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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!  作者: 利中たたろー
第三章 豊葛十六夜と後継者たち
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#56 一時しのぎの平穏

最近短編小説をちまちま書き始めているんですけど、何文字くらいがいいんでしょうか? 今のところ八千文字なんですけど、最終的に一万四千文字くらい行きそうなんですよね。



「華炎、ちょっとこっち来てくれる?」

「セレンさん? はい、今行きます!」



 次の日の朝。

 いつものように仕事に取りかかろうとしていた私は、自室を出たところでセレンさんに呼び止められました。


 廊下の隅っこでちょいちょいと手招きをしているセレンさん。

 そんなところで私を呼んでいるということは、あまり他人に聞かせられない話なのでしょう。

 他の人の目がないことを確認し、彼女のもとへ駆け寄りました。



「おはようございますセレンさん」

「ええ、おはよう華炎」



 そんな朝の挨拶もそこそこに、早々と本題を切り出してきます。



「それで、何の用でしょうか。……まぁ想像はつきますけど」

「あなたの考えてる通りよ。それで、昨日は上手くいったのかしら。結局夕食は自分の部屋で食べてたみたいだけれど」



 そう、お話とはお嬢様のことに他なりません。


 ――――昨日の夕方にお嬢様と話し合って抱き締め合ったあと、お嬢様は必ず立ち直ることを約束して退室を命じました。

 可能な限りできることはやったと判断した私はその指示に従い、セレンさんに最低限のことを報告して仕事に戻りました。


 それからお嬢様はまた部屋に引きこもってしまったものの、扉越しに会話をできるほどには回復したそうです。


 あれからお嬢様とは話していませんが、危機が終息に向かっているようでほっとしました。

 これからも予断が許されない状況になるでしょうが、ひとまず峠は越えた、といったところでしょうか。



「どうでしょうね、少なくとも心を閉ざす最悪のケースは免れたはずです。それに昨日の今日のことですから、顔を出すのが気恥ずかしいのもかもしれません」

「そうねぇ……やれるだけのことはやったのだし、後は時間の問題なのかもね」

「ええ、恐らくは」



 その考えはあまりにも楽観的に過ぎるんじゃないか、と思われるかもしれませんが、実はこれが最もベストな選択なんです。


 失恋を経験した人が数週間後にはケロッと元通りになるのと同じで、得てして心の問題の特効薬は時間です。

 もっとも、今回のお嬢様はその限りではなかったので私が介入しましたが……



「私にできる限りのことはしました。心配する気持ちもよく分かりますが、あとは良くも悪くもお嬢様次第です。今の私たちにできることは、元気になったお嬢様を笑顔にするために働くことだけですよ、セレンさん」



 セレンさんはそれもそうだとばかりに溜め息をつくと、薄く微笑みながら首肯しました。



「あなたの言う通りね。私がいつまでも心配してばかりじゃ、逆にお嬢様が不安になってしまうわ。むしろこれからが本番ね」

「はい、頑張りましょうセレンさん! 気合い、那由多パーセントです!」

「……病み上がりのお嬢様にそれを言うのはやめておきなさい」

「なんで!?」



 セレンさんからの(なご)ませギャグ禁止命令には納得しかねますが、彼女の中で燻ぶっていたわだかまりが解けたようで安心しました。

 いくらお嬢様とセレンさんでは優先順位が違うといえども、セレンさんもまた私にとって大事な人なのです。セレンさんが苦しんでいる姿は見たくありませんもの。


 というのも、セレンさんは自分が何の手助けもできなかったことに強い後悔と無念を感じていた様子で、その自責の念がいつ爆発してしまわないかちょっとだけ不安だったのです。

 ひとまず当面の間その心配はなくなったわけですが……



「……でも、このままじゃダメだよね……」

「え?」

「あ、いえ、なんでもありません」

「そう? あなたも色々とため込む性格だから、無理はしちゃだめよ」

「はい、体調と精神管理も仕事の内ですから、問題ありません」

「……だったらいいのだけれど」



 疑るように訝しげな表情でセレンさんがこちらを見てきます。

 おかしいですね、真面目に働いて仕事の面で大きな信用を得てるつもりなのに、どうしてこんなに疑われるのでしょう……?


