#64 反撃の狼煙
最近きりのいいところで終わらず、字数稼ぎにBパートを押し込んでいますが、これが店舗を悪くしているように思えて仕方がありません……
我らが月の館が豊葛家の襲撃を受けた日の夕刻。
激しい戦闘のせいで滅茶苦茶になってしまった屋敷の中は、私が意識を失っている間にすっかり片付いていました。
酷い損傷を受けた家具や壁紙といった内装は撤去されたり張り替えられていて、破けてしまったカーペットなども修繕されています。
汚れも取り除かれ、荒れ放題だった屋敷は普段の清潔な空間を取り戻していました。
全てが元通りとは言えませんが、先輩たちの尽力で本来の姿を取り戻しつつあることには感謝しかありません。
あとは、ここにお嬢様を連れ戻すだけですが……
いえ、今はそのネガティブな思考を捨てましょう。それをなんとかするために私はここにたっているのですから。
――――私はセレンさんに頼んで、このメインエントランスホールに全ての先輩メイドたちを集めてもらっていました。上弦さん下弦さんは勿論、召集を依頼したセレンさんもこの場にいます。
ここで皆さんに集ってもらったのは他でもありません。【お嬢様奪還作戦】のためでした。
私は先輩たちを見渡しながら、全員がいることを確認して口火をきりました。
「皆さんお集まりいただいてありがとうございます。それから、ご迷惑をおかけいたしました。私のミスで、取り返しのつかない事態になってしまったことを深くお詫びします」
まず最初に謝罪を伝えました。誰も口にこそしていないものの、今回のお嬢様誘拐の原因は私の失敗によるところが大きいのです。あんなヘマさえしなければ、こんなことにはならなかったかもしれません。
何につけても、このことはいの一番に謝罪しておきたかったのです。
勿論謝ればそれで終わりではないことも承知しています。過ちを犯したのなら、それ以上の結果を残さなくてはならないでしょう。
「言うまでもないとは存じますが、お集まりいただいたのはお嬢様をどう奪い返すか、ということです」
その言葉を放った瞬間、わずかに空気がざわついたことを肌で感じ取りました。
内心でどよめく先輩たちの中から、一人の先輩が手を上げて質問をしてきます。
「華炎ちゃんちょっといい? 奪い返すって、そんなこと私たちでできるの?」
……確かにそれももっともな疑問でしょう。
相手は豊葛本家。寄せ集めの雑兵とはいえ、その驚異は私たちも身をもって知るところです。
なにより頭数が違うのですから、少数精鋭の私たちではどうしても太刀打ちできない戦いもあります。
ならどうすればいいか……。
簡単なことですよ。相手に有利な土俵から引き摺り落として、こっちに有利な土俵を作ってしまえばよろしい。
要は戦いかたの工夫ということ。
私は不安そうな顔をしている先輩たちを元気づけようと、あえて言い切る形で質問に答えました。
「可能不可能の二元論で語るなら、可能です」
「ほんとか華炎!?」
「しかし、それは決して容易いものではありません」
かといって増長し油断してしまうのも問題なので、しっかりと釘は刺しておきます。
「不可能ではありませんが、目的達成のためには相応の難易度がある……そう考えてください」
その一言で、この場全体の空気が引き締まった感覚を覚えました。適度な緊張感に包まれ、私も自然と背筋が伸ばされていきます。
全員が私の話に耳を傾けていることを今更のように実感しながら、頃合いを見計らって一番大切な話を切り出しました。
「ここではっきりと申し上げておきます。私の目標は、お嬢様の奪還……それだけではありせん!」
「え?」
「違うのか……?」
私の掲げる目標と自分達の想定していた目標との差異にしわぶきが立ちますが、それを黙殺して具体的な内容を語ります。
「私の目標は、『お嬢様を豊葛家から恒久的に開放する』ことです」
「……なんですって!?」
あまりにも荒唐無稽な話に、セレンさんさえもが声を荒らげました。
「何を馬鹿なことを」
そう思うのも無理はありません。しかしこれ以上に最善の方法はないのです。
なぜならシンプルにお嬢様を力ずくで奪い返しても、いずれまた同じ事を繰り返すことは目に見えているのですから。
その方法ではお嬢様が帰ってきたところで、諸悪の根源は未だ絶たれないのです。
【豊葛家継承】という問題が。
「仮に全員で殴り掛かってなんとかしても、その後はどうするんですか? 屋敷の場所はバレてしまいました。また別の場所へ潜伏するしかありません。そして彼らは執念深い。そのアテがあったとしても、また突き止めてくることでしょう。何度も何度でも……お嬢様を亡き者にするまで」
