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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!  作者: 利中たたろー
第三章 豊葛十六夜と後継者たち
83/85

#70 天頂の緋

二か月以上お待たせしました。失踪していません。私は元気です。

リアル事情が片付きようやく投稿を再開できるようになりました。これも全部乾巧ってやつのせいなんだ……



「…………」


 東京都某区、豊葛グループ本部ビル。その最上階……グループの首魁にしか座ることを許されていない席に、その男はいた。

 彼はトレードマークでもあるお気に入りのロングコートを背もたれにかけ、机の上で手を組んで深い思考の旅をしていた。何か重大な物事がその頭の中で決定されているようだ。

 ともすれば、核ミサイルを使用するか決断を迫られる大統領のような雰囲気だった。


「…………」


 彼の名前は豊葛朧(とよかずらおぼろ)。豊葛グループの指導者であり、十六夜たちの父でもある男。その額の皺をあらわにしながら、朧は静寂だけが包む部屋の中で思索していた。

 朧は稀代の超敏腕経営者だ。失敗や敗北は少なからずあれども、いつだってその失策を埋め合わせることでプラスマイナスの差し引きをプラスに転がしてきた。


 だが、彼はここに来て生涯最大のミスを犯したことに気がついてしまった。それはもうどこまで行っても取り返しのつかないことで、どこまで行っても彼の一存で決めたが故の大失態だった。

 豊葛グループを受け継ぎ発展させていく代償に、人間性を喪ったとでもいうのかと朧は自嘲する。


 ――ああ、実に馬鹿馬鹿しい話だ。

 あのにっくき()()()()()の小娘に罵倒されて初めて気がつくなど、先代や先々代、歴代の豊葛の者たちに笑われているだろう。敵に塩を送られた愚か者だ、と。

 ……やはりこの手の話では向こうの方に分があるらしい。家族のつながりを命と同等か、或いはそれ以上に尊ぶ思想を持った彼らにしてみれば、自分のしたことは愚にもつかない阿呆な真似なのだろう。

 癪だが認めるしかあるまい。己の失敗を。あの純粋で純朴な、そして真っ直ぐな瞳をした赤髪の少女への敗北を。


 朧はそこまで考えて、その思考を打ち切るかのように溜め息をついた。


「……やれやれ、やはり子育ては難しいな。昔から家庭科の成績だけは悪かったが、まさかここまでとは思っていなかったよ」


 そして朧は決心したような光を目に宿し、懐から携帯を出して電話をかけた。

 数コールの後に、かけた相手が電話に出る。


『もしもし?』

「こんばんわ。いや、そっちではおはようかな?」

『いや、こっちは昼だよ。お天道様がお空にのぼってら。で、何か用? あなたが電話してくるなんて珍しいじゃない』


 電話に出たのは快活そうな声の女性だ。世界の三分の一を手にする男と親しげに話す彼女は何者なのだろうか。


「雪花……相談がある」


 彼女の名前は豊葛雪花(とよかずらせつか)。朧の妻であり、豊葛グループ総合会議議長補佐の肩書きを持つNo.2である。

 朧は深刻そうな声音で、雪花に自分の考えを打ち明けた。


「私は十六夜を後継者から――――外そうかと考えている」

『…………そうなの。どうして?』


 雪花は電話口の向こうで、考え込むように間を置いてからその訳を聞きだす。どこから話したものかと瞳を閉じて、朧は少し前のことを思い返すのだった。


「……この前、こんなことがあってね」







―――――――――――――――――――――――


  トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!


