#25 昼ドラの離婚届でよくある手法
たたろーさん「サブタイトルからオチのネタバレをしていくスタイル」
「はーあ……少しの時間だけでとても疲れました……」
転入初日にして新学期初日は、とても波乱に満ちた時間でした。
担任教師だった美波良子先生は「それであんた教師かよ」と思うほど適当な人でした。
配属された先の2-Aのクラスメイトの姫小路綾姫さんはお優しい方でしたが、木暮マグノリアさんは……はい。大変な目に遭わされました。
恐らく今日の学校でのメインイベントであろう始業式では、お嬢様の凄さを改めて思い知らされました。あと迷子になっちゃったりもしました。
しかも驚くべきことにお嬢様にはご友人がいらっしゃって、名前をルナーシア・ライゼノーブナ・リドリーチェという人だったのです。ロシアからの留学生で、とてもお綺麗でした。
「これでまだ十時前なんだから信じられない……」
……なんとこれら全て数時間の内に起こった出来事です。私自身時計を見てびっくりしました。
あれだけのことがあったのに短い針は二周もしていなかったのですから、目を擦って何度も時計を見てしまいましたね。
それで今日の学校の学年が新しくなってから初日の学校ですから、授業と呼べるようなものは一切ありません。
ニ十分程度の軽いオリエンテーションで授業は終わってしまい、実はもう帰りのHRも終わって放課後だったりします。
しかし、私はまだ帰ることができません。
なぜなら私は付き人。主人であるお嬢様と共に帰るのも職務の一つです。
「お嬢様は用事があるみたいですから、それが終わるまで暇になっちゃいますねー」
そう、お嬢様が何らかの用事で学校に残るのであれば、私も残らなくてはならないということなのでした。
「……生徒会長なんですから、忙しいのも仕方ない気もしますけどね」
さもありなん。
【ノブレス・オブリージュ】、訳するに『貴き者の義務』。
お嬢様は私のような一般人と違い、社会的に遥か高い場所に立っています。そこに立つということは、莫大な恩恵を授かると同時に義務を背負うことになるのです。
お嬢様はこの千春峰女子学院で誰よりも権力と統率力をお持ちの方。故に生徒会長に選ばれるのは当然のことであり、本人が意図しようがしまいが関係なく、それが『責任』として顕れるということです。
「……まぁ、ぶっちゃけお嬢様からしてみれば『丁度いいぐらいだ』って思ってるんでしょうねぇ」
だって学生の中で一番権力握れますし。
義務がどうのこうのと言いつつ、内心黒い笑みを浮かべて都合よく学校を変えていく姿が目に浮かぶようでした。
でも私には関係のないことですよね。お嬢様と違って一般人だし。義務も何もあったもんじゃありません。
だって私はジャックリーだもの。
「……義務、か」
そういえば突然ですけれど、なんとなしに思い出したことがあります。
昔、私がまだ小学生だった頃のこと。お父さんとお母さんは口を揃えて耳にタコができるほど言っていたことがありました。
曰く、『義務から逃れるな』と。
義務とは何だろうと私は当時から思っていたのですが、なぜか妹の紫炎はその意味を分かっていて、そのことが不思議でなりませんでした。
今でもその意味はよく分かってません。きっと国民に課せられた三つの義務とは違うのでしょうけれど、それだけです。
「……私の義務、私の成すべきこと……?」
ノブレス・オブリージュ。立場に伴う義務の発生。その義務が私にもあると?
……そんな馬鹿な。そんなものがあるわけないでしょう流石に。
私は村雨家の長男、一家全員の髪が赤い普通の一般家庭の出身です。特別でも何でもありません。
「二人が言っていたことは、頭の悪い私にはよく分からないなぁ」
考えても仕方ありません。
私は早々に疑問の解決を放棄し、それよりもさしあたっての現状を考えることにしました。
「さて、お嬢様のお仕事が終わるまでどうしましょう」
実際問題どうすればいいのかよくわかっていません。
私は携帯を持っていませんから連絡を取るのは不可能。待ち合わせができないので、お嬢様が確実に通るであろう道途中で待ち構える外ありませんでした。
ところがぎっちょん! 私、道が全く分かりません!
