#61 一騎当千
試しに投稿する時間を変えてみました。
べ、別に午前零時までに書き上げられなかったとかじゃないですし……!
屋敷の敷地の中に入ると、そこら中に見覚えのない男の人たちがうろうろしていました。髭面の人、スキンヘッドの人など、あからさまに一般人ではない風貌をしています。
どう見ても見学に来たといった様子ではありません。
この屋敷には私以外の男性はいないはずです。よって彼らはお嬢様に危害を加えようと侵入してきた、兄姉たちの取り巻きということ。
つまり手加減は無用ですね。
私は一気に走る速度を上げ、勢いをそのまままにエントランスへの道を阻んでいた男へ飛び蹴りを放ちました。
「邪魔だ!」
「なんだコイツ――――グホォア!」
「なっ!? どっから来やがった!?」
「あなたたちに構ってる暇などっ!」
「ぐぇあ!」
硬いローファーで正確に男の顎を抉り、意識を刈り取ります。
返す刀で咄嗟のことで体が硬直しているもう一人の男を蹴り飛ばしました。後頭部から地面に叩きつけられ、一撃で昏倒した模様。
二秒で一番邪魔だった二人の男を沈め、辺りの状況を見渡します。
「お、おい! あの赤いやつはなんだ!?」
「クソッ、仲間がやられてる! あいつを倒せ!」
「こっちだ! こっちに集まれ! こいつをやるぞ!」
「――――なるほど、ここにいるのはあなたたちだけですか」
お庭での仕事が業務だった先輩が襲われていたら助けるつもりでしたが、その心配は必要ないでしょう。
先輩たちは既に屋敷の中に避難したのかもしれません。庭にいるのは男たちのみです。
だとしたら、これ以上無意味に遊んでいる暇はない。
こんな奴らを相手にしていたところで無限に時間を稼がれるだけです。そうなったら最後、お嬢様にどんな被害が及ぶか想像も付きません。
屋敷の中にいるであろうお嬢様をお守りするためにも、雑魚を相手にする余裕はありませんでした。
「押し通らせて頂きます!」
庭に侵入した私を取り囲もうと動く男たちを尻目に、屋敷のエントランスへと駆け込みます。
「待ちやがれ!」
「逃がすな! 取っ捕まえろ!」
「チャカがありゃあこんな小娘なんざ!」
「黙って捕まえろ! ガキ一人に手こずるな役立たず!」
男たちは協力とすら呼べないお粗末な連携で私を取り押さえようとしてきますが、たたらを踏んでいる隙をついて強引に振り切りました。
そんな遅い対応で捕まえられると思われるとは、随分甘く見られたものです。
「抵抗すんなよテメェ!」
「しつこい!」
「ヴェア!」
なおも追いすがってくる男の一人に、転がっていた箒を足で拾って投げつける。
走るのに夢中だった男は、突然高速で飛んできた箒に反応することができず、もろに顔面から食らって地に伏した。
「そこで寝ててください!」
あとの男たちは放っておいて、私は滑り込むようにして屋敷の中に侵入しました。
鍵をかけて、向こう側から開かないようにします。これで後ろからの攻撃に気を巡らせる必要もなくなるでしょう。
ちょっとした戦闘で興奮した心を落ち着けるのもかねて、エントランスホールの状況を見渡してみます。
「これは……ひどい……」
セレンさんや上弦さんたちが丁寧に綺麗にしていたはずの空間は、カーペットが破けていたり、壁の塗装が剥げて材質が直接見えていたりと、荒れに荒れています。
ところどころ気絶した侵入者の男たちも転がっていて、屋敷の中でも戦闘があったことが伺えました。
床にくっきりと残っている足跡をたどると、お嬢様のお部屋がある区画まで続いているように見えます。
先輩たちはそこまで撤退しながら防衛ラインを築いていったのでしょうか。どこにも姿は見えません。
「……まだ遠くで音がしますね」
耳をすませば、確かに遠くからドタドタと戦闘音が響いていました。屋敷の外は取り囲まれてはいるものの、なんとか持ちこたえているのでしょう。
加勢が間に合えば、なんとかなる可能性も……! セレンさんたちがまだ必死の抵抗を続けている間に、背中を攻撃できれば勝ち目はあります。
「それにしてもまとまりがない集団だ……」
床に転がっている男たちを見て、素直な感想をこぼしました。