 なんとなく責めるようなじとーっとした目を向けるセレンさんから視線を逸らしつつ、私は曖昧な笑みを浮かべるのでした。

 困ったときは愛想笑い。社会に出ても通じる村雨流処世術。



「まぁいいわ。引き止めちゃってごめんなさい」

「いえ、きにしないでください。私も付き人業務の前にセレンさんとお話しできて嬉しかったです」

「それなら助かるわ。あと、すっかり言い忘れてたけど月詠メイド長!」

「あいた!」



 ぽこんっ、と頭をたたかれました。痛くはありませんが、こういうのはつい声が出てしまいますよね。

 叩かれたところを撫ぜながらそんなことを思いました。



「えへへへ……じゃあ、行ってきます月詠メイド長!」

「まったくもう……行ってらっしゃい華炎」



 最後のお決まりのやり取りを最後に、私は厳しくも姉のように優しい上司と分かれて仕事に行くのでした。






「……お嬢様もセレンさんも、二人とも問題の根本的解決にはなってないんだ。いつかまたまた噴き出したら、今度こそ手遅れになる……」



 ――――心の中に芽生えた、どうしても拭い去れない不安を抱えながら。 







―――――――――――――――――――――――


  トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!


―――――――――――――――――――――――







「さて、お嬢様は起きてるかなぁ」



 お嬢様を起こしに、昨日の夕方ぶりに部屋の前にやってきました。

 一人で起きることの多いお嬢様の場合だと実際に私が起こして差し上げることは少ないのですが、早朝に顔を合わせるのもまた付き人として欠かせぬ仕事の内です。


 ……とはいえ、会うのが不安じゃないと言ったら嘘になってしまいますが。



「昨日あんなことがあったばかりですからね……」



 少なくとも突き放されることはないと確信できますが、お嬢様との距離感を掴みかねているのもまた事実でした。

 一体どんな顔をして会いに行けばいいのでしょう。


 私は頭を抱えて床に膝を突きました。



「ああぁぁぁぁ、変に格好つけなければよかったですよぉ……!」



 セレンさんを不安にさせまいと、相談しなかったことが裏目に出た格好です。


 そりゃあ「大丈夫」と笑顔で言ってのけたくせして、直後にそんなことで「どうしたらいいですか?」なんて相談してきたら逆に不安になるでしょう。

 その点を考えれば私の選択は間違ってなかったと考えれますけど、結局目が悪いのに格好つけて伊達眼鏡を買ってしまったみたいな本末転倒な話ですよね。

 自業自得もいいところだ。



「ううっ……次からもう見栄は張りません……」



 しっかりと見栄を張ったことを反省し、二度とこんなポカをやらかさないよう教訓を胸に刻むのでした。

 二の舞、ダメ絶対。


 とまぁ反省会はこの程度にして、立ち上がりながら膝についた埃を払いのけました。

 いつまでもお嬢様の部屋の前でうずくまっているわけにもいかないのです。



「うじうじしても仕方ありません。男なら男らしく当たって砕けるのみ! ままよ!」



 腹を決めて、私は扉越しに朝を告げようと口を開きましたが……。



「お嬢様、おはようござ――――」

「おはよう華炎」

「いまひゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!?」



 しかしその刹那! 勢いよく部屋の扉が開け放たれ、中から満面の笑みを浮かべたお嬢様が現れたのです!

