#60 終わりの始まり
今回、試験的に三人称で統一した話にしてみました。正直だいぶ書きやすかったですが、次回からはまた一人称に戻すと思います。
ついでに今回一万文字弱あります。
華炎がアクセサリーの材料を求めて買い物に向かってから一時間ほど後。屋敷の中では、いつもと変わらぬ日常的なルーティンが繰り返されていた。
「ふぃー。これでお掃除も一段落したかなぁ。せんぱーい、こっちは終わりましたよー!」
「おいっすーお疲れちゃーん。エントランスは終わったから、次はお庭の掃除をするどー!」
「はーい!」
メイドの先輩に向かって元気よく返事をしていた鬼灯姉妹の姉、鬼灯上弦は当番の業務によって掃除をしていた。
手塩をかけられて成長中の彼女は、そう遠くない内にこの月光館の中でも主力のメイドとなるだろう。接客の上達も著しく、彼女の先輩たちも鼻が高い。
「えへへへー。華炎さんも頑張ってるんだから、私も頑張らないと!」
同僚兼年下の友人として仲のいい赤い髪の少女(?)のシルエットを思い浮かべながら、上弦は次の仕事に向けて気合いを入れ直す。
年下ながら出来るとこを一生懸命頑張る彼女(?)がいる限り、上弦のモチベーションはまだまだ尽きることはないだろう。
お互いがお互いにいい刺激を与えあっていることの証明だ。ある意味理想の仕事仲間の一つの形ではないだろうか。
「その調子だぞー上弦!」
「がんばってねー」
「頑張ってーじゃなくてお前も頑張るんだよ!」
愉快な先輩を持てたことに深く感謝をしつつ、上弦は彼女たちの後を追って庭へと向かうのであった。
ピンポーンと、エントランスの向こうから呼び鈴が聞こえるまでは。
「はぇ……?」
「おや、お客さんだ。こんな時間に珍しいねぇ」
上弦が突然のことにぽけーと呆けていると、先輩が物珍しそうに顎に指を添える。
今は午前の九時半ごろ。客人が来るという連絡はなかったし、郵便や悪質な訪問販売が来る時間にしても中途半端だ。上弦よりも長くいる彼女たちにしても、来客というのはなかったらしい。
「んー。なんだか知らないけど、来ちゃったもんは仕方ないよね。というわけで上弦ちゃん、対応よろしく!」
「うぇ!? 私ですか!?」
「そだよん。どーせ大した客じゃないだろーしダイジョブだって。女は度胸! やってみよう上弦ちゃん!」
「うー、わかりました! やってみます!」
突然の指名に飛び上がる上弦。ぺーぺーの自分にできるはずがないと臆病になるが、先輩たちによる猛プッシュに押し負けて言われる通り対応をすることになった。
どのみちいずれ経験することだ、早いか遅いかの違いでしかないと自分を納得させ、彼女は扉の方へ向かっていく。
「やればできる、やればできる、やればできる、やればできる……!」
自分で自分に言い聞かせながら震える手でドアの持ち手を握る上弦。
最後に覚悟を決めて、日頃の練習の成果を発揮せんと勢いよく扉を開けたのだった。
「いらっしゃいませ! 何のご用でしょう……か…………?」
だが、扉を開けたその先に広がっていた光景は……
「出るのがえらく遅いじゃねぇかよ、アァ?」
「え……えぇ……?」
「まぁいい。聞きたいことは一つだけだ。おいクソメイド、豊葛十六夜はいるんだろうなァ?」
屋敷を取り囲むようにして列をなしている車と、見るからに屈強そうな男たち。それから十六夜に少し似ている顔立ちをした四人の男女がいた。
「あ、あのぉ~? どちら様でしょうか……?」
心臓が口から飛び出そうなほどのパニックに見舞われながら、上弦はマニュアル通りの質問をすることしかできなかった。実に悪い意味で、訓練通りの成果を発揮したことになる。
イレギュラーの前では無意味も同然だが。
「俺か? はっ、いずれ天下の豊葛グループの長の座を掴むことになる、豊葛白夜様だよ。そのくらい知っておけクソメイド」
あまりにも突然すぎる事態に直面して、鬼灯上弦はただ涙を滲ませながらガクガクと小動物のように震える。
彼女の華々しい本番デビューは、上弦の対応の良し悪しに関わらず最悪の結果になるのだった。
「もう一度聞くぜ。俺様から継承権を奪い取った妹、豊葛十六夜を出せ。今すぐに」
上弦は微かに、ここにいない緋色の少女に助けを求めた。
「助けて……華炎さん……!」
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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!
