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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!  作者: 利中たたろー
第三章 豊葛十六夜と後継者たち
78/85

#65 What to do next

分かりやすく【ホテルオークボ】とかにでもしてやろうかと思ったのですが、実際にあるホテルだそうなのでこっちになりましたとさ。



 日が墜ちた後もまだ温かさの残る四月下旬の春の夜。

 薄い雲に浮かぶ満月間近の月と、まだ花の残っている桜の下で桜月見酒がを楽しめそうな日だ。


 しかしそんな風情ある夜にも関わらず、ホテルチェーン【ホテルコクラ】は物々しい雰囲気を漂わせながら慌ただしく営業していた。

 入り口には普段いない警備員が居て、ホテル内で勤務するスタッフの中には警棒を腰に提げた強面(こわもて)の大男もいる。

 しかも最上階のフロアに至ってはエレベーターホールや廊下に、入れ墨をしたスーツですらない反社会的な人間が監視するかのように配置されていたのだ。

 華やかでラグジュアリーな雰囲気にそぐわない物々しさがそこにはあった。


 訪れた宿泊客も、その不自然さに眉を顰めている。中にはフロントの受付でどういうことかと小声で問いただす客も見られた。

 しかしそれは対応するホテル()()()スタッフでさえ同じ心境であり、なぜ彼らが配置されているのかまったくもって疑問だった。

 当然である。スタッフたちには何の説明もなかったのだから。


 元々、【ホテルコクラ】はVIPや富裕層を対象にした高級ホテルチェーンである。当然そのサービスの方向性により、内装からスタッフの挙動、果てには照明にまで気を配っている。

 にも関わらず、その緻密に計画された意匠をぶち壊す厳重な警備だ。何か異常なことがあったと考える方が正しい。


 ――――超大物VIPがこのホテルに滞在していいて、その護衛の為に警備を配置したのだろうか?

 否。その可能性すら否である。まったくもって正しくない。

 仮にそのような人物が滞在しているのであれば、警備にあたる人物も相応の人材が選ばれるであろう。間違っても反社会的勢力と見紛う人間が警備に選ばれる訳がない。入れ墨をしていればもっとあり得ない。

 外部の警備会社を雇い入れたにしても、もっとマシなものがあるはず。それこそそこまでの大物なら、海外の良質な会社に依頼すればいいだけの話なのだ。


 ではなぜこんな状況になっているのか?


 それは誰にも分からない。

 そこに滞在する客も、そこで働く()()()スタッフも。

 なぜなら知らされていないから。なぜなら(いか)つい()()()()()()が目を光らせているから。


 誰一人として、当事者を除いて事態の真相を掴めている者はいなかった……






「……なるほど、あなたの予想通りの状況ね……」

「ええ。確信はありましたが、これで確証に変わりました――――お嬢様は、ここにいます」

「そう……なら話は早いわ」

「分かりました。――――では、これよりブリーフィングを開始します」



 その様子をを遥か遠くの十六夜邸から、監視カメラを覗き見ている(クラッキングしている)メイドたち以外は。







―――――――――――――――――――――――


  トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!


―――――――――――――――――――――――







 この屋敷には、最新の電子機器やデバイスを備えた【電子室】とでも言うべき部屋があります。

 ――――というより、ありました。

 実は私も今の今までこんな部屋の存在は知らなくて、セレンさんに案内されて初めて知ったのです。


 ところがなんとこの電子室、我が月光館の家計を支える株取引のトレードや、お嬢様の取引先の人と連絡を取るときや、今回のように盗撮・盗聴。クラッキングに使われるそうです。

 現にその用途通り余所(よそ)様のホテルの監視カメラに不正アクセスして覗き見ている訳ですが……なぜそんなことを想定しているのでしょうか……

 しかもなぜ屋敷にそういう違法なクラッキングができる人が……


 いえ、今は考えないことにしましょう。手段を選んでいられる状況じゃありませんからね……。毒を以て毒を制すということです。

 あくどい手口で攫われたお嬢様を助けるためには、こちらもあくどい手を使うことは必須。もしお嬢様が私の立場だったのなら、きっとお嬢様は迷うことなく法すれすれの方法を選んでいたことでしょう。

