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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!  作者: 利中たたろー
第三章 豊葛十六夜と後継者たち
71/85

#59 on your mark. no your chose

※タイトルの大体のフィーリング:覚悟はいいな? 答えは聞いてない



 あらかじめ忠告された危機というものは、得てして忠告を忘れかけた頃にやって来るものです。

 他のことにすっかり気を取られている隙に。

 思い過ごしかと思って油断した瞬間に。

 あるいは一つの危機を乗り越えた後に、忠告された本当の危機がやってきたり。


 気を抜いて一息ついているときに限って危機は襲来し、途方もない被害をもたらすのです。全ては油断したがゆえに。


 ――――私たちもまた、同じ過ちを犯すのでした。








「……お嬢様は今日もお休みですかぁ」

「仕方ないわよ。こればっかりはどうにも、ね」

「そうですね。後は自然に回復を待ちましょう」



 お嬢様とプレゼント交換の約束をした次の日。私はセレンさんと一緒に、お嬢様のご飯を作るべく厨房に立っていました。

 今日も本来は学校のある日ですが、昨日に引き続いてズル休みです。


 私も同じくお休みになりました。マグノリアさんの忠告もあって、どうしてもお嬢様のそばを離れるのが不安だったからです。

 勿論、学校やセレンさんから認めてもらっています。


 セレンさんは私がいた方が回復が早い、ということで許可をくださいました。アニマルセラピー扱いはやや反応に困るところですが、愛想笑いで誤魔化しておきます。これぞジャパニーズトラディショナルリアクション。



「ねぇ華炎、そういえば相談があると言っていたわよね。何のことなの?」



 ふと、セレンさんは思い出したように手を休めるついでにこんなことを尋ねてきました。

 相談とはつまり、プレゼント交換のことに他なりません。私一人ではどうしても予算や時間的な問題で解決できない課題があるので、それをなんとかするために相談を持ちかけたということです。



「ああはい、そうですね。実は昨日お嬢様とこんなことがありまして……」



 ひとまず、私とお嬢様がお互いにプレゼントを交換することになったことをお話ししました。



「なるほど、プレゼント交換とは考えたじゃない。それで私に相談に来たのね」

「はい、予算と制作に充てるための時間が欲しくて……」

「何を贈るか決まったの?」

「はい。学校でも肌身話さず持っていられるように、アクセサリーを贈ろうかと」



 昨日から一日経って、プレゼントの方向性は絞ることができました。最初はお菓子なども考えたのですが、消耗品よりも長く使えるものの方が喜ぶだろうと考え、アクセサリーに決定しました。

 しかし、アクセサリーの何が問題かと言うと……



「……そんな高いもの買えないものね」

「はい……」



 お嬢様に似合うほどのアクセサリーともなれば、自然と貧乏な苦学生ごときには手も足もでない高級品になるのは当たり前のこと。

 そんなものはプレゼントできませんし、だからといってチャチな安物をプレゼントしようものなら殺されることでしょう。私自身も安物をプレゼントすることは矜持が許しません。



