#51 白銀が染まる
語り手「ところで主、ここ最近金曜日の投稿ができず週一投稿になっている模様ですが……何か言い訳は?」
たたろーさん「いやぁ、その、最近モチベーションが……沸かなくてですね?」
語り手「今更そんな使い古された定型文が通用すると思ってんのかすっとこどっこい」
たたろーさん「申し訳ございませんでしたハイ」
語り手「で、真面目な理由は何ですか」
たたろーさん「正直に申し上げますと、携帯の機種変更なるよく分からないものをする羽目になり、扱いづらい最新型の形態に振り回され、執筆に苦労していました。しかも携帯のみならず、今まで使っていたPCも新調し、諸々のセッティングで手間取っていたのです。
さらに、この先のガリトラ☆三章の展開に頭を悩ませ、あれこれと先のシナリオをシミュレートしながら書き進めている故に執筆が進まなくなる時があったんですね。実は初期設定からこの三章は都合四回のシナリオ変更をしていたり……」
語り手「なるほど」
たたろーさん「許してくだされ……許してくだされ……」
語り手「分かりました。じゃあ続きを書け」
たたろーさん「え」
語り手「書け。口答えは許しません」
たたろーさん「アッハイ、一生懸命52話を金曜日までに書きあげておきます……」
時代は現在。月の館にて。
「お嬢様の様子がおかしかったわね……何かあったのかしら?」
メイド長の月詠セレンは掃除の手を緩めることなく、されど己の主人である十六夜のことを気にかけていた。
清掃を行いながらも同時に別のことを考えられるあたり、メイド長の肩書は伊達ではないということだろう。華炎が見れば「流石はセレンさんです!」と褒めちぎること請け合いだ。
しかしその表情は光を反射せぬ新月のように暗い。
彼女が相当思い悩んでいることが見て取れる。
というのも、彼女が敬愛してやまない十六夜の様子が、目に見えておかしかったのが理由だった。
十六夜が華炎と一緒に帰ってきたのが一時間前のこと。彼女は帰ってきたと思えば、そのまま脇目も振らずに自分の部屋に閉じこもってしまったのだ。
いつもならすれ違ったメイドたちに挨拶を返していたのだが、今日に限っては挨拶を返さないどころか、その場にいないものとして振る舞うように無視していったのである。
『お気に入り』として可愛がられる華炎でさえ、お嬢様はどこか避けている節が見られた。余程のことがない限りそんなことにはならないだろう。
にも関わらず避けられているということはつまり、他ならぬ華炎がその『余程のこと』をしてしまったことに他ならない。
「華炎が何かやらかした、というのは間違いなさそうだけれど」
ただのサブキャラと侮ることなかれ、月詠セレンは勘の鋭い女だ。例え屋敷から千春峰までという距離であっても、年齢に関する失言には即座に反応できるほどの鋭さである。
華炎が失礼なことを考える度、彼女は自分はまだ二十代前半だと叫ぶのだ。
……傍から見るとおかしな人に見えるとは言ってはならない。
そんな彼女にかかれば、十六夜と華炎の態度からおおよその出来事を察することなど片手間で済むことだった。文字通り、リソースの半分以上を掃除に割きながらでも。
しかし、推測できるのはそこまで。だいたい華炎が悪いということまでは分かっても、何のヒントがなければそれ以上はただの予想だ。
勝手な妄想、呼び方を変えれば下衆の勘繰りとも言っていい。
「……やめましょう。どうしようもないわ」
そこまで考えて、セレンは考察を中断した。
二人の間に何かがあったにせよ、現状ではそれを知る術はない。余計な先入観を持ってしまうことも避けるべきである。
今できることは、精々メイド長として働くことだけだった。詳しい話は後から十六夜に聞けばいいのだ。今はとにかく仕事を遂行するのみである。
「華炎をお使いに行かせたのはまずかったかしら?」
そして当の華炎だが、しばらく前に食材のリストと代金を持たせて、仲のいいメイドの鬼灯上弦と一緒にスーパーに送り出してしまった。
あまりにも暗い顔をされていては屋敷の雰囲気も悪くなる。そういう判断から指示を出したのはいいものの、詳細を聞く前に送り出したのは失敗だったかもしれない。
今更後悔したところで、もうどうしようもないことではあるが。
「参ったわね……お嬢様からはとてもじゃないけど話は聞けないでしょうし……」
セレンはあれほど憔悴した十六夜の姿を、ここ二~三年の間見たことがなかった。
あの様子ではいくら十六夜と最も付き合いの長いセレンでさえ、会話は難しいだろう。一時間も部屋から出てこないのなら猶更だ。
「何もできないというのは、つくづく歯がゆいものだわ」
こんなときにセレンが感じるのは、決まっていつでも無力感だった。
何もできない。何も成せない。
あの日と同じだ。
「お嬢様……」
箒を操るセレンの手が止まる。
掃除に割り当てられていたリソースが別の思考に奪われていく。
セレンは瞳を閉じて、そのまましばらく廊下で物思いに耽った。
「…………」
手を引かれて連れてこられた大きな屋敷。
汚い笑顔で送り出した父。
嘔吐物と鉄臭い匂いのする地下。
地下につながれた一人の少女。
少女と自分に手を上げる【ご主人様】たち。
とめどなく記憶が次から次へと飛来し、彼女の眉目良い顔を憎々しげなイロで染めていく。
しかし、その思考の旅は長くは続かなかった。
「ただいま戻りましたー!」
「この声は……?」