 目的を見失ってはいけません。


 自分にそう言い聞かせて、私は心の中を取り繕いました。



「では、これよりブリーフィングを開始します」



 マンガでしか見たことない壁一面を占拠する超大型モニターに背を向けて、私はパイプ椅子に座る先輩たちに告げました。



「お嬢様の居所は掴めました。これからお嬢様奪還のために突入作戦の立案をします――――と、言いたいところですが」

「ん? なんか問題があんのか?」

「助けに行きたいのはやまやまなのですが、このまま突入してもお嬢様がどの部屋にいるのか分かりません。次に調べるのは部屋番号です」



 客室に監視カメラを設置する、というのはできませんからね。こっちが自由にシステムに侵入できたとしても、カメラがないのならどうしようもありません。

 本番で虱潰しに怪しいフロアを探し回るというのは愚策です。本番でやらなくていいことはできるだけ前準備で済ませた方がいいんですよ。


 悠長に探し回っていたらその隙にお嬢様をホテルから移されるかもしれませんし、一番最悪なのは警察が出張ってくる可能性がある、ということです。

 たとえ裏で豊葛家に繋がっていようとも、れっきとした会社のホテル。そこに殴り込みに行くんですから、犯罪スレスレ……というか犯罪そのものなのは言わずもがな。

 威力業務妨害でしょっ引かれても文句は言えません。



「迅速に行動し、迅速に撤退すれば相手も手が出せません。後ろめたいものがあるのはお互い様ですからね。部屋を特定して速攻で立ち去ればそれだけ付け入る隙を埋められます」

「なるほどなぁ、敵は豊葛家だけじゃないもんな」

「敵と断言できなくとも味方ではない以上、公的組織も信用できないってことなんだねー」

「まぁ、実際警察は買収されているんでしょうね。この前の襲撃じゃちっとも顔を出さなかったわけだし」

「そういうことです。ご理解いただけたでしょうか」



 セレンさんを交えた先輩たちがこのまま突入することのリスキーさを理解してくれたところで、私はそこから『次の』作戦を提案します。



「ですので、次は実地調査をする必要があります。何らかの方法で直接部屋を確認しましょう」

「敵地に直接乗り込むの? それはそれで危ないんじゃ……」

「もちろん、宿泊客を装ってホテル中を嗅ぎまわれば危険です。少しでも不審な挙動を見咎められたら警戒されるでしょう」

「……でも、あなたには考えがあるんでしょう?」

「ええ。調査の手段は一つではありませんからね。宿泊する以外にも業者や職員として潜入したり、建物の外から部屋を一つ一つ観察したり、他にも考えられます」



 その辺のところは生憎と門外漢ですが、変人ぎりぎりの超人ひしめくこの屋敷なら、私より遥かにそういった諜報活動に詳しい人がいるでしょう。

 餅は餅屋、とも言いますしね。ここは専門の先輩に任せましょう。



「華炎ちゃん華炎ちゃん。時間は大丈夫なの? お嬢がそこにいるってのは分かったんだけど、もう(とつ)られてから二日も経ってるよ? もうすぐで三日だけど。タイムリミットがやばくない?」

「あ、確かに……。ホテルにいるとはいっても、ずっとそこにいるという訳でもないよね……」



 しかし、そこで先輩の一人から時間的余裕を心配する声が上がってきました。

 不安そうな表情から繰り出される当然と言えば当然な疑問に、一同の間でどよめきが走ります。


 正直なところ、あまり余裕はないというのが私の予測です。一週間もすれば、お嬢様は豊葛本家の手によって私たちの手が届かないところに運ばれるでしょう。

 そこで私たちの反撃はジ・エンドになります。限りなくバッドエンドに近い形で。


 ですが、逆説的にそれは「あと一週間はなんとかなる」ということでもありました。

 屁理屈に聞こえるかもしれませんが、これにはちゃんとした根拠を持ち合わせています。まずはそれを皆さんに説明しなくては。



「落ち着いてください。確かにタイムリミットは刻一刻と迫って余裕はありませんが、同時にまだ時間があります」

「ほ、本当なのか……?」

「どういうことなの?」



 さて……どこから説明したものやら。

 下手をすると私がこのホテルに()()()を付けた理由も言わなくてはならなくなってしまうのですが……

 こうなったら仕方ない、最初からにしましょう。



「そもそもの話として、私は奴らの立場に立って今回の計画の顛末を考えてみました。奴らの最終的な目的は【豊葛グループ】の後を継ぐことにあり、お嬢様の排除はその手段でしかありません」

「う、うん。そうなるよね……」

「ですが、奴らは表社会で立場を築いてきた人間です。監禁するなり殺すなりするにしても『お嬢様が何者かに襲われた』という事実がある以上、そのまま事を済ませてしまえば敵視していた奴らが疑われるのは必然。不名誉なレッテル貼りは避けられないでしょう」



 彼ら四人の内数名は面子を重んじる連中です。

 結果的にお嬢様殺しをもみ消せたとして、その後一生ついて回る噂や憶測は掻き消せないでしょう。お嬢様を憎んでいたことは公然のことなのですから、動機として成立しているのです。

