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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!  作者: 利中たたろー
第二章 女子校生活と千春峰
35/85

#29 アートディーラーって格好いい響きですよね

明けましておめでとうございます(今更)


大晦日にはちょっとした挨拶と短編をお送りいたしましたが、元日には何もしませんでしたが、別にイイデスヨネ?


二〇二〇年もどうか、ガリトラ☆をよろしくお願いいたします!



 実に嫌な話ですが、人間というものは思った以上に都合よく作られた生物だと思います。

 それは一般に【適応能力】と呼ばれるものでした。


 生き物は急激な変化に弱いもので、自分を取り巻く環境がガラッと変わるとたちまち異常をきたしてしまいます。

 お腹を壊したり、下痢気味になったり、食欲不振になったり……etc


 しかし、それが人間となれば話は別。


 人間の環境適応能力というのは存外馬鹿にならないものでして、最初とその後のちょっとさえ乗り越えれば何とかなっちゃうものなんです。

 経験があるでしょう? 中・高の甘ったれた生活から上京して大学に進学して、いざ独り暮らしをしようとなったら何にもできなくて……それでも、そんな環境になれちゃえばどうってことなくなってしまう。


 私はまだ高校生ですけど、中学校の途中から独り暮らしを始めたので分かるんですよねぇ。両親のありがたみを嫌というほど思い知らされました。


 まぁ、そんなグダグダ述べても仕方ないので、結論から言っちゃいますとね……?



性別詐称(せいべつさしょう)の女装生活って、ほんとちょろいわぁ~………………」



 …………


 ……失礼しました。


 冗談めかして言ったつもりなんですけどね?

 口に出してみたら自分が何故こんな高ストレス状況下で、いつ社会的に死ぬかも分からない思いをして、何が悲しくて適応せにゃならんのか、考えるだけでもやってられなくなってしまいました。


 ちょろい訳がないだろいい加減にしろ。



「しかもこうやってぼやくの、二~三回目くらいな気がするんですよねぇ……」



 具体的に二週間から三週間くらい前。

 女装メイド生活が始まってから三日のことと、一週間ちょっと前のことでしたっけか。


 もうね、女装労働を始めた頃からそんなかんじだったのに、今となってはそんな労働環境にも慣れ切ってしまっています。

 いつバレるのか気が気でなりませんでしたが、そんなバレる心配はそうそうしなくてもいいのだと知りましたから。


 実に嫌な意味で、適応能力は馬鹿になりませんね。

 まぁそんな訳で、私はすっかり十六夜邸での生活に適合しちゃったのです。



 そしてこれまた嫌な話ですが、私はそう遠くない内にお嬢様学校での毎日に慣れてしまうのでしょう。

 そんな風に思いました。







―――――――――――――――――――――――


  トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!


―――――――――――――――――――――――







 千春峰女子学院に転入してから、はや数日。


 本格的な授業が始まり、(ほどこ)される教育のレベルも大体掴めました。

 流石はお嬢様学校。高い授業料や難しい入学試験を課すだけあって、私が前までいた学校とは段違いです。

 具体的に言うと教師の質、学校設備の充実、実践や実験の回数、などなど。お金をかけている分、グレードは一般庶民の僕が知ってるそれとは大きくかけ離れています。


 勿論学校としてのレベルの高さは授業だけではありません。

 先程も言った通り学校設備はとても充実していて、どれもこれも最新のものばかり。電子顕微鏡が一クラスの生徒の数だけ用意されていると知ったときには、耳を疑ってしまいました。



 さてさて、そんなこんなでうっすらと掴めてきた千春峰での生活ですが、まだまだ慣れないことばかりです。


 例えば挨拶。



「おはよーございまーす……」



 朝のお仕事でちょっと疲れてしまい、ボーっとしながら教室に入ってクラスメイトに挨拶をします。

 すると、教室のあちこちから皆さんが挨拶を返してくれるのですが……



「あ、御機嫌よう村時雨さん」


「御機嫌よう! なんか元気ない?」


「御機嫌よう、今日もいいお日柄ですわね」


「あ、そうだ。千春峰での挨拶は『御機嫌よう』でした……」



 と、こんな具合に世間と違う常識があって大変なのです。


 それにしたって御機嫌ようって……私は今まで小説とかアニメとかのフィクションでした聞いたことありませんでした。まさかこの目で実際に目にするとは。あのやりとりは本当にするものだったのかと驚きを隠せません。


