#33 紫色と緋色
今回から書き方を少しだけ変えてみました。
前回までの方がいい、という方は感想などでお伝えください
「あ、あわわわわわ……!」
どうもみなさんこんにちは。村時雨華炎こと村雨焔です。
突然ですが、現在絶賛大ピンチです。
何がどうしてピンチなのかというと説明が難しいのですが。えーと、えーっと……
……状況を見た方が早いでしょう! こんなかんじです!
「このまな板女ァ……」←柴炎
「この低身長赤紫……」←十六夜お嬢様
えーっと……こういうことなんですよ! よく分からないかと思いますが私もよく分かりません!
事のあらましを簡潔に纏めると、以下のようになります!
・入学式の終わった後、たまたま廊下でばったり紫炎とそのお友達(?)と遭遇。
・挨拶をしようかと思っていたら、いきなりお嬢様と紫炎がバチバチに。
・どうやら知り合いだったらしいのですが、天敵同士のようであれよあれよという間に言い争いへ。
・私を置いて、二人が罵詈雑言を浴びせまくる。←今ここ
そんなこんなで紫炎とお嬢様が、今にも取っ組み合いを始めそうなほど真正面からバチバチ睨み合っているんです! 従者としてせめてお嬢様だけでも止めねばならないのでしょうが、少しでも止める素振りを見せればガンを飛ばされてしまう状況。逆らえばどうなることか…………!
紫炎は汚い言葉使っちゃってますし、お嬢様は陰湿に相手のコンプレックスを突いています。お互いがお互いの気にしてることを罵倒し合い、頭に血が上って抑えがきかなくなっているのでしょう。
……それでとばっちりを喰らいかけている私からしてみれば溜まった物じゃありませんが。
「やれやれ、入学から初日でこれか。先が思いやられるな」
「うぅ、お嬢様もどうして新入生にあんな……」
私と同じように、柴炎と一緒にいた栗毛の一年生が呆れながらため息を吐きました。ボーイッシュな言葉遣いをする彼女は、同類を見るや気さくに話しかけてきます。
「やあ。すまないな、私の親友があんなので」
「い、いえ。こちらもお嬢様がご迷惑をおかけしています」
喧嘩する二人を余所に、私たちは仲良く自己紹介を交わしました。
「私は【守山灯音】、灯音と呼んでくれ。そこにいる赤紫のお馬鹿さん、村雨紫炎の幼馴染のようなもので、同時に従者でもある。よろしく頼む」
「これはどうもご丁寧に。私は村時雨華炎と申します。あちらの豊葛十六夜お嬢様の、付き人見習いを務めています。よろしくお願いしますね」
そう言って握手を交わし、私たちはひとまず主従の関係はなしに友人関係を結びました。握手を交わす傍ら、私は失礼のないよう気が付かれない程度の範囲で灯音さんのお顔を覗き見ます。
ボブカットの栗毛に、意志の強さを感じさせる茶色の釣り目。やや硬派な印象な見た目ですが、性格は気さくでとてもフレンドリー。
あの紫炎が友人として認めているのであれば、人柄は疑うまでも無いでしょう。
……しかし、何だか変な視線を感じますね。
本人は隠しているつもりですが、灯音さんが私のことをジッと見ているようです。人間観察という訳だけではなさそうですね。何かを探るような、外見以外に精神を見透かすような視線を向けていました。
女装がバレているということはないと思いますが……それがきっかけでバレてしまうかもしれません。
私は灯音さんと目を合わせて、できる限り角のないよう柔和な笑みを浮かべて言いました。
「……すいません、何か変でしたか?」
「え!? あ、ああいや、何でもない。きっ、気にしないでくれ」
「よかったです。見詰められるものですから身だしなみがしっかりしていないのかと……」
「……!? そんなことはない。君はちゃんと制服を着こなしているよ」
……ごめんなさい灯音さん、ちょっぴり脅してしまいました。
私は釘を刺すような真似をしてしまったことに一抹の申し訳なさを覚えましたが、仕方のない事だと割り切って会話を続けました。
「灯音さんと紫炎さんは新入生ですよね?」
「……私と柴炎、『は』? もしかすると、君は……」
私の言葉のニュアンスに違和感を感じた灯音さんは、顔を青くしながら恐る恐るといった様子で質問をしてきます。
「……お姉様だったり、するのかな?」
ああ、そういえば学年を名乗っていませんでしたっけ……私は学年のことをすっかり失念していたということに気が付き、灯音さんに自分の学年とクラスを伝えました。
「はい。実は2-Aの所属だったり……」
「……私、上級生にとても失礼なことをしていた……?」
