幕間の話 千春峰にて。華炎の一日(参)
大変お待たせ致しました。ガリトラ最新話投稿でございます。
ここまで更新停止していた理由は後書きで説明致しますので、どうぞ華炎ちゃんの学校生活の風景をお楽しみください。
結論から言ってしまうと、私は結局授業に間に合いませんでした。
いえ、尉泉ちゃんを予鈴までに音楽室へ案内することはできたのですが、その後に私自身が実験室に行けず遅刻してしまったのです。
幸いにしてマグノリアさんと姫小路さんが先生に人助けをして遅れた旨を伝えてくれたおかげで、遅刻扱いにはなりませんでした。寛容な先生とお二人に感謝です。
そうして始まった三時間目の化学では、硫酸の実験を行いました。
危うくマグノリアさんが頭からビーカーの硫酸を被ってしまいそうになるという事件があったものの、姫小路さんの咄嗟に中和剤を投げ入れる機転と私の飛び込み救助が間に合ってなんとかなりました。
マグノリアさんが真っ赤になって何かを呟いていたような気がしたのですが、何だったのでしょう。
三時間目が終わったらクラスメイトの皆さんから「格好よかった」と言われ、ちょっと嬉しかったです。先生には危険を省みなさすぎると注意されてしまいましたが、何事もなくて本当によかったと思いました。
四時間目は数学でした。
なんとも意外なことに、数学の教員は美波先生です。はい、2-Aの担任である、あの美波先生です。
しっかり授業できるのかと疑問に思いましたが、意外なことに最低限先生らしいことはしていました。……いえ、最低限度しかしないのはむしろ予想通りと言うべきでしょうか……
授業風景は…えぇ、美波先生らしい風景が広がっていました。
「んで、この公式は教科書の……んだっけ? どこにあったか思い出せねぇなぁ……」
「……教科書の38ページです」
「おっ、そうだったそうだった。あんがとな村時雨!」
「あはは……どういたしまして……」
「……お疲れ様です、村時雨さん」
「言わないでください。悲しくなるので……」
隣の席に座る姫小路さんの慰めるような視線がじくじくと染みるように痛かったです。
お願いだから美波先生にはしっかりしてほしいなぁ……。
そんな恐らく敵わないであろう願いを抱きながら、四時間目は終わりました。
四時間目が終われば、昼食休憩も兼ねた昼休みになります。
お嬢様学校といえども学校は学校、新入生から最上級生まで生徒の皆さんが待っていた憩いの時間です。休み時間は誰も彼も仲のいい人とくっついてお話をしたりお昼を食べます。
そんな乙女たちの喧騒の中で、私は持参したお弁当を手に教室をふらっと出て行きました。
私はこの学校に来て日が浅いものですから、探検とマッピングを兼ねて千春峰の敷地の手軽なところでお昼を手べるようにしているのです。ちなみに昨日は中庭で、一昨日は本校舎屋上でした。
この日も同じようにお昼を食べるのに向いていそうな場所を探していたのですが……
「あっ……」
「げっ!?」
「おや?」
心地よいそよ風が頬をくすぐる静かな桜の木の下で、私は村雨紫炎とその従者とばったり出会ってしまったのでした。
「なるほど、村時雨さんもロマンチックなことをするじゃないか。風流を求めてロケーション巡りとはね」
「い、いえ。私は実益を兼ねて歩き回ってるだけですから、ロマンチックだなんてとても……」
「そうかな? 少なくとも私は村時雨さんの姿はロマンチズムに溢れた行動に見えるよ」
「私は校舎を徘徊する若年性認知症に思えますがね……」
偶然というにはあまりにも偶然過ぎる出会いをしてしまった私たちは、ひとまずつもる話もそこそこに手近な場所にあったベンチに腰掛けていました。
赤紫の髪をした柴炎ちゃんと栗毛の従者である灯音さんが隣り合って座り、そこを一席開けて私が座っています。なんともいえない距離感が、そのまま私たちの関係を表しているかのようです。
結局さながら花見の如く桜の下で昼食をとることになった私たち。私は作って来たお弁当を広げ、柴炎ちゃんと灯音さんは校内販売で買ったと思しきサンドイッチを手にしていました。
むむむ、お嬢様学校なだけあっておいしそう……。この学校には食堂でこのように手軽なものを買うことができるのですが、所詮大量生産品と侮っていたかもしれません。今度買ってみようかなぁ。
そして私たちは箸を進めながら、ここに来るまでの経緯を話し合って先程の会話劇に至ったという次第です。
私は紫炎ちゃんから送られてくる敵意を肌で感じつつ、なんでもない風を装って灯音さんとお喋りを続けました。
お弁当も半分になっている頃になると、私たちの話題は灯音さんたちのお話になっていきます。
「それで灯音さんたちはどうしてこちらに?」
バターで炒めた茸を口に運びながら尋ねると、灯音さんはボブカットの髪を揺らしながら手を口許にあてる所作をしました。
ボーイッシュな風貌と声がより一層男の子らしさを醸し出しています。
「私たちがここにいる理由? そうだなぁ、ほとんど村時雨さんと同じようなものだよ。私と紫炎はここで昼食を頂くことにしているのさ」
「ここでお昼を?」
「ああ、つい先日穴場のここを見つけてね。桜の木の下とは乙なものだろう? 紫炎もここを気に入って、目を輝かせながら「ここがいい!」と言って聞かなかったのさ」
紫炎ちゃんが目を輝かせながら……
「ふふふっ。なんとなく紫炎ちゃんがそう言ってる場面が想像できますね」
私の脳内のイメージでは、桜の雨に目を奪われて腕をブンブン振り回しながら興奮する紫炎ちゃんの図が浮かび上がっていました。
どことなく子供っぽい仕草ですが、きっと紫炎ちゃんならしてそうだと思います。そこが彼女のチャームポイントですから。
「……なに人の想像してニヤニヤしてるんですかパチモン赤髪」
……悲しいことに、ただ今絶賛その妹から険しい目で見られているんですけどね。
これが反抗期かぁ……。お兄ちゃんは妹の成長が喜ばしいと共に悲しいよ……
「コラ、紫炎。先輩にそんな呼び方をしてはダメだろう。もっと村雨家次期当主としての自覚を持ちたまえ」
……村雨家次期当主?