 庶民の私には上流階級の生活習慣なんて縁がありませんでしたから、身につけて馴染ませるようにするのは一苦労です。

 他にも上級生には名前の後に『お姉様』という敬称を付けなくてはいけなかったり、トイレ以外のドアをノックするときは三回が鉄則だったり。


 いずれも強制されている訳ではありませんが、それがエチケットというものです。付き人である私が守れなければ、主人であるお嬢様のお顔に泥を塗ることになってしまいます。

 そういうことで、千春峰の環境に完全に溶け込むのはまだまだ時間がかかりそうなのでした。



「もっとしっかりしなきゃ……」



 私は自分の席に腰を下ろし、鞄を机の上に置いて溜息を吐きました。


 いつまでもこんな風なうっかりは許されません。

 豊葛十六夜の付き人として、村時雨華炎として、相応の振る舞いを心掛けなくては。

 お嬢様に拾っていただいたご恩に報いるために、支えたいと思った人に仕えるために。

 私はパーフェクト(完璧)でなければならないのですから。


 目を瞑って自戒をしていると、横から姫小路さんが話しかけてきました。



「お疲れ様です村時雨さん……大丈夫ですか? ご無理をされてはいけませんよ? 村時雨さんの勤勉さは立派だと思いますが、ちゃんと体を(いたわ)ってくださいね?」


「いえ、立派だなんてそんな……お気遣い、感謝します」



 姫小路さんは相変わらずお淑やかな空気を纏って、優し気に接してくれます。

 これぞ大和撫子。これぞ古き良き日本の女性像。美しい女性の模範とされた立ち振る舞いを、姫小路さんは完璧に体現していました。

 やはり私のようなニセモノ女子とは大違いです。



「ところで村時雨さん、この学校にはもう慣れました?」



 姫小路さんはまだ空いている隣の席に座って、目線の高さを合わせながら言います。



「いえ、実はまだちょっと……でも、皆さんがとてもよくしてくださいますから、素敵な場所だって心から思えます」


「まぁ! 嬉しいです村時雨さん。分からないことがあったら、いつでも私たちに聞いていいんですからね?」


「はい。そうさせてもらいます」



 上品にクスクスと可愛らしく笑う姫小路さん。


 それにしても、姫小路さんはそういった上品な振る舞いをどこで学んだのでしょう。

 両親からの躾だとは思いますが、それにしたって完成されているというか……ボロが出る隙もありません。

 私はそれが気になって、つい聞いてみたくなってしまいました。



「姫小路さんって、とても言葉遣いや素振りがお上品ですよね。どうやって身に付けたんですか?」


「ええと、それは……」



 しかし、姫小路さんは答えに困っているかのように言葉を詰まらせていました。

 もしかすると聞いてはいけなかったことなのかもしれません。私は慌てて先程の質問を撤回しました。



「ご、ごめんなさい! 変な事聞いちゃいましたよね、忘れてください」


「い、いえ! ちょっとどう答えたものかと思いまして……そんな聞かれてはいけない事でもありませんから、気にしなくても大丈夫ですよ」


「そ、そうですか。よかったぁ……」



 まーた素知らぬ顔で他人の地雷を踏み抜いたかと思いましたよ……ちょっとだけホッとしました。


 姫小路さんは少しだけ迷ったような仕草をすると、言葉を選んで話します。



「私の実家は様々な美術品の売買を行うアートディーラー……つまり、美術商を営んでいますの」



 アートディーラー……言葉の響きは格好いいですね。でも、それがどう関係あるのでしょう?



「父がそこのオーナーを務めているものですから、私も時折(ときおり)イベントや商談に参加させられることがありまして」


「なるほど~。それでどこに出ても恥ずかしくないように、と……?」


「はい、ご明察の通りです」



 つまり話を要約すると、お父さんの仕事についていけるよう特訓した、ということですかね。

 うん……それって素敵なことだと思います。娘が自分のために頑張っていたら、きっとお父さんも鼻が高い事でしょう



「いいですねー、それ。家族仲はいいんですか?」


「え、ええ……まあ」



 あれ……?

 なんだか反応が悪いですね。

 仕事を頑張るお父さんとそれを応援して手伝う姫小路さんを想像したんですけど、それって私の思い違いだったり……?