彼らは私たちのように制服(メイド服)を着ているわけでもなく、それぞれ別々の格好をしています。
私たちメイドがメイド服を着るのは職務上の理由もありますが、それ以上にお嬢様の元で働いている、という所属を示すためでもあるのです。制服というものは、決してお洒落するためだけのアイテムではありません。
その点この男たちが着ている服はありふれた私服だったり、ダークスーツだったり、修道服モドキだったり、ヒッピー気取りのキッチュな服だったり。そりゃあもう統一感ゼロのバラバラファッションです。
おそらくお嬢様を襲撃するにあたって四人の兄姉が、それぞれ自分の抱える勢力を出し合っているのでしょう。
お互いの仲も良くないそうですから、ここまでバラバラなのにも納得がいきます。
内ゲバで勝手に自滅してくれれば、お嬢様に被害がなくて万々歳だったのですが……
「――――とにかく、今は急ぎましょう」
頭を振って無駄な思考を中断し、足跡と戦闘音をたよりに走り出しました。
普段であれば屋敷の中で走るなど言語道断ですが、今は非常事態です。
いつもの数倍の早さでカッ飛んでいく景色に一抹の新鮮さを覚えながら、階段を駆け上り角を曲がり、お嬢様の部屋まで近付いていきます。
聞こえてくる音も増えて、叫び声や戦況を伝える音も聞き取れるようになりました。
男たちの耳障りな絶叫。先輩たちの威嚇するような叫び声。蹴られ殴られ人体が床に倒れる音。家具を倒してバリケードを築く音。
ここまで鮮明に聞こえるということは、間もなく襲撃者たちに接敵するということ。曲がり角を曲がったその瞬間に戦闘開始、ということもあり得るでしょう。
いつでも戦えるよう頭の中を戦闘用の思考に切り替えて、廊下を走ります。
「こいつらっ、倒しても倒しても!」
「泣き言言わない! なんとしてもここを守るわよ!」
「華炎ちゃんだってどこにいるのか分かんないってのに! ああもうっ、邪魔!」
「こんなことならボウガンか何か置いとくべきだったんじゃないですか!?」
「戦争する気!? いいから黙って殴り倒す!」
先輩たちの声も聞こえてきた。なんとか廊下で持ちこたえられているようですが、数に押されてじりじりと後退している模様。
物量での差はいかんともしがたいですが、このまま背後からの奇襲で挟撃できれば引っくり返せるかもしれません。
頭の中で戦闘パターンを組み立てながら廊下を駆け抜け、曲がり角のところで一度止まりました。
壁に張り付き、頭だけを出して先の様子を確認します。
「……あれか」
ビンゴ、ですね。
向こう十メートル先で、何人もの男と先輩たちが戦いあっていました。
おまけに……
「オイ、何を手間取っていやがる! さっさと十六夜を引きずり出してこい!」
「まぁまぁ、落ち着きましょう兄さん。どうせ巣穴に潜っては退路はないんですから、じっくり時間をかけるのも一興では?」
「そうねぇ。焦らすのもいいけど、焦らされるのも案外悪くないわぁ」
「……どうだっていい。どのみち私が世界を手にすることは初めから決まっていること。十六夜を捕らえることができるのなら何だっていいわ」
戦闘の前線から少し外れたところに、四人の男女が妙にギスギスした雰囲気を出しながら喋っています。
着ている服やお喋りの内容、それから滲み出る性根の悪さから考えるに、彼がお嬢様の兄姉なのでしょう。
豊葛白夜
豊葛千夜
豊葛雨夜
豊葛十五夜
どの面下げて雁首揃えながらノコノコ屋敷にやって来たのだろうか。まったくもって反吐が出る。
――――でも、今は無視です。どれほど許せなかったとしても、今問題なのは奴らが率いている何人もの男たちです。彼らの頭数を減らせなければ、私たちの勝機は薄い。
「いつ打って出ましょうか……」
全く後方に警戒していない無防備な背中を眺めつつ、突入するタイミングを計りました。
無警戒とはいえ、相手は喧嘩慣れしたごろつきどもです。考えなしに飛び込めば、袋叩きに遭うのは目に見えていること。適切なタイミングというものがあります。
日和って待ちすぎても頭を空にして突っ込んでもいけません。
ベストタイミングでなくとも、隙が出来れば……!
