#26 結託する者たち
語り手さん「また予約忘れたんですかあなたは」
たたろーさん「いやー、ギリギリで26話が完成して気が緩んでしまいまして……」
語り手さん「じゃあもっと早く書け」
たたろーさん「…………ハイ」
『……と、いうわけで、しっかりとサインは貰ってきました』
「ありがとうございます、お陰様で立ち回りやすくなりますよ」
『いえ、お構いなく。どちらの陣営にも肩入れしないことが条件なのですから、このくらいのバランスはとるのが筋です』
「……と、いうことは既に【村雨】に何か恩恵が?」
『彼女が【新入生総代】になりましたからね。こればかりは本人の実力ですし、私たちには手の及ばない範囲のことでした』
「理解していますとも。それが私たち【豊葛】と【村雨】、そして両者に挟まれたあなたたち【千春峰】が交わした盟約なのですからねぇ?」
『ええ、そうですともぉ』
「『うっふふふ……』」
「……ところで、どうやってあの子からサインを? あれでいて洞察力は高い子ですから、並大抵の手段では感づかれてしまうと思ったのですけれど」
『ああそれですか? アンケートを装って裏にカーボン紙を……あ、カーボン紙はお分かりで? 宅配便とかでやるアレですよ』
「勿論知っていますとも。昼ドラの離婚届を書かせるときによくやる手法ですね」
『おや、普段から使われているのでは? その手の権謀術数、姦計はお手の物でしょう?』
「どうだったでしょうねぇ? なにせ、自分と相手に都合の悪い事はすぐ忘れるタチですので」
『二重の意味でそうでしょう? 【豊葛】の若き跡取りさん?』
「やめてくださいな、【千春峰】の学院長」
「『クスクスクスクス……』」
「おっと……そろそろ時間ですね」
『そうですか。ではそちらの方は頑張ってください。この案件に関して、後はお任せを』
「承知いたしました。学院長…………いいえ、【叢雲志鶴】さん?」
『そうですねぇ、生徒会長…………【豊葛十六夜】さん?』
「では、失礼します」
『ええ。また後程』
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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!
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生徒会室の扉の目に立ち、ゆっくりと深呼吸をします。
吸ってー……吐いてー……
吸ってー……吐いてー……
うん、大丈夫。きっと生徒会室にはお嬢様以外の役員の方がいらっしゃるかもしれませんが、私がすることに変わりはありません。
お嬢様のお手伝いをして、お嬢様が一分でも早く帰れるようにしなければ。
私はそんな思いを胸に、扉を三回ノックしました。
「お仕事中失礼します。豊葛十六夜お嬢様の付き人をしております、村時雨華炎という者です。僭越ながら、生徒会のお仕事のお手伝いに参りました」
用件を伝えて入室の許可を待ちます。
その僅かな間、手鏡を取り出して身だしなみに乱れがないかをチェックしました。
粗相があってはメイドの恥、ひいては主たるお嬢様の恥。万が一のこともないように細かく、それでいて素早く走査します。
――――よし、身だしなみは大丈夫。
いつでも人前に出られます!
『鍵は開いているわ。入りなさい』
生徒会室への入室を許され、私は扉に手をかけました。
「失礼します」
スライド式のドアを滑らせ、中に立ち入ると……
「ようこそ華炎、待っていたわ」
「あ、お嬢様!」
そこには予想通り、お嬢様がいらっしゃいました。
私はお嬢様のお側に寄り、深く腰を折りました。
「始業式でのお言葉、お見事でした。お嬢様らしい大変素敵なものでしたね」
「ふふ。分かりきっていることだけれど、あなたに言われると悪い気はしないわね。ありがとう華炎」
まず最初に数十分前の始業式の演説のことを称えると、お嬢様は嬉しそうに頬を緩めました。
お嬢様が嬉しそうに笑っていると、私まで素敵な気分になれます。
実はお嬢様がこうやって笑うことはあまりなく、私を弄っているときにはまた別の笑みを浮かべているのです。
だから嬉しそうな顔をしているのを見れると、なんだか得をしたような気持ちになれるのです。
……と、お嬢様の手元に携帯が?