「そ、それより、あのお話はもうお聞きになりました?」



 姫小路さんは目を逸らしながら、私の思考を遮るかのように話題を変えました。

 私も地雷を踏みかけた気がしましたので、これ幸いとばかりに乗っかりました。



「お話? なんですかそれ?」


「風の噂で聞いた話ですけれど、聞きます?」


「はい。お願いします」


「こほんっ。では――――」



 姫小路さんは椅子から立ち上がり、わざとらしく咳払いをして話し始めます。

 曰く、こんな噂が千春峰に流れているそうです……




 村時雨さんは一年生の姿は見ましたか? 見ていませんね? そうです、その通りです。今の千春峰に一年生はいません。

 これに関してはご存知の通りかもしれませんが、一年生は私たち二~三年生の始業式の後から入学してくることになっています。学校が言うには。「新しい環境に身を置く上級生が、下級生を迎えるためのモラトリアム」だそうですが。

 ここまではいいでしょう。話の本題はこの先です。


 上級生のお姉様が仰っていたそうなのですが、どうやらその新入生が学校にいらしてくるのだとか。


 ……ああいえ、別に今日が入学式という訳ではありませんよ? 入学式は入学式で日程が予定表にありますから。まぁそれはさておいて。

 やってくる新入生は数人。新入生総代(総代表)と、その取り巻きだそうで。今度の入学式の練習をするんじゃないか、という話があちこちから聞こえてきます。時期的に見ても、その可能性は高いのではないでしょうか。憶測と言えばそれまでですが……

 

 それと、これはもう一つの発信元が分からない情報なのですが……


 なんでもその新入生総代は、『赤い髪をした良家の娘』なんだとか。

 赤い髪というのがちょっとだけ引っ掛かりますけど、村時雨さんにそっくりですね。




「……これぐらいでしょうか、私の聞いた話は」


「なるほど、ありがとうございました姫小路さん」



 私はひとまず姫小路さんにお礼を言い、それから頭の中でお話の内容を纏めました。


 新入生総代が来たる入学式に備えてこの千春峰にやって来た……といったところでしょうか。

 最後の『赤い髪の両家の娘』という点が引っ掛かりますが、姫小路さんも詳細は知らないでしょうから、今は気にしなくていいですね。



「んー、赤い髪かぁ。世の中そんな変な色した人がいるんですねぇ」


「もう、村時雨さんったら。あなたも真っ赤な髪をされているじゃないですか」


「そうでした! あははは」



 私たちは教室の隅っこで小さく笑い合いました。

 本当、姫小路さんって素敵な方ですね。これで私に何も後ろめたい事がなければよかったのに、と思えるほどに。



 ――――そのときのことでした。



「あ! ご覧になって! あの子よ!」


「ほんとだ! 間違いないよあの子だよ!」


「見たことない顔ですね。二人だけのようですが」



 にわかに廊下の方が騒がしくなり、教室のドアに何人かのクラスメイトが詰めかけていきます。

 何事かと思って同伴する人も増えていき、野次馬が野次馬を呼んでいました。



「……何でしょうか?」


「どうしたのでしょうね……?」



 流石にここまで色めきたてば私たちも気になってしまうというもの。

 私は姫小路さんと顔を見合わせ、そっと席の方から騒ぎの中心である廊下を覗き見ます。




 人垣の合間からでは何も見えませんでした。ですが、()()()()()ということだけは、はっきりとわかりました。

 着こんだ存在感……生まれ持って身に着けた存在感が、ありありと「自分がここにいる」と声なき言葉によって叫んでいたからです。


 例えばの話。

 私の主人である豊葛十六夜お嬢様は生まれ持ってのお嬢様であらせられます。それは生まれ持ったカリスマ性という、あたかもそこにいるのが世界の理であるかのような気品をお持ちでした。

 廊下の向こうにいるあの人も同じです。しかしお嬢様と違い、その人はまるで注目を集めるのが当然であるかのような存在感をお持ちだったのです。



 偶然人垣が割れて、その全身をはっきりと捉えることができました。



「――――ッッ!!」



 そして、衝撃のあまりに絶句する(ほか)ありませんでした。



「なん……で?」



 先頭を歩いている人と、その後ろで使用人のように控えている人。

 私が注目したのは前の人。


 彼女の髪は、



「どうして……? どういうことなの……?」


「村時雨さん……?」



 『赤』かった。


 赤に紫のかかった特徴的な髪。

 メッシュのように見えるそれは、間違いなく天然のものです。



 紫の色素を帯びた赤い髪の持ち主を、私は一人だけ知っていました。



「どうして、君がいるの……?」



 その人物の名前は……



紫炎(しえん)……」



 村雨紫炎(むらさめしえん)


 大切な村雨焔(ぼく)の唯一の妹でした。



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