分かったらさっさと俺を放しやがれ!」



 彼は自分が誰を敵に回したのかなんて考える素振りもなく黒服メイドさんたちに唾を飛ばしながら言った。メイドさんたちも呆れているのか、少しも反応しようとしない。

 無視されていると感じたドラモヒカンは暴れようとしたが、難なくいなされてしまう。そんな哀れさをも感じさせる彼へ向けて、十六夜さんは口を開いた。



「ところで、私の名前をご存知かしら?」

「は?」



 なんの脈絡もなく十六夜さんの自己紹介へと移り、ドラモヒカンは困惑した様子だ。

 十六夜さんは手早く名刺を抜き取ってドラモヒカンの足元へと投げる。取り押さえられながらも床に落ちたそれを読んだ彼の表情が凍り付く。



「私の名前は豊葛十六夜。あなたの親の会社であるカドミヤ製菓の盟主……【豊葛グループ】の第五令嬢よ」

「は? え?」



 自業自得とはいえ、その衝撃は察するに余りある。まさか目の前にいる人物が当の豊葛とは思わないだろう。同情とか憐憫の気持ちは全く湧かないけども。



「豊葛……? は?」

「あなたが散々可愛がってくれたあの子は私の従者になる予定だった子なの。それをあんなに痛めつけて……しかもそれをやったのはカドミヤ製菓。その責任、どう償ってもらおうかしら?」

「ヒッ……!」



 冷徹で冷酷に嫌悪交じりの冷笑を浮かべる十六夜さん。

 その笑みは見ている僕でさえ凍り付くほど恐ろしいのに……どこか、惹かれるような気がしてしまった。近付けば容赦なくバラバラにされてしまうと錯覚を覚えるのに、寄る者全てを引き裂く空気に憧れてしまう。まるで日に飛び込む蛾の如く。その強すぎる光に魅せられるかの如く。



「……また、この感覚だ」



 初めて十六夜さんに出会ったときに抱いたこの感じ。名前の分からない特別な感情と、そこから来る名称し難い感覚。見ているだけで動悸が早くなって呼吸が苦しくなる。

 知らない。こんな感情なんて知らない――――



「……それとも、今この場で償う?」



 十六夜さんはひどく酷薄な表情を浮かべて死神の如く告げた。縮み上がるドラモヒカン。目配せをしたかと思うと抑えているメイドさんの一人が彼のモヒカンを掴み、無理矢理に顔を十六夜さんの方へ向けさせた。

 顔中を恐怖で染め上げるドラモヒカンと、配下を従えし魔王(十六夜さん)。どちらが上に立っているかだなんて言うまでもない。

 だが、誰もが十六夜さんと相対するドラモヒカンに注意を奪われていたせいで、()()に気付くのが遅れてしまった。




「俺たちを……バカにしやがってぇぇぇ!」

「ざっけんなクソがぁぁぁぁ!」



 のそりと起き上がった人影が走り出す。



「しぃぃぃぃぃぃぃぃねぇぇぇ!」 



 メイドさんたちに制圧された不良たちの一部、ざっと五人ほどが目を覚まし、無防備に背を向けていた十六夜さんへと襲い掛かろうとしていたのだ!



「お嬢様!」



 セレンさんが声を張り上げて警告するが、十六夜さんの反応は完全に遅れていた。

 


「え!?」



 急いで振り返っても間に合わない。彼らは既に手にした得物の間合い一歩手前まで踏み込んでいる。ドラモヒカンを抑えていたメイドさんたちも、突然のことに反応できていなかった。僕は脳内のイメージで、十六夜さんが彼らの害意によって紅い花を咲かせる姿を想像できた。地に伏して、血に沈み、そこへセレンさんたちが駆け寄って……

 ()()()()()()()()()()()()




 ビリビリビリ!


