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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!  作者: 利中たたろー
第三章 豊葛十六夜と後継者たち
53/85

♯41 制裁の制裁

世の中には助走つけてヒロインをぶん殴る主人公と、主人公に公開羞恥SMプレイをするヒロインがいるらしいそうで……



 長い国境のトンネルを抜けると、そこは雪国でした――――



「……っていう気分ですよコレ……」



 さっきのモノローグを当てはめるとすると、『小綺麗にお掃除のされた公共トイレから抜け出した、らそこはショッピングモールでした』、といったところでしょう。


 立ち並ぶショーウィンドウ。

 紙袋抱え行き交う人々。

 壁に貼り付けられたセールのお得情報。

 そして館内を流れる迷子案内の放送。


 一寸の隙もなくショッピングモールだと断定できる場所でした。

 しかし、それは私にとって不都合以外の何物でもありませんでした。



「うっ、人が多い……」



 このショッピングモール、かなり盛況している様子でとても人の往来が激しいです。この施設の隅っこにあるトイレ前でさえそこかしこに人、人、人!

 今日が日曜日であると言うことも手伝って殊更に人が多くなっているのでしょう。遠くに見えるブティックでは、中までチョコたっぷりの棒状お菓子よろしく人が一杯でした。どこも同じようなものかもしれません。

 人が沢山いると言うことはつまり他人の視線も多いということで、自ずと私を見る視線は比例して増えていきます。


 そして忘れてはいけないことに、私は女装して性別を偽る男の子。

 制服やメイド服を着ることに抵抗は(悲しい事にワリと)少なくなったとはいえ、着慣れない上に仕事着と言い訳できないレディースの私服を着てるところを見られれば、恥ずかしくて顔から火が吹き出そうです。というか今にも羞恥心のあまり吐き出しそう。うっぷ……


 このまま出てきたトイレへすごすごリターンするのもアレなので、吐かないよう心を強く持ちます。



「……うううぅぅ、いつも以上に足元がすーすーするよぅ」



 ……心が強くてもどうしようもないものはどうしようもありませんね。



 恥ずかしさに(くじ)けそうになってしまいます。

 辛い、ひたすらに辛い。何が辛いって周りからの視線とひそひそ声が辛いんですよ! 例えばほら、あそこで私の方を見ながら喋るママさんたち!



「ねぇ、あの子とても可愛く見えません?」

「そうですね、コスメとかシャンプー何使ってるんでしょう」

「ちょっとあっちの化粧品店に行ってみましょうよ!」



 ……こんな具合にとても注目してくるんです!

 しかも女性として見られているのが凄く辛い。本当は男なのに……



「あ! あそこにいる子めっちゃ美少女なんですけど~!」

「ほんとだ~。服のセンスいいよね、可愛いけど可愛いだけじゃないってカンジで~」

「あ、照れてる照れてる! 見た目可愛い上に美少女ムーブとかモノホンの美少女じゃん」

「だよねぇ。あたしと同い年ぐらいに見えるけど憧れるなぁ~」



 今度は目の前をすーっと通りすがっていった女子高校生らしき女の子たちの集団です。

 あんな的確に感想を目の前で述べられると穴を掘ってそこに隠れたくなります。もう「男なのに……」ということは考えないようにしました。



「やっべ、超タイプ…………」

「……鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!」

「いってぇ! 脛を蹴るな脛を!」

「じゃあデート中に他の女に色目使うなし!」



 デート中と思しきカップルの男性が私をガン見して、お連れの女性に蹴られていました。痛そう。

 やっぱり傍から見ると完全に女性に見えるんですかね、私って。社会的な死のリスクが低いのはいいことですが、どうしてそう思うと目頭が熱くなるんでしょうか。ぐすん。


 しばらくそうやって周りの視線とひそひそ声に耳を真っ赤にしながら耐え忍び、ただひたすらに時間が経つのを待ちました。

 待っていても状況が良くならないのは重々承知です。しかし、恥ずかしくて恥ずかしくてその場を一歩も動けませんでした。一歩踏み出すたびに視線を集めてしまうような錯覚を覚え、何もできなかったのです。



