#36 子供の友達はもてなしたくなるのが親心
イカれた華炎のメイド班のメンバーを紹介するぜ!
jk語を使って年齢を誤魔化している成人女性!
気安い言葉で距離を縮めようとしているがふざけているようにしか聞こえない先輩メイド!
上の二人とキャラがほとんど被って個性が埋没してるモブメイド!
エセ関西弁を喋ってはむしろボケに回ってしまう弄られっ子!
以上だ!
「わぁー。やっぱりあなたの屋敷は素敵ね十六夜」
「そうかしら? ふふっ、自分の持ち物を誉められて悪い気はしないわ」
ルナーシア様が月光館のエントランスの内装に感嘆の声をあげます。屋敷を誉められた十六夜さんは満更でもなさそうに頬を緩めました。
月という言葉に縁のある二人にとっては、この屋敷の雰囲気は肌に合うのでしょう。なんとなく美の価値観も似通っているように見えます。
「ねぇねぇ華炎ちゃん。あなたはこのお屋敷でどんな仕事をしているの?」
「え、私の仕事ですか?」
「そう! 私、華炎ちゃんが何やってるのか気になるなぁ~」
「え、えーっと……」
ルナーシア様が目を輝かせながら私に寄ってきました。年上だというのに、小動物じみた動作が可愛らしいと思ってしまいます。そんなところがルナーシア様の魅力なのかもしれません。
私はどこをどうお答えしようかとしばし悩み、詳しく説明するよりふわっと答えることにしました。
「私は色んなことをやるメイドですね」
「色んなこと? 付き人なのに?」
「はい。確かに私は付き人ではありますが、また始めて一ヶ月も経ってないペーペーです。なので、お嬢様のお世話以外にも他のメイドさんのお仕事もお手伝いするんですよ」
「そっかー。華炎ちゃんは所謂幕の下なんだ」
……幕の下?
幕の下って、つまり相撲階級における幕下のことでしょうか? いやでも、それどういう意味で使ったんですかね……
「……あれ? もしかして幕下って違う意味なの?」
「恐らく……ちなみに幕下は相撲に使われる言葉です」
「そ、そうだったのね……ごめんなさい華炎ちゃん。私の変な勘違いでお相撲さんに……」
「い、いえお構い無く! 間違いは誰にでもあることですから!」
そんな申し訳なさそうな顔をされると、むしろ私の方に非があるみたいに思ってしまいます。私は頭を下げようとするルナーシア様を思い留まらせて、言い間違いは水に流しましょうと提案しました。
「華炎ちゃんは優しいのね」
「優しくなんかありません。だって、ルナーシア様は頑張って日本語を勉強しているじゃありませんか。日本語はお上手ですし、読み書きもできるのが何よりの証拠です」
「そ、そう?」
「ええ。そんな人は誉められこそすれ、後ろ指を差される謂れはありません」
ルナーシア様は私から見てもとても努力をされている方です。慣れない異国の言語を学び、日本人と同じレベルで会話ができて、そこまでの語学力は間違いなく彼女の努力によって身に付けられたものです。
そうやって人が積み重ねてきたものを笑うなんてことを、私は絶対にしたくありません。
「そっか……ありがとう華炎ちゃん。そう言ってくれたのは、十六夜と華炎ちゃんだけよ」
おや、お嬢様も同じ事を言ったのですか。それは光栄というかなんというか。
「ペットと飼い主は似る、ってよく言うもんねー。主従を結んでるとそうなるのかな?」
「……すいません、それは言い間違いですか? それともそういう表現ですか?」
ペット……ペットて……
流石にペットはどうかと思うのですが、これも言い間違いですよね? ねぇ、そうだと言ってくださいよ。
「あれ、違うの? 十六夜はあなたのことを『可愛いワンちゃん』って言っていたのだけれど……」
お、お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
メイドは使用人であっても奴隷じゃありませんからね! あなたに仕えて奉仕をしていますけど、人権とかちゃんとあるんですからね!?