土地勘がないのもそうですが、そもそも何がどこそこにあってどの道を行けばいいのか分からないのですから!
ちなみに只今絶賛で迷子中です。
お嬢様のいるであろう生徒会室にでも行こうかと思って歩いていたのですが、道が分からないことを思い出して迷子になったことに気が付いたのが今さっきのこと。
流石迷子になることに定評のある私。
一日に何度迷子になるのか自分でも分かりませんねぇ。
「……いや、本当にどうしましょうこの状況」
困りました。打つ手なし。
迷子になってしまった以上どうしようもないです。
「うぅぅ……せめて生徒会室への道が分かれば……」
そう口にしたその時です。
不意に、隣から声をかけられました。
「あら、何かお困りかしら?」
「え?」
声のした方に振り返ると、そこには妙齢の女性が佇んでいました。
年齢はおよそ……ざっくりと結婚適齢期ぐらい。左薬指に指輪は見当たりませんから恐らく独身。
おっとりとした空気を出していながらも、どことなく油断ならないような、時々こちらを深く洞察して伺ってくるような視線を向ける人でした。
彼女は薄く微笑み、私に対して優しく言葉を投げかけてきます。
「うふふふ……わたしは叢雲志鶴。この千春峰の教職員です」
女性は名前を叢雲志鶴さん……もとい先生、という方でした。
なるほどたしかに。叢雲先生はリクルートスーツの上から首元に教員であることを示すIDカードをぶら下げています。
なんの役職であるかまでは読み取ることができませんでしたが、彼女がここの先生であるのは本当ですね。
「どうもご丁寧に。私は村時雨華炎といいます」
自己紹介には自己紹介を。名乗られたら名乗り返す――――
自分の自己紹介を終えて、私は恐る恐る叢雲先生に尋ねました。
「あの、それで叢雲先生、何の御用でしょうか」
「志鶴でいいですよ村時雨さん。そんなに畏まらなくても私は平気です」
……先生がそう仰るならそのようにしましょうか。
コホンッ!
「気を取り直して……志鶴先生、私になんの御用でしょう?」
志鶴先生は微笑みを崩すことなく私に言いました。
「いえ、村時雨さんがお困りのように見えましたから……何かお手伝いできないかな、と」
「そうでしたか。お気遣いありがとうございます、志鶴先生」
ほっ……
急に声をかけられたものですから、性別がバレてしまったのではないかと実は内心ヒヤヒヤさせられました。杞憂に終わってよかったです。
むしろ、こうして助けていただけるというのなら渡りに船です。
ここは志鶴先生のご厚意に甘えて、ちょっと助けてもらいましょう。
「では志鶴先生、一つお頼みしたいことがあるのですが……」
「わたしにできる範囲のことなら、遠慮なく言ってくださいな」
よし、志鶴先生も大丈夫と言ってくださいました。
ここは遠慮なく、助けてもらいます!
「志鶴先生、よろしければ生徒会室まで案内していただけませんか?」
その言葉に志鶴先生はちょっと驚いたような、或いはほんのり呆れたような、よく分からない表情を浮かべました。
そして直後に苦笑いをします。
……あれ、何か変な事言っちゃいましたかね?
どういうことかと首を傾げていると、志鶴先生は微笑みが崩れた苦笑を浮かべたまま諭すような口調で私に言いました。
「村時雨さんは生徒会長に用があるのですよね?」
「え? まぁはい。そうですけれど」
「もしかして生徒会室の場所が分からなくって、迷子になってました?」
「ギクうぅ!?」
何故バレたしッッッ!?!?!?
「なるほど。そういうことだったんですねぇ……」
ぎゃー! そんなおっちょこちょいを見る目でこっちを見ないでぇぇぇぇ!!