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元来、村雨焔という少年は異常なほどの水準で女子力が高い。
包丁を握らせればプロも唸る絶品料理を涼しげな顔で出し、おいしく食べてくれる様に笑みをこぼす。
掃除機を持たせれば文字通り隅から隅まで徹底的に掃除し、埃一つもない完全な清潔空間を作り出す。
裁縫道具を渡せばボタンやほつれを直すどころか一から服を作り上げることすらできる。
整理整頓はお手の物。お風呂の掃除もお手洗いの掃除も百点満点。
家事の能力を取り上げただけでこれほどの女子力とスペックを誇るのだ。おまけに並大抵の女子よりも遥かに可憐で可愛らしい容姿を持っているとくれば、アイドルやモデルも裸足で逃げ出すこと請け合いである。
ただ惜しむらくは、そんな彼が男であるという一点に尽きるだろう。
そこらへんの女性が足元にも及ばない女子力を持っているにもかかわらず、女性ではないのだ。あからさまに世の中の女性を敵に回しそうな問題だ。
そんな彼が女装した姿が村時雨華炎である。
男性の格好をしているのに美少女然とした外見をしていた焔が女装をしたとなれば、豊葛十六夜とさえ容姿を競えるのも当然と言えた。
誰一人として、そんな彼女が女装をした男だとは夢にも思わないだろう。実際のところセレンも例の事故がなければ気が付くことはなかったのだから。
そんなわけで、今日も今日とて緋色の少年は周りに多大なる被害と誤解を振りまきながら街を歩くのであった。
「ふんふーん、いいものが安く買えたな~」
十六夜に渡す手作りアクセサリーを作るための材料を一通り買い揃え、ホクホク顔の華炎。大切そうに左手に提げられているビニール袋には、小一時間に及ぶ買い物の戦利品が入っているのだろう。
無意識に浮かべた笑顔で道行く人の視線を釘付けにしつつ、鼻歌を口ずさんでいた。
服装はいつものコスプレチックなミニスカートのメイド服ではなく、以前十六夜と買い物をして買ってもらったレディースの服を着ている。
メイド服で外を出歩けば悪目立ちすることは必至だ。華炎もそのことを分かっているから着替えたのであろう。
……既にレディースを着ることにほぼ抵抗を感じていないことは、幸か不幸かまだ気づいていないらしかった。
この一ヶ月で長く男性物の服を着てこなかったせいで、そのあたりの感覚が麻痺しているに違いない。本人に自覚はなくとも、すっかり女装だらけの生活に染まり切っている証拠だった。
「お給料から差額分引かれちゃうみたいですけど……まぁ、お嬢様が喜んでくれるなら安いものですよね。プライスレスプライスレス」
華炎は『情熱にお値段付けられない、とも言いますし』などと独りごちて頷いた。
よくもまぁ、そこまで滅私できるものだ。
それもそのはず。彼の奥底に眠る本性は、己を顧みることのない「献身」にある。
自分が傷つこうとも、大切な人が笑えるならそれでよし。ちょっとだけ嫌な思いをしても、大切な人のためならどこまでも歯を食いしばれる。
村時雨華炎と――――もとい村雨焔とはそんな人間だ。
傷ついた傷心の十六夜が笑顔になれるなら、少なくない出費も勲章みたいなもの。少なくとも華炎は本気でそう思っている。
本気で思っているからこそ、彼はどこまでも一途な献身をできるのであろう。
……その過程で華炎の中の一部の価値観や固定観念(主に女装方面)が崩れつつあるが、それもいわゆる必要経費というものなのかもしれない。
メイドの道は修羅の道なのだ。多分。
「よーし、かーえろっと!」
華炎はご機嫌に伸びをして、意気揚々と屋敷への帰路に就くのだった。
「――――やぁ、こんにちわ。赤髪のお嬢さん」
そんな彼を背後から、呼び止める声が届くまでは。
