#27 そして同志は屋敷へ
私とお嬢様、そして客人としてマグノリアさんを乗せた車は、つつがなく『月の館』……或いは『月光館』、もしくは『十六夜邸』に到着しました。
車はアレ、『お金持ちなら絶対持ってるだろう』と一般認知される滅茶苦茶胴の長いリムジン。黒塗りの(超)高級車です。間違っても追突できないやつ。
運転手はお嬢様が乗るので、当然ながらメイド長であるセレンさんでした。なぜか冷たい目で見てくるのが辛かったですハイ。
そんなセレンさんのことは一旦置いといて。
車からまず真っ先に私が降りてお嬢様、それからマグノリアさんの順番で車外にお連れします。
「あら、気が利くのね華炎」
「さんくー華炎ちゃん。やっぱりメイドやってるってのは嘘じゃなかったんだねぇ」
「…………本当は私の仕事なんだけどね、ソレ」
うん? 何かセレンさんがブスッとしながら何か仰ったような気が……
「華炎、一通り終わったら覚えてなさい」
「……何を!?」
どうしてそうなっているのかは皆目検討もつきませんでしたが、セレンさんが私に対してお怒りなことだけは確かなようです。
一体私が何をしたって言うんですか。酷いです。
「セレン、客人の前なのだから後にしなさい」
「……かしこまりました」
お嬢様がピリピリするセレンさんを嗜めて、とりあえずその場は収まりました。
下車したところでそんな寸劇がありましたが、気を取り直して。
「「ようこそ木暮マグノリアさん。我が主、豊葛十六夜お嬢様のお屋敷へ」」
セレンさんと二人で、出迎えのときの決まり文句をお客人へ放ちました。
本来なら屋敷のメイドさん総出でお出迎えするものなのですが、今回は急な訪問でしたのでその場にいた私とセレンさんという、必要最低限のお出迎えです。
マグノリアさんはしばし並んだ私たちを見て、ボソリと一言。
「こうして見ると、本当に華炎ちゃんが男って分かんないなぁ」
マグノリアさんは小さく、本当に気を付けて小さく呟いたのですが、残念ながら耳のよい我らがメイド長はしっかりとその呟きを拾ってしまいました。
「あなた、なぜこの子が男って知って……!」
「わー! 落ち着いてくださいセレンさん! 早まらないで!!」
セレンさんが危うくマグノリアさんの襟首を掴みかかろうとしていたので、慌てて後ろから羽交い締めにして制止します。
しかし、セレンさんは会得している体術を駆使して私の拘束から逃れようと抵抗。
私はなんとかそれを無理やり押さえつけ、冷静さを取り戻すように説得しました。
「ちょっと! 何するのよ! あとセレンじゃなくて月詠メイド長!」
「あいてっ。落ち着いてくださいよセレ――――月詠メイド長! ちょっと事情があって、彼女は私のことを昔から知っていたんです」
軽くかいつまんで説明してやっとセレンさんは抵抗をやめ、落ち着きを取り戻しました。
危ない危ない。時々セレンさんは周りが見えなくなってしまって怖いですね。
「まったく、あなたはメイド長だというのに……」
「も、申し訳ありませんお嬢様!」
お嬢様にチベットスナギツネのようなジト目で見られると、すぐにセレンさんは頭を下げました。
それに次いで、あわや飛びかかろうとしてしまったマグノリアさんにも謝罪しました。
「あなたも、ごめんなさい。私の早とちりで……」
「あーいえ、気にしなくていいです」
マグノリアさんが快く赦し、そこでようやく玄関前のごたごたは収束に向かったのでした。
お嬢様は仕切り直しとばかりに咳払いをし、私とセレンさんに指示を出しました。
「さて、まずは手頃な場所が欲しいわね。セレン、応接室を一つ使うわよ」
「かしこまりました。車は私がガレージに運びますので、華炎に案内させましょう。できるわね?」
「はい、任せてください」
お嬢様は話し合いの席の用意をご所望でした。
セレンさんに案内を頼まれ、私は二言でそれを引き受けます。
私とて一端のメイド、屋敷の案内など朝食前です。大船に乗った気持ちで任せてもらっても構いませんとも。
「……変なフラグを立てないの!」
「いたい!」
ナチュラルに思考読むのやめてくれませんかね?
「本当に大丈夫です。私は完璧ですから」
「……そうならいいんだけどね」
やけに信用されていませんね。いや、どちらかというと心配されてるの間違いかな……?