「べっ、べべ別に良いじゃないですか私が迷子とか迷子じゃないとか! そ、それより生徒会室のところまでの案内をお願いします!」
たまらず私は話題を逸らして道案内を頼み込みました。
「そうですね、私もそうしたいのですけど……もう必要ないと思いますよ?」
「それはどういう――――」
私が言い切るよりも前に志鶴先生はおもむろに廊下の壁を指差されました。
……方向を示している? 何の?
私はその指が差す方向を見つめて、
「え?」
「うふふふふ」
あまりにものショックに凍りつくことしかできませんでした。
なぜならその方向には……
「だって、生徒会室はすぐお隣にあるんですもの」
……
………
…………
なんで気付かなかったんだアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!!!!?????????
うっそだ!
そんなの嘘だ!
じゃあアレですかっ!?
私は眼鏡をかけながら眼鏡を探す人みたく、とんでもなく頓珍漢なことしてたってことですか!?
目的地がすぐそこなのに「迷子になった」って抜かすなんて、燈台下暗しどころか節穴もいいところですよ!!
なんっっっって馬鹿なことしてるんですか私はーーーーーーーーー!!!
「あのー、大丈夫ですか村時雨さん?」
「ぐふっ……大丈夫です、なんとか致命傷です」
訳: 大丈夫じゃない。
「ほんっとにすみません志鶴先生。こんな下らないことにお手を取らせてしまって……」
「構いませんよ。転入生なんですから、道が分からないのも仕方ない事なんですから」
志鶴先生は出会ったときのように微笑みを浮かべ、優しく慰めてくださいました。
うっう、泣きそう……
これ以上フォローされるとむしろ傷がバックリと開きそうなので、ここらでお暇するとしましょう。お嬢様がいると思われる生徒会室もすぐそこにあった訳ですし。
そう思って志鶴さんにお別れの言葉を述べようとしたところ、今度は志鶴さんから私に頼みごとをしてきます。
「ああそうだ、村時雨さん。ちょっと今度は私のお願いを聞いていただけませんか?」
「お願い、ですか?」
お願いかぁ……
お嬢様とは一刻も早く合流したいところですが、志鶴さんには今さっき私の頼みに応えてもらったばかりです。
あまり貸しを作ってしまうのもどこか危うく感じますし、ここは聞くのがいいでしょう。
「分かりました。お願いとは何でしょう?」
さぁ、何が出てくるのかな……?
「このアンケートにちょっと答えていただきたいのですけれど……」
アンケート?
「えっと、そんなものでいいんですか?」
「いいえ、むしろこんな大変なことをお願いしてしまうことに一抹の罪悪感を感じています」
「そんな大げさな。アンケートならいくらでもお受けしますよ」
「そう言っていただけるならありがたいです……うふふふ」
ん? なんか今志鶴さんの口元が笑ったような? 気のせいかなぁ。
まぁいいや。やるからには丁寧にやろう。
「では、こちらが用紙です。あと、ボールペンも」
「ありがとうございます」
灰色のバインダーごとA4サイズの用紙を受け取ります。
ボールペンをついでに貰うと同時に、軽く内容を見てみました。
――――普通、ですね。
志鶴先生が大袈裟に仰るものですから、もっと仰々しくて答えに困るようなものかと思っていましたが、どう見てもそのようなものじゃないっぽいです。
「じゃあ、さささ~っと……」
ボールペンを走らせながら次々と問に答えていきます。
内容は最近の学校運営に関するアンケートで、転入初日の私でも簡単に答えられるものばかりでした。
これなら全ての回答に二分足らずで答えられそうです。
「うん、こんなものかな」
最後に用紙の一番上にある名前を書く欄に「村時雨華炎」の名前を記入して完成。
記入漏れがないか軽くチェックして、バインダーとボールペンを返そうとして……