―――――――――――――――――――――――







 過去に遡ること数日前。とある昼下がりのことである。

 本部ビル最上階でいつものように書類仕事をしていたら、一通の電話がかかってきた。しかし内線電話ではない。備え付けられた仕事用の電話でもない。限られた人物にしか知らせていないプライベートの携帯電話だ。


 一度仕事を中断し、朧は画面に表示された番号を見る。

 知らない番号だ。数少ない友人のものではないし、彼らが携帯を変えたという話も聞いていない。間違い電話と判断して朧は電話を無視することにした。

 数十秒着信音が虚しく広い部屋の中で木霊し、やがて着信音は不在着信へと変わった。そのまま朧は仕事に戻ろうと書類に手を伸ばしたが……


『……もしもし。豊葛朧さん、聞いているんでしょう? 安心してください。これは間違い電話なんかじゃありませんよ。あなたに用があってかけました』

「……!」


 知らない番号から知らない声の主。このプライベートの携帯の番号を知っているのはほんの十人にも満たないはず。勿論口外しないよう頼んである。

 であれば、この謎の人物はなぜ豊葛朧の携帯と知ってかけてこれたのだろう。彼の中でささやかな疑念が膨らんでいった。


 そんな朧の様子を知る由もない顔の見えない相手は話を続ける。


『この番号を探すのには手を焼きました。優秀な先輩たちに頼んで丸二日です。余程親しい人としか話さないようですね。まぁ、苦労した甲斐あって今電話できているのですが』

「……この声、どこかで……」


 聞こえてくる声に、どことなく朧は覚えがあった。具体的にどこの誰のものかは思い出せないが、最近に話したことのある人物の気がする。

 少なくとも取引の相手ではない。それなら全て名前も声質も記憶している。だとすれば、会ったことがあるのはプライベートのときだろう。


 そこまで思いめぐらせると、タイミングのいいことに向こうから答え合わせをしてきた。


『……失礼、名前を言っていませんでしたね。私は華炎。村時雨華炎と申します。あなたの末娘の付き人と言えば分かるでしょう?』

「――! そうか、赤髪のお嬢さん……!」


 名前と役職を答えられ、朧は完全に思い出す。自分が末娘から引き離した赤い髪をした少女――因縁の一族の血を引くとおぼしき少女のことを。

 だが、一体なぜ彼女が電話を? 心当たりはない……ことはなかった。むしろ多過ぎて困るところである。九分九厘十六夜に関係することだろうが……


 とはいえ不可解ではある。村時雨少女は自分のことを激しく軽蔑した素振りを見せていたはず。ひとつの組織のために子供をいくらでも犠牲にできる最悪の親として。

 にも関わらず、なぜわざわざ電話を寄越してくるだろうか。メイド長である月詠女史が掛けてきた方がまだ自然だ。


『豊葛朧さん、折り入って頼みがあります。つきましては、そのための面会のアポイントメントを取るために電話させていただきました』

「……面会か」


 華炎の話した用件を聞いて、朧はどことなく落胆したような表情を浮かべた。あるいは失望したという表現の方が正しいか。

 最後に会ったときに、華炎は朧に対して明確な敵愾心を抱いたように見えた。ところが今はどうだろう。反対に自分を頼ろうとしているではないか。

 まったくもって期待外れである。いや、勝手に抱いた幻想が叶えられなかっただけだ。全ては見込み違いだったというやつだ。


 朧にとって、華炎のように真正面から臆せず敵意を向けてくるような存在は非常に稀有だ。それ以外の誰もが豊葛の名にすくみ、誰もがカリスマにひれ伏してしまう。

 並の人間では世界の三分の一を手にした男を前にし、まともに向き合うことすらできないのだ。


 だが、彼女だけは違った。睨み付けるというレベルではなく、襟首をつかんで本気の罵声を浴びせてきた。若かった時分ならまだしも、この歳になってそんなことをしでかす人物には初めて出会った。彼女のような人間ならばあるいは……。そう思った。