どちらにせよ、そこまで頼りなく見られているのは心外でした。実際、メイド試験で私は己の有用性を示したつもりです。
それでもそんな目で見られるのは私の沽券に関わります。
「セレンさん、私を誰とお思いで?」
「…………」
「これでもあなたと同等かそれ以上の働きはすると自負していますし、その結果も三月に出しましたよ」
そこまで言うと、セレンさんは参ったとばかりに両手を上げて降参のポーズをしました。
ついでに可愛かった新入りがいきなり生意気になって可愛げが無くなった上司のような……というか、その比喩そのままに苦い顔をしています。
「……きっちり仕事はするのよ」
「はいっ! 気合、那由多パーセントです!」
そう言うとセレンさんはため息交じりに運転席に座り、そのままリムジンをガレージの方向に走らせていきました。
さて、セレンさんも行ってしまったことですし、私は私の仕事をしましょうか。
「ではお嬢様、マグノリアさん、応接室までご案内しますね」
私はお嬢様とマグノリアさんをお連れして、屋敷の中へ入っていくのでした。
◇ ◇ ◇
「お待たせ致しました、問題なく車をガレージにしまってきました」
「あ、おかえりなさいセレンさん!」
「お疲れ様、セレン」
「あたしは全然待ってませんから、気にしなくて大丈夫ですよー」
応接室にて。
セレンさんより一足先に到着していた私たちは、既に話し合いの準備を済ませていました。
そこへセレンさんが遅れてやってきて、各々が軽く労わるような言葉をかけます。
「だから月詠メイド長! ……それでは、お茶を用意します」
半ばお約束となりかけている名前呼びのやりとりを挟みつつ、セレンさんは更にお仕事をしようとします。
しかし、普段から仕事の多いセレンさんにもっと仕事を増やすようなことはさせられません。
部下の粋な心遣いで、先輩の負担は減らされているのですよ……ッ!
「大丈夫です! セ――――月詠メイド長のお手を取らせないように、お茶はもう用意してます!」
私が笑顔で机の方を指し示すと、セレンさんは言葉を失って押し黙りました。
ちなみに机の上にはお嬢様がお好きな銘柄の紅茶が四人分あります。できるだけセレンさんの淹れ方に寄せてみたのですが、お嬢様のお口に合うかなぁ、とちょっとだけ不安でした。
セレンさんはお嬢様が幼かったころから一緒にいたということですから、お嬢様がお好きなものの作り方を熟知していらっしゃるのですよね。だから間近に迫ることはできても、完全に再現できていないところが悔しい限り。
そんなことを思っていたら、セレンさんがいきなり頭を抱えて唸りました。
ど。どうしたのでしょうか……?
「……なあんかもう真面目に怒るのも馬鹿らしく思えてきたわ」
「え、怒られちゃうことしちゃったんですか……?」
よかれと思ってセレンさんの鼓動を先回りしてたのですが……裏目に出てしまったのかもしれません。
また空回りしちゃいました。ダメだなぁ私……
セレンさんは「仕方ない」とばかりに溜息を吐いて、うなだれていた私に優しく声をかけてきます。
「いいのよ華炎。あなたが私に楽をさせようとしてたのは知っているわ。その心遣いは大切にするべきだけれど、他人の仕事は了承も無しに引き受けてはダメよ?」
「はい……」
「よろしい。この反省を活かし、次からはもっと精進しなさい」
セレンさんはそれだけ言うと、もう何も言わなくなって椅子に座ってしまいました。
お説教は終わりだ、ということなのでしょうか。
そうですね……パーフェクトメイドは一日にしてならず。めげずに成長しなくては。
「上司と部下の茶番はもう終わった? そろそろ本題を果たしたいのだけれど」
「ああはい失礼しました! 今すぐ始めましょう!」
「申し訳ありませんお嬢様。華炎、座って」
お嬢様に催促され、私とセレンさんは慌てて応接用の上品な椅子に腰を下ろしました。
これでようやく『会議』の場が整ったことになります。
視線を巡らせて全員の用意が済んだことをもう一度確認すると、お嬢様は静かに会議の始まりを宣言しました。
「では、これから四人だけの秘密の会議をしましょう」
「はーい」
「わかりましたお嬢様」
「よろしくお願いします」
軽い挨拶のようなナニカが一同の間で湧き上がります。
「では、今回の議題についての簡単な説明を」
お嬢様は応接室の中で一番目に見えて高級そうな椅子に深く腰掛け、片手で紅茶のソーサーをいじくりながら簡潔に切り出しました。
……何やらセレンさんがお嬢様の補佐をしたそうにそわそわしてますけど、一応あなたも出席者の一人としてカウントされてるので、大人しく席に座ってじっとしててくださいね?