「あれ?」
「どうかしました?」
なんか……この用紙に違和感が……
「志鶴先生、アンケート用紙がちょっと厚くありませんか?」
本当、本当にちょっとの違和感でした。
アンケート用紙が普通のA4用紙にしては厚めで、手で触ったら変な感触がしたのです。
下に何かもう二~三枚別の紙があるような……そんな感覚。
少しの違和感でしたがそれが気になり、私は思わず志鶴先生に尋ねてしまいました。
「あら、そうですか?」
志鶴先生は曖昧な笑みを浮かべ、私の疑問に答えることなく「うふふふ……」と声を漏らしていました。
「……まぁいいか。はい、どうぞ」
特に気にすることでもないと言い聞かせ、私はそのままバインダーを志鶴先生に返却しました。
志鶴先生はバインダーをそっと受け取り、改めて記入内容を確認してそれを脇に抱えます。
「はい、ありがとうございました。ご協力感謝します」
「どういたしまして」
お互いの用事も済んだことから、志鶴さんはもう戻る旨を私に伝えます。
「じゃあわたしは職員室に戻りますね」
「はい、お気を付けて」
私は廊下の向こうまで去っていく志鶴先生に一礼しながら見送りました。
やがて階段を下って見えなくなると、私は今度こそ目の前の生徒会室へと歩を進めるのでした。
「あれ? でもどうして志鶴先生は私が転入生だと知ってて、しかもお嬢様に用があると知っていたのでしょう?」
そういえば、なぜか志鶴先生は私のことをご存知のようでした。
私がお嬢様の付き人ということは、教員だと美波先生ぐらいしか知らないはずですが……
「……美波先生のことですし、きっとどこかでポロッと漏らしてしまったのでしょう。きっと、多分」
私は早々にそんな結論をはじき出し、それ以上のことを考えるのを止めます。
過ぎたことで頭を悩ませるよりも、どうやってお嬢様にご恩を返せるかに頭を使った方がいいに決まっていますからね。
そんな言い訳をしつつ、私はすっかり志鶴先生の言動を忘れていったのでした。
……それが後々、莫大なツケとして返ってくることに気付かず。
一方、その頃の十六夜邸は……
セレン「あなたたち! 何をサボっているの!!」
上弦「さ、サボってませんよ月詠メイド長! ただ、その……」
セレン「何? 言い訳聞かないわよ?」
下弦「ん、実はやることがもうほとんどない……なの」
セレン「やることがない? どういうこと?」
上弦「掃除箇所とか備品とか、なぜか既に全部完璧に仕上がってて……」
下弦「手を付けれるところがもうなない……なの。というか仕事がない……なの」
セレン「え、もしかして貴方が担当の美術品も?」
下弦「……メイドとしてのアイデンティティーが奪われた……なの」
セレン「……そんな、一体どうしてこんなことに……」
一同「…………」ほわんほわんほわん(回想中のあれ)
記憶の中の華炎(今朝)『今日からから学校ですから、今朝の仕事はばっちりですよ! お昼に働けない分、今さっき担当以外のところもサービスしてきました! 気合、那由多パーセントです!』
一同「絶対これが原因だッッッ!!!!」
セレン「あの赤髪(女装)メイドはぁぁぁぁぁぁぁ!! 完璧なのは良いけどオーバースペックにも程がありすぎるわ!」
上弦「華炎さんは仕事熱心ですけどっ、時々ワーカーホリックなんじゃないかって思いますっ! そういうのよくないと思います!」
下弦「私のアイデンティティを奪ったこと、公開させてやる……なの。脇役サブキャラの想いを知れ……なの。まずは手始めに下着を全部エロ下着にすり替えて着替えてるところに突撃してあそこやあそこを揉みしだいてそれからこっそりその隠し撮り写真を屋敷のメイドに格安で売りさばいて……ブツブツ」
華炎「へっくちゅん! へっくちゅん! へっぷし! うぅぅ、何か寒気がする……」ブルブル
屋敷に帰ったら帰ったで地獄を見るのが決定のようです。(無慈悲)