「……残念だけど、華炎が言っていることは的外れでもないわ」
「マジかよ……」
「そんな……」
セレンさんの補足を受けて、先輩たちの間に呆れとも絶望ともつかないどよめきが走りました。
豊葛家のお家事情の根の深さとも後継者という椅子にしがみつかんと執念を燃やす兄弟たちへのものともつきませんが、私も心底同意します。
その熱意を他のことに向けてまっとうに生きていれば、朧さんの目を引いて後継者に指名されていたかもしれないというのに……
詮なきことではありますが、そう思えば思うほどこんなことにならなかったのにと悔しさがこみ上げてきました。
ただ力押しで攻めるだけではダメな理由は説明しましたが……問題はこれだけではありません。
もっと深刻な、それでいて単純な原因があるのです。
「正直なところ、それ以上にお嬢様の精神状態が一番問題なんです」
「精神状態?」
「ここ数日の間でお嬢様は極めて不安定な状態にありました。覚えはありませんか? あれからなんとか見かけ上は元通りでしたが、その実薄氷を踏むような綱渡りでした。それが今回の一件で一気に崩れかけていることは言うまでもないと思います。助け出せたとして次もまた襲撃されることを考えれば、立ち直ることは不可能かもしれません」
「これも本当のことよ……」
お嬢様でなくても、何度も何度も誘拐されるストレスは筆舌に尽くしがたいでしょう。
ましてや監禁されるどころか命を狙われる恐れすらあるのです。限界の一歩手前で踏みとどまれたのも、幼少から人の上に立つ者として相応の体制を身に付けたお嬢様だったからかもしれません。
私が同じ立場に放り込まれたら、耐えられなくなってしまうことは容易に想像がつきます。
これらの状況的、精神的な問題を理由に根本的な解決が必要とされるのでした。
「だからこそ、ここでお嬢様を苦しめる全ての禍根を叩きます!」
目的は提示しました。その理由も。先輩たちも現状とその問題を理解してくれたはず。
後は皆さんが付いてきてくれるか……それだけです。
賛同してくれる先輩がいることを祈り、心を込めて深く腰を折りました。
「これは簡単なことではありません。不可能ではなくとも、限りなく困難を極めるでしょう。だから無理にとは言いません。断っていただいても構いません。お嬢様を救うために力を貸してください! お願いします!」
しばらくの沈黙の後、重い空気の中からその重厚なカーテンを切り裂くように声を発した人がいました。
「協力させてください華炎さん! 私もお嬢様を助けたいんです!」
「上弦さん……!?」
その人物は茶髪の髪を短く切り揃えた、私のよく知る上弦さんでした。その黒い双眸は決意に満ち溢れ、煌々と輝いていました。
自分の胸に手を当てながら、彼女は自ら名乗りを上げて
「私にできることは少ないけれど、力になりたい! 華炎さんと、お嬢様のために!」
そして彼女の声を皮切りに、続々と先輩たちが協力を申し出てくれました。
「私もお姉ちゃんと同じ……なの。色々と恩があるし、私たちは一蓮托生……なの」
「鬼灯姉妹がやるってんなら、先輩のあたしが行かねぇってわけにはいかねぇだろ、なぁ?」
「私もいるよ華炎ちゃん!」
「せやせや! 可愛い後輩がここまでゆーてんねん。断る道理なんてないっちゅうこっちゃ!」
「華炎ちゃんの頼みは断れないからね!」
「皆さん……!」
下弦さんや班の先輩たち。それ以外の先輩方……
飛び出た声のすべて聴きとれずとも、私には分かりました。ここにいる全ての人間がお嬢様を取り戻すため、ともに戦ってくれるのだということを。
「ありがとうございます! 皆さん、本当にありがとうございます!」
腕を突き出して我こそはと吠える先輩たちの姿を見て、月の館という小さなコミュニティの、小さいからこそ成せる強い絆を感じとりました。
……嬉しさのあまり、ちょっと涙が出そうです。
ええいっ、泣くのははお嬢様を助けてからです! 涙はお預けだ!
目の端に浮かんだ雫を拭き取り、私は改めて私達の目標を掲げました。
「必ず、私たちの手でお嬢様を救いましょう!」
「「「「オーーーー!!!!」」」」
――――この瞬間、私たちの心は一つになったのでした。
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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!