「そいやっさぁぁぁぁー!」
「ちょっ、待ちなさいテーブルは投げものじゃ――――!」
「うっせぇこれでも食らいやがれぇぇぇぇぇぇ!!」
気を伺っていたら、信じられないことがおきました。
交戦中の先輩の内の一人がどっかの部屋から持ち出したらしい大きめのテーブルを担ぎ上げ、あろうことか飛び道具として男たちに向けて投擲したのです。
重さゆえにコントロールは雑ですが、それと引き換えに逃げ遅れた男たちが下敷きになって無力化されました。
「っしゃあ! 見たかボケども!」
「こ、コイツら何なんだ!?」
あんまりといえばあんまりな投擲攻撃によって、男たちの間に動揺が走りました。
意識が正面に釘付けで隙だらけです。誰一人として後ろを見ていません。
「今だ!」
まさしく絶好の好機。奇襲攻撃にこれほど有利な状況があるでしょうか。
身を翻して廊下に躍り出、そのまま足音を殺しながら男たちの背後に駆け寄ります。
「こんにちは」
「なっ!?」
「そしてさようなら」
耳元で囁き、反応する暇を与えずに腕と襟首を掴んで床に投げました。
人が投げられた大きな音で他の男たちも私の存在に気がついたようですが、突然現れた私が奇襲を仕掛けたと咄嗟に判断することができず、目を点にしながら固まっています。
つまるところ、暴れたい放題というわけでした。
「私のダンスは少々乱暴です」
呆けている顔面に鼻柱を折る一撃。
返す刀で反対方向からも一発キツい殴打をプレゼント。
「ですのでお見苦しいところもありますが……」
振り向き様に、後ろにいたやつにも回し蹴りを叩き込んで昏倒させました。
「何分新人ですので、御免あそばせ」
息つく暇もありません。すぐにまた手近なターゲットに飛び掛かり、食えるだけ食い散らかしていきます。
一人、二人、三人、同時に四人五人……
立っているのが数秒前の半分近くにまで減った頃になると、ようやく私がお嬢様のメイドであることに気が付いて反撃をしてきました。
「こいつメイドだぞ! やっちまえ!」
「や、やるったってこんなバケモノをどうやってだよ!?」
「ガタガタ喚くんじゃねぇ! かかるぞ!」
複数の方向から同時に襲い掛かってくる男たち。
しかし、それぞれの体がお互いに邪魔しあってほとんどの攻撃は私の方まで届いてくることはありません。
同じ組織の人間同士ならまだしも、こんな急拵えなチームでの連携は望めるべくもないでしょう。
喧嘩慣れしたやつらの頭数は揃っているものの、十全に力を発揮できなければ脅威にはなりにくいものです。
「数だけはありますね」
床の上でバラバラになったテーブルの棒みたいな残骸を足で拾い上げ、片手でしっかりと握り締めて構えます。
「では、効率よく虫退治と参りましょう」
手数であっちが勝っているなら、こちらは道具とリーチの長さでその優位性を崩すまで。
いにしえの人類は学んだのです。身体能力に乏しい我らは道具を使うことによって、はじめて地上最強の生き物になることができたのだと。
「ハァッ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
棒術の要領で残骸を振り回し、男の体を横殴りに打ち据えます。弱点に当たっていないので一撃では倒せませんが、体制を崩したところへ全力のフルスイング!