「うぅぅ、誰か助けてくださぃぃ………」



 どうしようもなくなって、私は俯きながら涙声で懇願することしかできませんでした。



 しかし、その願いが通じたのでしょうか。



「まったく、お手洗いに行くと言ってからずいぶん経つじゃない。すっかりケーキを食べ終えてしまったわよ? あまりご主人様を待たせるものじゃないでしょう」



 どこからともなく聞こえてきたその声。

 ひとだかりの多くまた雑音の多いこのショッピングモールの中で、その声だけはやけに私の耳へよく届きました。

 屋敷と学校で何度も聞いた声。張りのある思わず聞き入ってしまうような心地よい声。意志の強さを感じさせる芯の通った声。

 私はすぐにその声の主に思い当って、顔を上げました。



「まさかその声は――――!?」



 そして声のした方向へ首を向け、その姿を見つけたのです。

 真っ黒な、闇さえも吸い込んでしまいそうなほど黒い濡れ羽色の髪をした少女の姿を。



「あら? もしかしてあなた、催眠が……」



 その姿を見つけた瞬間、私は全力で駆け出していました。お嬢様は不思議そうに首を傾げ、何やらよく分からないことを呟いていますが、そんなことは関係ありません。私はお嬢様の下へ全く減速せずに駆け寄り――――



「お嬢様のっっ、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああッッッ!!!!!」

「え、ちょっと、待っ――――!」



 おそらく一生で一回きりの、お嬢様への全力助走ビンタをぶちかましたのでした。







―――――――――――――――――――――――


  トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!


―――――――――――――――――――――――







「……酷い目に遭ったわ」



 ショッピングモール屋上の休憩スペースにて、お嬢様は日よけパラソル付きのテーブルの下で飲み物を口にしながら言いました。



「本当にひどい目に遭ったわ。まさか飼い犬に手を噛まれるなんてね……あなたもそう思わない?」

「申し訳ありませんでしたお嬢様。全面的に私に非がございました。どうかお許しください…………」



 涙目で謝罪する私を椅子にしながら。



「やれやれね。躾が足りないのかしら、私のワンちゃんは。帰ったらお着換えショーの刑でも執行することを考えておくわ」

「お、お嬢様。決め顔になってるところ大変申し訳ないのですが、そろそろ重量的に限界があ、あああーーーー! ギブギブギブ! ハイヒールで脚を刺さないでください!」



 お嬢様は四つん這いになる私の上で、仕返しとばかりにプスプスとハイヒールのかかとで追い打ちをかけてきます。痛い、すごく痛い。内出血しちゃいますって!