なんのことなんでしょうか。確かに今は村雨家に私がいなくて彼女こそ長子になりますが、それにしたって当主という呼び方は少し仰々しいように思えます。
私は無性にそのことが気になって灯音さんに尋ねてしまいました。
「灯音さん、次期当主って何のお話ですか?」
「え? あ、あぁ。それは…………」
しかし、その先の言葉が灯音さんの口から出ることはありませんでした。
「口を慎みなさい灯音!」
彼女の隣に座る紫炎ちゃんが、怒声をあげて灯音さんの言葉を遮ったからです。
灯音さんは「しまった」といわんばかりの顔をし、私に向かって申し訳なさそうに視線を投げ掛けてきます。
私は灯音さんと紫炎ちゃんへ野暮なことを聞いた謝罪をしました。
「すみません、失礼なことを聞いてしまいました。今の質問は聞かなかったことにしてください」
誰にだって聞かれたくないこと、暴かれたくないことはあります。私の正体にしたって同じことです。
お二人の秘密を不用意に知ろうとした私は浅薄でした。
「……ええと、ごめんなさい。変な空気にしちゃいましたね!」
私は重苦しくなってしまった場の空気を紛らわそうと努めて明るい声を出しました。
「お昼休みもそろそろ終わっちゃいそうですし、授業に遅刻しちゃいけませんね! 私はお先に失礼します!」
そう言ってあたかも食べ終わったかのように振る舞いながら、まだ残っているお弁当に蓋をします。
そして私はベンチを立って灯音さんと紫炎ちゃんに別れを告げました。
「また、お昼を一緒に食べましょうね!」
その言葉を最後に、私は逃げるようにしてその場を後にしました。私にどう声をかけようかと思慮していた二人を置いて、呼び留められてしまう前に。
休み時間が終わって、席に戻れば五時間目。教科は日本史でした。
この授業は講義形式で進められ、私たちは先生が言ったことや黒板に記されたものをノートにまとめていきます。
身も蓋もなく言ってしまえば、この手の形式の授業は暇な授業に分類されます。前の学校だったら居眠りをする人もそれなりにいたのですが、しかしここは天下の千春峰。誰一人として惰眠を貪ることなく、食い入るように先生の話と黒板に注意を傾けていたのです。
先生も真面目に授業を受けていることに気を良くしたのか、饒舌に喋っているのも印象的でした。
ちなみに隣の席の姫小路さんですが、小声でぶつぶつと「この時代の芸術様式が○○だから、あの作品はこの時代に作られたものですね」と、美術商らしい観点で勉強をしていたのが姫小路さんらしいと思いました。
この日の最後の授業である六時間目は英語の授業です。
日本語禁止の英会話のみというかなり実践的な内容で、流石の千春峰の生徒といえども悪戦苦闘していました。
当然ながら先生はとても流暢に英語を話せるのですが、驚いたことにマグノリアさんも同じくらい英語を上手に話せていたのです。これには先生もクラスメイトの皆さんもビックリしていて、マグノリアさんはクラス中の注目を集めていました。
私の中で『ネオスーパーギャル』というカテゴリのギャルの地位が高まった瞬間です。
私もそれなりに頑張ったつもりなのですが、マグノリアさんの印象が強くこれといった話題になることはありませんね。
強いて言えばうっかり日本語が出て先生からチョークが飛んできたことくらいでしょうか。
……時代が古い? それは私も思いました。
「ホームルームの時間だコラァ!」
帰りのHR。朝と同じように美波先生が物騒な言葉と共に教室に現れました。相変わらずの不良教師っぷりです。
2-A組の面々はすっかり慣れた様子で「ごきげんよう」と挨拶(?)を返します。
この日のHRは特にこれといった伝達事項はなく、美波先生の「だるいから終わり」の一言によって即刻解散となりました。
お嬢様をお迎えに上がるために、そのまま3-Cにいる十六夜お嬢様のところを目指して教室を出て行きます。
「では、私はこれで失礼します。また明日!」
「ええ、ごきげんよう村時雨さん」
「サラダバー!」
姫小路さんとマグノリアさんに別れの挨拶をして、私は先生たちに注意されないよう早歩きで三回に向かいました。
それからはお嬢様と一緒に学校を出て、痴漢に遭わないよう同じ電車に乗って、最寄りの駅からセレンさんの運転する車に乗ってお屋敷に帰ってきます。ええ、上弦さんと下弦さんのご存知のようなやり取りです。
リムジンの中でお嬢様にいじられたり、セレンさんからいじられたり、二人から寄ってたかっていじられたり……
――――コホン!
とまぁ、お二人が気になっていた私の学校生活はこんなものです。
ご満足いただけましたか?
さて、前回の更新から一か月近く経過してしまいました。今回ここまで更新できなかった理由は、簡単に言ってしまえばリアル事情です。リアルの方に専念するために執筆を中断していました。身も蓋もなく言えばテスト勉強でした。流石に進学に関わる問題でしたので、リアルの方を優先させていただきました。許してつかぁさい……
お陰様で落第は(おそらく)回避できたので、今回から更新を再開いたします。これからもガリトラ☆をよろしくお願いいたします。