「でもそんなにお金は出せないわよ? 高級品なんて買えないわ」

「ですよね……」



 無情にも金銭の融通はできないと仰るセレンさん。どことなく申し訳なさそうな顔をしていますが、これは想定の範囲内でした。

 私が相談を持ちかけたのはお金を無心するためではありません。もっと別の目的があるのです。



「でも、ちょっとの金額で価値のあるものを入手できたとしたら……どうですか?」

「え……?」

「素材やパーツは安くとも、それに付加価値を付けてみればどうでしょう。例えば手作りとか」

「確かに、それならある意味どんな高級品よりも価値のあるものね……そっか、だからさっきあなたは予算の他に『制作のための時間』って言ったの?」



 私は我が意を得たりと頷きました。 



「いや……アクセサリーとか作れるの?」

「勿論ですよ。作れなきゃ相談なんかしません。工程も決めてあるので、あとは時間と材料があればいつでも取り掛かれます」

「……ちなみに聞くけど、それを教えたのは?」

「え? 家庭教師の先生ですけど、それがどうしました?」

「何者よそいつ……」

「えーっと、色んなことを知ってるお姉さんの先生ですよ?」



 その方は羽黒目秋穂(はぐろめあきほ)さんというのですが、しばらく会ってないんですよね。

 私と紫炎ちゃんが保育園にいた頃から面倒を見ていてくれたんですけど、勉強やその他諸々の知識とか、体術とかも教えてくれた人です。


 ちなみに料理に関してはそれ専門の『師匠』がいたんですよ。そちらは朝雛燗(あさひならん)という方でした。

 プロの三ツ星シェフだそうで、とても料理がお上手な人なんです。生涯私が師と仰ぐ人はあの人しかいないと思えるぐらいで、大変お世話になった記憶がありますね。


 二人とも元気にしてるかなぁ。





「……ともあれ、そういうことなら分かったわ。予算もかからなさそうだから、そっちの方はなんとかなりそうよ」

「よかった……! ありがとうございますセレンさん!」



 しかし、セレンさんは逆に表情を曇らせていきます。どしたのかと思っていたら、とても歯切れの悪い口調で続けてこう言いました。



「ただ、その……あなたの役職は特別だから、他にできる人もいないし代わりが用意できなくて……」

「アッ…………」



 ――――その言葉で、彼女が言わんとすることを完全に理解しました。

 メイドの数は多くとも局所的な人材不足により、私がいない間の補充要因がおらず、私が持ち場を離れることができない……


 身も蓋もなく言えば、お休みが取れないそうです。



「……それは切実な問題ですね、セレンさん……」

「まったくもってね……」



 屋敷に何十人もメイドがいるのに人手不足って何の冗談ですかね……?



「まぁ、材料を買いに行くぐらいのちょっとした時間なら、私がなんとか埋め合わせることができるわ」

「本当ですか!」

「ええ、私だってメイドよ。その程度なら訳ないでしょう? 何なら今からでも問題ないわ」

「セレンさん!」



 片目を瞑りながら誇らしげに語るセレンさん。実績に裏付けられた自信ありげな姿がとっても格好よく見えました。ベテランの風格が全身から発せられているかのようです。

 これが一ヶ月のぺーぺーとこの道五年のプロとの違いなのですね……



「……今失礼なこと考えたわね?」

「滅相もありませんッ! たった今セレンさんの懐の広さと発言に違わぬ能力に感心していましたであります! サーッ!」



 …………思考を読む察知能力も流石です、セレンさん。

 相変わらず曇らない精度を持つ年齢発言レーダーを全力で回避しつつ、称賛の言葉で誤魔化しにかかりました。

 言葉にしてなくてもアウトなんですから、ちょっと理不尽すぎやしないでしょうか。


 なんとかその場を乗り切ることに成功し、セレンさんに見えないよう一息つくのでした。



「まぁいいわ。それよりもこれ、貸してあげる」

「へ? わわわわっ!」



 一息つけたのも束の間のこと。一通りの調理が終わったところに、いきなりセレンさんが何かを投げて寄越してきたのです。

 危うく取りこぼすところでしたが、なんとか宙を裂いて飛んできたそれをキャッチすることができました。


 ふぅ……お鍋やフライパンの中に入らなくてよかった。



「セレンさん。異物混入は洒落にならないので今後は厨房で絶対物を投げるのはやめるように」

「あ、うん……ごめんなさい。そんなマジトーンで言われると流石に反省するわ……」



 これが師匠なら「おどれは食材をコケにする気かアホタレェーッ!」とフライパンを投げつけられていたところです。

 ああ、その昔紫炎ちゃんがふざけ半分に厨房でキッチンで遊んで、師匠にブチギレられてたことを思い出すなぁ。横で教えてもらっていましたが、あの人には絶対逆らわないようにしようと思った日でもありました。


