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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!  作者: 利中たたろー
第三章 豊葛十六夜と後継者たち
55/85

#43 アンハッピー=メランコリズム



 世の中の誰しも、月曜日が来ると憂鬱な気持ちが胸の内から湧いてくる経験があるのではないでしょうか。


 休日を満喫し、満喫したが故にその反動として平日が憂鬱になる……このように月曜日から学校ないし勤務が始まる人が軽度のうつ病等を発症する現象を、世界的にブルーマンデー(憂鬱な月曜日)と言うそうです。

 日本でもその傾向は顕著で、男女共に一番憂鬱な日は月曜日というアンケート結果があります。首都圏ではよく電車が止まってしまうのも、月曜日の悪しき風物詩の一つです。『サザエさん症候群』なんかは有名ではないでしょうか。


 斯く言う私も月曜日がときどき嫌になります。

 私だってお休みは長い方が好きですし、学校に行かなければならないと思うとどうしてもブルーな気持ちになってしまいます。


 しかし、そんな泣き言を言っても月曜日は月曜日。カレンダーの日付を書き換えようが時計の針を物理的に戻そうが、日曜日の次には月曜日が来る。

 炎に手を突っ込んだら火傷するのと同じくらい当然のことで、この宇宙の絶対法則にして世界の摂理なのです。嫌だ嫌だと駄々こねたって無駄無駄無駄。月曜日は登校・出勤しなくてはなりません。


 悲しいかな、これが現代の人類が作り上げた社会システム。永い永い闘争の果てに辿り着いた答えの一つで、幾千年にも及ぶ『労働』という歴史が生まれ持った宿業とでも言うべき呪縛でした。

 人類誕生から数えて幾星霜。このブルーマンデーシンドロームもまた、偉大なる我ら人類の祖の築いたヒューマニティーの一部なのです。



「今日の夕食は何にしようかなぁ……」



 まぁ、あーだこーだそれっぽい理屈をこねくり回してぶんぶん振り回してみましたが、言いたいことはたったの一言です。



「おはよーございまーす」



 人間どんなに面倒くさかろうが



「あ、おはよー村時雨さん」

「ごきげんよう村時雨さん」

「ごきげんよう! 私は今朝に刺身というものを頂きましたわ!」

「挨拶の直後にご飯の話を振るんじゃないよ腹ペコ留学生……おはよう村時雨さん」



 義務からは逃れられないのですよ。



「皆さん、今週も頑張りましょうね!」







―――――――――――――――――――――――


  トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!


―――――――――――――――――――――――







 なんとも意外なことに、日曜明けの千春峰には学校特有の「休み明けだるい」という空気がほとんどありません。いつもと同じように、明るくも気品のある雰囲気がそこかしこから漂っていました。流石は日本一の女子校。休み明けのブルーマンデーなんかへっちゃらのようですね。

 勿論、生徒の中にはややブルー気味な人もいることにはいるのですが、きっとその人たちも二時間目の授業が終わる頃にはいつもの調子を取り戻していることでしょう。


 そんなこんなでいつもと変わらぬ千春峰女子学院。

 今日も今日とてここは日本の将来を担う女性を育てる乙女の園で、()という異物を抱えて存在意義を疑われかねない日常が繰り広げられていました。……当の本人が言うのもアレですが、流石に危機管理がなっていないのでは……?



「いや、そりゃ正体バレたら大変なことになっちゃうから、都合がいいといえば都合がいいんですけれども……」



 『乙女の園』という看板を思えば、どうにも釈然としない思いが湧き上がってくるようでした。



 閑話休題(まぁそれはそれとして) 



「おーっす。オッハー華炎!」



 自分の席でボーっとしていると、今しがた登校してきたマグノリアさんが声をかけてきました。彼女の顔には月曜日特有の気怠さは影も見えず、元気そうな笑顔が浮かんでいます。

 なるほど、流石はネオスーパーギャルと言ったところでしょうか。きっとギャル特有の何かしらが、なんやかんやでブルーマンデーを吹っ飛ばしたのでしょう。知りませんけど。


 私は友人として、幼馴染として、精一杯の笑顔を浮かべて挨拶を返しました。



「おはようございますマグノリアさん。今日も冴えていますね」

「え、何が……? まぁいいや。今日の放課後は予定が空いてるから、またメイク講習やろっか!」

「分かりました。気合い、那由多パーセントです!」

「……うん、面白い面白い。面白いからそのギャグもどきは封印しようね?」



 遠回しにもう二度とするなと言われました。なんで!? 柴炎ちゃんだって昔は褒めてくれたんですよ!?