 全力疾走の邪魔になるメイド服の残骸を破り捨て、予備動作無しに十六夜さんの下へ走り出す。常人ならもう間に合わない距離だ。多分セレンさんでも彼らを阻止できない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()



 脚が、筋組織が、肺が、体中が全力で稼働する。数メートルの距離を一瞬で詰め、十六夜さんと不良たちの間に入り込んだ。得物を振りながら驚きの表情を浮かべる不良たち。反応する隙すら与えず、飛び込んだ速度そのままに回し蹴りを叩き込む。



「たあっ!」

「へぶぁ!」



 並みの身体能力を遥に上回る脚力も乗せて頭を横から捉えた。顎を変形させた感触を確かめながら、返す刀で後ろ蹴りをお見舞いした。意識を失って昏倒する肩パッド不良。紙一重で防ぎ切ったと思った次の瞬間、軸にしていた左足が大きく揺らぐ。

 僕が蹴り倒した不良の躯体が地に沈むと同時に、僕もまた勢いを殺しきれずに廃工場の床に崩れ落ちた。



「くあっ……!」



 今日一日中体を酷使してきたからか、或いは無理に間に合わせようと走ったからか、僕は自重を支えることができなかった。よく考えてみると僕は朝からずっと歩いてばかりで、ちっとも休んだ記憶がない。体に限界が来たのだろう。無理をしすぎたかな……

 まともに受け身も取れず床を転がる僕。酸素を求めて咳き込む傍ら、横目で十六夜さんの方を見た。



「華炎!」



 倒れた僕を目にして顔を青くする十六夜さんと、向かってくる暴漢たち。彼らは倒れた仲間と僕には目もくれず、一直線に十六夜さんの方へと走っていく。



「十六夜さん! 逃げて!」



 這いずりながら十六夜さんに叫ぶが、またしても反応しきれていなかった。華奢な体で運動に向いてるとは言えない十六夜さんだけど、見た目に違わず運動神経は良くないらしい。体が追いついていなかった。

 起き上がって間に割り込もうとしたが、腕に力が入らなくて起き上がることができない。必死に立とうとする度に体が軋むような音が響く。僕の体はとうに限界を超えていたのだ。僕は十六夜さんに襲い掛かる不埒者を見送ることしかできなかった。



「十六夜さん!」



 だが十六夜さんは向かってくる彼らを真正面から見据え、臆することなく高らかに叫んだ。



「セレンッッ!!」

「はいっ! お嬢様ッ!」



 十六夜さんに名を呼ばれたセレンさんが残った不良たちとの間に割って入る。突然目の前にメイドが現れたことに彼らは驚いた様子だったが、足を止めることはなくそのまま得物を振りかぶった。


 しかしセレンさんは動じることなく静かに構え、右足を引いて力を込める。何もしていないように見えるが、間合いを見切っているのだ。瞬き一つせずに待ち構え、その瞬間を待つセレンさん。やがてその間合いに(キルゾーン)へ踏み込む不良たち。

 刹那、セレンさんの右足が閃いた。



「覇ァッ!」



 溜め込んでいた力を解放する必殺の一撃。横凪ぎに払われた右足は襲いかかる彼らを捕らえ、全員纏めて吹き飛ばした。

 なんて鮮やかな回し蹴りだろう。場合が場合なら拍手をしたいぐらいだった。

 動きにくそうなメイド服を着こんでいてもあの動き。伊達にメイド長ではないということだろうか。体術も黒服メイドさんたちよりも一際冴えていた。達人でなければあんな鋭い蹴りはできないだろう。



「他愛ないわね」



 崩れた銀色の前髪を払い、セレンさんが事もなげに決め台詞を言い放った。ベタな仕草でも、それがとてもよく似合っている。


 ……カッコいい。


 僕もああいうのが似合う素敵な男性になれたらなぁ……やっぱ無理かな……身長低いし女顔だし声高いし体細いし。ブツブツ。

 そんな風に恰好を付けたセレンさんだったが、背後から十六夜さんにどつかれるのだった。



「駆けつけるのがギリギリだったじゃない。身を挺した華炎を見習いなさいな」

「うぐっ……申し訳ありませんお嬢様……」



 そう言われては何も反論することができず、セレンさんは顔をほんのり赤くして頭を下げた。僕の咄嗟の行動を引き合いに出されたセレンさんにちょっとだけ同情してしまう。あれはなんというか、僕だからできてしまったというか。


