#38 学生理事長就任(強制)
語り手「……で? 今日の遅刻の理由は何ですか? ん?」
たたろーさん「ちゃうねん……予約したと思ったら、日付を間違えてたねん……」
「なんじゃあこりゃああああ!!!!」
ファーーーーッッッ!?
何ですか!? 何ですかコレ!? 何がなんだっていうんですか!? 承諾ゥ!? 私そんなことを承諾した覚えありませんよ!?
お嬢様から投げ渡された一枚の紙。そこに書かれていたものは、『私が千春峰女子学院の理事長に就任することを承諾する』という承諾書だったのです。私はまるで意味が分からず、にやにやしっぱなしのお嬢様に説明を要求しました。
「お嬢様! この紙は一体何ですか!? 私が千春峰の理事長ってどういうことなんですか!?」
しかしお嬢様は人を食ったかのようなとぼけた答えしか口にしません。
「何って、あなたにその紙をあげたのよ?」
「答えになってませんよぉ……私が聞いているのは、この委任承諾書が何なのかっていうことです」
「仕方ないわねぇ、そんなに知りたいのなら特別に教えてあげるわ」
「……お願いします」
お嬢様は床に散らばった色々なものを器用にかわしながら、私の方に寄ってきました。そして私の手から委任承諾書を取ると、またもやどこからともなくサインペンを取り出して紙に何かを書き込みます。
「はい、これで本当に書類は完成ね」
「はい?」
『承諾:豊葛十六夜』。新たにそんな書き込みが承諾書の下方に追加されていました。
「はい、私が認めるわ。理事長になりなさい」
「……いやだからどういうことなんです!?」
遊んでるんですか!? 遊んでるんですよねそれ!
「いい加減まだ分からないの? 聡明なあなたなら察しがついているでしょうに。まぁいいわ」
流石にふざけすぎたと思ったのか、心底仕方なさそうに本当の説明されます。
「端的に言えば、あなたは学生の身であると同時に千春峰女子学院の理事長に就任したわ」
「…………」
絶句するしかありませんでした。生憎と私は、そんなことを告げられても毅然とした態度を保てるほど面の皮は厚くありません。
ドッキリとか冗談だとか言っていただければ、せめて笑い流して許すことができます。だからどうか冗談であってほしいと思いましたが……
「信じていないわね? 残念ながら本当のことよ」
お嬢様の手によって、その微かな希望は絶ち切られてしまいます。私は自分の足元が音をたてて崩れていくような錯覚を覚えました。ふらつきそうになる体をなんとか抑え、承諾書に書かれた私の名前を見ます。
「……そもそも私はこんなものにサインなんてしていません」
他の文字は全て印刷ですが、この名前のところだけ手書きになっています。おそらく、この部分に名前を書くことで同意をしたということになるのでしょうけれど、私は名前を書いていないはずです。筆跡鑑定をすれば、きっと私の書いた文字でないと判定が出るでしょう。
お嬢様に言って、これが出鱈目なものだと主張しなければ……
「でも、鑑定をしても無駄だと思うわよ?」
と、まるで思考を先読みしたかのようにお嬢様が仰いました。
「鑑定するも何も、その文字は他ならぬあなたが書いた文字なのだから」
「私が書いた? そんな馬鹿な、あり得ませんよ」
あの名前は私が書いた、なんて話があるわけありません。だって私はあの紙を今までに見たことがないのです。見たことがないものに、一体どうして記入できると言うのでしょう。そんな機械があると言われても信用することはできません。
「お言葉ですが、私は一度もその委任承諾書を見たことはありませんし、名前を書いた覚えもありません。これでも詐欺やら悪徳商法やらには気をつけているのです、自分が名前を書いたものくらいしっかり覚えていますよ」
近頃はアンケートを装ったものや個人情報の流失やらで物騒ですから、その対策はしっかりしています。だから見覚えのない書類に私のサインがあるなんて、絶対にないと言えました。
「そうね、生真面目なあなただからそういった類いには気を配っているでしょうね……」
「ええ、ですからそのサインは私のものでは」
「でも、その紙が見えてなければ話は別よね?」
「…………へ?」
お嬢様は何を仰っているのですか……? 紙が見えていなければ書くことはできないとついさっき言ったばかりだというのに、なぜ舌の根も乾かぬ内にそんなことを……
何を言っているのか分からずただただ首をかしげていると、お嬢様は人差し指を立てて私にヒントを与えました。
「あるでしょう? 下に敷けば、書かれたものをトレースできる便利な道具が」
道具? 機械ではなく道具? そんなものがあるなんて……
……いや、ありました。図工の時間で小学生すら知っている、文字をトレースできる一枚の紙が……!
