#40 村時雨華炎は(超能力に)逆らえない!
※この物語はSFではありません。超能力バトルなんぞ存在しなければ、華炎ちゃんが能力に目覚めることも絶対にありえません。
※重ねて言いますが、この世界はSFではないので超能力なんてありません。
はいっ! おはようございます!
今朝も気合い、那由多パーセントな村時雨華炎です!
今日も今日とて、精一杯働いていきましょう!
…………え? コスプレ然としたメイド服を着るお前は一体どこの誰だって?
……嫌だなぁ、僕だよ僕。村雨焔に決まってるじゃないか。そう、これが僕の女装した姿。正体を隠すため、世界の目を偽るための仮の姿さ……
――――いやごめん、中二っぽく言ってみれば情けなさもカバーできるかなって思ったけど、余計に情けなさが増えるだけだったね、ごめん。
まぁ、そういうことです。
私は村時雨華炎という偽名を名乗って女装しているんですよ。極めて遺憾なことに。
さぁ、切り替えていきましょう!
今朝の筋肉痛もなぜかシャワーに入ったら治ったので、今日も元気に労働することになりました。
休み? 休暇? 有休? そんなもの我が月光館には存在しません。働かざる者食うべからず、です。それに私は労働を始めてから一か月も経っていないので、有休も当然ながら発生しなません。あと二か月は我慢しなくては。
私はすっかり健康になった体を自由に動かし、小さくスキップしながら今日の業務のために厨房に向かうのでした。
今日は日曜日。
六日間ずっと働き通した神様が一日だけ休息をとったことに倣い、学校や一部を除く会社がお休みになる日です。当然、千春峰もお休みでした。
そんなわけで、今日の私とお嬢様は一日をお屋敷の中で過ごすことになり、密度の濃すぎた一週間で摩耗した精神を休めることになったのです。
お休み万歳! 労働者に救いの神はいた! 日曜日は全ての人への救済だ!
まぁ、使用人に休みとかそんなものは無いんですけどね。拾う神はいましたが残念なことに私が捕まったのは捨てる神でした。
「今日はいい日ね。ティータイムには最適の日よ」
「そうですね。学校もお休みですし、ゆっくりしましょう」
今日のお仕事……テラスで穏やかにティータイムを過ごすお嬢様に同伴し、快適にお過ごし頂けるようにすること。
直射日光の当たらない屋敷二階のバルコニー兼テラスにて、お嬢様は朝のティータイムを楽しまれることになりました。お天気が良く暖かい日はティータイムに限るんだとか。
確かに春の陽気がポカポカする過ごしやすい日ですし、テラスから見えるお庭は綺麗なお花でいっぱいです。お庭の情景を眺めながら紅茶を楽しむというのも乙なものでしょう。
「華炎、お茶の用意を」
「かしこまりましたお嬢様。すぐに」
お嬢様へ務めて優雅に一礼し、ワゴンで持ってきたティーセットをミニテーブルに並べます。お茶請けのお菓子も用意して、最後に作りたての熱い紅茶をお嬢様のカップにたぷたぷと注ぎました。
「どうぞ」
「ありがとう華炎。頂くわ」
お嬢様は満足そうに微笑み、カップの持ち手を詰まんで口元に運びます。透明な赤い液体が発する匂いを嗅ぐと、その笑みが一層深まりました。
無意識なものか、お嬢様の口からもお誉めの言葉が漏れます。
「いい香りね。美味しそうなお茶の香りがするもの」
「ありがとうございます。では、味の方もお確かめください」
「そうするわ」
褒めてもらったことに嬉しさを感じながらも、それを声に出さないようにして飲むことを促しました。
ここで舞い上がってはいけません。香りが良くても味が良くなければ話にもならないのですから。
香りと味、どちらも完璧でなくては意味がないとセレンさんにも教わりました。
今日だって紅茶を用意するにあたって何度もトライアルを重ね、納得できる逸品を作ったという自負はあります。
しかし、それが好みに合うかどうかはお嬢様次第。飲んでいただかない事にはどうしようもないことです。
お嬢様がカップの淵に桃色の唇を付け、その中の液体をゆっくりと嚥下しました。
「……」
「……」
カップがソーサーの上に置かれ、かさの減った紅茶の水面が揺らぎます。
そして目を閉じて沈黙するお嬢様。視覚情報をシャットアウトして考え込んでいる表情は真剣そのものです。その緊張感に充てられて私も我知らず喉を鳴らしていました。
やがてお嬢様が閉じた瞼を再び開くと、短く簡潔に採点を下しました。
「合格」
その一言で私はどっと肩の荷が下りたかのような気持ちになりました。
「よかった……お気に召したようで何よりです」