 そして彼らはそれを過剰なまでに毛嫌いし、レッテル張りを回避しようとするはず。自身の面子のために。


 なら、一体どのような手段を取ったのでしょうか。答えは簡単で単純明快。


 アリバイ作りをしたのです。

 お嬢様が『表向きに』死んだとされる時間をずらすことによって。



「ホテルにお嬢様を幽閉し、奴らは自分たちの居城へと戻るでしょう。ほとぼりが冷めるまで。そうして時間が経った頃に悲壮感を滲ませながら世界に発表するのです。「妹が死んでしまった」それから「代わりに豊葛は我々が継ぐ」……と」

「なんだそりゃ……」

「狂ってる……」

「死因はどうするか知りませんが、適当にでっちあげればそれでおしまい。誰かの手下が勝手に殺すでしょう。ですが、それで奴らが疑われることはなくなります。お嬢様が死んだとされている時間には全く別のところにいるんですからね」



 もちろん今の言葉は私の頭の中の予想・予測でしかありません。状況証拠だけの妄想とさえ言っていい。

 しかしかなりの可能性でこうなっていると、私は確信しています。



「続けましょう。そしてこの【ホテルコクラ】ですが、先ほどの仮説を立てた際いの一番にこの場所を幽閉先として疑いました」

「え?」

「どういうことなの華炎ちゃん?」



 ほのかにざわつく先輩たちを片手で制しつつ、私はリモコンを操作して超大型モニターにこの一帯の地図を表示させました。屋敷を中心として、衛星からの写真を合成したマップです。

 縮尺を大きくし、ホテルコクラも画面に収めます。ついでに最短ルートを赤い線で表示して分かりやすくしてみました。



「この中心にあるのが言わずもがなこの屋敷で……ここにあるのが例のホテルですね。直線距離にして三十キロです」

「近いな……だがホテルならもっと近いところがあるだろ? どうしてそこじゃないんだ」



 先輩の言う通り、画面上には【ホテルコクラ】以外にも多くのホテルがちらほらと点在しています。それこそ、もっと評判のいいホテルも少なくありません。

 しかし……私があたりをつけたのは何も距離や立地だけではないのです。



「そう思いますよね? ところがぎっちょん。このホテルたちにとあるフィルターをかけてみると……」



 口で言いつつリモコンを手早く操作し、画面上の地図を弄りました。

 するとどうでしょう。右上の検索条件に【豊葛グループ】と打ち込んだ瞬間、一気に地図上から【ホテルコクラ】以外のアイコンが消し飛びます。

 そこで皆さんの理解が追い付いて、更なるどよめきが零れました。



「か、華炎ちゃん。これってもしかして……」

「ご明察の通りです。この検索フィルターで、バックに【豊葛グループ】系列の企業等が支援しているホテルだけを表示しました」

「なるほどなぁ……あいつらの息がかかってるなら隠し場所にはうってつけだ」

「遠くのホテルにする理由もありませんからね。他にも細かい根拠はありましたが……まぁ、それは本題ではないので割愛します」



 それで、あと一週間程度の猶予があるという話ですね。



「先ほどタイムリミットは一週間程度と言いましたが、あくまでこれは根拠の薄い予想です。『アリバイを作るためには、それくらいの時間をかける必要があるだろう』という主観的なものに過ぎません」

「……でも、それは今日や明日で終わりじゃないってことだよね」

「その通りです」

「なら、決まりだな」

「うん。私たちでできる限りのことをすれば……!」

「よっしゃー! 倍返しにしたるわ!」



 その声を皮切りに、あちこちからやる気に満ち溢れた言葉が飛び交いました。鬨の声だったり。雄叫びだったり。

 仲間を励まし、奮え立たせ、みるみる士気が上がっているのが分かります。


 覇気と熱狂に包まれた彼女たちは、どこかギラついた眼差しをしながら私に続きを求めるのでした。



「華炎ちゃん! あたしたちは次に何をすればいいの!?」

「算段はあるんでしょ? 聞かせてもらおうじゃないの」

「なんでも言うたらええ! うちらに任しとき!」



 そんな光景を前にして、自然とこちらも身が引き締まります。

 場の空気に流されてはやる心臓を押さえつけながら、私は今は今かと指示を待ちわびる先輩たちに指揮棒を向けました。



「では皆さん、手始めに――――スパイごっこと参りましょう」



 待っていてくださいお嬢様。



やられたらやり返す、とも言いますし。折角なのでこの際倍返しとかケチ臭いことはせず、三倍返し二乗返し一千倍返しにでもしてやりましょう。

ええ、そりゃあしてやられた分、きっちりツケを払っていただかないと……つり合いが取れないというもの。

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