 まぁ数年前のことを懐古するのもそこそこにして。



「それで、これってなんですか?」



 私は手の中にある薄っぺらいカードのようなものを眺めながら、セレンさんに何なのかを尋ねました。こんなもの今までに見たこともありません

 私が見たことのあるカードはトレーディングカードゲームのものくらいなので、見当がつきませんでした。



「私のキャッシュカードよ。ちょっとした金額しか入ってないけど、それなら材料を買うには十分なはずよ」

「え、キャッシュカードですか? それもセレンさんの!?」



 こ、こんなものをお借りしてしまっていいんでしょうか? 貧乏学生だからよくわかりませんが、そういうのは他人に預けるのはよくないはずでは……

 そう思いながら冷や汗を滝のように流していると、セレンさんはウィンクしてこう言いました。



「使った分はあなたの初任給からしょっ引くから、気にすることはないわ」



 ……気にしないでっていう方が無理じゃないですか、ソレ。

 いや、お給料を一部前借りさせてもらっているんだと考えれば、そこまで重く考える必要はないのかもしれません。うんそう考えようそうしよう。


 ともあれ、代金はこの場で頂いてしまいました。なら、これからすることはただ一つ。



「朝食作りは私がやっておくから、あなたは買い物に行きなさい」

「――――!! はいっ、あとはお願いします!」



 こちらに顔を向けることなく作業を引き継いだセレンさんが、実に頼もしそうな声音で買い出しを促してくれます。

 精一杯の感謝の気持ちを込めたお辞儀をして、私は弾かれたように駆け出しながら厨房を出ていったのでした。








「…………プレゼントか、他の子たちにも呼び掛けてみようかしら」

「話は聞かせてもらったぜメイド長!」

「おはようございますメイド長!」

「あ、あなたたち……!? どうしてこんなところに?」

「いやぁメイド長、さっき華炎ちゃんと話してましたよね? プレゼント交換がどーのこーのって」

「え、ええ。そうだけれど」

「その話、あたしたちにも一枚噛ませろよ」

「……え?」







―――――――――――――――――――――――


  トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!


―――――――――――――――――――――――







 セレンのカードを手に華炎が意気揚々と買い物に出掛ける準備をしていた丁度そのころ。

 十六夜邸からそう遠くない公園の中に、何十という人間が一堂に会していた。彼らはグラサンにダークスーツだったり、不良じみたカジュアルな服装だったり、カルトめいた修道服もどきだったりと、まるで揃っていない。

 統一感という言葉は彼らの辞書にはないのだろうか。


 少なくとも、近所の人間がお散歩がてら遊びに来た、ということではなさそうだ。

 時折お互いを牽制するように刺々しい視線を送っていることからも、彼らが只者でないことを物語っている。普通の人間なら抜き身の刀のような殺気は出さないだろう。


 見たところでは、彼らは四つの集団に分かれているらしい。

 まさしく四つ巴。朱雀と玄武と白虎と青龍が睨みあっているような状況だ。


 そんな一触即発の状況の中、それぞれの集団から一人ずつ代表らしき人物が歩み出ていった。


 一人は高級衣服を纏い、逆に服に着られている男。


 一人は大人しめのコーディネートをしつつも片手に鞭を持つ女。


 一人は品の高そうに見える真っ白なフォーマルスーツを着た男。


 一人は奇抜で滅茶苦茶なファッションをする女。


 四つの集団の中間にある緩衝地帯とでも言うべき空白地帯に集った彼らは、まずは開口一番に罵りあいをはじめるのだった。



「よぉ、来たのかテメェら。てっきりビビって逃げるもんだと思ってたぜ」

「ふふふ……十六夜を好きなように虐められるのよ? 来ないわけないじゃない。どこかの誰かさんと違って、私は機会を伺うあまりチャンスを逃すなんてことしないわ」

「やれやれですねぇ、一体誰のおかげで今日の作戦ができると思っているんですか? ここは全員膝まずいて私に感謝するところじゃないですか?」

「私は世界の言うとおりにしているだけよ。あなたがいようといなかろうと、私には何の関係もないわ。それどころかむしろ、世界の声を聞ける私がいるのよ? 感謝されるべきは私の方じゃないかしら」