「女性に『重い』という言葉を使うのが悪いんだわ。私の体重はりんご三つ分よ」

「えっぐ、うっぐ……あんまりですよぅ……」



 屋上のフードコートなだけあってここは人がかなりいます。休日なのでそれもひとしお。子供からおじいちゃんおばあちゃんまで全ての年齢層が揃っていました。

 満席一歩手前だったところを、なんとか滑り込むようにしてこのテーブルを確保したのがついさっきのこと。仕方なさそうに立って飲食をしている姿もちらほら。


 しかし、そんな人口密集度が高いところでこんなことをしていれば、変に目立ってしまうのも事実で……



「ママー、なんであの人たちおうまさんごっこしてるのー?」

「しーっ! 見ちゃいけません(りょう)ちゃん!」



 ……できるだけ関わりたくなさそうな目で見られてしまいます。私が彼らの立場だったのなら同じことをしたでしょう。少年、私のようにはならないでくださいね……



「お嬢様……流石にこれ以上はもう無理です……」

「だめよ。そもそもこの程度で限界になるほどヤワな能力じゃないでしょう?」

「フィジカル方面じゃなくて精神的な方です! 恥ずかしすぎてもう限界ですお許しくださいお嬢様!」



 叫ぶことでより注目を集めてしまうことにも気付かず、私は一縷の望みをかけてお嬢様にお慈悲を乞いました。



「……しょうがないわね。今日はこのあたりで赦してあげるわ」



 その懇願が通じたのか、お嬢様は心底仕方なさそうに私の背中から腰を上げました。私はお嬢様の心の中にある一欠片の良心に感謝しながら立ち上がります。

 あー、背中が痛かった……。人間二人分の重量が加算させられていたので、立ち上がったときの解放感は得も言われぬものがありました。できれば二度と感じたくないですが。



「その代わり、屋敷に帰ったらもっとお着換えするわよ? 今日は沢山お洋服を買ったのだから……ふふふっ」

「…………ハイヨロコンデー」



 直後に告げられた重罰に深い絶望感を抱えつつも、私は普通の椅子に腰掛けました。椅子に負担がかからないよう、重心を足の方にかけたのは無意識のことだったのでしょう。

 ふかふかとは言い難いですが、まともな椅子のありがたさを思い知った気分です。



「とりあえず落ち着いたことだし……説明はいるかしら?」

「お願いします」



 そして席に着いた私は、記憶がなくなった後の経緯を説明してくださることになりました。

 お嬢様が話すことにはこういうことだそうです。


 屋敷で私にESPを使い買い物に同行するよう命令。

 二人でショッピングモールに。

 メイド服は悪目立ちするので手ごろな服を購入し私に着せる。

 二~三時間ほど買い物をしたのちカフェテリアで休憩。

 その最中にESPで意識を奪われていた私が尿意を催したらしく、トイレの場所を教えて行ってくるように命令。

 ()()()()を済ませて手を洗っていたとき、何かの拍子でESPが解けてそこからは私の知る通り……


 ……だそうです。


 そこまでの情報を頭の中で整理し、私はここに至るまでの経緯を把握しました。

 次に私が知りたいのはお嬢様の目的です。私を無理矢理連れて行ってまでこのショッピングモールにやって来た理由、それを教えてもらうようお嬢様にお願いしました。



「差支えがなければ、お嬢様の目的もお話し頂けますか?」

「構わないわ。でも、大まかな理由は知っているでしょう?」



 勿論です。事の発端である屋敷のテラスで



「お嬢様の欲しいものを買うためにショッピングモールにいるのは分かっているのですが……」



 しかし、お嬢様の言う欲しいものとやらはてんで見当もつきません。

 お嬢様みずから買いに来るからには理由があると思うのですが、その理由も買ったものも分かりませんでした。


 そう思っていたら、お嬢様の方から購入したものを私に見せてきました。



「欲しかったものは手に入れたわ。ほら」

「…………」



 あれ、ぬいぐるみ……?

 子供がとっても好むファンシーなデザインで、確かに可愛いらしいぬいぐるみですが……え? でもお嬢様はこれを欲しがって、実際に購入して……



「え? これをお嬢様が……え?」



 思わずテーブルの上に置かれたぬいぐるみとお嬢様の顔を何度も交互に見てしまいました。



「……誤解しているようだけれど、これは贈り物よ。ルナへプレゼントするためのぬいぐるみなの」



 お嬢様は私の浅薄な考えなどお見通しだったようで、不快げに顔を顰めながら私の思い違いを訂正します。

 そっか、お嬢様のではなくルナーシア様に贈るぬいぐるみでしたか。私としたことがつい……早とちりはいけませんね。肝に銘じましょう。

 でもそれってつまり、ルナーシア様はこの手のぬいぐるみが好きだということに……いや詮索はやめましょう。よくありません。



 それからお嬢様は他にも購入したものとして、このショッピングモールにある大手の書店の本を挙げました。



「それと書店で気になる本をいくつか。こればかりは他の誰かには任せられないもの」

「気になる本、ですか……」



 お嬢様がお読みになられる本というと、ちょっと想像がつきませんね。小難しい未翻訳の外国語の本なんかも読みそうですが、流石にこのショッピングモールの本屋さんでは扱ってなさそうです。となると、古典とかでしょうか。



「これがその本よ」

「お嬢様の読む本かぁ~、隠れた名作だったりするのかなぁ~? …………え?」



 お嬢様が紙袋から取り出して掲げた本のタイトルは、『深層心理に問い掛ける催眠療法』。著者は脳医学の権威である大学教授です。


 …………えっ?