 もういっそ、マンゴスチンとでも言ってやりましょうか……



「それ以上はいけない」

「あっはい」



 見透かされているようでした。幼馴染怖い。



「あら、なんのお話をされていますの? 私も混ぜてくださいな」



 益体も他愛もない話をしていると、隣の席へ姫小路さんがエントリーしました。私たちとは一足遅れての登校です。これで2-A仲良し三人トリオ(他称)が揃ったことになります。



「あっ、おはようございます姫小路さん。今日も桜の綺麗ないい日ですね」

「おはよー姫小路。別に大した話じゃないけど、それでもいい?」

「ごきげんよう村時雨さん、木暮さん。構いませんわ、むしろそのような雑談こそ私も混ぜてください」



 姫小路さんは私とマグノリアさんに挨拶を返し、目を輝かせながら雑談への参加を熱望しました。

 当然私たちがそれを認めない理由などあるはずもなく、二人揃って三人での雑談を快諾したのでした。一人よりも二人、二人よりも三人、です。友達との会話は多ければ多いほど楽しいのですから。



「ありがとうございます、では、なんのお話をしましょうか」



 姫小路さんは嬉しそうな笑みを浮かべ、私たちもそれに釣られて頬が緩んでしまいます。大和撫子の綻ぶような笑顔は、周りの人も笑顔にしてしまう不思議なパワーがあるのでしょう。


 それから私たちの話は女子高生らしいトークを繰り広げることになりました。……いやまぁ、私は正確には男なので、ガールズトークと言うと凄まじい語弊があるんですけどね。



「最近さぁ、こんな時期だから肌にも気を付けないといけない訳で……」

「ええ、分かります。私も毎年悩んでいますもの」

「へぇ~……ほうほう……そうなんですかぁ」



 こんな会話とか。



「今週は東京の三葉会館で、著名なオーストリア出身現代アーティストの展覧会が行われるそうなんですよ? なんでも日本のあにめーしょん? 文化を題材にするそうなのですが」

「何それ面白そうなんですけど。あたしも時間空いたら行ってみよっかなぁ?」

「なるほど、ふむふむ。……うん? 」



 こんな会話とか。



 そして今ドキの女子の話題についていけない流行感度がおじいちゃんな私は、残念なことに終始聞き手にまわることになったのでした。

 いやだって、男が今ドキ女子高生のトレンドについていける訳がないじゃないですか。碌に肌の手入れなんかしてきたことないのに、肌の話されても分からないじゃないですか。怪しまれない程度に自然な流れで相槌を打つ程度が限界なんですよ。


 内心冷や汗をかきながらバレないように半自動対応をしていると、話題は移り変わって私にも関係のあるものへシフトしました。

 今こそ会話の輪に飛び入るチャンス! と息巻いて機を伺っていると……



「そういえば、村時雨さんの生徒会長のお付き人でしたよね?」

「え? あ、はい。そうですけれど……」

「生徒会長は、普段どんなお方なんですか?」



 さらにそこから一転して、なぜかお嬢様のお話になります。

 話題のネタが思い浮かんだのでここぞとばかりに盛り上げようとしたのですが……見事に機を失ってしまいました。こっそり胸のうちで落胆しながら、私はどう答えたものか思案しました。


 当然私は付き人見習いなので、お嬢様の私生活は色々と把握しています。ですが、それをこのお二人に話していいのかどうか……。お嬢様の与り知らぬところで私生活を吹聴するのは、使用人としてのモラルが問われかねません。

 それに、お嬢様の実態を知ってしまえば、きっとマグノリアさんも姫小路さんもお嬢様に幻滅してしまうでしょうし……



「あのさ、華炎。それはやめたほうがいいんじゃ……」



 そうして思い悩んでいると、マグノリアさんが複雑そうな顔をして私に警告――――というより、善意からの提案をしてきました。


 ああそうか。マグノリアさんは一度屋敷に招待されて、素のお嬢様を一度目にしているんでしたよね。マグノリアさんはお嬢様に脅迫されて私のサポートをしてるのですから、私が自分と同じ轍を踏んでしまうと考えたのでしょう。