すると、青かった灯音さんの顔が蒼白を通り越して真っ白になってしまいました。「あわわわわわ」とか、「やばいやばいどうしよう」とか、声に出てしまうほどパニックに陥っている様子。凛々しい顔が若干涙目になっていて、むしろ可愛らしい事になっています。
「大丈夫ですよ灯音さん。私は気にしませんし、今まで通りで構いません」
「ほ、本当かい? 私はとんでもない失礼をしてしまったことになるのだが、それでもいいのかい?」
「ええ。ですから、どうぞ灯音さんはそのままの態度で私に接してください」
「あ、ありがとう……! ありがとう村時雨さん!」
「わわわっ。泣かないでください、泣かないでくださいって!」
灯音さんは余程厳しく叱られると思っていたようで、気が抜けてしまったのか泣き出してしまいました。私がそんなに厳しい人と思われていたのか、紫炎が起こるのかと思っていたのか……
……いや、十六夜さんが容赦なく責めるだろうと考えていたのかもしれませんね……嫌いな相手の連れとなればそうしてもおかしくありませんし。私はポケットからハンカチを取り出し、そっと灯音さんの目元を拭きました。
「ほら、素敵なお顔が台無しですよ? 泣かないでください、ね?」
「う、うん……ぐしゅん……」
「……はい、これで元通り。素敵な灯音さんになりましたね」
「す、すす素敵って……やめてくれ村時雨さん。私はそんなんじゃ……」
「そんなことないですよ。灯音さんは立派で素敵な女の子です」
「う、ううぅぅぅぅぅ……」
「…………切り抜けましたね」
……な、なんとかなったぁぁ……!!
私が灯音さんを泣かせてしまったみたいで申し訳なくて、軽いパニックに陥っていました。半ば自動的に受け答えして場を繋いでいたのですが、何を言っていたのかとかはまるで覚えていません。しかし、彼女の様子を見る分には変な事は言っていなかったみたいですね。灯音さんは何も言わず固まっていますし、無意識の私は上手くやってくれたようです。
「わ、私も村時雨さんも女なのにぃ……!」
「え? 何か言いました?」
「な、何でもない!」
うーん……? なにやら灯音さんが変ですが……まぁ今は良いでしょう。それよりも問題なのは、多分あっちですよね……
「このまな板! ベニヤ板! ペラペラAカップ! あんたの胸は○○○の○○○を○○○することもできない日和山なんですよォ!」
「言ってくれるじゃないチービィー……あなたの髪も相当じゃないかしら? 赤紫? 赤紫の髪? 栗毛ならともかく、赤紫って何よ。紫キャベツを食べ過ぎたんじゃないの? そんなものばかり食べてるから低身長なのよ」
「あァん?」
「何よ?」
……アレ、流石にもう止めた方がいいのでは?
あんなにいい子だった柴炎ちゃんがこんな汚い言葉使いまくってるのを見ると……ね、精神衛生上よろしくありませんし。
割と我慢強いお嬢様もそろそろ限界です。最悪の場合取っ組み合いになることも……そうなったら貧弱なお嬢様は十中八九怪我をしてしまうでしょう。
そうならないよう、今のうちに止めておくしかないですよね……
「はぁ。気は進みませんが、私が人柱になるしかありませんか……」
かくなる上は仕方ありません。二人から挟まれて酷い目に遭うのを承知で止めるしかなさそうです。
私は覚悟を決めて、紫炎とお嬢様の間に割って入りました。
「止めてくださいよお二人とも! 見るに堪えない争いはおやめください!」
「……華炎、あなたワンちゃんの分際でご主人様の邪魔をすると言うのかしら?」
「何ですかアン……タ、え? 赤い髪? 真っ赤な緋色?」
お嬢様は横槍を入れてきた私を睨みつけ、紫炎に向けたものと同じドスの利いた声で脅しをかけてきます。
紫炎は……なんだか硬直していました。理由は分かりませんが、何もしてこないのならそれはそれで好都合。お嬢様をなだめることに集中しましょう。
「落ち着いてくださいお嬢様! お嬢様ともあろうお方が、コンプレックスをつつき合う低レベルな争いをしてはいけません!」
「低レベッ……!?」
「お嬢様ならば、自分に向けられた罵詈雑言などティーカップを傾けながら柳に風と言った風に聞き流し、それでいてキッチリと陰湿な手段で復讐を果たすお方だったはずです!」
「か、華炎……? それって宥めてるの? それとも貶してるの?」
「間違っても! 傍から見て『新入生いびり』と誹りを受けてしまいそうな言い争いをするようなことをしてはならないのです!」
「むぐっ……むぐぐぐ……」
「いつものお嬢様なら、私如きの言葉にいくらでも言い返して、反論で叩き潰せていたはずです。それができないのは、お嬢様が著しく冷静さを欠いている何よりの証拠です。どうか一度落ち着きになってください!」