「セレンの紅茶とはまた違った味ね。彼女の紅茶も大好きだけれど、あなたのも美味しいわ」
「ありがとうございますお嬢様!」
そのままお嬢様はもう一度カップを手に取って紅茶を飲み、美味しそうに笑みをこぼしました。
料理を作った人にとって自分の料理で人が笑顔になるのはとても嬉しい事です。お嬢様の笑顔は自分の腕を認めてくれた嬉しさと、自分の淹れた紅茶を美味しいと思ってくれた嬉しさを実感できます。
少量の紅茶が注がれたカップはあっという間に空になってしまいました。お茶請けにあまり手が伸びていない事から、本当に気に入って頂けたのでしょう。
お嬢様は無言でお茶のおかわりを要求し、私はそれに笑顔になりながら新しい紅茶をカップに注ぎます。
お嬢様、ありがとうございますお嬢様! 私はとっても嬉しいです。
その後はしばらくの間紅茶とお茶請けを味わいながらゆっくりとしたティータイムを楽しみ、私たちは久しぶりの日曜日の朝をリラックスしながら過ごしたのでした。
そして時は進んでおよそ午前十一時。
お茶請けも紅茶もなくなったことで、楽しいひと時は終わりを迎えてしまいました。
日曜日とはいえ私は使用人でお嬢様はお嬢様。それぞれにやるべきことがあるのは事実で、これからまたメイドとしての職務に戻ることになります。
名残惜しいですが、楽しい休憩だったと思えばなんてことはありません。むしろいい気分転換になりました。やる気が一層満ち溢れてくるかのようです。
モチベーションを上げたところで私はティーセットとお茶請けのお皿をワゴンで回収し、お嬢様の前から下がろうと思ったのですが……
「華炎。今日は休日だけれども、予定は開いているかしら?」
ふと、お嬢様が椅子に座ったままこんなことを訪ねてきました。
私はそれがどうしたのだろうと首を傾げながらも、今日の業務以外には特にないとお伝えします。
「今日の予定ですか? えーっと、いつものお仕事以外にこれといったものはありませんが、それがどうかなさいました?」
「そう、それなら都合がいいわ」
何の都合がいいのでしょう?
そう思って、つい私はお嬢様に訪ねてしまいました。
「お嬢様、何をなさるおつもりですか?」
「……聞きたいかしら?」
しまった、と気付いた時にはもう手遅れ。
私は猟師の仕掛けた罠に嵌まった野ウサギの如く、逃れられない絶体絶命感を抱きながらお嬢様のお話を聞かざるを得なくなりました。
「私、ちょっと欲しいものがあるの。でもほら、私一人では危ないでしょう? 財閥令嬢だから誘拐されてしまうかもしれないわ」
「は、はぁ……」
「荷物を持つのも大変だし、女一人だと何かと不便なの」
……なんだか段々話が見えてきた気がします。
「……まさかとは思いますが……」
「ふふ、そうね。多分その『まさか』だと思うわよ?」
そう言うお嬢様の顔は、私のよく知る悪い事を思いついた邪悪な笑顔でした。
知ってます、私は身をもって知ってます。お嬢様がこういう笑顔を浮かべるときは、大抵の場合私が一番の被害者になるんです。メイドとか転入とか理事長とか。
ああ、なんだか背中から寒気がする……これは碌なことになりませんよ。
そしてお嬢様は笑みをより深いものにして、悪魔か邪神であるかのように恐ろしい言葉を放ったのです。
「華炎、〈付き人見習いとして私の買い物に同行しなさい〉。当然、〈村時雨華炎として〉」
お嬢様が私の目をよく見て命令した瞬間、私の頭が突然活動を低下させ、思考力を鈍くさせていきました。
自分で考えることを止めて、ただ外部から与えられた指示を反芻し続けます。
村時雨華炎としてお嬢様に同行、村時雨華炎としてお嬢様に同行、村時雨華炎として……
私はまだ正常に判断ができる頭の部分で、これがよくないものだと直感的に理解しました。
しかし時既に遅し。私の頭の中はお嬢様の言葉で溢れかえってしまいます。その場から逃げようとしても金縛りにあったかのように身動きが取れません。
段々と暗くなっていく視界の中で、ずぅっと目を合わせ続けるお嬢様の姿が視界に映りました。その姿はどこか懐かしく、眠るような感覚を感じながらその懐かしさは何かお思い返しながらヒュプノスの海へ落ちていくのでした。
「…………かしこ、まりました…………」
体が勝手にこんなことを言った気がします。その後のことはあまりよく覚えていません。
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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!
