幕間の話 千春峰にて、華炎の一日(壱)
さて、今回から予告した通り二章と三章を繋ぐ『幕間の章』になります。またの名をストック作りのための時間稼ぎと言うのですが、この際それはほうっておきましょう。
今回の幕間の章は本編では描写しきれなかった部分の補完で、実質的に2.5章という扱いです。描写したいところは多くあるそうなので、幕間の章は一章のときよりも長くなります。どうぞ気長に三章をお待ちくださいませ
「……学校でどんなことをしているか、ですか?」
「そうなんです。私、華炎さんが普段どんなことをしているか気になっちゃって」
「お姉ちゃんは基本的に好奇心旺盛……なの。興味を持たれたらずっと付きまとわれる……さぁ、キリキリ吐け……なの」
「普段の私、かぁ……」
それは屋敷で休憩をしていたある日のことです。休憩スペースとして使われるミニラウンジで一息ついていると、偶然同じタイミングで休憩をとっていた鬼灯姉妹に遭遇しました。
折角なので同じテーブルでお話をすることになり、お互いの近況報告や雑談をしていました。最近の職務の様子や身の回りで起きた出来事、それから最近気になっている番組とか、他愛のないお話です。
私はガールズトークなるものがよくわからなくて主に相槌をうつ係に回っていましたが、そのことがコミュニケーション上手な上弦さんにバレて、私が話しやすいように上記のような話題になったのです。
「ちょっと下弦ちゃん、それじゃ私がすごく失礼みたいじゃない」
「事実は事実……なの。そういうのコミュニケーション下手代表としての意見……なの」
「いつ下弦ちゃんはそんな人になったのかな……?」
「だいたい地球が生まれてから五百億年ぐらい経ったとき……なの」
「あ、あははは……」
相変わらず下弦さんのお話は掴み所がないというか、ナチュラルに煙に巻かれるというか。とにかくリアクションに困ります。その辺上弦さんは上手く折り合いをつけているので流石は姉妹と思います。
「じゃあ、お話ししましょうか?」
「いいんですか?」
「流石ミニスカコスプレメイド、そんなことも話してくれるなんて太っ腹……なの」
「下弦ちゃん? 女性に向かって「太っ腹」はやめなさいって何度も言ったよね?」
「いふぁいいふぁい。ごふぇんなふぁいらろ」
上弦さんの制裁が下されました。下弦さんのほっぺがのびーんと引っ張られ、苦しそうな声が上げられます。しかし上弦さんはやめる様子を見せず、そのまま制裁を続行しました。
「下弦ちゃんってばいっつも失礼をしちゃって……! お姉ちゃん怒ってるんだからね!」
「か、上弦さん! 私は気にしてないのでその辺にしてあげてください!」
上弦さんが段々ヒートアップして、ほっぺを引っ張る力が強くなっています。赤くなるほっぺとは対称に下弦さんの顔が青くなっていって、流石にこれはまずいと思いました。
下弦さんのほっぺが降伏点を越える前に止めに入り、上弦さんを落ち着けさせます。
「むぅ……華炎さんがそこまで言うなら……」
「くぅえっ、助かった……なの。ぐっじょぶ赤髪コスプレメイド……なの」
「お怪我がなくて何よりです、下弦さん」
とまぁそんな一幕がありつつも、再び席に座った私たちは元の話題へと戻りました。すなわち、私の学校での生活のことを。
「では、そうですねぇ……まずどんなお話をしましょうか」
私はここ数日のことを思い浮かべ、事件のない普段の様子を話すのでした。
―――――――――――――――――――――――
トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!
―――――――――――――――――――――――
千春峰への通学は、基本的にお嬢様と共に電車で行くことになります。お嬢様なら自家用車を使いそうなものですが、車を使わないのは何もお嬢様に限った話ではありません。なぜなら、千春峰では生徒は原則自分の足で通学することになっているからです。
……え? じゃあ時々お嬢様が車を呼んで帰るのはいいのか、ですか?
