#4 決裂寸前示談交渉
たたろーさん「あー。そろそろガリトラ更新しないとなー。予約投稿しよ」
ガチャガチャ
たたろーさん「おや、今日の曜日は…………」
金 曜 日
たたろーさん「投稿するの昨日の夜だったかぁーーーー!」
ということがありました。ごめんなさい……
「……その、意外でした」
僕と十六夜さんは部屋の中にあるラウンドテーブルを挟むように座り、お茶のない茶会を開いていた。僕は少しだけ緊張しながら、神妙な顔もちをする反対側の十六夜さんへ思ったことを告げた。
「今まではとにかく強引に僕をメイドに仕立て上げるつもりだったのに、いきなり僕の都合を考慮するようなことをするものですから」
「…………驚くものではないでしょう。実の親を亡くしていると知ったら、誰だって同じような行動をとるわ」
十六夜さんは僕の目を見ず、視線を少しだけ横にずらしながら言った。それは僕の事情を全く知らないのに拉致紛いの行動をした後ろめたさから来るものなのか、親の不幸を知って同情したからなのか……あるいは、その両方か。
「それより、改めて自己紹介をしたいわ」
「自己紹介?」
「まだ貴方に伝えていないことがあったから」
十六夜さんはそう言って立ち上がり、ブラウスから一枚の紙を僕に投げて寄越す。
ヒラヒラと不規則に舞う紙をキャッチし、その紙の手触りを確かめた。指の感覚器官から伝わってくる感触と見た目から、僕はそれが何なのかにあたりをつける。
「名刺?」
「そうよ。それを読んで」
言われるままに名刺を改め、そして凍りついた。そこに書かれていた十六夜さんの素性は予想の遥か斜め上をいくものだったからだ。
「豊葛グループ総合会議議長第五令嬢、豊葛十六夜……? と、ととと豊葛グループ!?」
天地がひっくり返るかと思った。天下の【豊葛グループ】の名前は僕でも何度も耳にしている。
豊葛グループとは、あらゆる産業 (工業・観光産業・林業・サービス産業・建設業などなど、第一第二第三産業問わず) を手にかける統合企業財閥である。誇張な表現になるかもしれないけど、この世界の三分の一を牛耳っていると言っていいほどの力を持っているような超大財閥だ。。
その豊葛グループのご令嬢なのだから、十六夜さんはそこらの下手な中小企業の社長より上の立場にあると言えるだろう。
むしろどうして僕は豊葛の姓で気付かなかったのか。
「畏まらなくていいわ。むしろ面倒くさいもの」
「そ、そう言われましても……」
「なら命令するわ。さっきまで通りと同じ態度、同じ口調で接しなさい」
「は、はい!」
射殺されるかと思うほどの目付きで言われては従わざるを得ない。僕は暴君女王にこきつかわれる従者の如く、おっかなびっくりに返事をした。
そんな十六夜さんのカミングアウトを挟み、僕たちは元の会話へと戻っていった。
「……詳しいことを話せばいいんですね?」
「ええ、そうして」
十六夜さんは決して視線を交差させることなく、けれど僕のことを見つめてくる。僕はそんなむず痒い視線にいたたまれなくなってさっさと話すことを話そうと決めた。
「今朝に僕へ一通の電話がかかってきました。僕は両親や妹からだと思いました……けど、実際には全然違っていて、両親が失くなって家が焼き落ちたと伝えられたんです……」
「そう」
十六夜さんが簡潔に相づちをうつ。聞き流してるのかとも思えるけど、多分聞くことに集中しているせいでそこら辺がおざなりになっているということなんだと思う。
「両親の遺体はなんとか焼ける家から回収できて、幸いに妹も無事だそうです。ただ…………運悪く僕は学校の寮を引き払ってしまっていて、一夜を明かせる場所を探していたんです。だから、僕はあの旧市街をうろうろしていました」
「へぇ、だからだったのね」
「はい。それであのベンチで十六夜さんに出会って……そこからは十六夜さんが知っている通りです」
「……ところで、少し聞きたいことがあるのだけど」
「はい? 何でしょうか?」
十六夜さんが小さく挙手をして僕に質問をしてきた。
「関係ないように思うかもしれないけれど……あなたの両親は二人とも赤い髪だったのかしら?」
「え? まぁそうですね。見ての通り僕も、それと妹も赤い髪の毛をしていますよ。一家全員が赤髪なんです」
「そう……じゃあやっぱり、村雨は私の知る村雨と同一なのね…………」
十六夜さんの質問に答えると十六夜さんは何かぶつぶつと独り言を溢し、思考の世界へと潜っていってしまう。その中でなんとなく「私の知る村雨」というワードが聞こえてきたが、どういう意味だったのかは分からない。
「十六夜さん? どうかしましたか?」
「あぁ何でもないわ、続けて頂戴」
十六夜さんはそう言ったけれど、僕はどうも引っ掛かりを覚える。だけどあまり詮索するのもよくないと思い、僕はそれ以上気にかけるのをやめることにした。
