#48 過ちの日
先週金曜日、ガリトラ☆の更新ができず申し訳ありませんでした。
言い訳をさせていただきますと、最近執筆へ対するモチベーションが大いに削がれている、という次第なのです。
詳しくは後書きにて……
「十六夜、お前が私の後継者だ」
「え――――?」
十六夜はよく覚えている。
なにせ、この言葉が自分の人生を大きく変えた/歪めた一言だったのだから。
永遠とも言えるほどの距離を感じていた父からの、突然の後継者宣告。
十歳にも満たなかった十六夜が何と言われたのかよく理解できなかったのも、仕方のないことだった。
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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!
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十六夜の父である豊葛朧は当時齢五十ほどではあるが、既に己の体の限界を悟っていた。
なにせ、父より受け継いだ【豊葛グループ】を己の代で数倍以上の規模に発展させてきた、並みの人間には到底できぬ偉業を成したのだ。
世界の覇権に王手をかけたグループを背負うには、一人の人間如きではあまりにも重すぎる。
傍らに支えてくれる妻はいれど、それでもこれから先のことを思えば十分とは言えない。むしろこれから先のグループのことを思えば、丁度いい引き際だろう。
己の体と組織の具合を見て、朧はそのように考えた。
そしてその後継ぎに自分の子供を選ぶのは、『豊葛』が受け継いできた伝統でもある。
十六夜もそのことは分かっていたし、他の四人の兄姉も同じように知っていたことだ。
今更後継ぎが誰かを伝えられたところで、驚くことはない……はずだった。
ただ、なぜか十にも満たない歳の十六夜が選ばれるということを、本人も含めて想定していなかっただけで。
「ちょっ……ちょっと待てよ親父! どういうことだこれは!」
「……何だ白夜」
「こいつが、なんでこいつが後継者に選ばれるんだよ! まだガキもいいところじゃねえか!」
その場に同席していた長男である豊葛白夜が、いの一番に父への決定に異を唱えた。
十六夜があまりにも幼すぎるという意見は、普段バラバラな彼らの間でも共通の不満らしい。他の誰もが納得のいかなそうな顔をしている。
「そもそも、こいつは一番下じゃねぇか! こういうのは普通長男が跡を継ぐってモンだろ!? 何考えてんだよ親父!!」
長男こそが継ぐに相応しいか否かはさておき、やはり末っ子が選ばれたというのが一堂揃って何よりも気に食わないようだ。
大なり小なり「自分を差し置いて……」という嫉妬が混じっているにせよ、実績も持たない末の妹が後継者など、それぞれの形で努力をしてきた彼らにとって受け入れがたいのも当然なのかもしれない。
「白夜兄様の言う通りですわ、お父様。私も十六夜をお選びになったことに納得できませんわ」
「私もですよ父さん。せめて既に能力を示している僕らから選ぶのが筋ではありませんか?」
「……私もあなたの決定には賛同しかねますが」
口々に長女の千夜、次男の雨夜、次女の十五夜が朧に対して反対の意見を述べていく。
言葉にこそしていないものの、それぞれが「自分こそが最もふさわしいはず」という意志が籠められていることは、彼らの表情を見れば一目瞭然だ。
十六夜はその光景を、まるでカメラの映像越しに見ているかのような他人事に感じられたと記憶している。
だが、朧は子供たちの意見を力ずくでねじ伏せ、部下に対して命令するのと同じ口調で宣言した。
「異論や反対意見は受け付けん。私が後継者と認めたのは十六夜だ]
その言葉には誰であろうと有無を言わさず従わせるような威厳があり、雁首揃えてさえずる白夜たちを黙らせるのには十分な効力を持っていた。
そしてその言葉には、十六夜本人にさえ「後継ぎになることを拒否する」という選択肢を取り上げる側面も持ち合わせていたのである。
「この数年間のお前たちを見た結果での、十六夜が相応しいという私の判断だ。その意味が分からんお前たちではないだろう」
威圧――――。
そう、威圧だ。朧は誰にもこの決定を覆させぬ、という強い意志を込めて子供たちに告げたのだ。
加減も手心もない。朧は彼らに対して一切の手加減をせず、それ以上の反論を許さない強制力を伴った『命令』を下した。
一代で並み居るトップカリスマを傅けさせ、自らの勢力に取り込んだ男の『命令』なのだ。
並の人間なら、聞き届けたコンマ数秒後に這い蹲って頭を垂れていたことであろう。
そんな他者を圧倒する本物の支配者の言葉を前にして、十六夜たちが逆らうことができるはずもない。
今の朧に逆らうことができるのは、余程心臓に太い毛が生えている者か自殺志願者だけだ。当然、八歳の十六夜が逆らえる道理もなかった。
「返事はどうした、十六夜」
「……!」
それは朧にしてみれば、何でもない無意識下での言葉だったのだろう。
彼は【豊葛グループ】の経営者であるが、同時にビジネスマンなのだ。ビジネスはしっかりとした意思表示がなければ成り立たないものである。
彼が身を置く日常では、いくら最も強力な決定権を持っていたのだとしても、しっかりとした了承・承諾の言葉がなければ勘違いによる大事故すら有り得るのだ。
それ故に、いつもの癖で十六夜にも同じことをしたのだろう。
「……返事はどうした」
「…………っ!!」
だが、それは十六夜にとって究極の選択とも言えるほど、不条理極まる二択であった。
頷けば後継ぎになることを承諾したということになり、その瞬間から後継ぎを狙っていた兄姉たちから狙われるようになる。
つまり、実の家族から酷い事をされるということを意味していた。
「十六夜ィ……テメェ……」
現に一番上の兄である白夜から修羅も斯くや、という形相で睨まれているのだから。
顔に出しているのは白夜だけで、実際には他の面々も同じように自分のことを憎々しく思っている事であろう。
十六夜にもそれははっきりと分かった。
「わた、しは……」
しかし、もしここで朧の言葉に頷かなかったとしたら……
もし後継ぎになることをよしとせず首を横に振ったら、どうなるだろうか。
万が一には気まぐれで「それなら仕方ない」と諦めてくれる可能性はあるかもしれないが、そんなものを期待するのは宝くじで一等賞を中てようとするようなものだ。
後継ぎになることを拒めば、きっとそれ以上に酷い事になる。
そんな確信が十六夜の中にはあった。
「十六夜。返事をしなさい」
「ぅぁ…………」
頷くべきかう頷かないべきか? 選択肢?