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で、気が付けばこんなことになっていました。
「え? え? ………ええええぇぇぇぇ……?」
目の前に立ってのは可愛い女の子でした。
緋色の髪をサイドテールとロングに分け、化粧の施された顔は確かに可愛いと言うに相応しいでしょう。
肩が露出しているフリルつきオフショルダーブラウスと、その上から羽織るゆったりめのカーディガン。それから膝ほどまであるガーリッシュなスカート。全体的にフェミニンなコーデで、色も白と青で纏められて真っ赤な髪とのコントラストが映えます。
このコーディネートを考えた人はプロのスタイリストでしょうか。そう思うほど綺麗なファッションだったのです。
私はそんな緋色の髪の少女に向かって一言、半ばうわ言のように呟きました。
「誰ですかお前」
その一言は鏡に跳ね返って山びこのように私自身に突き刺さり、より一層私の頭のなかをぐちゃぐちゃに掻き乱したのでした。
「いや、本当にこんな人知らない……」
そうです。心の底から認めたくないですが、さっきから私の視界に居座るこの女の子……ようは鏡に映った私自身でした。
「……っていうか、なんで私こんなレディース着てるんですかぁ……?」
正直に白状すると、どうしてこんな格好をしているのか皆目見当もつきません。この服を着るまでの前後の記憶が抜けているのです。
本当に気が付いたらこの可愛らしいフェミニンな服を着ていて、なんならここがどこだかも分かりません。最後の記憶が残っているのは月の館でお嬢様から買い物についてくるよう命令されたときのことで、それ以降の記憶はすっぽりと虫食いのように抜け落ちていました。
しかしどういうことでしょう。嬢様のあんまりな命令を受て呆然自失するあまりに記憶を失うだなんて、そんなことがありえるものなのでしょうか。
それでは私が私服女装するまでの過程の記憶がない事に説明がつきません。何かほかに要因があると考えるべきです。
そこまで考えたとき、私はようやく周囲の様子が目に入ってきました。
急展開の連続で処理落ちしていた頭が追い付き、正常な機能を取り戻して状況を確認する余裕ができたのでしょう。
私は立ち上がりながら周りをぐるっと見回して……あることに気が付きました。
「……トイレ? あれ、どこのトイレ? こんなトイレ屋敷の中には無かったはずですが……」
今いる場所はなんとトイレの中でした。それもショッピングモールとか空港とかの公共のものらしきトイレです。ほら、明るい雰囲気で鑑と水道も沢山あるアレみたいな。
少なくとも私は屋敷にこんなトイレがあるなんてことは知りませんでしたし、雰囲気からして屋敷のものとも思えません。
じゃあここはどこなの? という疑問が出てくるわけですが……
「そういえば、前にもこんなことあったような気がしますね」
思い返されるのは全ての切っ掛けだった数週間前の拉致事件。暴漢に襲われるお嬢様を助けたら逆に拉致連行されてしまった、という字面だけ見ると酷いヤツです。
あのときも気が付いたら屋敷のベッドの上で、しかもいつの間にかゴスロリ衣装を着せられていました。
……これはひょっとしなくても、アレですね。
お嬢様のみが持つ、他人を思いのままに操れるとかいう催眠術じみたインチキ。
「お嬢様の【ESP】ですか……」
またお嬢様の悪だくみに巻き込まれたことへの悲観と、またやりやがったなという呆れともつかないささやかな憤りが、私の中でモヤッと湧き上がりました。
「……とりあえず、このトイレから出ないと……」
とにもかくにもここがどこか分からない以上、トイレから出て現在位置を確認しないと。
私は状況の急展開に頭が痛くなる思いをしながらも、一刻も早くこの羞恥的な私服女装を終わらせるために公共トイレから抜け出したのでした。
おまけ
華炎ちゃん(焔くん)の女装遍歴
ゴスロリ→メイド服(試験用ノーマルタイプ)→りおんちゃんプリントパジャマ→メイド服(コスプレ風ミニスカ)→千春峰女子学院制服(ブレザー型制服)→私服(春用)
そろそろ華炎ちゃんが女装に慣れっこになる日は近い(無慈悲)