#30 お悩み相談はディナーの前に
謎の新入生総代……一体何雨紫炎なんだ…………
世の中には、同じ顔をした全くの他人が三~四人いると言われています。
血縁もありませんし,お互いはお互いを知らず、全く異なる地域や国に住んでいることでしょう。
でも、それってなんだか気持ち悪くありませんか?
自分とは違う存在なのに自分と同じ顔をした人間がいると思うと、私はなんとなしにおぞましさのような寒気を感じます。
しかし、それが私そっくりな人であればいいんです。
もしもです、もしもの話ですが、偶然町中で知り合いにそっくりな全くの他人を見かけたら?
私はどんな気持ちになるのでしょうか?
妹にそっくりな新入生の姿を見たあのとき、私は…………
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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!
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千春峰で新入生総代の姿を見た日の放課後。
月光館に帰ってメイド服に着替えた私は、厨房でお料理をしていました。
今日のお夕飯は肉じゃがです。お嬢様がお召しになるには少し家庭的過ぎるような気がしましたが、セレンさんに許可をもらってお出しすることになりました。
肉じゃがと言っても、地方や家庭によってその味は異なります。
私が師匠から教わったレシピは砂糖を大目に使った甘い肉じゃがでした。私もそれに倣い、甘い肉じゃがを作っています。
レシピや作る人によって表情が変わる料理というのが、肉じゃがの面白いところではないでしょうか。
調理に一段落がつき、しばらく時間的な余裕が出来ます。菜箸を置いて千春峰での出来事を思い返しました。
その出来事はやはり朝のHRの前に見かけた新入生総代の子でした。
赤紫で彩られた長髪と、凛々しい瞳が頭に浮かびあがっていきます。
「あの子は、紫炎だったのかな……?」
どうしても彼女のシルエットが私の妹と被って仕方がありませんでした。
私はここ数年に渡って柴炎と会っていません。だから彼女の今の姿は知りませんし、よしんば新入生総代が柴炎だったとしても、名前を聞かない限り確かめようがないのです。
私はどうしようもない状況にもどかしさを感じ、気を紛らわそうと紫炎のことを考えることにしました。
「今頃何をしてるんだろう」
私は誰に問うでもなく、ただ一人ごちます。
しかし、偶然厨房にいたセレンさんが私の独り言を聞いていました。
「……どうしたの? なんだか元気がないみたいだけど?」
「ふぇ? セレンさん?」
「月詠メイド長!」
「あいたっ」
『何も叩かなくていいじゃないですか!』 とは思っても言わぬが花。
言えば『何度言っても覚えないあなたが悪いパンチ』が飛んできます。理不尽。
「まったくもう……それで? その様子だとあっちで何かあったんでしょ? 話してみなさい」
「あの……それが……」
叩かれた頭を抑えつつ、私はセレンさんに新入生総代のことを打ち明けました。
「……ということで、彼女が妹に似ているのがどうしても気になるんです」
「それは……うーん……」
私の話を最後まで聞き遂げたセレンさんは腕を組み、何かを考え込むようにして唸ります。
まぁ、いきなりこんな話をしても反応に困りますよね、普通なら。
「……すいませんセレンさん。私の家族の問題なんですから、私だけでどうにかすべきでした。今のは忘れてください」
私は余計なことでセレンさんの時間を取ってしまったことを謝罪しました。
こんなことに悩んでたってしょうがないですよね。セレンさんに相談するのもお門違いかもしれません。
しかしセレンさんはゆっくりと首を横に振り、こんなことを言います。
「華炎、それは間違った考え方よ」
「え?」
セレンさんは私の名前呼びを注意することすらせず、これ以上ないほどに真剣な顔をしていました。
「家族のことだから自分一人でなんとかする? それは馬鹿の考えることよ。愚図で阿呆な考えなしの馬鹿のね」
「ハ、ハッキリ言いますね……」
「極端な話をするわ。ある家の失業した父が一家心中をしようとしたらどうする? 壮絶ないじめにあった娘が自殺しようとしたらどうする? ノイローゼになった母が子に暴力を振るうようになったらどうする? 不仲が原因で両親が蒸発したら残された子供はどうする? こんなことを、当事者が一人だけでどうにかできると思ってるの?」
「それは…………できません」
私はセレンさんの投げかけた問いに、Noと言うことしかできませんでした。
セレンさんの挙げた例は当然そうそうありえるものではありませんが、世の中には実際に起こっている例です。絶対に無いとは言い切れません。
残念ですが、そういった悲劇は世界中に掃いて捨てるほどあります。
「家族の問題にも色々種類や深刻さはあれども、あなたのソレは既に一人でどうにかできる範疇を超えているわ。分かる?」
「……痛いほど分かっています」
セレンさんは少しの間を置いて、私が抱える問題の核心を突いてきました。
「……あなた、家族との間に溝を感じていたのでしょう?」
お嬢様から聞いていたのでしょうか。
お嬢様以外にそのことを話した覚えはないので、気にかけるように伝えられていたのかもしれません。
「はい。お父さんもお母さんも妹も、私に何かを隠していたみたいで……私はそのことに、ずっと疎外感を感じていました」
「……辛かった?」
「……分かりません。でも、ずっと気付かない振りをして、『いい子』の振りをするのは、苦しかったです……」
「……ごめんなさい、嫌なことを思い出させちゃったわね」
「いえ……」
両親は何を隠していたんでしょう。紫炎に話していたからには、子供に聞かせられない話ということではなかったのかもしれません。
しかしそうなると、殊更私だけ仲間外れにしていた理由が分からなくなてしまいます。
分かりません。何一つとして分かりません。
三人が何の情報を共有して、何を私に隠していたのか。
どうして私がただ一人だけ、村雨家の中で孤立していたのか。
それを知る手立てはありません。
セレンさんの言う通り、もう私だけでどうにかできる問題ではないのでしょう。
お父さんとお母さんに問い質すしかないのかな。
今度会いに行ったら、三人に聞いてみて……
「え? お父さんとお母さんは、もう死んで…………くぁっ!」
「華炎!?」
――――っっ!!