 私は今度こそ自分の目を疑い、何度も目を(こす)っては本のタイトルを凝視しかえしました。

 文芸や娯楽小説ではないかもしれないという可能性もありましたが、こんな専門書を購入していたとは夢にも思っていませんでした。高校生が読む書籍ではないように思えて仕方ありません。



「……てっきり、私は古典とかだと思っていたのですが……」

「それは残念ね。私が買ったのはこれよ」



 お嬢様の口ぶりから察するに、購入した書籍はほとんどがこれに類似するものなのでしょう。恐らくは脳医学や心理学、深層心理学といった人間の精神に関する医学的な専門書と思われます。

 しかし、なぜそんなものが必要なのでしょうか。



「じ~っ…………」

「……何よその胡乱気な目は」



 私にはお嬢様がこの本を悪用するために読もうとしているのではないかと思えて仕方ありません。詐欺とか催眠とか洗脳とか。

 お嬢様のことですので、やろうと思えば気軽にやってのけそうな気がしました。だってそういう諸々の前科ありますし。目的の為に手段を択ばなそうですし。



「今凄く失礼なこと考えたわね」

「な、なんのことやら……」

「あとで着せ替えに五着追加」

「なんで!?」

「口答えしない。もう五着」

「ふえっ……」



 ……こういう察知能力が高いのって、やっぱりそういう本を読んでいるからではないかと本気で思ってくるようになりました。いっそ私も読んでみようかなぁ……

 お嬢様からまたもや下された非道な宣告に顔を真っ青にしながら、私は現実逃避気味にそんなことを考えたのでした。



「ともあれ、目的は達成したわ。このティータイムを終えたら屋敷に帰りましょう」

「……私は帰りたくないなぁ」

「あらそう? なんなら今すぐにでもファッションブランドを巡って着せ替え人形にしてあげてもいいのよ? 衆人環視の中で」

「……やっぱり真っ直ぐ帰りましょうか!」



 我ながら熱い手の平返しです。



「私としては自慢のおもち……もとい従者をアピールできて面白そうなのに、残念ね」

「やめてくださいね!? それやるとバレるかもしれないからやめてくださいね!?」



 恥ずかしいという以前に、私の人生を危険にさらすような真似は是非とも遠慮願いたいところ。事故で一発女装バレでもしたら社会的死が確定してしまいます。

 冗談だとは分かっていても念を押さずにはいられませんでした。


 振りじゃありませんからね!?(釘刺し) 振りじゃありませんからね!!(大事なことなので以下略) 振りじゃありませんからねッッ!?!?(迫真の三度目の念押し)



「分かっているわ。そんなことしないわよ……多分ね」

「わぁー、微塵も安心できなーい……」



 今日もお嬢様はどんなことがあっても平常運転のようでした。

 私が破滅するか否かは、お嬢様にもきっとあるであろう常識と良識に期待するほかなさそうです。


 私はままならない現実から目を背けるように思考を切り替え、村時雨華炎として振る舞うことで自分の気持ちを紛らわそうとしました。



「お嬢様、容器はは私が処分いたします」

「え? あ、そう」



 お嬢様が空になってしまったレモンティーのペットボトルを弄んでいるのを見て、私はここぞとばかりに従者らしい立ち振る舞いをしました。

 ペットボトルを半ば奪うように受け取り、そのまま席を立って手近なゴミ箱を探しにテーブルを離れます。



「さて、回収用のゴミ箱はあると思いますが……」



 屋上を歩き回ってそれらしいものを探し回りますが、人が多いせいかどこにも見当たりません。人が陰になってゴミ箱を見つけられないのです。

 困りました。人が多すぎてゴミ箱の位置が不明な場合の対応は想定外です。

 仕方ありません。私が持ち帰って屋敷で処分するしかないようです。


 そう思って回れ右をしようとしたら……



「失礼、赤髪のお嬢さん。ちょっとお話をいいかな?」

「へ……?」



 暖気の包む春先の気候には似合わない重厚なロングコートを着込んだ中年ほどの男性が声をかけてきました。



「あの、あなたは……?」



 その不審な出で立ちのあまりに、私は無意識から誰何します。男性はそれに気を悪くした様子も見せず、むしろ礼を失したとばかりにおどけた様子で謝罪の言葉を口にしました。



「これは失礼。この場合は私から名乗るのが礼儀でしたな」



 そしてコートの襟をただし、男性は名刺を手渡しながら名前を名乗りました。



「私の名前は豊葛朧(とよかずらおぼろ)。【豊葛グループ】の代表のような者で――――君が使えている十六夜の父だ」

「…………ふぇ?」



 私はその言葉を聞いて、間の抜けた声を漏らすことしかできなかったのです。




※どうでもいい情報


華炎ちゃんはSMの意味は知っても羞恥プレイとかそっちの方面の情報は無知に等しいぞ!

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