「わ、分かったわよ。認めるわ、私は頭に血が上って正常ではなかった。だからこんなアホらしいことは止めるわよ。それで満足?」
お嬢様はようやく怒りをぐっと飲み込み、いつもの落ち着き払った態度を取り戻しました。
一度クールダウンすればお嬢様は大人なもので、それ以上毒づいたり罵倒を浴びせることもありません。しかしムッとした表情を浮かべて、決して私と目を合わせようとしなくなってしまいました。
……なんでそこは子供っぽいんでしょうか……
とにかく、これでお嬢様の問題は片付きました。後は紫炎の方をなんとかするだけですが……
「な、な、ななななな!?」
……紫炎は「な」行一段目の発音を繰り返すばかりで、完全にフリーズしている模様です。
「……彼女がおかしいのは昔からよ。放っておくのがいいわ」
「当人の兄に向かってそれを言いますか?」
「あなたもそう思ったことがあるんじゃないかしら」
「…………愉快な妹だな~とは思いますけどね」
「オブラートに包んでるけどフォローできていないわよ」
仰る通りで……
しかし、放っておくわけにはいきません。お嬢様には申し訳ありませんが、仮にも兄ですので紫炎のことはなんとかしなくてはならないのです。
私は相変わらず固まったままの紫炎に近づき、まず意思の疎通ができるかどうかを確認しました。
「こんにちは。お話はできますか?」
すぐに反応はありませんでしたが、数秒が経つと紫炎はまともな反応をするようになりました。
「なんで……その髪をしているんですか!?」
「え、髪?」
意識が復帰した彼女は、真っ先に私の髪の毛を指差して言います。
「その髪、真っ赤な緋色の髪! それは兄様だけが持ってる髪です!」
あっ……!
「ギクゥ!?」
ど、どうしましょう。完全に失念していました!
こんな目立つ髪をしてる人なんてそうそういないでしょう。私を知っている人なら、髪の色から個人特定することは難しくないはずです。
今にして思えばマグノリアさんが私の正体を見抜いたのも、髪の色から推測されたのかもしれません。あれ、もしかして私って変装に向いてない……!?
「誰ですか! あなたは誰なんですか!? なぜあのまな板女のそばにいるんですか!?」
「えっと……それは……」
なんと言い訳すればいいのか、どうやって誤魔化せばいいのでしょうか……!?
脳内でわたわたしてしまい、答えられなくなってしまいます。紫炎の私を見るめがどんどん厳しいものになっていって……!
「彼女の髪は染めているものよ」
しかし、そこでお嬢様が口を挟みました。
「目が赤いでしょう? あれはアルビノだからよ。髪も本当は白いわ」
「染めてる? 染めたってあんな鮮やかな緋色にはならないでしょう。見え透いた嘘を言わないでください」
どうやらお嬢様は、私が髪を染めているということにしたいようでした。しかし、当然そんな理由で納得できる紫炎ではありません。紫炎は自分の髪と私の髪を交互に指差し、反論をしていきます。
「あら、あなたはプラモデルの塗装の経験がないのかしら?」
「はい?」
お嬢様は髪の染色を、プラモデルの塗装に置き換えて説明しました。
「真っ白な『下地』があると、それはそれは鮮やかに塗料が付着するのよ? だから上級のプラモデラーは塗装をする際、予めグレーやホワイトで色の『下地』を作るの。そしてそれは髪も同じ事」
プラモデルの話が髪に通じるかどうかは疑問ですが、この際ブラフだろうと実話だろうと構いません。
お嬢様は自信たっぷりに言い放ち、さも実際にやってみたかのように振る舞いました。人の騙し方を心得ていますね。紫炎はそんな与太半分の話を鵜呑みにしてしまい、ぐぬぬと唸ります。
「む、むぐぐぐぐ……もっとももらしい理屈を……!」
「理屈に沿った反論よ。もっともらしいのではなくて、もっともなの。それで? そっちからの反論は?」
紫炎はどうにかして反論しようとしましたが……理屈にかなった反論が思い付かず、そのまま引き下がることしかできませんでした。
「な、ないです……」
「それならこの話はおしまいね。変な人違いで私のおもちゃ……もとい従者にケチをつけないで頂戴」
しかしそれでも紫炎の胸中の疑いを拭いきることはできず、彼女は声を荒げます。
「しっ、しかし、しかしですね! その髪は兄様そっくりそのままの色です! 兄様が纏めていた髪を降ろせば、丁度そんな長さになるはずなんです!」
証拠や論理に欠ける反論ではありますが、それ故にお嬢様は『馬鹿馬鹿しい』と一蹴することができませんでした。なにせ、その感覚に頼った指摘は事実であり、下手に否定すればボロが出てしまう可能性があったからです。
ピンチです、このままではやっぱり正体がバレてしまうことに……!