頭が……痛い……!
「あぅ……! あたっ、まがぁっ……!」
不意に、激しい頭痛が私を襲いました。
今までに感じたことのない程の痛覚に、堪らず立っていられなくなります。
私は傍にあった物に捕まり、転ばないようにゆっくりとうずくまりました。
「華炎!? どうしたの華炎!?」
「だい、丈夫です……」
セレンさんが慌てて駆け寄って来ます。私は平気な振りをして、何でもない風を装いました。
「大丈夫って……全くそう見えないわよ!」
「あ、あははは……本当に大丈夫ですから、ちょっと頭痛がしただけです」
セレンさんは納得していないようでしたが、私は立ち上がって無理に大丈夫だと通します。
「……メイド長命令で強制的に休みにしてやってもいのよ?」
「そこまでしなくても問題ありません。ほら、どう見ても元気でしょう?」
そこまで言うのなら……という様子でセレンさんは渋々引き下がりました。
ああ、なんとか切り抜けられました……
「……あれ、私さっきまで何考えてたんでしたっけ?」
頭痛が来る前までの記憶がモヤッとあやふやになってて、思い出すことができませんでした。
何だったかなぁ……これっぽっちも覚えていません。
まぁ思い出せないなら思い出せないで仕方が無いでしょう。きっとどうでもいいことだったに違いありません。
私は頭を振って余計な思考を追い払い、頭痛によって脱線してしまった話を戻しました。
「ただのメイドに過ぎない私が、ここに自分の家の問題を持ってきてしまってもいいのですか?」
セレンさんは私一人で抱えるなと言いました。それはつまり、逆に言えば「私たちを頼れ」と言っているのと同じです。
私はこんなことに屋敷の皆さんを巻き込んでしまっていいのかと悩み、セレンさんに尋ねます。
すると、セレンさんはこう答えました。
「ええ。お嬢様なら許してくれるでしょう」
「…………」
その言葉に私はちょっとだけ肩の荷が下りたような気がしました。
「……分かりました。そのときは皆さんを頼りにします」
「それでいいわ、その代わりに困ったときはお互い様よ。他の誰かがそういう問題を抱えてきたのなら、あなたも解決に協力してあげることね」
「はい。ありがとうございますセレンさん!」
困ったらお互い様、助けられたら助け返す――――そっか、そういうやり方もあるんですね。
目から鱗というか、今までそういう考えが全く頭の中にありませんでした。
私は腰を折りながらセレンさんにお礼を言いました。
「べ、別に大したことはしてないわよ。他のみんなに見られると私が何か変な事をしたみたいに見えるじゃない。やめなさいそれ」
やはり褒められ慣れていないのか、セレンさんは顔を真っ赤にしながら怒ってきます。
反応が面白いのでついついからかいたくなってしまいますね。
「あれ、もしかして照れてます?」
「う、うるさいわね! いいからあなたは仕事してなさい! 私は巡回に戻るわ!」
「ふふふっ。はーい! 美味しいご飯作ってますね!」
「もう! すぐ調子に乗るんだから……!」
ともすれば、頭の上に「ぷんすか!」というオトマノペが見えるほどの様子で、セレンさんは厨房から足早に出て行くのでした。
ちょっと意地悪なことをしちゃいました。後で謝っておきましょうか。
「……ありがとうございます、セレンさん」
人を救う言葉というのは案外簡単に出る言葉だったりするのかもしれませんね、なんて。
よーし、お料理頑張っちゃうぞー! やる気、那由多パーセントです!
その日の夕ご飯の肉じゃがは、セレンさんの分だけちょっと多めだったのは内緒です。
皆様、今回もトラップ☆トラップ☆ガーリートラップ! をお読み頂き誠にありがとうございました。
いつもあなたのPVで主が励まされております。ブックマークしてくださっている方もあなたのおかげで主は執筆できています。本当にどうもありがとうございます。
さて、実は今回のガリトラ☆には今後において重要なポイントとなる点が描写されました。
華炎ちゃん=焔くんは、これまでのストーリーにおいても両親のことにあまり触れていません。
疎遠になりつつあったとはいえ、両親が亡くなったのにも関わらず特にこれといった反応がないのです。勿論描写外でも、そのことで彼が涙を流したということもありません。
そして両親の死まで思い出そうとすると、突然頭痛がやってくる……
……さぁ、これは一体どういうことでしょうねぇ?
この後書きでほぼほぼ答えを言ってしまっているようなものですが、主の執筆技術的にこうして解説をしなければ気付いてもらえない伏線だろうなぁ、と思って解説を入れた次第です。他意はありません。
では、また次のガリトラ☆にご期待くださいませ。