「へ……?」
突然声をかけられたことに困惑しながらも、華炎は後を振りかえって声の主を視界に収めた。
「あ、あなたは……」
「いや、この時間帯だとおはようの方が適切かな? すまない、ここのところ徹夜続きでね。体内時計が崩れて時間帯が分からないんだ」
そこにいたのは、気温が高くなっている今の季節でも黒いロングコートを着た、中年の男性だった。
華炎ががこの人物と顔を合わせるのは、これで三度目になる。
「豊葛朧さん……」
「覚えていてくれたようで何よりだ。今日はいい天気だね」
豊葛朧……
世界の三分の一を支配下に置いているとも噂される【豊葛グループ】を率いる、世界で最も強い権力を有する人間である。
それと同時に、十六夜と血のつながった実の父親でもある男だ。
「…………」
「おや、どうかしたのかな? 何やら険しい顔をしているが……」
我知らず、華炎は決して快いものとは呼ぶことのできない表情を浮かべていた。
いつもの彼ならば愛想のいい笑顔を浮かべるところが、険のある形相で朧を見つめている。
理性で感情を押さえつけることのできる華炎にしては、とても珍しいことだ。
「すみません、つい……」
朧本人に指摘され、華炎は慌てて頭を下げた。しかし、それでもはっきりしない物言いだ。朧との会話を避けているような節もある。
らしくないと言えば、とても華炎らしくない。
「ふむ……何かあるみたいだね」
「い、いえ……何でもないですよ? しいて言えばちょっとお給料のことで――――」
「嘘だね」
「…………」
なんとか言い繕う華炎だったが、そんな咄嗟の嘘で世界を手にした覇者を騙しおおせるはずもない。一瞬で嘘であることを見抜かれる。
温厚で落ち着きのある喋り方をしていても、何十年と口先三寸で戦い抜いてきた男だ。たかだか十五年ちょっとの人生しか経験していない華炎が、騙し合い腹の探り合いで勝てる相手ではなかった。
「……私に何か言いたいことがあるんだろう?」
「――――っっ!!」
正確な胸の内の想いさえも言い当てられて、華炎は息を呑んだ。
「あな、たは……」
「話すにしてもここで話すのもなんだろう。車に乗るといい」
経験したことのない気味の悪さに声を震わせる華炎をよそに、朧は道路のすぐ脇にとめてある自分の車を指さす。
前にもスーパーの前で見たことのある高級外車だ。
「屋敷まで送ってあげるから、そのついでに話そう」
「……分かりました」
拒否権など、もちろんない。
華炎は朧に言われるがまま、車の助手席に乗り込むのだった。
「シートベルトはしたかい? していないと私が捕まってしまうからね、頼んだよ」
「大丈夫です。いつでもどうぞ」
「よし。じゃあ行こうか」
そうしてゆっくりと朧の車は走り出した。ゆっくり、本当にゆっくりと。
道路に他の車の姿はないが、安全運転というレベルではない遅さだ。華炎との会話が終わるまで、この調子なのだろう。
「……あなたは……」
華炎は絞り出すようにして、小さく言葉をこぼした。
「あなたは、本当にお嬢様のお父上なのですか……?」
「それは、どういう意味かな?」
華炎は思い出していた。豊葛朧の行った、十六夜への仕打ちのことを。
セレンから聞いていた話では、年相応の子供らしく遊ぶ時間もなく、兄姉からの惨い拷問さえも見て見ぬふりをしていたとのこと。
数日前に人の親としての顔をしていた目の前の朧と、話に聞いていた朧が同一人物だと信じられなかったのだ。
「お嬢様は過去に、実の兄姉から口にするのも憚られる仕打ちを受けたと聞き及んでいます。そしてそれをするように仕向けたのは、あなただとも」
「なるほど……」
朧はあくまでも冷静に、淡々と華炎の言葉に答えていく。