「あの、もしかして通話中でしたか?」
しまった……だとしたら間の悪いタイミングで入ってしまったことになります。通話の邪魔になってしまったのでしょうか。
「いいえ、丁度あなたが来たぐらいに終わったわ。邪魔になんかなっていないわよ?」
私の考えが顔に出ていたのか、お嬢様は先回りをして私の疑問に答えます。
よかった。お邪魔になっていなくてほっとしました……
お嬢様をお手伝いするために現れた私が、そのお嬢様を邪魔してしまっては本末転倒ですからね。
「……あれ? お嬢様だけなのですか?」
そこで、私はあることに気が付きました。
(おそらく)別棟校舎の二階にある生徒会室は教室と違い、壁や床に木材が使われている昭和チックな内装になっています。
備品こそ校舎の外装に合わせた近代的なデザインのものですが、古き良き木材の香りが仄かに漂ってきて、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出していました、
が、問題はそこではなく。
「お嬢様、他の役員の方々はどちらに?」
この広い生徒会室には、お嬢様以外の方が影も形もありませんでした。
物陰に隠れて見えていない、ということでもなさそうです。本当に、お嬢様以外の気配も感じられません。
私はどういうことかと尋ねてみました。
「もう帰らせたわ。後のことは私にできる範囲だから、ね」
なるほど。折角早い時間で学校が終わったのだから、他の皆に楽をさせようとお考えになったのですね。
流石はお嬢様。人の上に立つことをよく知っておられます。それでこそカリスマというものでしょう。
なればこそ、お嬢様が一人で片付けようとしている今こそ私の出番というものです。
「お嬢様、僭越ながら何かお手伝いすることはございますか?」
お手伝いを名乗り出るとお嬢様は少し何かを考えるような素振りを見せ、何か思いついたように言いました。
「華炎、直接の手伝いはいいから、紅茶を淹れてもらえるかしら」
「それでよろしいのですか?」
「ええ。あなたは私の付き人ではあっても、生徒会役員ではないの。部外者であるあなたが仕事を手伝うのも、余計な隙を作ってしまうと思わない?」
……たしかに仰る通りです。
私は一個人の村時雨華炎としてこの学校にいます。たとえ付き人であったとしてもそれはそれ。
お嬢様がいいたいのは、自分を快く思わない輩にそのことをつつかれたくないのでしょう。
そこまでは私の考えが至りませんでした。お嬢様は権力闘争のことも視野に入れていらしたのですね。
そこまで説明してもらって、私はようやく理解できました。
「……それに、あなたの紅茶は美味しいから」
「――――!! はいっ、お任せを!」
たった一言。されど一言。
ちょっと落ち込んでしまった私の気分は、お嬢様の口にした一言だけでやる気へと変わったのでした。
「とっても美味しい紅茶をすぐに淹れてきます! やる気、那由多パーセントです!」
生徒会室に備え付けられた簡易キッチンに向かう私は、傍目から見てとても気分がよさそうに見えたことでしょう。
人は慕っている人に褒められればやる気になります。人間なんて、所詮そんなものです。
◇ ◇ ◇
時は移り、それからだいたい二時間後くらい。
無事にお嬢様が生徒会のお仕事を終え、私たちは屋敷へ帰るべく帰路の途につこうとしていました。
そのときのことです。
「あれ? あそこにいるのは……?」
「あれは……知り合いかしら?」
お嬢様と共に生徒がいなくなった廊下を歩いていると、向こうに人影のようなものが見えました。
一体誰かと目を凝らしてみると、あちらも私たちの事を認識したのかゆっくりと近づいてきます。
そして彼女の顔を確認できるぐらいにまで近づいたとき、思わず喉から変な声が出てしまいました。
「にゅげっ……!!」
「どうしたの華炎?」
お嬢様は奇妙な反応をした私に不思議そうな視線を向けてきましたが、そんなことを気にしている暇はありません。
それよりもどうしましょう、どうやって誤魔化したら……!
「やっほー! 待ってたし焔ー!」
「ブフォッ!」
しかし、逃げる算段を立てている途中であちらから突っ込んできたことによって、逃亡計画はご破算に!