「カーボンシート……!?」
「ふふっ、正解よ」
そうか、そういうことですか! 確かにカーボンシートなら名前のサインを丸ごと委任承諾書に写すことができます! こんな簡単なトリックだったなんて……!
「ちなみにこれだけど、特注のインクを混ぜたシートでトレースしてあるから、消ゴムで消そうと思っても消せないわよ」
「なんて手の込んだ策略!?」
お、お嬢様の天性の陰謀好き加減が遺憾なく発揮されています……! 使用人一人を無理矢理理事長の席に座らせるためにそんなことをしますか。
「というか、そもそもいつどうやって私のサインをトレースしたのですか?」
いくらカーボンシートがあるといえども、私にその存在を気取られずにサインを転写するのは難しいはず。紙が何枚も重なっていたら、流石に私でも違和感に気づくことはできます。それでもこうして転写できたというのなら、一体どんな手段で私を出し抜いたのでしょう。
「あら、忘れたのかしら」
「何をですか?」
「あなた数日前にアンケートをしたのを覚えてないの?」
「……アンケート?」
アンケート……思い出せ、アンケートというとそれは確か……
『わたしは叢雲志鶴。この千春峰の教職員です』
『村時雨さん。ちょっと今度は私のお願いを聞いていただけませんか?』
『このアンケートにちょっと答えていただきたいのですけれど……』
「……あ」
言われてもみれば私が転入してきた初日に、私は道案内を頼んだ志鶴先生にアンケートをお願いされて、その用紙に記入しました。
しかもそのアンケートにはちょっとだけ違和感があって……
『志鶴先生、アンケート用紙がちょっと厚くありませんか?』
――――本当に、本当にちょっとの違和感でした。アンケート用紙が普通のA4用紙にしては厚めで、手で触ったら変な感触がしたのです。下に何かもう二~三枚別の紙があるような……そんな感覚――――
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
志鶴先生ェェェェェェェェェェェェェ!? 志鶴先生とお嬢様は最初っからグルだったのか! どうして志鶴先生が私のことを知っていたのか疑問でしたが、そういう理由だったのですね!
私は心の中でルナーシア様に似たほんわかした空気を纏った志鶴先生に、『要注意人物』のワッペンを張り付けたのでした。
「ちなみにあの人、千春峰女子学院の学園長よ」
「学園長!?」
自分はただの教職員と言っていたくせに、ただの教職員どころか半分事務員の学園長だったなんて……どうやら私は出会った初日から徹底して騙され続けていたようです。
私は要注意人物の上から更に『危険人物』のワッペンも張り付けました。
「ああ見えてあの人も苛烈な政治闘争を繰り広げてきた人物だから、結構悪どい手を使う腹黒なのよねぇ。今回は運が悪かったと思って諦めなさい」
お嬢様がとても嬉しそうに笑いました。本当に楽しそうです。いやぁ、他人の不幸で今日も紅茶が美味しいのでしょうね。
その内お嬢様がやってきた事が全部いっぺんに跳ね返ってくればいいのになぁ。
「まぁ、そういうことで学生理事長、よろしくね?」
「…………オオセノママニー」
……もう、どうにでもなぁ~れ。
私は床に膝をつき、どうにも変えられない現実を受け入れることしかできなかったのでした。
さて、区切りが悪いかもしれませんが、華炎ちゃんが理事長に無事(?)就任したところで第二章は終わりになります。第一章と比べると半端なところで終わってしまいましたが、このままだと二章の着地点を見失いそうだったのでこうなりました。
次章からはいよいよキャラクターを掘り下げていく話になりますが……その前に恒例の幕間の章をやらせていただきます。
内容は華炎ちゃんの普段の様子を描いた小話になりますので、期待せずにお待ちくださいませ。
それでは、また次回に。
第二章までお付き合い、本当にありがとうございました! 次章もよろしくお願いします!