あ、あれはほら。お嬢様が生徒会長ですから……
まぁそういうわけで、電車で千春峰の近くの駅に降りれば、数分歩いて千春峰まで行くことになるのです。敷居を跨いで千春峰の校舎まで来れば、そこからは別行動。私は三階の2-Aへ、お嬢様は四階の3-Cまで別々になります。
「ご、ご機嫌ようみなさん! おはようございます!」
「あら、ご機嫌よう村時雨さん。今日もお早いですわね」
「おはよー華炎。メイクもちゃんとしてるねぇ~」
そして教室に入れば、クラスメイトのみなさんが挨拶を返してくれます。先ほどの二人は黒髪おっとり大和撫子の姫小路綾姫さんと、金髪(地毛)ネオスーパーギャルの木暮マグノリアさんです。
席に座ってクラスメイトの人たちとお話をしていれば、HRの時間になって担任である美波良子先生がやってきます。
「ホームルームの時間だコラァ!」
……何やらお嬢様学校の教師らしからぬ物騒な発言と共に現れた美波先生ですが、特に誰もこれといった反応は示しません。私を覗く全員が一年生からの付き合いでもはや慣れっこであり、私でさえも慣れきってしまっていました。
美波先生はやたらと適当で必要事項以外は何もしません。というか、必要事項でさえたまに忘れます。学年集会のことも伝え忘れるということがざらにあるそうです。本当によく教師になれましたよね、あの人。
さて、この日の一時間目の授業は美術です。
今回は基礎知識となる美術史で、主にルネサンス期頃のお話ですね。私が前にいた学校にはなかった授業なので手間取るかと思いましたが、幼少の頃に家庭教師の先生から教えられたところが多く、さしたる苦労はありませんでした。
「教科書は書かれていませんが、この『ルネサンス』という言葉には『再生』や『復活』という意味があり、古くからある知識や学問の復興がおこったんです」
「へ~。流石姫小路さん、業界の人は流石によく知っていらっしゃいますね」
「ええ、まぁ」
ちなみに美術の授業ですので、美術商の娘である姫小路さんが意図せずその博識ぶりを披露して、みんなから尊敬の眼差しで見られていました。それに気付いて照れていらっしゃったのが可愛らしかったです。
二時間目は国語です。
特に漢字検定一級で出題されるような特殊な読みの漢字の勉強ですね。あ、ちなみにお二人の名字である鬼灯も出ていましたよ。
「では村時雨さん、この字の読み方は分かっておいでですね?」
「はい。それぞれ『焔』、『鬼灯』、『十六夜』です」
「よくできました。特別編入を受けただけのことはありますね」
先生は私の実力を測りたかったのか私によく問題を振ってくることが多かったのですが、つつがなく答えることができました。お陰で先生からいい評価を貰ったので満足です。
それで三時間目ですが……その日は科学の実験の移動教室で、別棟にある実験室へ移動する必要がありました。私はマグノリアさんと姫小路さんと一緒に移動することに。
しかし、途中でこんなことがありました。
「……あれ、あそこにいるのは……?」
「およ、どったん?」
「ええっと、あの方は……」
別棟へ続く道中で、私たちは廊下で右往左往する青い髪の女の子を見かけました。あっちへ行って教室の名前を確認したと思ったら戻ってきて廊下の地図をじっと見つめ、今度は別の教室の名前を確認してやっぱり戻ってきて……と、見るからに挙動不審な動きです。
しかし、私は彼女が何をしているのかがすぐに分かりました。
「……なるほど、そういうことなら見過ごせませんね」
「え? なになに、どうしたの華炎ちゃん」
「あの人とはお知り合いなのですか?」
キョロキョロする青髪の子に困惑するマグノリアさんと姫小路さんへ、先に行って欲しいと伝えます。
「すみません。私は遅れてしまうので、お二人は先に実験室へ行ってください」
「え?」
「村時雨さんはどうなさるんですか?」
姫小路さんの問いに、私は向こうにいる青髪の子の方を示しながら微笑みました。
「ちょっと、人助けに行って参ります」
言うが早いか、私は二人の答えを待たず小走りで駆けながら青髪の子に向かっていきます。別行動をしてしまうのは申し訳ありませんが、私の詰まらないエゴで二人とも遅刻させてしまってはもっと申し訳ありません。
引き留められる前に、私は行動に移しました。
マグノリアさんと姫小路さんがお願いした通りに実験室へ行ったのを雰囲気で感じると、私はあからさまに道に迷っている女の子に声をかけます。
「ご機嫌よう。何かお困りですか?」
「……!! こ、この前の赤髪……!?」
私が声をかけたその女の子は、数日前に私を睨み付けていったあの女の子でした。