 陰湿極まりない会話の応酬だ。常に自分を上に見せようとほかの三人を貶める言葉を吐き、ささやかな優越感に浸っているのが見て取れる。

 しかしこの程度、彼らにとって挨拶代わりのジャブに等しいものだ。本気で争うつもりがあるなら、この市中の公園が血みどろになっていたことであろう。


 勿論、この奇妙な集会はただ顔を合わせるために開かれているわけではない。ただ集まるだけなら、それこそ人目のつかない旧市街の裏路地で雁首揃えればいいのだから。

 彼らには彼らの目的があり、わざわざこんなところで集まっていたのだった。



「事前に私がお渡ししていたファイルはご覧になりましたね? 猿でも分かると思いますが、昨日から奴は体調不良で屋敷に籠りっきりです。千春峰というバックアップがない今が絶好の機会です」



 フォーマルスーツを着た男が嬉々とした表情を浮かべながら、三人に向かって何かの計画らしきものを喋り始める。

 しかし、どうにもきな臭い話だ。不穏な気配がしてならない。



「んなこと言われるまでもねぇよ。つまり、正面から上がり込んでさっさとふん捕まえてクルマに乗っけりゃいいだけの話だろ。分かりきってることを何遍も言うんじゃねぇ」



 それもそのはず。何故なら、彼らは人拐いの計画を立てていたのだから。

 勿論人権をもつ人間を誘拐することなど、到底許される行いであるはずもない。言い訳のしようのない犯罪だ。


 だが、今の彼らを止められる存在はこの場にはいなかった。いや、例えいたとしても止められなかっただろう。

 彼らは国家権力すら力ずくでねじ伏せられるほど強大な『力』を持った一団なのだから。



「警察にはカネを握らせておきました。多少騒ぎになっても、何の問題もありません。安心して押し入ることができますねぇ」



 男が自身たっぷりに言うと、鞭を持った女が嬉しそうに口の端をつり上げながら男に問うた。

 恐ろしい酷薄な笑みだ。自分に向けられたものではないと分かりつつも、粗暴な男は僅かに肩を震わせる。



「あら、それはいいわね。ついでにいたぶっても構わないかしら」

「あぁ、それだと流石に困りますよ姉さん。流石に声まで聞こえるとまずいので、我慢してください」

「仕方ないわねぇ……そうしておいてあげるわ」



 恐ろしい酷薄な笑みだ。自分に向けられたものではないと分かりつつも、粗暴な男は僅かに肩を震わせる。



「どうだっていい。世界の言葉を聞かず世界に逆らったあいつを制裁できるなら、私はなんだっていいわ。どうせ世界を手にするのは私だもの」



 身体から滲む狂気を隠そうともせず、壊滅的なファッションの女は言う。

 口数の少ない彼女にしても、その異常性はどうしようもなく本物の『異常』であった。



「……まぁ、とにかく役者はそろいました。後はもう、することは分かってますよね?」



 フォーマルスーツの男は手を叩いて締めくくるようにほかの三人に呼び掛けた。



「行きましょうか。私たちの妹、豊葛十六夜を今度こそ完膚なきまで叩き潰すために」



 目的のためならどこまでも残酷に、そして外道に堕ちることのできる生修羅の顔をしながら。







 彼らは『豊葛』。

 彼らは『後継者』。

 彼らは『家族』。

 彼らは『簒奪者』。


 自らの地位と栄誉の為にどんな犠牲や代償を払おうと、家族を犠牲にすることすら厭わない最低最悪の俗物である。



 華炎たちが小さくてささやかな幸せを噛み締めている間も、地獄から延びる魔手はその幸せを破壊しようと迫るのであった。



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