 ホラーゲームばりの脅かし方(ふいうち)をモロに食らい、私は奇声を上げながら尻餅をついてしまいました。

 腰が抜けたらしく、ちっとも足に力が入りません。ぷるぷると子犬のように震えるだけで、足が足としての機能を完全に喪失しています。


 なるほど、どうしてアニメで腰を抜かしたキャラはぴくぴく痙攣するのかと不思議でしたが、あれは体が思うように動かないから震えていたのですね。


 なんて、頭の冷静な部分が見当違いな考察をしている間にも、お嬢様は慌てふためく私を見てお嬢様は大爆笑されていました。

 それはもうお腹を抱えて、普段の凛々しいお嬢様の姿からは想像もできないほど大爆笑をしています。



「お、おおおおっ、お嬢様ァ!?」

「あっははははは! 華炎ったら、そんな格好になるほどびっくりしちゃったの? ふふふ、その泣きそうな顔がそそるわぁ……!」

「ヒエッ……」



 蕩けるようなしまりのない顔をしつつも、お嬢様の目は獲物を見定めた猛禽類を思わせる鋭い目をしていました。狙った獲物は逃がさない――――そんな目です。

 背筋に得体のしれない薄ら寒い悪寒を感じます。具体的なことはわからないけれど、このままだととんでもないことになる、という予感。

 虫の知らせとでもいうのでしょうか。どちらかと言えば蛇に睨まれた蛙みたいな状況ですが。



「ところで華炎? この前は着せられなかったのだけれど、とてもイイ服が手に入ったの。ちょっと着てみる気はないかしら? ほら、これなんだけれど……」



 って、そんな小洒落た冗談言ってる場合じゃないぃぃぃぃぃ~~~!?!?!?!?


 お嬢様がどこからかとても可愛らしい、どこかのアニメのような衣装を取り出してきました。かっこいい系と可愛い系のハイブリットというべきか、どれもロングコートに改造を施した一点物の服の様子。

 ……正直な話、私の趣味に凄く刺さるデザインをしています。一瞬ですが、これなら着てもいいかも、なんて考えてしまうぐらいには。


 危ない危ない、絶対にお嬢様に気付かれないようにしないと――――



「どうかしら。これってこっそり華炎に内緒で、服飾のブランドに特注で作ってもらったの。あなたってこういうの好きでしょう? ほら、すっごく興味津々じゃない」

「ギクゥ!? なななななな、それをどこで!?」

「だってあなた、一ヶ月くらい前に休憩ラウンジにあったファッション雑誌のロングコート特集ガン見してたじゃない」

「なんでそんなことがバレてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」



 一瞬でばれたァ!?

 っていうか、あの雑誌置いたのお嬢様だったんですか!

 テーブルの上に特集の組まれたページが開かれたまま放置してあったのでついつい読んでしまいましたが、まさかお嬢様の策略だったなんて!



「馬鹿な……私の好みを分析した上での衣装……だと!?」

「ふっふっふっふ、さぁ! これを着なさい!」

「お……お断りしますっ! 断固として拒否します!」



 嫌だ! 普通の女装も大概嫌ですけど、これはもっと嫌だ! なんだか私の好みを把握されているのが、そこはかとなく屈辱的で嫌です!


 ……が、直後にお嬢様はとんでもないことを言い放ちました!



「あらいいの? 本当にそんなことをしていいのかしら」

「……何のことですか?」

「だってあなた、昨日言っていたでしょう? 私の信用を得るまでずっとそばにいるって。あ~、これ着てくれたらちょっとだけ信用できそうなんだけとな~、着てくれないのならちょっと信用できないかな~」

「な…………なんですと!?」



 よりにもよってそんなごり押し戦法に訴え出ますか!? そんなこと言われたらもうどうしようもないじゃないですかぁ!



「これを着てくれなかったら、昨日の言葉は口先だけの綺麗事っていうことになってしまうわねぇ」

「あわわわわ…………!」

「それで? どうするの? 着るのかしら、それとも着ないのかしら?」



 これ以上ないほど()()笑顔を浮かべ、お嬢様は衣装たちを手に迫ってくる。その不気味な様相たるや、鬼が裸足で逃げ出すほどである。

 まるで選択肢があるかのような口ぶりですが、最初からそんなもの存在しないことなど、私が誰より分かっています。



「さぁ、選びなさい。さぁ!」



 結局、私にできることなど、顔を青ざめさせながら頷くこと以外に何もなかったのでした。



「は、はぃ……着ます、着ますからぁ……!」

「うふふ、やっぱり華炎はそうこなくちゃ。さぁ、朝一番からやる気を補充よ!」

「いぃぃ~~やぁぁぁ~~~!!」



 私が抵抗できないことをいいことに、ずるずると引き摺られるようにお嬢様の寝室へ引っ張られる。

 どこかドナドナのような光景だなと他人事のように考えたところで、私の記憶はぷっつりと途切れたのでした。



 その後、お嬢様の部屋の前で魚のように痙攣しながら倒れている私が発見されたのは、また別の話です。



おねショタコンビの吸血鬼退治ものとかどうです?

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