 だがそれは違った。実際のところ、彼女もまた自分に逆らう力を持たないその他有象無象の一つに過ぎなかった。あの時は、たまたまそうなっただけの偶然だったのだ。


 彼女らと十六夜には気の毒だが、面会に来てもお帰り頂こう。


「やれやれ。やはりそう都合のいい人間はどこにもいない――」


 そう思った次の瞬間のことだ。


『面会を断って頂いても構いませんよ? ただ、そのときは……』




 ――――豊葛グループを完膚なきまで潰しますが。




「っ!?」


 豊葛朧はこのとき、久方ぶりに恐怖という感情を抱いた。

 この取引が失敗したらどうしようとか、このまま経営難が続いたらどうしようとか、そういう人間らしい恐怖ではない。

 もっと原始的な……言い様のない生物的、本能的恐怖を肌から感じたのだ。


 生物が本能で暗闇を怖がるのと同じだ。

 理解不能。正体不明。どうしようもなく克服できない恐怖。

 普段なら戯れ言、たわごとだと切って捨てる脅迫も、彼女の言葉だけは嘘偽りなく本当にやりかねない『本気さ』が滲み出ていた。

 どうやって? どんな手段を使って?

 そんなことは関係ない。可能不可能を抜きにして『()()()』と思わせる力強さがある。


 ――村時雨華炎はやはり見込み違いなどではなかった。彼女は相手が誰であろうと刃向かうことのできる人物だった。


 一度は落胆しかけた気分が、急激に高揚していくのが朧には分かった。


「そうか……やはり君も赤髪の一族の一人なのか……」


 朧は遂に携帯を手に取ることを決めた。通話ボタンを押して電話に出る。

 そして彼がいつもそうするように、感情や思惑の見えない陽気な声音で華炎に語りかけた。


「やぁ、赤髪のお嬢さん。君の用件は分かった。今すぐ私の仕事場へ来るといい。アポイントメントは確保しておこう」

『……! 朧さ――』


 言うが早いか朧はそれだけ伝えると、華炎の返事を待たず即座に通話を切った。

 再び携帯が机の上に置かれる。深い喜色の笑みを浮かべて窓の外に視線を向けた。年甲斐もなく好奇心溢れる笑みだった。


「さて……君は一体私に何を要求するのかな? 楽しみだ」


 緋色の髪の少女が本社ビルの最上階へ案内されたのは、それから間もなくのことである。







―――――――――――――――――――――――


  トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!