お嬢様の脇を通り、その人物は真っ直ぐと私に向かって突進してきます。
「ちょっ、ぶつか、ぶつかる!?」
「よくもあたしからスーッといなくなってくれやがったなアターック!!」
そして突進の勢いを一切殺すことなく、私にショルダータックルをブチかましてきました!
運動エネルギーを乗せた一撃が猛烈に私を襲います!
「あべしっ!」
受け身をとることすらできず、私はチャージをかましてきた少女と共に床へ転げるのでした。
「いったぁぁぁ~……」
しりもちをつくような形で転んだので、衝撃がモロに尾てい骨に来て凄く痛いです。
痛むお尻を片手でさすりながら、私はのそりと上半身を起こします。
「えっと、大丈夫ですか?」
ぶつかられた側の自分が言うのも変な話ですが、私は隣に倒れている彼女の肩を揺らして意識を確かめました。
「んー、あたしは大丈夫だし。焔君がクッションになってくれたから」
「最初から私をクッションにする腹積もりだったんですか……」
呆れつつ立ち上がり、しっかりと意識のあった計算高いクラスメイトの手を掴んで引き起こします。
ある種意趣返しのようにニヤリと笑ってみせるその顔は、全く反省の色も見えません。本当に仕返しと言うか、ちょっかいをかけるためだけに現れたのでしょうか。
――――というか。
「今の私は村時雨華炎です。そっちの名前では呼ばないでくれませんか?」
いくら私の正体を知っているからといって、おいそれと本名を呼ばれるのは困ります。
今は他の人たちが帰っている頃でしょうけれど、もしも聞いてしまっている人がいたのなら大惨事ですから。
「頼みますよ、マグノリアさん」
そうです。
生徒会室から出てくる私を待ち構え、すてみタックルを仕掛けてきたこの少女。
私の所属する2-Aのクラスメイトにして、私の幼馴染である木暮マグノリアさんのです。
チラとお嬢様の方を見てみたら、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして状況を把握しようとしていました。従者がタックルされたり本名を呼ばれたりで混乱しているのでしょう。
私はお嬢様の顔色をうかがいつつ、今更ながらの提案をしました。
「えっと……お嬢様、紹介は要りますか?」
「……突然のこと過ぎて何が何だか分からないわ。紹介をお願い」
お嬢様が頭痛を抑えるようにこめかみに手をあて、マグノリアさんを紹介するよう求めます。
「彼女は木暮マグノリア。私のクラスメイトであり、同時に私の……いえ、村雨焔の幼馴染にです」
「……焔君の幼馴染?」
「はい。中学校の途中まで一緒でした」
驚いたような表情を浮かべるお嬢様。その視線は私から外され、私の隣に立っているマグノリアさんへと注がれます。
「あなたが……」
「御機嫌よう生徒会長、あたしの幼馴染がお世話になっています。あたしの名前は木暮マグノリア。しがないただのギャルです」
――――こんな状況で言うのも変ですけど、なんだかマグノリアさんの敬語って不自然。
いつもは~~っしょ、とか~~だよねー、とか、~~じゃん。とか。そういう軽いノリの言葉が多かったのに、お嬢様の前ではその言葉遣いは影も形もありませんでした。
流石のマグノリアさんでもTPOは考えるみたいですね。当たり前といえば当たり前のような気がしますが。
「御機嫌よう。知っての通り私は――――」
お嬢様は挨拶を返そうとして――――しかし、私が隠そうとした重要なことに気が付いてしまいました。
「ちょっと待って華炎。あなた、もしかしてバレたの?」
「ギクッ……」
ば、バレちゃいましたね。
聡いお嬢様を欺こうとした私が愚かでございました。
だからお慈悲をっ! お叱りや叱責はいくらでも受けますから、お慈悲をっ!
お嬢様は一瞬で私の方へ向き直り、険しい目をこちらへと向けます。
「か~え~ん~? これはどういうことかしら~?」
め、目が笑ってない!?
ヤバイヤバイヤバイ。お嬢様の目が据わってる! 洒落にならないくらい睨まれてる!