屋敷のエントランスのほうから、聞き覚えのある元気な声が聞こえてきた。明るく無邪気で、それでいて温かみのある声だ。
セレンは箒を壁に立てかけ、エントランスに足を向ける。途中で真っ先に出迎えたと思われるメイドとの会話も耳に入った。
「あ、おかえりなさい華炎さん!」
「はい、戻ってきましたよ上弦さん」
「本当にすいません、先に戻らせてもらっちゃって……」
「気にしなくてか舞いませんよ。あれを上弦さんに持たせるのも酷な話ですから」
セレンは買い出しを頼んでいた華炎が戻ってきたことを察した。
帰ってくるまでに時間がかかったことだけが気がかりだが、彼女からすればちょうどいいタイミングでの帰還である。まったくもって都合がいい。
廊下を抜けてホール状になっているエントランスに出てみれば、そこには思った通り赤い髪のメイドが買い物袋を両手に抱えていた。そしてその傍らには一緒に買い物を頼んだはずの、凸凹姉妹の片割れが一人。
はて、とセレンは首をかしげる。
一緒に買い物を頼んだのに、どうして出迎えをしているのだろうか。そんな疑問が彼女の中で鎌首をもたげた。
しかし、それとこれは別のことであるとセレンは判断し、まずは華炎を出迎えることを優先するのだった。
「大分遅かったわね、華炎」
「あ、セレンさん。ただいま戻りました!」
直後、セレンの右手がノーモーションで閃く。
躊躇なく緋色の頭に鋭い手刀が炸裂した。
「痛っ」
「月読メイド長よ。名前で呼ぶのはやめなさい」
ここ一か月で何度繰り返したかもわからないやり取りを行い、華炎は叩かれた頭をさすりながら謝る。
「ご、ごめんなさい……」
「あははは……直らないですねぇ名前呼び」
上弦がフォローしようとして口を開いたが、結局かける言葉が思いつかず当たり障りのないのない台詞が出てきた。
一向に改善の様子が見られない華炎が全面的に悪いので、フォローのしようがないのである。
実は二度と呼び方を矯正できないのではなかろうか、と悟り始めてきたセレンだったが、何が何でも矯正させてやると覚悟を改めだったのだった。
「……いや、そうじゃなくて」
茶番じみた緩い空気に流されかけそうになったものの、目的を思い出したセレン。年頃の少女によくある姦しい雰囲気は同性を巻き込みやすいから困りものだ、と思う彼女である。
……実際は約一名ほど男性だったりするのだが、そのことをすっかり失念しているあたり華炎の女装技術が発達していることの証左だろう。
閑話休題。
彼女がこうして華炎を出迎えたのは、ただ雑談をするためではないのだ。
気を取り直して、セレンはすっかりリフレッシュして明るくなった華炎に向き直った。
「華炎、ちょっと話があるの。制服を着替えなくていいから、こっちに来なさい」
「……あれ、これもしかしてお説教パターン!?」
セレンの言葉を受けて、華炎は彼女が怒っているものと勘違いをしてしまう。
「あわわわわ……! わ、私もしかしなくてもとんでもないミスをやらかしてたりとか……!」
「……何をどう履き違えているのか知らないけれど、別に説教をするわけじゃないわよ」
「あ、これはダメなヤツ……」
それから華炎は「怒ってないって言う人ほど怒ってるんですよぅ」とか、「女装? また女装で辱められるんですか?」などと、うわ言のようにつぶやくのであった。
このつぶやきはセレンと上弦に聞かれることはなく、余計なトラブルを招くことはなかったのは幸いと言うべきか。
「あ、というかセレンさん。この荷物はどうするんですか? 流石にこれを放置するわけにもいきませんし、かといってそのまま持っていくのも……」
意識が現実に引き戻された華炎は慌てて顔を上げ、返答を待たず踵を返そうとしたセレンを呼び止める。
その手には食材で一杯のビニール袋が四袋ほど。これをぶら提げたまま立ち話をするというのも、ナンセンスな話だろう。
セレンもそのことに気が付くと考える素振りを見せたが……
「そうね、じゃあこの荷物は厨房に運んで頂戴。鬼灯姉が」
「……えっ! 私ですか!?」
どこか他人事のように振る舞っていた上弦に押し付けた。
突然矛先が向けられて狼狽える彼女に対し、セレンは至極もっともな正論を突き付ける。
「だってあなた、一緒に買い物に行くよう頼んだのに先に帰ってきていたじゃない」
「あっ……」
「どうせ華炎が先に帰っていいって言ったんだろうけど、それって私の指示に従わなかったってことなのよ? だったらこれくらいするのが筋じゃないかしら」
「あうあうあー……仰る通りデス……」
正論を言われてはどうしようもない。上弦はがっくりと項垂れながら、華炎からビニール袋を受け取った。
「すみません上弦さん。私が要らない気遣いをして、先に帰ってだなんて言ったばかりに……」
「落ち込まないでください華炎さん。元はといえば甘えちゃった私が悪いんですから」
「そう言っていただけると助かります……どうぞ、重いので気を付けてください」
「はい、確かに――――って重ぉい!?」
「上弦さーーーーん!?」
華炎から袋を受け取った瞬間あまりの重さに上弦がつんのめり、華炎が悲鳴を上げて慌ててフォローに入つことになったのだが、セレンには実に関係のないことであった。
ずっと過去編を続けていくのもどうかと思い、一旦ここで時間軸を現在に戻させていただきました。
次回からは華炎ちゃんの視点に戻りますので、頑張って金曜日にまで完成させます。
ちなみに携帯がXperia1になりました。最新型とはいったい……うごごご……