―――――――――――――――――――――――







 案内の人に導かれるまま、私はエレベーターを登って『豊葛グループ』本社ビル最上階までやってきました。

 目的は勿論、十六夜さんのお父様……人の親と認めたくないのが正直なところですが、豊葛朧に用がありました。


 数分間はエレベーターの中にいたのでしょうか。ビルの上からは人が豆粒に見えるどころか、肉眼ではちっとも見えませんでした。車が辛うじて見えるくらいです。

 馴染みのない天空からの景色に見とれていると、最上階に到着したことを案内の人に告げられました。いよいよ交渉です。程よい緊張感で身が引き締まる思いでした。


「この先で議長がお待ちです。準備はよろしいですね?」

「はい。いつでもどうぞ」

「そうですか。では……議長、お客様です」


 私に確認をとった案内役の人が、立派な装飾のドアを叩いて僕の来訪を知らせました。しばらくの間の後、中から朧さんの声が響いてきます。


『入りたまえ』


 最後に案内役の人が僕に一礼し、僅かにドアを開けました。入ろうとする素振りはありません。ここから先は私一人で、ということでしょう。


「案内、ありがとうございました」

「仕事ですので。それでは」


 社交辞令を交わして、私は大きな扉を潜ったのでした。


「やぁ、こんにちは赤髪のお嬢さん。また会ったね」


 扉を抜けた先は、朧さんのためにあつらえられた大きな執務室でした。そして談話用の席には、既に部屋の主が腰かけてコーヒーを飲んでいました。

 ひとまず挨拶を返します。勿論、嫌味も忘れずに。


「こんにちは、朧さん。出来れば会いたくありませんでした」

「ははは、ご挨拶じゃないか。私でなければ怒って今すぐ叩き出しているところだよ」

「そうですね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、交渉どころではなかったでしょうね」

「…………」

「私たちには時間がありません。回りくどい話は抜きにしましょう?」

「……その主語は、私を含めての話かい?」

「さぁ、ご自分が一番分かっている話ではありませんか? もしこのまま十六夜さんに何かあったら……そこから先はとても私の口からは言えませんね」

「結構。ビジネスライクに行こうか、お互いにね」

「ええ、よしなに」


 前置きから強烈な圧力をかけてみましたが、朧さんにこれといった動揺は見れませんね。流石は豊葛グループの首魁といったところでしょうか。この程度のジャブではびくともしませんでした。

 まぁ、だからといってどうこうあるわけじゃありませんが。


 無益な長話を続ける必要もありません。

 私は早速とばかりに本題から切り出しました。


「私の望みはただひとつ。十六夜さんをこの無益な争いから解放してください」

「……ほう?」


 朧さんが目線で続けたまえと促してきます。

 私は興味深そうな顔をする彼に向けて、その理由を細かに説明しました。


 そもそもの話、この騒動の根幹には豊葛グループの後継者争いという内輪揉めがあります。ひとつの椅子を賭け、五兄弟姉妹(きょうだい)を争わせて最も優秀だった者にその椅子を譲る、という主旨です。

 これでは蠱毒以外の何物でもありません。絶対に間違っています。


 こんな醜い争いなんか、家族同士でするべきじゃない。家族とは暖かくて、居心地のいいものでなければならないのに。

 だからそれを仕組んだ目の前の男が許せませんでした。


 ……話が逸れました。続けましょう。


 十六夜さんが苦しめられているのは、今も昔もこの後継者争いのせいです。つまりこの争いがなくなりさえすれば、十六夜さんが痛みに涙することもなくなるのです。

 私の目的は未来永劫十六夜さんを苦しめさせないこと。

 そのための一番の手段は、この争いの禍根……後継ぎ問題そのものを断ち切ることでした。


 大きな火事を止めるには、水を直接かけるのではなく燃えるものを潰すのがベストです。かつての江戸でも、火事が起きたときは隣家を壊して延焼を防いでいたのですから。

 大事なのは水をかけることではありません。燃やさないようにする、ということ。


「……なるほど、確かに道理だ。後継ぎの問題をどうにかすれば彼らが争う理由もない」


 「しかし、それでは足りない」と、朧さんは口の端を歪めながら問題点を指摘してきます。

 その笑みはまるで大学の教授が、生徒に無理難題をふっかけてどのように解決するかを観察するかのような笑みでした。人を「()()」楽しんでいる笑みです。

 その笑みはどことなく、十六夜さんのものと同じように見えました。彼女もまたあのような目で観察するのです。


「後継ぎの問題はとても深刻だ。なんせ、私がこのような手段を取らなくてはならないほどに逼迫しているのだからね。我が豊葛グループの重鎮を集めた会議でも、これといった対策は出てこなかった。なんなら外部のアドバイザーにも聞いてみたよ。いい答えは返ってこなかったけどね」


 実に楽しそうに、彼は後継ぎ問題の現状を説明してきます。打つ手がない状況をこれでもかとアピールしたのでした。まるで私に解決できるはずがないとでも言いたげに。

 ……いいでしょう。そんなに私を挑発するのであれば、真正面から捩じ伏せて差し上げます。

 あなたが想像もしなかった法放でね。


「この問題には、ひとつだけ全ての課題をクリアする手段があります」

「聞かせてくれたまえ。どのようにするのかな?」


 私は嫌味なほど涼しげな顔をする朧さんに、『禁じ手』とさえ言える手段を口にしました。


「それは……十六夜さんを豊葛家から廃嫡することです」

「……君は正気かい?」


 いっそ憎らしいほど笑みを深くしながら、朧さんは失礼なことを宣うのでした。



最近RTA小説にはまってしまったので失踪します。

走者になってみたいよなー私も

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