「ペット……ワンちゃん……」
「あら、何も間違ったことは言っていないでしょう?」
「……身を粉にして働く使用人への言葉がそれですか」
そこへ、当の本人であるお嬢様がニヤニヤ笑みを浮かべながら会話へ入ってきました。しれっと私のことをいじめている割に、中々イイ笑顔です。いっそのことパワハラで訴えてやりましょうか。
私は不法労働者が労基に訴える術を頭の片隅で考えつつも、真面目に職務を果たすためにメイド服に着替えてくることを伝えました。
「はぁ……私はメイド服に着替えてきますので、一旦失礼します」
「分かったわ。ルナは私がダイニングに案内するから、あなたは早く着替えて昼食の用意を手伝いなさい」
「かしこまりました。三分で済ませてきます」
お嬢様はメイドに案内をやらせるのではなく、自分で友人を案内したいと仰りました。大切な人は自らの手でもてなしたいのでしょう。私はお嬢様の意思を尊重して、ルナーシア様のことを任せました。
さて、三分と言った手前さっさと着替えなくてはいけませんね。急いで部屋に戻ってメイド服を着なくては。
◇ ◇ ◇
三分で済ませると言ったな、あれは嘘だ。
「お待たせしましたお嬢様、それからルナーシア様。後れ馳せながら村時雨華炎、仕事服に着替えて参りました」
「まだ三分も経ってないわよ……」
「すごーい。どうやってそんなに早着替えしてるのかな?」
村時雨華炎選手の只今の記録は、一分四十秒でした。なお移動も含めれば二分三十秒になりますが、宣言通り三分以内に到着したので問題はありません。
お嬢様は思ったよりも早い到着に呆れ、ルナーシア様はいつも通りのほやーっとした言動で驚いている様子です。ふふん、これで私が有言実行の優秀なメイドであるとアピールできましたね。
「……やたらハイスペックなところも私が見込んだ所以とはいえ、これは流石にスペックの無駄遣いじゃないかしら……」
「いいなー。私もあんなに早く着替えられるようになりたーい」
「ルナは真似しなくてもいいから。というか、あんなの何の役にも立たないじゃない。宴会の席の一芸ぐらいにしか使えないわよ」
あっれぇー? なんか二人からの反応が薄いというか、望んでいた反応をしてくれないんですけどぉ……。ルナーシア様はともかく、お嬢様に至っては「何やってんだこいつ」という目で見られてますし、もしかして失敗ですか? おかしいなぁ……
約束を守る優秀な付き人という印象を与えるための作戦だったのに、残念な結果に終わってしまいました。まぁ失敗したものは仕方ありません。切り替えて普段の仕事をこなしましょう。
私は内心を悟られないよう笑顔を張り付け、さも何事もなかったかのように振る舞いました。
「お食事をお持ち致します。ルナーシア様もどうぞお召し上がりください」
「私も食べていいの? 嬉しいわぁ」
「ええ、おかわりはありますから、是非お楽しみくださいませ」
「ありがとう華炎ちゃん。それから十六夜も」
「礼なら私やそこの駄メイドではなく、厨房のメイドたちに言うことね。私はゲストを招くホストとして当然のことをしたまでよ」
お嬢様は両目を閉じて格好つけながら鷹揚な台詞を言いました。態度がとても様になっていますが、なんだか軽く貶されたのは気のせいでしょうか。いや、私より厨房の先輩たちこそお礼を言われるべきというのは賛成しますが。
「ルナーシア様、先輩たちには私からそのように伝えておきますね」
「本当? お願いするね」
「かしこまりました。では、私は厨房へ」
お嬢様とルナーシア様に恭しく一礼して、私はダイニングのすぐ横にある厨房へ入るのでした。
「せんぱーい。お昼はできていますかー?」
「うーい! ほとんどできてるよぉー!」
「どんどん持っててね!」
「華炎ちゃんがいなくてもバッチリー!」
「こっちの方は任しとき! 裏方ならバッチコーイやで!」
「「「あんたはほとんど何もしてないでしょ!!」」」
「んなアホなー!」
厨房の中では、何人かの先輩メイドさんたちがお料理の最後の仕上げをしていました。一流メイドが作るだけあってどれも美味しそうです。これならお嬢様とルナーシア様も気に入っていただけるでしょう。
私は先輩たちに一声かけて、出来上がっているお料理を順番に運びます。
パンとスープにサラダとムニエル。お昼にしてはちょっと多いかもしれませんが、みんなの子供の友達をもてなすのならこれくらいがいいのでしょう。お嬢様は屋敷の皆から愛されていますから、可愛い子の友達はもてなしたくなるのが人情というもの。先輩たちの気持ちもわかります。