「今回の議題はズバリ、『村時雨華炎、ひいてはその正体である村雨焔の今後に関して』、よ」
かいつまんで説明いたしますと、車での移動中にお嬢様とマグノリアさんが私のことで情報交換をしよう、という会話が発端でした。
マグノリアさんは昔の私……つまり村時雨華炎のことしか知りませんし、お嬢様は逆に村雨焔のことを知りません。
これから私の正体を隠しておくにあたって、その点の情報のすり合わせはしておくべきであるという意見の合意に達し、こうして私の正体を知る四人が一堂に集まったのです。
……ちなみにセレンさんだけろくに内容も伝えられず連れてこられてますが、気にしてはいけません。
「ではまず木暮さん、自己紹介がてら華炎との関係を軽く話してもらえるかしら?」
お嬢様を中心たる司会者とし、その指示によってマグノリアさんが真っ先に自己紹介を始めました
「では改めて……こほんっ。あたしは木暮マグノリアといいます。華炎ちゃん、というより焔とは幼馴染だった仲です」
木暮さんの説明に重ねて、私はより詳しい時期と補遺を述べます。
「補足いたしますと、私たちが同じ学校だったのは中学校二年生まで。そのときのマグノリアさんの名字は『木暮』ではなく、父方の性である『深山』でした」
「なるほど。ありがとう木暮さん、それと華炎」
お嬢様はそれで私とマグノリアさんのやけに親密でありながら、少し余所余所しい距離感に合点がいったみたいでした。
お嬢様はそれから視線をセレンさんの方に移し、無言で同じことをするように促します。
「私は月詠セレン。この屋敷のメイド長であり、そこの赤髪女装変態メイドから見て直接の上司になります」
「へんたっ……!?」
酷い言われようですね!
世間一般常識から見て否定できないのが悔しい限りですけど!
「ちなみに華炎の役割は『付き人見習い』。間に中間管理メイドを挟まず、私が直接彼を管理しているということになっていますね」
それ知らなかった……
あれ? もしかして屋敷での私の立ち位置って、もしかするとかなり特殊なところだったり……?
いや、それはいいんです。これを考えるのは後にしましょう。
「ありがとうセレン。マグノリアさんは今の説明で華炎のしごとがどんなものか分かったかしら?」
「はい、一応はなんとなく掴めました」
お嬢様からの質問に首を縦に振って答えるマグノリアさん。どうして私が女装してまでメイドをしているのかという疑問は残っているようですが、今は私の立場を理解していてもらうだけでよかったのでしょう。
続いてお嬢様はおもむろに席から立ち上がり、自分の胸に手を当てて言いました。
「では続いて私ね。私はご存知豊葛十六夜、世界に名を知らしめる豊葛グループの末娘よ。千春峰女子学院の生徒会長も勤めているわ!」
お嬢様は『オーッホッホッホ』とベタな笑い方こそしませんが、脳内で再生されそうなほど上機嫌に、そしてそれっぽいドヤ顔をしながら自分の名前を高らかに歌い上げました。
「お嬢様。一応聞かれるとマズイ話題ですから、ちょっとボリューム下げてください」
「あ、うん。ごめんなさい……」
やんわりと注意をしたら、珍しくバツが悪そうにお嬢様が言うことに従いました。
「こほん! 華炎……焔君とは三月の末にそこの街中で出会ったわ。成り行きで彼を拾うことになり、紆余曲折あってメイドとして雇うことになったの。だから私は焔君のご主人様であり、雇用主になるわね」
その『紆余曲折』の中には、ならず者たちに私が誘拐される、ということがあったんですけどね……
「ご主人様、ですかぁ……」
すると、マグノリアさんが何やらブスッとしながらオウム返しをします。
「何かしら、木暮さん」
「ご主人様って、つまり焔にあんなことやこんなことをさせているんですよね? 女装させたい放題でうらやまー、って思いました」
「思わないでください……」
「あら、お望みとあらば彼にそう命令してもいいのよ?」
「マジですか!?」
「私の意思は無視ですか!?」
やばい、調子に乗らせたら取り返しのつかないことになってしまう!
その前に私の自己紹介を終わらせなければ!
若干無理矢理に、私はお二人の話を遮るようにして自己紹介を捻じ込みました。
――――意識を『華炎』から『焔』へ――――
「僕は村時雨華炎……本名を村雨焔といいます。好きなものは家事全般とお料理、特技は男性がソプラノ領域で歌う『ボーイソプラノ』です。裁縫もできますし、ぬいぐるみやお洋服の修繕も得意ですよ?」
「うっわぁ、女子力たっかーい。男なのに」
「ぐふっ……」
何気ないマグノリアの一言が、それを気にしてる僕を傷つけた。
「ひ、酷いよマグノリア。なんで的確に僕の心を抉るのさ」
「だってどことなくSっ気がそそられちゃうもんだし」
「そんな横暴な……」
「ああ、それは私も分かるわねぇ。焔君も自分で受け体質って認めていたし。そういうフェロモンか何かを出しているのではないのかしら」
「認めたんですかこの赤髪マゾ……やっぱり変態じゃない」
「どうして寄ってたかってみんなで僕をいじめるの!?」
「いや、私は本心から変態だと思ってるけど?」
「むしろもっとショックですよセレンさん!」
会議は始まったばかりだというのに、正直もう疲れたのはどうして……?
僕はこれから小一時間先のことが心配で仕方なかった。
チベットスナギツネ
チベスナと呼ばれて人間から(一方的に)親しまれる動物。その人気は正面から見ると人間のように見える顔から由来する。
あたかも冷ややかな視線を向けているかのような細い目をしていて、何か不味いことでもしたのではないかと不安になること請け合い。
豊葛十六夜はチベット高原からやって来た……?