 私には殊更容赦ないお嬢様のことです、間違いなくマグノリアさんの言う通り碌な目に遭わないでしょう。具体的には女装ショーとか女装お着換えとか女装コスプレとか……

 この前(昨日のお仕置き)の二の舞は、身体が拒絶反応を起こすレベルで嫌でした。



「あの、体調が優れないのですか? お顔が青くて指が震えているようですが……」

「いっ、いえ。なんでもありません!」



 要らぬ心配をかけてしまった姫小路さんに心の中で詫びつつ、私は立場上彼女の期待には応えられないことを伝えました。



「申し訳ございません姫小路さん。流石にお嬢様のプライベートとなると、それは……」



 もっともらしい言い訳を並べ立てて、私は保身に走りました。女装怖い女装怖い女装怖い…………



「それもそうですね。他人のプライベートを詮索しようとした私の落ち度でした。今の質問は忘れてください」

「いえ、そんな謝らずとも構いませんよ」



 むしろお嬢様がそれほど多くの人に慕われていらっしゃると思えば、従者として誇らしいものもありました。アイドルのオフが気になるファンと同じようなものです。私生活への関心も、人気の裏打ちなのですから。


 しかし……そうなると、むしろどれほどお嬢様が慕われているのかが気になってきますね。姫小路さんがそこまで仰るのであれば、相当な人気だと考えられますが……

 よし、ちょっと聞いてみましょうか。



「姫小路さん、一つお伺いしてもよろしいですか?」

「はい? 何でしょう?」

「お嬢様はこの学校でどのように見られているのですか?」

「生徒会長の……」



 姫小路さんは考える素振りを見せて、しばしの熟考の後に短い言葉で私の問いに応えました。



「強いて言うならば、『スター』という言葉が合うと思います」

「スター?」



 スター――――英語で「star」。和訳すれば『星』『自ら輝く恒星天体』、そして『人気者』。

 姫小路さんが用いたスターの意味は、この場合だと十中八九最後の意味で間違いありません。



「人気者、ねぇ……」



 私は姫小路さんの言った言葉の意味を吟味し、彼女が言わんとするところをよくよく考えました。


 お嬢様は生徒会長として、この千春峰の生徒の『顔』として活躍しておられます。生徒の代表として会議に出席したり、運営母体や教師陣に生徒の要望を伝えたり、私が見たように集会で前に立ったり、イベントで指揮を執ったり。

 その活動は人目のつく立ち位置でのものがほとんどで、多くの生徒の前で目に見える形での実績を築き上げています。


 なるほど、姫小路さんが『アイドル』ではなく『スター』と称したのも、そういった理由があったからですか。

 客寄せパンダのようにただ人気を集めるだけの『偶像(idol)』ではなく、皆への貢献という実績をもって人気を博する『立役者(star)』。



「ありがとうございます姫小路さん」



 私は分かりやすい説明をしてくださった姫小路さんにお礼を言い、続いてマグノリアさんにも同じ質問をしました。



「マグノリアさん、あなたにはお嬢様はどのように見えていましたか?」

「え、あたしにも聞くの?」

「はい。情報は多い方がいいので」



 マグノリアさんは面倒くさそうな顔をしながらも、お前が言うのなら仕方がないとばかりに質問に答えてくれるようでした。

 ちなみに私の質問が過去形なのは、既にマグノリアさんがお嬢様の素を見てしまっているからです。きっと姫小路さんも同じ目に遭えば、幻滅してしまうことでしょう。

 だから私は過去にどう見えていたのかをマグノリアさんに尋ねていたのでした。



「まーいいけどさぁ……で、何を答えればいーの?」

「お嬢様がどういうことをして、それがマグノリアさんから見てどのようなものだったのかを率直に言ってください。大丈夫です、誓ってお嬢様に告げ口なんてみみっちい真似はしませんから」

「そーゆーことなら……」



 お嬢様には何を言っても内緒にすると約束し、マグノリアさんは口を開きます。



「結論からゆーとぉ、かっこよくて行動力のある、絵に描いたような理想のリーダーってカンジがしたなぁ」



 理想のリーダーか……。確かに猫を被ったお嬢様はそんな雰囲気を纏っていますね。私が誘拐されたときも、そんなオーラを出しながら先輩メイドたちを指揮していました。



「去年の文化祭とか、あの人が現場に立って設営の指導をしてたところはいの一番に設営が終わってたし。みんなが指導に従う人望もあって、それを見たあたしもカッコいいなって思ったの」