お嬢様がなんとか矛盾のない返答を考えていると……
「待て待て待て、ちょっと待つんだ紫炎。君の話はおかしいぞ?」
なんと灯音さんが主である紫炎に「それはおかしい」と反論したのです。いえ、反論と言うよりかは「常識で考えろ」とばかりに諭していると言った方が正確かもしれません。
「そもそもの話だが、君は兄のことを話していただろう? だが村時雨さんを見てみろ。彼女は女性だ」
「だから男である兄様と彼女が同一人物ではない、と言うんですか? 甘いですよ灯音! そんな台詞は兄様を一度でも見たことがないから言えるんです!」
当然これは紫炎の言っていることの方が正しい……のですが、正体バレにリーチをかけられてしまった私たちは、ここぞとばかりに灯音さんの援護射撃をしました。
「えーっと、あなたのお兄さんのことを存じあげないので偉そうなことは言えませんが、そんな女性っぽい男の人はいないと思いますよ?」
「……クスクス」
……なにやらお嬢様に失笑されたような気がしますが気にしなーい気にしなーい。
「そうねぇ、そんな人見たこともないわよねぇ?」
お願いですからこっち見ながら言わないでくださいよぅ……
「そうですか、そっちがその気なら……!」
三対一という圧倒的な数的不利に立たされた紫炎でしたが、彼女は諦めるつもりなどさらさらないようです。紫炎は制服のポケットの中をまさぐり、何かを取り出そうとします。
「それなら見せてやりますよ! 証拠の写真を! 兄様がどれだけこの人に似ているかを――――って、ちょっと何するんですか灯音ェ!」
が、その行動は灯音さんによって中断させられてしまいました。
「分かった分かった。君とのお兄さんの惚気話は後でちゃーんと聞いてやるから、これ以上二人に迷惑をかけるんじゃないよ」
灯音さんは問答無用で紫炎の後ろ襟首をガッチリとホールドします。すごい、片手の膂力だけで完全に抑え込むなんて……!
「本当にすまない村時雨さん。こいつにはちゃんと言って聞かせておくよ」
「はっ、離しなさい灯音! まだ私の話は終わってな――――」
「君が変に暴れて迷惑かけたら、私の方が本家から叱られるんだ! いいから行くぞ!」
「やぁぁぁぁぁーーーー!! はーなーしーてー!」
紫炎は灯音さんに引き摺られ、そのままズルズルと連行されていってしまいます。ああ、どこからかドナドナが聞こえてくる……そんないっそ哀愁を感じさせるような光景でした。
「このパチモン赤髪ぃぃぃ~~~~ッ!! せめて、せめて名前を教えてくださいやがれぇぇぇ~~~~!!」
紫炎は最後の悪あがきとばかりに私をねめつけて、文法がおかしくなった怒声で名前を聞いてきます。私は遠くなっていく紫炎にもちゃんと聞こえるよう、声を張り上げながら答えました。
「私は村時雨華炎と申します! あなたのお名前は何ですかーーーー?」
「私は村雨紫炎! 覚えときなさいパチモン赤髪ぃぃぃ~~~~!!」
その言葉を最後に紫炎は灯音さんに殴られ、そのまま廊下の曲がり角を曲がって見えなくなりました。
「……行って、しまいましたね」
「そうね、ちょっと話しただけでどっと疲れたわ……」
それにはちょっと同意します。バレてしまうかもしれない場面もあったので、精神的な疲労もひとしお。とはいえ、この後も午前中までは授業があるので、頑張って一日を乗り切りましょう。
「お嬢様、そろそろ教室へ戻りませんか?」
「そうね。遅刻なんてしたら目も当てられないもの」
私たちは頷きあい、それぞれの教室へ戻ることにしました。
お嬢様は上の階の上級生のフロアーへ。
私はこの階の二年生のフロアーに留まって。
「それでは、また後程」
階段を優雅に登っていくお嬢様に一礼し、私は2-Aの教室へと足を向けたのでした。
村雨焔/村時雨華炎 2-A
姫小路綾姫 2-A
木暮マグノリア 2-A
豊葛十六夜 3-C
ルナーシア・ライゼノーブナ・リドリーチェ 3-C
村雨紫炎 ???
守山灯音 ???