「あ、そうだ。ルナーシア様が、お昼ご飯をありがとうございますって言ってましたよー!」
「おっけー! 受け取ったって伝えてねー!」
「はーい!」
私はルナーシア様に頼まれていたお礼を伝えて、ワゴンに載せたお料理を食堂へと運んでいきました。
食堂に戻れば、お嬢様とルナーシア様は楽しげに談笑されていました。ルナーシア様は満面の笑みを浮かべながら楽しげに、お嬢様はうっすらと微笑みながら心地よさげに。
こうして見ると対照的に見える性格ですが、その違いこそがお互いにとって気持ちいいものなのでしょう。凸凹コンビという言葉がぴったりですね。
私はお嬢様の友好関係に頬を緩めながら、お昼の用意ができたことを二人に伝えました。
「お待たせいたしました。昼食の用意ができましたので、早速お召し上がりになってください」
お嬢様とルナーシア様は私の姿を認めると、お喋りを止めてお料理が配膳されるのを上品に待ちます。私はワゴンから二人のお料理を素早く正確に配膳し、食前の準備を全て終わらせました。
「すっごーい。本当に美味しそう……」
ルナーシア様は並べられたお料理に目を輝かせています。
「はい。厨房にいる先輩たちが腕によりをかけて作ったお料理ですので、是非ご堪能ください」
「あ、お礼は言ってくれた?」
「勿論ですよ。先輩たちも喜んでいました」
「嬉しいわ。ありがとう華炎ちゃん」
さて、ルナーシア様ももう待ちきれないといった様子ですし、早速頂いてもらいましょう。
「ではお嬢様、そろそろ……」
「そうね、そうしましょう。日本流の食べ方は分かるわね、ルナ?」
「ええ。大丈夫」
「じゃあ……頂きます」
「いただきます」
二人は手を胸の前で手の平を合わせ、食前の感謝の言葉をそらんじました。
そしてルナーシア様は手慣れた手つきでナイフとフォークを取り、バターの香りがするムニエルを切り分けます。柔らかい身が何の抵抗もなくナイフを受け入れ、あっという間にフォークに刺されてルナーシア様の口元へ。
「……あーむっ」
ムニエルを頬張ったルナーシア様は噛み締めるようにして咀嚼すると、目を輝かせてお料理の感想を言いました。
「美味しい! とっても美味しいわ!」
「ふふっ、それは何よりです」
興奮気味に私に伝えてくるルナーシア様。感想を言っただけでは気持ちを沈めるのに足らなかったのか、今度は私も食べるように誘ってきます。
「華炎ちゃんも食べてみて! すごっくすごく美味しいの!」
「え、ええっと……」
ルナーシア様はムニエルをフォークに刺し、私の方に向けてきました。
……これってつまり、アレをやれと……?
「はいっ、華炎ちゃん。あーん♪」
でっ、出ました! 恋人同士がレストランでいちゃラブ具合を見せ付けるために行う「あーん」です! 見る方もさせられる方も恥ずかしくなるヤツをここでやれと!? 何の拷問ですか!
ルナーシア様は相変わらずあどけのない笑顔を浮かべて、私に「あーん」するように求めていました。助けを期待してお嬢様の方を見てみましたが、面白いものを見物してやろうとばかりにニマニマ笑っています。しゅ、趣味の悪い……
ええい! 腹を括って「あーん」するしかないようですね!
「あ、あーん……」
私は悶え死ぬほどの羞恥心を投げ捨てて、ルナーシア様の差し出したムニエルを口の中に入れたのでした。
――――もぐもぐもぐ。
「どう? どう? 美味しいでしょ?」
「はい、美味しいです……」
流石は月の館のメイドさんたち。屋敷で一番料理が上手いと自負する私も手放しで称賛できるほどの美味しさです。ルナーシア様がつい変なテンションになってしまうのも無理はないでしょう。
私はたった今死ぬほど恥ずかしい行為をしたということから必死に目を逸らし、そんな風に思いました。
「ふふふっ、やっぱり華炎のそういう姿はいいわぁ」
「……お嬢様、そろそろ不当な扱いに怒ってもいいですかね?」
茶々とも横槍とも取れるお嬢様の言葉を冷静に(当社比)受け流します。ここで本当に怒ったり、悲しんだりしてはいけません。ただお嬢様を喜ばせてしまうだけです。
人が慌てふためいたり困っている様を見て、愉悦を覚えるようなお嬢様には冷たくしてやりますよーだ。ふーん。
……とまぁこんな具合で楽しい昼食会は終わり、しばらくお嬢様と楽しくお喋りをしてから、ルナーシア様は屋敷を去っていったのでした。
なんだかんだありましたけど、やっぱりルナーシア様はとてもいいお人ですし、一緒にいて心地よかったので是非また遊びに来てほしいなぁと思いました。