「親戚の家にご厄介になろうとも考えましたけど……僕個人との付き合いは深くないので、それもできませんでした」
「それで、苦肉の策として格安ホテルを探していた、と」
「まぁその通りです」
「そう……じゃああなたはご両親の葬儀には出るのよね?」
十六夜さんはそう言うが、僕はその言葉に首を縦に振ることができなかった。
「当たり前ですよ。……とは言いますけど、色々と親戚たちの間でも大変だったらしく、情報の伝達が行き届いていませんでした」
「それはどんな風に?」
「僕は学校と家の方針で携帯電話を持っていなくて……唯一の連絡手段は手紙と口頭か、それと寮にある共用の電話くらいです」
「首都圏じゃそんなの今時珍しいわね」
「運の悪いことに親戚たちの間で僕のそこらへんの事情とか、寮の住所だったり電話番号とかが行き渡っていなくて、僕に届いたのは警察からお父さんとお母さんが失くなったことぐらいです」
「……だとすると葬儀や通夜の場所や日程が伝えられていないことは愚か、親戚たちからしてみればあなたの安否すら不明になっているってこと?」
その言葉には頷くしかない。僕の顔には困ったような、或いは諦めたような曖昧な笑みが浮かんでいたことだろう。
十六夜さんは「呆れた」と言葉を発して頭を抱える。
「……村雨家の教育事情はどうあれ、あなたは連絡する手段もないし、肝心な葬儀のことすら分かっていない。これが現状ということかしら」
「そうなりますね」
「はぁ……ほとほと呆れるわね」
十六夜さんのその言葉は僕に向けられたものか、親戚たちに向けられたものか。僕としては受け取りに困ってしまったので、取り敢えず再び曖昧な笑みを浮かべておく。
「……笑い事じゃないでしょうに」
「むぐっ」
そうしたらそうしたらで十六夜さんに見咎められてしまった。
「まぁいいわ……じゃあ、これからは未来の話。真剣な話をするとしましょうか」
「……! はい」
場の空気が、変わった。
別に最初から不真面目な雰囲気だった訳ではない。けれど、明確に肌を刺す圧が変わったのだ。その圧力の元は十六夜さんだった。
僕はその重圧に負けないよう、同じようなプレッシャーを放って十六夜さんと対等な立場に立つ。これで対等だ。十六夜さんは僕にそんなことができたのが意外だったのか眉を動かしたが、それだけだった。
「さて、村雨焔くん。あなたはこれからどうしたい?」
十六夜さんは話の主導権を握ろうと先んじて声を発する。僕は会話のイニシアチブを譲りつつ、とりあえずは様子見しようと『普通の』会話っぽく答えた。
「申し上げた通り、僕は両親の葬儀に出なくてはなりません」
「それは義務でしょう? あなたの言葉を借りるなら」
「ええ。だからやらなくてはならないですし、やりたいのです」
十六夜さんの反論を冷静に受け流し、それっぽく聞こえる理想を語った。実際お父さんとお母さんの葬儀に出席するのは子供として義務だろうし、僕も本心からそうしてあげたいと考えている。いわば『やらなきゃいけない事』と『やりたい事』が一致している状況だ。
しかし、十六夜さんは『理想』を『現実』でもって打ち崩しにかかる。
「でも、それをするのにあなたには致命的に欠けているものがあるわ」
「…………」
「あなたには寝泊まりする場所はなく、その上持ち合わせている金銭も乏しい……違うかしら?」
それは言われずとも分かっている。家は焼け落ちてしまい、こんなことを想定していなかったが故に所持金も正直言って苦しい。
言われなくたって、分かっているんだ。
「だから私は、あなたに一つの『提案』をするの」
提案、ね……。
僕にはそれが何なのか容易に想像がついた。
「――――私の下で働くという提案よ」
やっぱり……
まぁ十六夜さんからすれば最初からそれが目的なんだから、当然と言えば当然か。
「財にものを言わせてそれなりの給金は約束できる上に、この屋敷で寝泊まりして住み込みで働くこともできるわ」
「……確かに厚待遇な話ですね。それだけを聞くならば」
だが忘れてはならない。個人の下で働くと言っても、世の中には多種多様な職業がある。十六夜さんは明言こそしていないが、僕になれと言う職は恐らく使用人に類いするものだ。ただ、別に男性使用人として働くのが嫌なわけではない。問題なのは、男性使用人ではない使用人だったらどうするのか? ということである。
例えばそう、秋葉原を練り歩けば必ず目にするアレ――――もっとも、その場合はコスプレだが――――つまり、
「男の僕にメイドになれと言うのなら、それは到底認められるものではありません」
数分前にもこのことで会話は平行線を辿ったが、僕は再三に渡って叫び続ける。
女装はいやだ! レディースを着たくない! だって似合ってしまうもの。男なのに女性服の方が馴染んでしまうんだもの!