慈悲を乞う隙なんて全く無いし、そもそも与える気も一切なさそうに見えます。逃げたい。
私は頭の片隅で無駄だと断じつつも、一縷の望みを賭けて弁解をしました。
「じ、事故なんです! 事故だったんですって! 私だってまさか幼馴染がいるだなんて夢にも思ってみなくて!」
「でもバレたのは事実でしょう? それはいけないわねぇ…………選びなさい、バニーガールかスク水か」
「なんのですか!?」
違う! 怒っているのかと思ったら全然違いました! 怒ってるというよりかは、私のミスにかこつけて女装させようとしてきてます!
その切り替えのよさはいいと思いますが、何かと付けてコスプレを迫るのはよくないと思います!
「確かにあなたの落ち度ではないのかもしれない。あなたは最善を尽くし、それでもバレてしまったのかもしれない……でも、関係ないわ。結果が全てよ」
うぐっ……確かに結果論で言えば私は使命を果たすことができず、お嬢様の顔に泥を塗りかねない事態を引き起こしかけたのも事実です……
ぐぎぎぎぎぎぎ。
「ちょ、ちょっと待って! ……くださいよ」
と、そこへうっかりいつものノリで喋りかけてしまったマグノリアさんからの援護射撃が。
ナイスタイミングです!
私は心の中でマグノリアさんにグッとサムズアップしました。
「あたしはバニーかスク水の二択よりも、ウェイトレス姿の方がいいと思います!」
「そっちかぁぁーーーーいぃぃ!!」
前言撤回。
心の中でサムズアップしていた拳を返してサムズダウンします。
援護射撃どころかガッツリ背中から撃たれてるじゃないですか私ィ!
そこは私の窮地を助けてくれるところですよね!? 私を女装から救う場面ですよね!?
よりによってそこでお嬢様に与しますか!
マグノリアさんの発言にお嬢様は目を細め、何やら思案顔をします。
しばし考え込むような素振りを見せると、一瞬でマグノリアさんの下へと詰め寄りました。
お嬢様は咄嗟のことで呆気にとられるマグノリアさんの両手を取ると、鬼気迫るほどの勢いで言います。
「木暮さん! あなた、私の屋敷に来るつもりはない!?」
「え? えええ?」
はい?
お嬢様の突然の行動に困惑するマグノリアさん。
いきなり遥か高い地位にいる人物の家にお呼ばれされるなど、まさか思ってもみなかったことでしょう。
私がマグノリアさんだったら同じように狼狽えることしかできないだろうと思います。
「気に入ったわ! 一緒に華炎であそ……華炎を可愛く着飾ってあげましょう!」
「着飾る? それって、ほむ……じゃなくて、華炎ちゃんをメイクアップすることも含まれてますよね?」
「勿論よ。そこまでできてこそ、パーフェクトメイドだもの」
「――――ッ! 分かりました! 今すぐにでも生徒会長の家に行きましょう!」
何やらお二人は意気投合したようですね。仲が良きことは美しきかな。
固い握手を結ぶ彼女たちを見て、私は現実逃避気味に考えるのでした。
よーし、こうなったら逃げるしかありませんね。サラダバー!
「逃げちゃだめよ華炎」
「ぎゅえっ」
そーっと離脱しようとしたところ、お嬢様が私の襟首を思いっ切り引っ張て阻止されてしまいました。首が絞まってとても苦しいです。
「おじょ、お嬢っざま……ぐ、ぐるじぃ……」
私の訴えは無情にも無視されます。
「屋敷への車は手配するわ! 付いてきなさい!」
「や゛あ゛あ゛あ゛あ゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
お嬢様に襟首を掴まれたまま、私はズルズルと廊下を引き摺られていくのでした。
・美波良子
華炎が所属することになった2-Aのクラス担任。おおよそ日本屈指のお嬢様学校の教師とは思えないほどの適当さを見せる、「どうして教員になれたの?」と問いたいレベルの問題教師。
悪い人ではないが、良い人でもない。
名前にかこつけて『リョーコちゃん』だの『よしこちゃん』だの口にすればぶっ飛ばされること請け合い。
粗雑な言動に隠れてしまいがちだが、本当は根の優しい人情家の教師……のはず