「そうだとも、間違いないよ。私が彼ら五人兄弟姉妹を争わせた。それが一番合理的だったからね」
「そう……なんですね……」
「仕方ないだろう。この世の真理は弱肉強食だ。弱きものは踏み台に、強き者のみが踏み台を使って上へ登っていく。そうして屍を積み上げていくのが世界なのだから」
華炎とてただの子供ではない。残酷だが、それもまた間違いではないこともよく知っている。
しかし、どうしても肯定することはできそうになかった。
「家族とて例外ではない。歴史的に見ても、権力を持つ者の最大の敵は家族だよ。今に始まったことじゃないさ。それこそ、君の家ならよ~く知っていると思うが」
「…………」
華炎は心の中で吹き荒れそうになる怒りをぐっと抑え込み、つとめて平静に言葉を紡いだ。
「でも家族って、それ以上に最も温かいものであるべきですよね……? 家族同士で争わせて、まるで蟲毒かなにかみたいにしなくても、他に方法があったんじゃないんですか?」
「もちろん考えたよ、効率を一番に優先してね。その結果が十六夜の後継者指名だ」
「だったらそれ以上争わなくてもいいように、もっとできたはずじゃないですか!」
「指名しただけで終わりじゃない。下剋上は知っているだろう? あれと同じだよ。子供たちの誰かが十六夜を超えれば、その子に譲らせるつもりだった。実際彼らは十六夜を幽閉して、譲らせるように拷問をしていたみたいだからねぇ。一歩惜しかったところだ」
一瞬、華炎の思考が凍り付いた。
「え……?」
言っている意味が分からない。まるで分らない。
なんだそれは? それじゃあつまり、彼は十六夜が心に大きな傷を負ったことを知っていて、それでも敢えて静観していたということなのか?
「何ですかそれ……」
わからない。わからない。
見捨てた? いや、見逃した?
仮にも家族であるというのに、最も頼られる存在である父のはずなのに、あろうことか助けを求める娘を人柱にしようとしていた……?
「……何を考えてるんですか。あなた」
怒りのボルテージが最高潮に達し、一周回って冷たい怒りが華炎の躰を支配した。
「家族を何だと思ってるんですか。ただ血のつながった他人だとでも思ってるんですか。それとも跡継ぎに都合がいい人形だと思ってるんですか。ねぇ、朧さん。家族をどう思ってるんですか」
「…………」
「嘘だったんですか。あの日ショッピングモールの屋上でお嬢様のことを心配していたあなたの言葉は、まるきり真っ赤な嘘だったとでも言うんですか」
「…………」
「答えてくださいよ……!」
朧は何も言わない。何も答えない。ただじっと黙秘し、黙々と車をゆっくりと走らせている。
「……すべてがすべて嘘だったわけではないさ。少なくとも、心配してないわけじゃない」
それから歯の浮くような嘘くさい言葉を吐いたのが、数十秒後のことであった。
「だったら、それこそ今更ですよ。お嬢様は何年あなたの助けを待ったと思っているんですか。何年頑張ってきたと思ってるんですか。あなたが滅茶苦茶にした家族を、お嬢様は必死になって元に戻そうとしていたんですよ……!」
「まあね、今更もいいところだ。だから私は彼女が私と会うことを望んでいないだろう、と言ったのさ」
「……ええ、言いました。そういう意味だったのですね」
「君の言いたいことも分かる。私のしていることは、家族として最低最悪の行いだろう。地獄に堕とされたって文句は言えないだろう。分かっているつもりだ」
華炎は生まれて初めて、人間がここまで恐ろしい生き物なのかと思った。
なぜここまで淡々としていられる? なぜそこまで他人事のように話せる? なぜそのように表情一つ変えないで答えられる?
――――なぜ家族を犠牲にしてまで、一つの組織を維持しようと考えられる?