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・緊急報告
本日正午近く、豊葛家から半独立状態にあった豊葛家大三女十六夜の個人邸宅が、同じく豊葛家の血を引く兄姉らによって襲撃された。
襲撃に参加したのは、豊葛白夜、豊葛千夜、豊葛雨夜、豊葛十五夜の全員であることが確認されている。いずれも個人で擁する私兵(と呼ぶには雑兵に過ぎるが)を従えて突入した。
これに対して豊葛十六夜は屋敷の使用人を動員して抵抗。一時間近く戦闘を続けたが、最終的に豊葛十六夜の拘束という形で決着がついた。
その後の行方は現在追跡中。屋敷には残党が駐留。
また、報告にあった赤い髪の使用人の姿を確認。細かい容姿は観察できず。しかし、極めて高い戦闘能力と身体能力を保有している模様。一対多で相手を容易に無力化するほど。
豊葛グループ現総合会議議長の豊葛朧と接触が認められたが、関係は良好ではない。
一方で豊葛十六夜に対する忠誠心は高いものが見られた。
豊葛朧については今回の事件に関して手引きをした可能性あり。要調査。
今回の襲撃に際し、近隣の警察や公的機関に対する裏工作の痕跡を発見。不明な資金の流れを辿った結果、豊葛雨夜の経営する会社に関連するペーパーカンパニーと繋がっていると判明した。
一部警察との癒着は確定的。豊葛家勢力の増長を招く恐れがあるため排除を推奨する。
■提言
今回の事件には、豊葛家の継承問題という根深い問題が背景にある。今後の豊葛家勢力の進退に関わるため、下手な介入は反発を招く恐れあり。
各所に偵察を配置し、情報収集に専念するべきだと思われる。
以上、緊急報告を終了。
夕立燐斎 印
◇ ◇ ◇
関東の山のどこかに、人が住まう古い武家屋敷があった。古いとはいっても築百年に満たない武家屋敷としては若い部類に入るが、観光地でもない場所にポツンと存在しているのは酷くミスマッチに思える。
人目を憚るように建てられたそれは広々とした山の一角を占拠するほど大きく、そして格式高さを醸し出していた。
山の中ということを加味してもなお明かりは乏しく、まるで隠者たちの住み処のようだ。戦時中の灯火管制のようなものか。
勿論内部はどこもかしこも薄暗く、ともすれば黒い服を着ていたら同化してしまいそうなほどである。
そんな暗がりが包む屋敷の最奥の部屋に、向かい合う形で二人の女性がいた。
「……そう、燐斎おじさまはそう仰っているのね。あの人が言うのであれば、無用な手出しはやめておきましょう」
髪の長い女性は武家屋敷にいささか似つかわしくないA4の書類を手にし、その内容を反芻していた。
上座に座っていることから、彼女がこの屋敷のなかでもいっとう高い位にいることは想像に難くない。
「そうした方がいい。夕立家の諜報能力は目を見張るものがあるからな、この場合大人しく聞くのが吉だ。向こうもそれを分かってほしくて、君と親交のある燐斎殿にこれを書かせたのだろうさ」
「でしょうね……まったく、夕立の狸どもが」
しかし、もう片方の髪の短い女性はそんなことをまるで気にも留めずフランクな口調で髪の長い女性に話しかけている。彼女もそのことを咎めることはなく、同様に気安い言葉で接していた。
よく見ると、彼女たちは女性というよりも少女という方が正確な年齢だった。
赤に紫の色でグラデーションがかった長い髪の少女。
それと赤を薄めたような栗色をした短い髪の少女。
華炎こと村雨焔がよく知る妹の村雨紫炎と、その付き人兼護衛兼親友の守山灯音である。
「さしあたって、まずは例の内通者から吊し上げないと。いつまでも私のそばに臭いハイエナを置いておくのは癪だことだし」
「それについては心配いらないんじゃないかな。さっきも言ったけど、夕立家の諜報能力は凄まじいの一言に尽きる。わざわざ君が調査する必要があるのかい?」
「だからこそ、ですよ灯音。分家に頼ってばかりでいては【村雨】の示しがつきません。露草家にも言われました。いつも寝首を掻かれることを警戒するくらいで無ければ」
「そうかなぁ……? まぁ、君がそう言うなら私も気をつけておくとしよう。調査の方も伝手を頼ってみるさ」
「頼りにしてますよ」
「ああ、任せてくれたまえ」
気の知れた仲の二人は、立場を超えた信頼を預け合うのだった。
「……ところで灯音、やっぱり兄妹同士の結婚は認めるべきだと思いませんか?」
「思わないよ。いい加減あの手この手で君の兄君と結ばれようとするのは諦めろ」
「ウグゥゥゥ!? あ、諦めん……! 私は諦めんぞォォ……!」
「君というやつは……」
休み明けの肩が多い今日この頃。私は今日から一週間の休みに入りました。
蝉の寿命より短いなぁ……