「執事とかならまだ分かります。だって執事は男性使用人ですから。……でも、十六夜さんは僕を意地でも女性使用人にしたい、そうですよね?」
聞くまでもなく十六夜さんは大きく首肯した。なぜだか知らないけど、この人はやたらと「男の娘」に執着している。だから僕をメイドにして、一応はレディースであるメイド服を僕に着せさせたいのだろう。
だが、それが僕はごめんなのだ!
いやまぁ、現在進行形でゴスロリで女装してる奴が何言ってるんだって話だけどさ……
「……逆に聞きたいのだけれど、どうしてそんなに女装が嫌なのかしら? そこの理由を私ははっきりとは知らないわ」
理由がなければ拒否するのに納得がいかないと言い、十六夜さんは僕に説明を求めた。
「分かりやすく手短に言いますね?」
「どうぞ」
十六夜さんの許可も貰ったことで一つ深呼吸。
大爆発前の静けさを経てから、僕は散々胸の内に宿らせてきた言葉を吐き出した。
「逆に女装が似合いすぎて男としてプライドがズタズタになるんですよぉぉぉぉぉ!!」
女装なんてしたくないという思いが悲痛な叫びとなり、部屋の中に木霊した。
それはもう防音部屋でも外に響くかと思うほどの大絶叫だ。
「……なるほど。あなたがどれほど女装が嫌なのかは十二分に理解したわ」
「…………!」
十六夜さんが溜息を吐きながら言う。その顔には許可しなけりゃよかった、といった表情がありありと浮かんでいる。だが、その言葉は十分に希望が持てるような内容だった。僕は一筋の光明が差したような気がして、思わずテーブルから身を乗り出してしまった。
「だけどその願いを聞き入れることはできないわ」
「がくっ!」
そして顔面からテーブルに墜落した。
「女装してメイドになることが大前提よ。細かい仕事はそれから決めるけれど、まず女装しなければ話にならないわ」
「ひ、酷いや……」
「でも決して悪い話ではないはずよ? 寝泊まりするには十分な個室も他のメイドたちと同じように与えるし、ご飯だって一日三食ある。その上バイト代なんて目じゃない額の給金も支払えるわ」
「分かってます……分かってますよぅ。でも! メイド服を着ることなんて、とてもじゃありませんができませんよ」
十六夜さんがああ言えば、僕はこう言う。これは泥沼化しそうだ。お互いの要望がが真っ正面から相反していて、その上どっちも譲歩する気がないのだから。
そして僕の予見は見事に命中し、このままの調子で交渉は際限なく続くのであった。
「……だめね。平行線だわ」
「そうですね……切りがありません」
僕たちはどこまでも続く議論を中断し、一度落ち着くために小休止を挟むことにした。
いやはや……十六夜さんの女装への執着には驚きを通り越して呆れるばかりだ。まぁ十六夜さんからすれば、僕の女装への抵抗も大概と思っていることだろう。だからこそ平行線。
「…………」
「…………」
僕たちの間になんとも言い難い気まずい空気が降りる。十六夜さんは何か言いたげだったけれど、だけど言葉にしようとした瞬間に結局口を閉じてしまった。深刻そうな顔をしているから気になったけれど、本人が黙ると決めたのだから追求するのは野暮だろう。
そう思って僕は何もしなかった。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
ちっとも纏まる気配のない交渉。お互いに譲らぬ条件。十六夜さんにも十六夜さんの都合はあるのだろうけれど、僕がそれを受け入れられない以上はどうしようもないのかもしれない。ならばもういっそ、この話はなかったことにしてもらうようにするしか……
そう考えたとき、部屋のドアより第三者の声が聞こえてきた。
「お嬢様、セレンです。入室させていただきます」
「せ、セレン!?」
十六夜さんが驚きながらその人の名を呼ぶと同時に、入口のドアが音を立てずに開かれる。そして現れたのは、銀色の髪をしたメイド服を纏う外国人風の女性だった。その輝く銀色な髪はどこか名月を思わせる色合いだ。