言いようもない悪寒に襲われて、華炎は自分を抱きしめるように両腕で両肩を掴む。
「……あなたは、本当にお嬢様のお父上なのですか?」
「そうだよ。DNA検査や血液検査のデータを見るかい? なんだったら血統書を見せてあげてもいい」
「……そういうことじゃないですよ……」
この日、華炎は豊葛朧という人間を理解不能な人種だと認定した。
これまでは大なり小なり、彼は接してきた人間を理解しようと努力てきた。木暮マグノリアも、姫小路綾姫も、はじめは拒絶された天桐尉泉でさえも。
だが、豊葛朧だけは理解できない。その思考を、その行動理念を、その理想を、その価値観を。
何もかもが華炎の理解の外側にあった。
「私はあなたがエイリアンか何かとでも言われた方が信じられますよ……」
「そうかい? 私はエイリアンの存在は否定的だなぁ」
実際、華炎にとって朧はエイリアンに等しい。
自分の価値観にこれっぽちも合わない、想像の埒外の未知の存在なのだから。
「……そろそろ屋敷のそばだ」
朧が間もなく目的地に到着することを華炎に伝えた。
「あの子に見つかると面倒だから、屋敷よりちょっと遠くにとめるよ。それでいいかい」
「……どうぞご自由に」
もはやかわす言葉はない、とでも言いたげな華炎だ。どこまで言っても朧と彼は平行線を行くのだと理解したのだろう。
目を合わせることもなく、朧と同じように淡々と口にする。
「さて、着いたよ。ここでいいかな」
「ありがとうございます。送っていて頂いたことには感謝しています」
「気にすることはない。君と話せてよかったよ」
「……私は、あなたと話せてこの上なく最悪でしたけどね」
華炎は最後にそんな感謝の言葉と毒を吐き捨てて、朧の車を降りたのだった。
見慣れた屋敷の近くの景色に目を細め……
「…………?」
その違和感に気が付いた。
向こう数メートル先の道路に、なぜか真っ黒な車が沢山とめられているのだ。
路上駐車なんてものじゃない。それどころか完全に道路を塞いでいる。月の館の目の前の道路である。
「あれは、一体……?」
……どうしようもないほどの、胸騒ぎを感じた。
例えばそう。一ヶ月前のときに、路地裏で十六夜が悪漢に襲われていた時のような……
そんなことを考えていると、閑静な屋敷前の高級住宅街に絹を裂くような悲鳴が轟いた。
「きゃああああああああーーーーー!!!!」
華炎はすぐにその出所が屋敷であることに気が付いた。その悲鳴の主も。
「今のは……上弦さん!?」
どうして、上弦さんの悲鳴が? 屋敷に一体何があった?
あまりにも突然のことでパニックに陥りながらも、華炎は必死になって状況を飲み込もうと頭を働かせる。
考えられるのは強盗? 押し入り? いや、だからといって警備の厳重な屋敷に突っ込むものか? 考えにくくはないだろうか。
……すると、後ろで車に乗ったままの朧が思い出したように場違いな声を上げた。
「あー、そういえば思い出したな。確か今日、白夜たちが十六夜の家に遊びに行くって言っていたんだっけか」
「はい……?」
その言葉で華炎はまたもや凍り付くことになった。
白夜というと、かつて十六夜に拷問した兄姉の一人、豊葛白夜……?
「遊びに来るって……どういうことですか?」
「さぁ? 私は知らないよ。ただ、他の子供たちも連れて遊びに行くとしか聞いていないね」
「……っ!?」
それはつまり、十六夜を狙って襲撃しに来たということなのだと、華炎は瞬時に理解した。
「あんまり楽しそうに話すものだから、邪魔しないことを約束して送り出したねぇ。あとついでに兄弟姉妹水入らずでお話ができるよう、付き人を一人引き離してくれとも言われたよ」
――――一度は最高潮に達した怒りのボルテージが、ついに振り切って大爆発した。
「あんたは……ッ! それでも人の親かッッッ!!」
華炎はついに抑えきれなくなり、呑気にウィンドウから顔を出す朧の首根っこを掴んで怒鳴り散らした。
あえて空いている道路をゆっくり走ったのも、全ては襲撃に合わせて華炎が帰るのを遅らせるためだったということになる。
つい先日に十六夜を心配するかのような言動をしていたくせに、今日は反対に追い詰めるために行動していたなどと、一体何様のつもりなのだろうか。
だが、それでも朧は事もなげに飄々としていた。
「十六夜の親だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「――――ッッッ!!!!」
怒りでどうにかなりそうだった。
こんなヤツが言うに事欠いて十六夜の親を名乗るだと。こんな奴が人間として親を騙るなどと。
華炎は豊葛朧という存在を認めることができないと、改めて心の底から実感する。
「――――さようなら。願わくば、二度と会いたくはありませんね」
今はこんなロクデナシにかまかけている余裕はないと思いなおし、華炎は朧の襟を離す。
「無事でいてください上弦さん……お嬢様……!」
今度こそ最後に毒を吐き捨てて、華炎は荷物を抱えながら屋敷へと走り去っていったのだった。