男は窓を突き破って一階の庭へと落ちていきました。
落ちていったことを確認したら、すぐにまた迎撃。
時には先端で腹を突いたり、キックとの連擊で脳震盪を狙ったり、手を変え品を変え先を読ませない攻撃でダウンを奪っていきました。
「お、おい! どういうことだ雨夜! なんだあの赤いやつ!? あんなのがいるなんて聞いてないぞ! なんとかしろ!」
「馬鹿な……!? 私だって知りませんよ! 私の情報収集は完璧だったはず! なのに……なのになんだあの女は!? 月詠セレンが最も危険じゃなかったのか!?」
「へぇ……中々可愛い子じゃない。私、あの子好みだわぁ」
「……あれは不確定要素。世界が私に言っている、あいつは危険よ……」
どうやら遠くで高みの見物を決め込んでいる豊葛四兄弟は、私の存在を知らなかったようです。
朧さんに私を遠ざけさせようとしていたからてっきり私のことを警戒していたのかと思いましたが、元々はセレンさんをお嬢様から引き離すための作戦だったのかもしれません。
今更関係のないことですが。
「ッでぇい!」
「うおっ!?」
度重なる衝撃でボロボロになりつつあった残骸を修道服モドキの男に投げつけ、その視界が包まれている隙に間合いの内側にまで入り込みました。
「ぎゅぺっ!」
姿勢を低くしながら右の拳を握り締めてアッパーカット。顎に直撃、ついでに歯を砕く音もしました。
舌を噛んだのか、男は変な声を出して後頭部から倒れこんでいきます。
「ふぅ……」
今の修道服モドキの男で、セレンさんたちが戦っていた侵入者は全滅しました。男たちは一様に揃って床に倒れ伏しています。
制圧したと言っても問題はないでしょう。
戦闘を開始してから一分弱で、これ以上の被害が出る前に仕留めきることができました。
「華炎!」
「華炎ちゃん!」
「無事だったんやねーー!」
「おっせーぞ! かっこいいなぁチクショウ!」
バリケードの向こうにいるセレンさんや先輩たちの声を背にしながら、私は豊葛四姉妹に歩み寄っていきました。
「随分とお屋敷を滅茶苦茶にしてくれましたね……」
自分たちを守る盾を失った四人。じりじりと後ずさりしつつ、やれ誰々の責任が~と罵り合っていました。
思うことは沢山あります。セレンさんを奴隷扱いしたこととか、妹であるお嬢様に手を挙げたこととか。
考えるだけでも頭に血が上りそうですが、枚挙にいとまがありません。
でも、今はとりあえず……
「この代償は、安く済みませんよ?」
私たちの屋敷をこんな有様にした、そのツケを払っていただきましょう。
Q.なんで華炎ちゃん素手で大人殴り倒してるの?
A.華炎ちゃんは持ち前の万能スペックによる身体能力と、人体の構造に関する深い知識を持ち合わせています。高い攻撃力+常時クリティカル攻撃、この意味は分かりますよね?
Q.じゃあその知識はどこから?
A.家庭教師の先生に決まってるじゃないですか(謎設定)
Q.なんかこの襲撃者たち弱すぎじゃ……?
A.華炎ちゃんのスペックがアホみたいに高すぎるんです。数々の戦いを乗り越えた先輩メイドたちが苦戦するレベルなので、戦闘力は馬鹿にならなかったり。
だからホームグラウンドの屋敷の中でも前線を下げながら後退していました。全部華炎ちゃんのせい