 伊達にメイドを何人も個人で抱えている訳ではありませんからね。生徒たちを指揮して思い通りに効率的な作業をさせることなど造作も無いでしょう。



「あとはそーだなぁ……人心掌握が凄いと思う」

「……人心掌握?」



 ふと、マグノリアさんの言った単語に私は眉をひそめてしまいます。



「あの、それってカリスマとはまた違ったものなんですか?」

「え? カリスマ? うーんと、それとはちょっと違うとゆーかなんてゆーか……」



 お嬢様の人の心を寄せ付けるカリスマ性は、私も身をもってよく知っています。しかし、そのカリスマとはちょっと違うと彼女は言いました。

 私ははやる気持ちを抑え、上手く伝わる言葉を選んでいるマグノリアさんの説明の続きを待ちました。



「んー……あたしの言ってる人心掌握っていうのは、まるで相手の考えることを全部見透かしてるみたいに振る舞ってる、って言うのかな」

「というと?」

「ざっくばらんに言っちゃえば、メンタリストっぽいってこと」



 それはつまり、相手の心理を把握しそれを自在に操っているということでしょうか。

 相手を引き付けるのがカリスマなら、引き付けた相手を思うがままにするのが人心掌握。確かに両者は似ているようで別物ですね。マグノリアさんが言葉を選ぶのも当然でしょう。

 私は一人内心で合点しつつ、彼女の観察眼を称賛したのでした。

 


「よくお嬢様を見ているのですね。流石ですマグノリアさん」

「いや、別に大したことじゃないし。嬉しくないし」



 口では嬉しくないと言っていますが、顔は完全ににやけています。湧き上がる喜びがまったく隠せてません。

 こういうキャラが取り繕えきれていないところがマグノリアさんらしいです。


 このまま隠せてない照れ隠しのことで追撃してやろうかとも考えましたが、残念なことにこのタイミングで美波先生が教室に入ってきてしまいました。



「おらおら席に着けー、かったるいHRを始めんぞー。あーめんどくせぇ……」



 クラス担任でありながらやる気と真面目さが全く見えない教員、美波先生はやはり面倒くさそうにHRの開始を告げます。

 彼女は一見不真面目そうにしてても許されてしまうような先生に思えますが、自分には甘く他人に厳しい性格なのでこちらも不真面目だと容赦なく叱られてしまいます。

 理不尽だ、という言葉は呑み込んで大人しくHRに備えましょう。


 2-Aに全ての生徒が揃っていることを確認すると、美波先生は(いた)く気だるげに今日の伝達事項を伝えるのでした。

 


「あー、今日はアレだ。アンハッピーバースデイってやつだ、お誕生日じゃない日おめでとう。つまり、何にもねぇおもんない日だ」



 適当の上に投げやりという言葉を二重に重ねたような、えらく雑な伝達でした。お誕生日じゃない日おめでとうございます。

 お嬢様学校で働く教員がこんなのでいいのか? と思うかもしれませんが、美波先生はこれがノーマルです。これが普通です。酷いときには重要なことを伝え忘れたりするので、これでもマシなんです。

 ちなみにこの千春峰には全校生徒の数がかなり多いので、かなりの確率で毎日は誰かしらの誕生日である確率が高いと思われます。非常にどうでもいいですね。



「そんじゃ次に今週からの掃除当番だが――――」



 美波先生がアリスを知っていたことにちょっぴり驚きつつ、私は姫小路さんとマグノリアさんから聞いたお嬢様の外聞を整理しました。

 『カリスマ的リーダーで、実績を積み上げて人気を獲得している。人間の心理に聡く、相手を操ることができる』

 お二人の話を纏めると、こんなところでしょうか。


 正直に言ってしまえば、そこまで真新しい情報はありませんでしたね。どれも私が知っているお嬢様の側面を、少し深く見ることができた程度でした。

 そう思えば思うほど、私はお嬢様のことをよく知らないのだと実感します。知っていることといえば、今知っている事だけ。

 お嬢様のご趣味も、好きなアニメや漫画も、苦手な音も、私は知らないのですから。



「……お嬢様のこと、もっと知らなきゃいけないですよね」



 私はお嬢様への理解を深めることを決意して、美波先生のお話に意識を傾けたのでした。



日曜日の舞台裏で華炎が強制された女装


透け気味ワンピース

へそ出しホットパンツコーデ

薄手のぶかぶかセーター+ミニスカート

ゴシック調ポンチョ


各衣装だいたい一時間くらいに渡って鑑賞・撮影され、その写真は密かにコレクションされているとかされてないとか……

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