 

「クソ……こいつら如きにィ……!」



 意識の残ってる舌ピアスの不良が悔しげに言う。けれどその体は地に倒れ伏したままで、既に悪あがきをするだけの体力もないことを伺わせている。他の面々も気絶するか、彼のように伸びているだけだ。もうこれ以上は何もできないだろう。

 手隙のメイドさんたちが彼らにとどめを刺しに行った。十六夜さんは彼らを無機質な顔で一瞥すると、すぐに興味をなくしたかのように視線を僕に移した。



「十六夜、さん……」

「……っ!」



 彼らを完全に意識の外へと追いやった十六夜さんは、真っ直ぐに僕の下へと歩み寄る。無様にも床を舐めるように転がっている僕へ。十六夜さんの名前を呼ぶと、彼女は肩を震わせた。まるで腸が煮えたぎるほどの怒りを抑え込んでいるかのように。



「……ごめんなさい華炎。私のせいでこんな……」

「え……? 十六夜さん?」



 ぎゅっと、抱きしめられる感触がした。――――十六夜さんが僕を抱き寄せたんだ。突然のことに混乱する僕を抱き抱えたまま、十六夜さんは懺悔の言葉を口にする。

 まるで全部自分が悪いと言っているみたいな話ぶりだった。



「そんな……十六夜さんは何も……」

「黙って謝らせて。命令よ」

「……はい」



 辛い。自分を責める十六夜さんの顔を見るのが辛い。本当は十六夜さんは悪くないのに。元々女装をして男子禁制の屋敷に入った僕が悪いんだ。悪いのは全部僕で、それだけで完結しているはずなんだ。セレンさんや十六夜さんが責任を感じるのは間違ってる。


 そう言いたかったけど言えなかった。十六夜さんが何よりも望んでいたかった。自分が招いた事態だと、そう認めてもらうことを望んでいた。

 それは自己満足でも自己犠牲でもなんでもない『誠意』だ。赦しと罰を乞う嘘混じり気のない本物の想いだった。純粋な想いを目の当たりにし、僕にはそれを無下にして十六夜さんを悪くないと言うことはできなかった。



「……赦します。でも、罰ゲームは受けてくださいね?」

「罰ゲーム? それって……? あいたっ」



 罰ゲームはデコピンだ。


 もっと重い何かを想像していたのかもしれないけど、生憎と十六夜さんに酷いことをするつもりはない。十六夜さんが罰を欲したからデコピンしたのだ。でも、予想だにしていなかったデコピンを受けて面食らった様子の十六夜さんは面白かったかな。不謹慎かもだけど。



「罰ゲームは終わりです。これで後腐れは無しですよ?」

「ええ……赦してくれてありがとう」



 しかし、ここで遂に僕の方に限界が来た。

 デコピンで最後の力を使いきったのか、不意に意識が朦朧とし始める。焦点が合わなくなって十六夜さんの顔がぼんやりと歪んでいった。暗くなる視界と遠ざかる十六夜さんの声。

 抗いがたい眠気を感じると共に、僕はこれからどうなるかを理解した。


 ――――ごめんなさい十六夜さん。ちょっとだけ、僕は寝させていただきます。


 心の中でそっと詫び、そのまま僕はゆっくりと泥のように眠るのだった。




近頃、茹だるような暑さが少しずつ引いてきました。相変わらず30度になるときもございますが、今日は中秋の名月ということだそうで、もうすぐ秋が来る……やもしれません。


まぁ結論を申しますとね


たたろーさん「めちゃくちゃ涼しいぜヒャッハー!」


と、ここの主が大層狂ったようにお喜びでした。

途中で道行く人に白い眼で見られていましたが、本人にその自覚はなかったようです。いつ病院に送って差し上げようかと悩む今日この頃。


さて、今回は第一章の山場を一つ踏み越えたてころで終わりとなりました。残るはエピローグのみ……とは、残念ながら問屋が下ろしません。

最後に一つの最終イベントがあるので、もうしばらくお付き合いくださいませ。


それでは、また来週。

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