いや、そもそもそんな決定権が十六夜にあるはずもなかった。
「はい……なります、私が後継ぎに……なります……」
十六夜は泣きそうになるのを寸でのところで堪え、声を震わせながら了承することしかできなかったのである。
怖かった。ただひたすらに怖かった。もし従わなかったとしたら、一体どんな酷い事になっていたのだろう。
もし拒んでいたら、もし頷かなかったら……
そんな想像が脳内を埋め尽くして、十六夜から従う以外の全ての選択肢を消し去ったのだ。
「おにい、さま…………?」
朧の下した決定は誰にも止める権利が無いのだと気付いた頃には、もう何もかもが手遅れだった。
嫌な予感を感じながら兄姉たちの様子を伺う。
彼らは揃って十六夜を睨みつけ、生涯をかけてでも排除せねばならない相手であるかのように扱っている。
悪い予想の通りの反応をする兄姉たちを見て絶望した十六夜は、今度は朧の方に首を向けた。
「…………」
朧は目に見えて雰囲気が悪くなった子供たちを前にして、我関せずとばかりにシラを切っている。
彼にとって、子供たち同士のトラブルは当人たちの手で解決させるべきもの、ということなのだろうか。
いずれにせよその態度は十六夜にしてみれば、自分を地獄へ突き落とす最後の一押しに他ならなかったのだが。
「お兄様……? お姉様……? お父様……?」
十六夜には分からなかった。
どうして実の家族が自分に殺意を向けてくるのか。
どうして父はこんな一方的に自分の都合だけ押し付けて、後は知らん顔していられるのか。
分からない。
分からない。
分からない。
分からない。
なぜ?
なんで?
どうして?
「……おかしいよ。こんなの、おかしいよ……」
このとき、十六夜は初めて知ったのである。
『豊葛家』という一族が抱える異常性に、初めて触れて心から戦慄したのだ。
地位のためであるならば、肉親であろうと排除しようとする執着心。
グループという組織のためならば、肉親であろうと自分の身であろうと差し出す逆の意味での『公私混同』。
家族を家族とも思わない異常性に、十六夜はこの上ない恐怖を感じたのだ。
「十六夜……覚えてろ」
これが十六夜の覚えている限りの、全ての過ちの始まりだった。
さて、前書きで宣った通り言い訳をば……
この拙作ガリトラ☆は、女装男の娘×女の子というただでさえニッチなジャンルである上に、書いてる阿呆の技量の無さも相まってなかなかいい反響を頂けず、「それほどこの作品は詰まらないのか」と落ち込んでいる次第なのです。
ええ、そりゃもうマリアナ海溝並みに落ち込んでいます。
いえ、もとよりそういうジャンルであるからして仕方ないとは常々弁えております。
日本では吸血鬼退治ものは少ないですし、昨今では異世界ものが大いに栄えている状況。そんな世の中で好む人の限られる女装男の娘ものが万人受けしないのは至極当然のことであるとは、私とて重々承知しているのです。
しかし、しかしですね。
そんな万人受けしないジャンルであっても、どうにかこうにか工夫してより多くの方により楽しんでいただけるものを作るというのが私たち「作り手」でして。
「もっと楽しんで読めるように」とか「もっと読んでて飽きないように」とか。そういう考えをしながら書いていると、どうしても納得のいくものがにっちもさっちも作れないままなのです。
具体的に言うと、文章が上手く書けないということなのです。
というのもですね、先達の偉人様やプロ様、めっちゃ面白い作品を書ける先生方の小説を拝見していると、どうにも私の書く文章は拙く汚く見るに堪えない汚泥塗れでヘドロ以下の塵芥にしか見えず、どうしたらもっときれいな文章が書けるのか分からなくなってしまうのですよ。
そうやって「上手に書こう」「綺麗に書こう」なんて思いながら書き上げた文章も、時間を置いてみればやはり筆舌に尽くしがたいダークマターじみたサムシングに見えてしまい結局やり直し……というループに陥ってしまいました。
まったくもって不思議です。私はどうしてこうも音楽も絵も文学も、とにかく『芸術』の方面の才能はからっきしなのでしょう。
いや摩訶不思議。ここまでセンスもへったくれも無いとくれば、前世の私は後世に残すべき芸術作品に火をつけた極悪人だったのではないか、と疑うほどです。
もしかしなくても、クソザコメンタルの持ち主である私は同じことを仕出かすこともありましょう。
そのときは、どうぞ見捨てずブックマークの解除ボタンをポチっとせず、「またやらかしてるじゃんコイツ」とせせら笑いながら気長にお待ちくださいませ……