彼女は半ば見とれている僕を一瞥すると、十六夜さんの方に顔を向けて苦言を呈した。
「何やら随分とお喋りに興じているご様子で」
「……お喋りに見えているのなら、きっとお喋りなのでしょうね」
十六夜さんはちょっとだけ苦い顔をしてから皮肉を返す。どことなくばつが悪く思っているようにも見えた。しかしセレンと呼ばれたメイド服の女性は涼しげな顔を崩さず、柳に風といった風に皮肉を聞き流した。
「また新しい雇用の交渉ですか? いくら豊葛といえども、資金には限りがあるのですよ。雇用は控えて貰いたいとあれほど口を酸っぱくしていたのに……」
セレンさん(仮称)は説教を始め、尚も見苦しく反論する十六夜さんを更に追い詰めていく。
「私が稼いだ金なのだからいいじゃない別に。それに、今回のスカウトは今までのものとは訳が違うのよ」
「子供みたいな言い訳を仰らないでくださいませ。……確かに十六夜邸の収入源はお嬢様でいらっしゃいますが、その資金だけで給与や屋敷の管理などをしなくてはならないのですよ?」
「うぐっ……だ、だけど今回のは本当に成功させなくてはならない交渉なの! この子は世界に一人しかいない特別な子なの!」
「そりゃ僕みたいな人間なんて一人しかいないでしょうねぇ…………」
十六夜さんが遠回しに「天然記念物の男の娘は僕しかいない」と言い、僕はそれにちょっぴり毒づいた。小さな声で言ったから二人には聞こえていない筈だ。
「それで法外な対価を吹っ掛けられたらどうするんですか! それを飲み込むのですか!?」
「の、飲み込んでやるわ! それほどの価値がこの子にはあるのよ!」
抱えているコンプレックスに価値があると言われると、その本人としてはものすごく複雑な心境だ。正直に言って一ミリたりとも嬉しくない。
しかしセレンさんは十六夜さんが啖呵を切ったことに驚き、それから僕に視線を移して疑わしげな目で僕を見てくる。文字通り突き刺さるような視線は、僕のことを審美眼で見定めているよりかは、なんだコイツと思っているものだろう。
「……私には、そんな価値があるとは思えませんが」
コフッ。
ナチュラルストレートにそんなことを言われると、コンプレックスを誉められているとしても傷つく。
「あなたには分からないでしょうけれど、この子の価値は確固として存在するわ」
十六夜さんはセレンさんの言葉を笑いながら否定し、再び僕に交渉を持ちかけてくるのだった。
「だから、再三に渡って何度も言うわ。私の下で――――」
しかし、その声は結局セレンさんの手で止められてしまう。
「お嬢様。いい加減に平行線の会話はなさらない方がよろしいかと」
「セレン!? けど、私はどうしても! 」
「この際私が止める止めないは関係ありません。その者が全面的にそれを拒否しているのですから」
「聞いていたの!?」
「何やらうるさい声が応接室から聞こえたものですから」
僕たちの会話を聞いていたんだ。
ああ、多分僕が大声で男としての尊厳がどうたらこうたらと言ったせいかな。……僕は悪くないし!
「無理強いしてスカウトするのは、感心しませんね」
「ううう……だけれど! それでも諦められないのよ!」
「珍しいですね。お嬢様がそこまで個人に執着するだなんて……」
セレンさんは言っても聞かない十六夜さんの様子を見て、大きくため息を吐いてから僕たちに一つの提案をした。
「……ではこうすると致しましょう。そこの赤髪のお嬢さん、あなたに試験を課します。メイドとして働けるかどうかの、【採用試験】をね」
…………あれ。
そういえばこの人、僕が女装してるって気付いてない!?
投稿日間違えて本当にごめんなさい。来週はキチッと投稿します。何でもします(以下略
十六夜さん「じゃあ背中開いたメイド服着て」
ほむらくん「何で僕に跳ね返ってくるの!?」